Snake.memory──不滅の蛇の日記帳 作:カピバラバラ
「………むぅ」
「…………」
「ん…………」
「………」
「─────むぅ…」
「…どうしちゃったんですか課長、市内に戻ってきてからずっとそんな感じじゃないですか」
「悠真、こと悪党を炙り出す時に私の目が違えた事はない。だが曇らないとも限らない」
「あ〜…」
──パールマンの生体反応を追って、バレエツインズのホロウにて、階下、星見雅が唸りをあげながらエーテリアスを滅していた頃、見た事もない上司の姿に浅羽悠真は困惑していた。
質問の返事で脳裏に浮かんだのは、『ネクタール』、星見雅が鬼気迫る表情で襲いかかった相手は、悠真自身引っかかる事ばかり。
一番信頼出来る彼女の目利きによれば極悪人と断じる程の存在、けれど行動は矛盾しきっている。
『ネメシス』も『ネクタール』も、都市の中では血が絶えない噂ばかりで、到底あの様な幼女が本人だとは信じたくないし、何より今更表舞台に出てきている理由が見えなかった。
「そもそも、仕事先のブリンガーが検挙される疑惑があるのなら手を引くのが定石ですよねぇ、副課長」
「裏の事情に精通し、それによって財産を成すネクタールからすれば……我々に手を貸す理由がありませんし、何より干渉した痕跡を抹消するのが常です」
「………でも、アイツは逆にブリンガーの逮捕を促している…──コレ、この後僕らが幾ら捜査しても彼女の事は逮捕できないかもしれませんね」
「──金銭が目的でなければ、『金銭以上』のモノを得る可能性が高い。ブリンガーの逮捕を隠れ蓑とし、何を成すか」
「な〜んかきな臭い案件になってきたなぁ〜。それに、まさか僕らが調べてたプロキシと直接的な関わりがあったなんてさ」
黒幕に繋がるのは──どちらかと言えばあのプロキシ二人だと思っていた。今となれば、どの現場にも証拠を残していたのも『ネクタール』の誘導にしか思えない。凄腕のプロキシが簡単に追跡できる痕跡と証拠を残す筈も無かった。
「都市に渦巻く陰謀、それに歯牙をかけるのも我々の役目だ。疎まれようとも───事があれば、奴を斬らねばならない」
「あっら、『命を救ったのは事実』って言っておきながら斬っちゃうんですか」
「ああ、そうせざるを得ないのならば」
「ひぇ〜…ウチの課長はおっかないなぁ、まぁそれ以上にあの子の方が怖いかもっていうのが事実なんですけど」
ホロウ内、それもエーテリアスに襲われながらも雑談を行う対ホロウ六課らは、難しい話に置いてけぼりになる蒼角をさておいて、パールマン救出後の作戦を練り直す。
パールマンが述べた供述が事実だとしても虚実だとしても、対応は変わらない。H.A.N.D.が持つ権威は虚狩り・星見雅の影響力が関わっている以上、対ホロウ六課が確保した容疑者を治安局が横取りは出来ない。
「────」
そうしてバレエツインズの高層ビルを登る悠真の耳に、聞いた事のない音が滑り込んでくる。噂のバレエツインズの幽霊かと思ったが、その音は重く、地響きのように鳴り響く。
不可解で奇怪、弓を射る中で多くの生き物の音に耳を傾けてきたが、その中でも特段異質な不協和音が聞こえてきた。
「課長、なんかヤバい奴来てるっぼいです」
「ヤバい───…もしや、あの魔性か?」
「課長が戦ってたあの化け物かも、解析班が居ればアレの死体も放置はしなかったんですけどね……てかアレ、エーテリアスじゃなくて人でしたし」
「あの様な所業を行ったのがブリンガーであれ、他の誰かであれ、赦すことは出来ぬ。それ程までに醜悪な行いだ」
「同感、趣味が悪いなんてもんじゃないですからね。元の身元もハッキリさせて、全部の罪を精算してもらわなくちゃっ────!?」
罪に対しての罰を述べていたその瞬間、雅ら一行が登る階段全体が崩落する。長年の老朽化で支柱が脆くなっていたのか?いや違う、老朽化によるものならひび割れから崩壊が始まる筈。
瓦礫と土埃に視界を阻まれる中で、雅はその崩落を起こした下手人達を目にした。銃を構え、こうやって落下してくる事を予測していたであろう反乱軍の兵士が、掛け声と共に銃口から火花を散らす。
