スパルタなシキガミと
去年の春に私は産まれた。
主人である小熊の血肉を与えられ、作られた専用のシキガミ。
それが私、礼子よ。
私の存在意義は小熊に仕え尽くす事なのだが、小熊が最初に要求したのは〝親友として振舞え〟と言う事だった。
小熊はメシア教に補足される事を恐れていた。
十分に身を護る事が出来る実力が付くまでは、目立ちたくないとの事だった。
確かに、一般庶民の主人が私を従え、傅かせていれば目立つだろう。
シキガミを従えた黒札だと、分かる人間には分かってしまう。
偽装は必要だ。
先ずは親友とは何か? そこから考えた。
言葉としては知っている。
では実際にはどう行動するのが正解なの?
小熊を甘やかすだけではダメ。それはハッキリしている。
だから調べた。
自然体でいられる事。これは問題無い、シキガミが主人を相手に身構える事など有り得ない。
本音を言い合える事。これも大丈夫だろう。主人とシキガミには特別なつながりがある。本音を隠す必要が無い。
会えない時間が長くても、距離感が変わらない。これは私には関係ないかも知れないわ。小熊から離れる事などあり得ないもの。私は小熊のシキガミ。常に隣で小熊を助ける存在だわ。
精神的な支えになる。コレは努力目標だと思ったわ。当時の段階ではマダマダ不足だったもの。
これらの条件をお互いに満たす、対等な存在。それが親友らしい。
シキガミの私にはとても難しい条件だ。
だけど主人の望みなのだ。出来得る限り叶えなくてはならない。
完全に親友と成れと言う訳では無い。外から見て、親友に見える様に振舞えば良い。
対外的にとは言っても主人と対等を装うのは大変だったわね。
主人を護り慈しむのはシキガミの本能なのよ。
小熊を甘やかし、頼られたいとの思いは無くなりはしない。
そのうち教師役を求められる様にもなり、時に厳しく接する必要も出て来た。
私個人ならスキルは簡単に覚えられる。スキルカードを入れて貰えば良いのだから。
けれど、小熊に分かり易く教えるのはスキルがあっても難しい。
主人を甘やかすだけでは、主人の望みは叶えられないのだ。
主人の役に立ちたいとの思いと、主人を甘えさせたいとの思い。
私は葛藤していたのだと思う。
でも折り合いは付ける事が出来たわ。
親友として教師として小熊を支え導く。この行動とシキガミの本能とは両立できる。
他人の眼がある所では、親友として厳しく接し、プライベートではダダアマに甘やかせば良いのだから。
星霊神社に引き籠る選択肢もあったが、小熊はソレを選ばなかった。
自分の身を護れるのは自分だけ。
保護者も無く、一人で生きて来た小熊には誰かに頼るという生き方が選べないのだと思う。
小熊は内気で人付き合いが苦手だ。
私というシキガミを得て、さらに苦手になった節もある。
無理に他人に話し掛けずとも、私にお願いすれば良い。そんな考えを持ったのかも知れない。
突き放させて貰ったけどね。
仲間のシキガミが言う事には私は小熊に厳しいらしい。
そうなのだろうか?
小熊がコミュニケーションを苦手とするのは本当だ。
でも本音では誰かと語り合いたい、触れ合いたいと思っている。私には分かるのよ。
根拠はあるわ。
小熊は私を得る前に初心者用の掲示板に書き込みをしている。その時には、それなりに饒舌に語れていたのだ。
誰かと話をしたかったのだ。だから対面では無い、掲示板ではそれなりに書き込めた。
それが続けば、友人も出来てコミュニケーションも出来る様になったかも知れない。
けれど私が側に来た。
絶対的に信じられる存在が側にいる。何時でも語り合えて、自分を裏切らない。望めば幾らでも触れ合える。
無理に他人と話さなくてもシキガミが居れば良いのではないか? 恐らく小熊はこう思ったのだ。
無意識に、なのかも知れないけどね?
自分に頼り、依存してくれる。シキガミとしては嬉しい気持ちがある。
だが私は小熊の先生でもあった。教え子が成長の機会を放棄しようとしている。
それを放置して良いのか? 本当にそれが小熊の為になるのか?