「猪口才な罠、といった所か」
「っ…蒼角!無事ですか!」
「うん!大丈夫〜!あの人たちやっつけちゃって良いんだよね?」
広げた扇状の武器を盾に蒼角が先頭に立ち、銃弾から全員を守りつつ突進する。その後、敵に向けての大きな横ぶりは一見隙だらけの行動に見えたが、持ち前の怪力で振り切るまでの時間を短縮し、「ごぁっ…」という肺から空気の押し出された時に出る呻き声を洩らし、兵士達は壁へと叩き付けられた。
柳、雅、悠真の三人は素早く残党を処理。討ち漏らしを叩こうと弓を構えていた悠真だが、その必要も無いか、と制圧へ助力しものの数十秒で二十人いくばかりの兵士らは鎮圧される。
しかし警戒を解くことはしない、先程の唸り声を上げていた怪物は姿を現していないし、何よりこの様な時間稼ぎがあちらこちらに仕掛けられている可能性もある、求められるのはパールマンの速急な逮捕。
「────?」
そのまた次の行動に急ごうとする四人の間に、軽やかな音楽が流れ出した。クラシック、それかバレリーナの舞が披露される時にかけられる挿入曲のようなものが、兵士達の身体のあちこちから鳴り響く。
そして現れるは────。
「────わぉ」
「■■■■■……」
「……バレエツインズの幽霊…!?」
「うわぁ、上からドシドシ歩いてくる奴も同時に来ちゃってますよ…。どうします課長、ここは僕らに任せて……っていうのも一つの手ですよ?」
「ふむ。頼めるか、柳、蒼角、悠真」
「うん!」
「勿論です」
「パパっと捕まえて来て下さいねー、残業は懲り懲りなんで」
「──無論、任された」
■
「なんだかなー、雅ちゃんだけが強いなら良かったけど〜……」
「全員優秀だと困っちゃうよね!悪役側の気持ちも考えて欲しいや、ね?ブリンガーちゃん」
「…………」
「無視しないでよ…包ちゃん泣いちゃうよ?」
「…………」
「そんな苦い顔しなくても、途中までは多分上手くいくからさ!フィナーレは保証出来ないけど!」
「……そろそろ黙れ」
「そのぶっとい胸筋で挟み込んで黙らせて〜、見せ筋じゃあるまいしさ〜」
「殺すぞ」
「むふー、包ちゃんやっぱり君と話してる時間が一番楽しいかも!」
「────…」
絶句するブリンガーちゃんを他所に、無事バレエツインズホロウ近辺まで到着致しました包ちゃんです。
高い所から落下の慣性を消す事は出来なかったのでそのまま地面の赤いシミとなり、アメーバみたいな状態で這いずり回ってました。クソ痛い。
この状態から元に戻るには、マサマサと戦った戦闘形態になる必要があるんだけど……アレはブリンガーちゃんの前で見せられないからね。未だに私の力の本髄は見せれない、始まりの主に縋る子達にとっては刺激が強すぎる。
「気色の悪い姿で来よって…貴様のせいで部下を散らさなくてはならなかったんだぞ」
「わざわざそうやって対応してくれる事に、私は感謝してるんだ。何も無茶振りばっか押し付けてる訳じゃないんだよ?包ちゃんも結構慌ててるのに、ブリンガーちゃん以外は助けてくれないからさ」
「優しいね、ブリンガーちゃん。君はずっと変わってない」
「…………ふん、戯言はいい。首尾はどうなっている」
「丁度雅ちゃんがパールマンを見つけた所かな、二体目のシャングリラで足止めしてみるけど、多分長くは持たない」
「──パエトーン、奴らが来るまでバレエツインズホロウから対ホロウ六課の連中を外に出さない…。貴様の予知に関わる事でなければ、この無理難題に手を貸すことは無かったぞ」
さてここで問題です、そんな無理難題を貫く為に何をすれば良いのでしょうか!制限時間は雅ちゃんがホロウを出る寸前までです、頑張って考えてみよう!!───頑張って考えた結果、普通に能力でゴリ押しすることにしました。
アメーバみたいになった包ちゃんでも、使える力は減衰してない。つまりはアレが出来ちゃうんですね。
この世界で一番の脅威にして敵は何か!勿論ホロウです、雅ちゃんでもホロウで迷い続けると危ういからこそ、キャロットや事前調査を蔑ろにしない。なので『アレ』こと無限ホロウハメハメ大作戦を決行します。
「という訳で、私の身体の運送宜しく」
「…………」
「ごめんねほんと、こんな事ブリンガーちゃんにしか頼めなくてさ〜」
能力によってホロウの空間異常を乱発させ、パエトーンの案内が必要不可欠の迷路へと仕立てあげるには……降下ワープをしてぐちゃぐちゃになった私の体を持って、ホロウのあちこちに移動してくれる人が必要です。事情を理解し、私の言うことに従って途中で逃げ出さない人材が求められる。
その条件を満たすには、従順な部下だとか適当な命令しか出来ないシャングリラじゃ駄目だった。ので、ブリンガーちゃんの出番という訳です。
「代償の件、忘れるなよ」
「勿論!お礼はちゃんと致しますとも」
「私の姿形もしっかり隠せ、絶対に見られる訳にはいかんからな」
「はいよーっと」
あ、ちなみにアメーバ状でどうやって会話してるのかというと、糸電話的な感じでエーテル波動にアメーバ体の震え、振動を乗せて伝えてます。骨振動イヤホン的な?まぁビデオテープが主流なこの世界じゃ原理は伝わらないと思うけど。
「パンパカパーン!それじゃブリンガー号出発!」
「───貴様な、その減らず口をそろそろ治す気は無いのか?」
「え〜?だって、私がふざけないと君たちすぐ悲しそうな顔するでしょ?役割分担だよ役割分担。素のままじゃ世界と向き合うと壊れてしまう君たちは、世界側も受け入れてくれない」
「ほんの少しでも人間らしく、ほんの少しだけでも理解と受容を。裁定者の役割は何も残酷なだけで終わらないの」
「強いて言うのなら…バランスさ。包ちゃんが君たちから、人間らしさを逃さない。私とは違ってまだブリンガーちゃん達はまだ…」
「人間、なんだから」
「…………」
「ほら、早く包ちゃんのこと瓶詰めして走った走った!雅ちゃんがシャングリラぶった斬る前にね!」
■
──難しい事を考える時間は、生きる時間が長くなればなるほど増えていった。定番どころだと、不老の化け物は感情の機微がないから成長しない、とかあるかもだけど、そんなこともなくてね。
確かに成長といえる成長も、変化といえる変化も無かったけど、人間の脳を持っておきながら物事に対しての価値観が変わる事が無い奴は…そうそう居ないもんです。
価値観……そう価値観。何処ぞの魔法少女の外道使い魔と違って、包ちゃんは儚くも烈火の如く生を実行し続ける人間達に思う事があります。あっても口に出さないので、あんまりブリンガーちゃんとかには伝わってませんけど。
「──何奴だ」
「……」
「答えねば、斬る」
まぁ長く生きて、救世主系ラスボスになって楽園作りたーいって思う理由だって存在する訳です。
この世界自体全ての悲劇の元凶は全てホロウです、みたいな顔してるけど、ホロウが作られた原因て旧文明の戦争だからね。防衛軍のクローンや輸送任務関連とかもそうだけど、全部全部憎悪と悲しみを産んでいるのは人間なんだ。
ホロウが本当に自然災害であるのなら、あんな醜悪な構造にはしない。なんでホロウ内で死んだ人間がエーテリアスに変わっちゃうんですか、そのまま死なせてあげてくださいよ。地震とか噴火とか土砂崩れとか、そこら辺見習ってさ。
「──なッ!?」
「はい、いっちょ上がり!空間異常でダストシュートってね!」
「……はぁ…次は…」
「次は屋上!ワープ開通〜」
人間の醜さを前にして価値観が変わりラスボスを目指す!ってのも当時の私の選択肢の一つでした。というか人類滅ぼしちゃえとも思ってた、生きてるだけ苦しむんだから、そのしがらみから解放してあげたい。
ただどうしても前世の自分が足を引っ張る、自分がそうするだけの価値を、人類に対して示せてないし、人類もまだ自分に対して『生存続行』の価値を示せてない。時間が足りてない訳ですね、綺麗なダイヤモンドも元は炭。炭は数万気圧の中、何億という長い年月を過ごさなきゃいけなかった。まだまだ新参者なんです、私も人類も。
じゃあ価値を示す為に足りてないものってなんだ?───求められているのに、答えられない原因ってなんだと思います?