苦手だからと避けていては、小熊の本当の望みは叶わない。だから私は必要以上には小熊を助けない。
主人が自分の言葉で、友人と話せる様に助ける。それも私の存在意義なのだと考えている。
無理をさせる気は無い。例えば旅先で知り合っただけの人間相手なら私が助ける。でも友人相手には話せる様になって欲しい。
スパルタと言われても仕方ないのかも知れないわね。
良いのよ、夜はトロトロになるまで甘やかすんだから。
小熊はコミュニケーションに飢えている。
スキンシップも好きだし、親しい人とは普通に話せる。
初対面で話せないのは、今世のトラウマもあるだろう。
小熊は親に恵まれなかった。
父親は早くに死に、母親は軽蔑の対象だった。十分な愛情を受けて育ったとは言えない。
前世なんてモノがあるとは言え、多感な時期にネグレクトを受ければ心に傷を負って当然。
小熊はゆっくりと心の傷を癒しつつある。
LLENNネキ様には感謝しなければならない。
あの方が親友となってくれて良かった……
残念ながら私では親友を装えても、本当の友人とは成れないのだから。
感謝と言えばキノネキ様にも、多大な恩義がある。
数々の支援、オカルト界隈での後ろ盾になり、アルバイトを斡旋して生活費すら稼がせてくれた。
年の近い友人のスタンスで接して下さっているが、小熊にとっては師匠に近いのではないかしら?
別に戦い方を教えてくれた訳では無い。
キノネキ様の戦い方はオンリーワン過ぎて、教わっても意味は無いでしょうしね。
でもオカルト業界の常識、現地霊能組織との折衝、名家との係わり方等々、キノネキ様に教わり覚えた事柄は多い。
そしてメシア教対策の数々を与えてもくれた。
小熊が北杜市で高校卒業まで無事に過ごせたのは、本人の努力もさることながら、キノネキ様のフォローの賜物と言える。
現在の小熊は山梨支部に所属する、黒札となる。
身内がやらかす事もあるそうだが、基本的には安全な場所だ。
小熊は強い方だしね。
けど小熊は安全な場所に閉じこもる気は無い。
ツーリング、バイクでの旅と言う小熊の数少ない趣味。
これを楽しむ為に、さらに強くなろうとしている。
終末後では旅をするにも強さが必要だ。
キノネキ様が言うにはレベル50は必要らしい。
だから小熊は鍛錬を止めない。これはLLENNネキ様も同様だ。
終末後でも二人はツーリングを続けるのだろう。勿論私もついていく。
私達パーティはレベル40代後半に至った。
そろそろ下層試験に向けて準備をしようとの話も出ている。
小熊とLLENNネキ様は足踏みをする気は無い様だ。
ガイア連合の黒札は霊的才能には溢れている。
だがそれは、痛みに耐えて戦えることを意味しない。
心根は一般人、痛いのは嫌だし苦しいのは避けたい。それが普通の黒札だ。
下層に挑むクラスの黒札になると、自分や仲間の死ですら、勝利の為に必要なら受け入れるだろう。
復活する事が前提ではあるものの、普通の人間には理解できない領域の話だ。
現に小熊自身、死にかねない攻撃を受けても〝痛いなーもう〟大体これで済ませる。
反撃でキッチリ悪魔を滅ぼしてね……
そんな人間が周りから如何見えるのか?
小熊を修羅勢と呼ぶ人間が増えるのも当然だと思うのだけど……
「私なんて未熟者だしヘッポコだもん。修羅じゃ無いよ!」
寝言は寝て言いなさいな。そろそろ現実を直視させるべきかしら? 少々迷っている。
私達が住む家
キノネキ様から譲られた4LDKの平屋。大きなガレージがありバイクを整備改造する為の道具は大体ある。
私も小熊も、整備は兎も角、改造はしないだろうけれど。
リビングに隣接する部屋を私達の寝室に選んだ。
この部屋を自分達の好みに整えていく訳よね?
流石に寝室は色々と購入しないといけない。ベットに寝具、ルームランプも必要だし……
それ以外の場所、キッチンなんかは既に必要な家具が全部揃っている。
何と言うか、生活基盤を丸ごと譲られた感がある。
「ホントに良かったのかしら?」
格安だったのよね。土地と建物の値段だけで考えても、お値打ちだったのに+αが多すぎる。
バイク関係の工具が丸ごと、家具は据え置き……
「あの値段は安すぎたのでは?」
とは言え、マッカで支払っているのだし、不当とも言えないわよね?