「──……わぁ、夕日が綺麗だね。ブリンガーちゃん」
「…………」
「久しぶりじゃない?ホロウの中をあっちこっち飛び回るの。現役以来でしょ、身体はまだ何ともないかな」
「…ああ」
「ふふっ、それでさそれでさ、包ちゃんも結構久しぶりなんだよね!最近はデスクワークばっかだったし!」
「……そうか」
「んふふ…ねぇブリンガーちゃん…」
「──計画が全部失敗に終わったら、余生は私の中で過ごす話、考えてくれたかな?」
「…………。ふざけろ」
時間、能力、立場、権威、資産。
足りていないのは、何かな。
「良い話だと思うんだけどな〜。君が失望した人類が、この後どんな末路を辿るか不老の身体から覗き見る、なんて楽しい話ないよ?ポップコーンに映画付き、ドリンクバーも付いてる」
「その後はどうする、貴様の話に首を振った馬鹿が居たとして、何を以て終わりとする」
「終わりは無いよ、ブリンガーちゃん。人間には答えを求め続ける責務がある」
「またそれか…貴様曰く、我々人類は『求める者』だと言うが…」
──足りていないのは、自覚だよ。
「我々は、何を求めようとしている」
「答え」
「……?」
「人間はね、生物としての生存本能と人類としてのあらゆる欲求、両方が備わった唯一の存在なの。両方の鎖に囚われたまま産まれてきて、囚われたまま歩み続ける」
「いつこの鎖が解けるのかなんて分からない、そもそも鎖に囚われている自覚が無い。この世で最強の牢獄はね、自分が囚人だと理解させないモノなんだよ」
「この世界はそんな鎖が絡み合って出来た牢獄。誰も出口を探さないし、どんな結末があったとしても、それは鎖の形が変わっただけ。包ちゃんが讃頌会の活動や人類の努力にもあんまり興味無いのはそれが理由」
そうさ、そうとも、だから示さないといけないんだ。別にホロウが世界を飲み込んでも変わらない、ホロウが人間の欲求による代物ならそれはまた別の鎖に変わるだけだ。欲求に果てはない、出来ない事が出来るようになるまで歩むのが人間なのだから、その鎖の長さはどんどん長く、太く大きくなっていく。
「裁定者の由縁通り、私は人類に『示せ』と望む」
「人間であるのなら、人類であるのなら、鎖に囚われいつかは身動き一つ取れなくなる前に、出口を探せ。そこに在るだけで終わるな、人類の進化には終わりが無いのだから、私は人類に絶滅を与えよう、そしてそれを踏み越えて」
「──答えを示せ、存在する全てに。君たち人類に価値があるというのならね、ジャスティン・ブリンガー」
「…ふっ、ふははははっ!」
「んー…笑う要素あった?」
「いやはや、なんだ、貴様も同じ『求める者』ではないか。自分自身では答えが出せぬから他者に求めるなど…滑稽極まって仕方ない!」
「そりゃぁそうだよブリンガーちゃん。包ちゃんは『独り』なんだ、『一人』じゃなくてね。独り寂しく、他の誰かの一人の人生を見るしか出来ない」
「けれど君たちは一人一人であるから────おっと、お話の続きはまた後で、かな?」
ブリンガーが屋上に響く足音に耳を澄まし、背後を振り向く。見れば少し苛立った様子でパールマンを掴み離さない星見雅が居た。何度も空間異常でバレエツインズのビル内あちこちを巡ってきたのだろう、漸く安定したといっても跳躍を調節しているのは包だ。
「…ふーっ……」
「ひぇー、こわっ」
「怪人、その衣を剥ぎ、ハラワタを捌いてくれる」
「…奴から私はどう見えているのだ」
「恰幅が良いとバレちゃうでしょ?だから取り敢えず細身の黒マントを羽織った麗人っぽい感じ」
「…………イメージが違いすぎる」
不服そうなブリンガーちゃんに更なる要求を突きつける、お怒りの星見雅を前にして煽る素振りをしろ、と。勿論顔が引きつってキレられそうだけど、思ったよりちゃんと挑発してくれた。「真相に至る幻想に囚われ、愚かしく踊り続ける事だな、狐」と、中々ぶちかましてくれたのでブリンガーちゃんの背後にホロウの裂け目を作っちゃえば……今すぐにでも逃げ出しそうな黒幕の完成!
裂け目に気がついて走り出した雅ちゃんを見て、ブリンガーちゃんも大慌てで裂け目に入っていく。こっちが通ればバレエツインズホロウの出口につくけど、雅ちゃんが入っちゃうと────。
「む、追ってこない…?」
「うん。途中で出口の到着先を変えたんだ〜、今頃反乱軍のトラップだらけの部屋の筈」
「…………あの爆発してる場所か…」
「……あの爆発してる場所だね…」
「「………………」」
「なんか、あそこら辺…全部みじん切りになってるね」
「ああ…」
「「…………」」
「だ、大丈夫!人のキレ具合で計画が狂うとかそんな事無いから!多分!!」
「貴様がっ!必要の無い挑発をしろと言ったせいだろうがぁッ!!!」