キノネキ様は時折大雑把だから他人事ながら心配になるわ。
『死蔵するより活かして貰おうと思って』
有難いんだけど、キノネキ様は身内認定をした人間に優しすぎる。
小熊はマジメだし努力家でもある、将来性を見込んでいるとも言っていたから、打算もあるのでしょうけど。
新生活の準備は簡単に終わってしまった。大変だけれど楽しいって聞いた気がするのだけれど?
必要な物が少なすぎたのかも知れないわね?
小熊と家具を探すのは楽しいのだけれど、基本的な家具は据え付けてあるし、私も小熊も物欲は少ない。
新規で購入した大型家具はダブルベット程度だ。
なんならガレージの方が、購入した品物が多い可能性もある。
エンジンオイルとか、バイク用の消耗品は多めにストックしてあるのよね。
買い物は食器や調理道具でも楽しめるし、お揃いのカップを選ぶ小熊が可愛かったわ。
コーヒー用の道具を吟味して楽しそうに説明してくれる笑顔も良かったわね。
小熊が入れてくれるコーヒーは私の一日の活力なのよ。
私達主従の家を訪ねて来る友人達
「ヤッホー小熊、遊びに来たよ~」
「いらっしゃい香蓮」
プライベートでは本名で呼び合う様になった主人達。
小熊にも親友が出来たのだと、胸の辺りが暖かくなる。
私は黙って、お茶菓子を用意する。飲み物は小熊が張り切ってコーヒーを入れるだろう。
「今日はどうしたの?」
「うん、コーヒー豆を渡そうと思って」
パーティを組んで、毎日の様に顔を合わせているLLENNネキ様なのだけど、休養日でも遊びに来る。
異界に潜らず、体を休める日を休養日と呼んでいるだけなのだけれどね。
「豆?」
「そう、コロンビアの生豆だって」
半終末の所為でコーヒー豆の輸入はストップしている。
コーヒー豆は貴重品なのよね?
「正確にはコロンビアの環境を再現した異界産って事みたい」
伝手があって、少しだけ入手出来たらしい。
「ありがとう、香蓮の好みって中煎りだったっけ?」
小熊も贅沢を覚えたものだ。去年に比べると食費が大幅に増えている。
半終末で食品の値段が上がったのと、昔の食生活が貧しすぎたって理由もあるのだけれど、霊的食材を好んで食べる所為でもある。
それだけの収入は有るのだし、小熊の栄養状態が安定するのは良い事だけれどね?
コーヒーだってインスタントで満足できる人間だったのに、今では自分で焙煎して、豆を挽きドリップする。
これって既に一つの趣味じゃないかしら?
「早速、焙煎してみる?」
コーヒー豆を焙煎する為に手網を取り出している。
これに生豆を入れて、直火を当てるのだ。
好みの焙煎状態にするのは、なかなか難しいらしい。浅煎りが一番難しく、極深煎りは比較的に簡単なのだとか?
LLENNネキ様の好みは浅煎りの次の段階。小熊でも、常に上手く煎れれるとは限らない。
それが楽しいみたいだけれど……
それにしても、難しい趣味を選んだものね?
ツーリングにコーヒー。
どちらも、終末後に楽しめる人間は数少ない。
コーヒー一つにしろ、黒札でも楽しめる人間は一握りかも知れない。
それくらい嗜好品は貴重になりつつある。
定期的にコーヒー豆を入手出来る人間など生産者以外では、何人いる事やら?
「直ぐに飲むことも出来るけど、4日ほど落ち着かせるのが普通かな?」
「じゃあ、どのくらい味が変わるのか試してみたいな」
一部は直ぐに挽いてドリップ。残りは次回に飲んでみたいと言う事かしらね?
「わかった」
ケトルでお湯を沸かしながら、同時に焙煎した豆をコーヒーミルに入れてゴリゴリと挽く。
ドリッパーにセットしたフィルターに挽いた豆を入れて、軽くトントンと振動を与え、平らに整える。
その後、少量のお湯を注いで蒸らす。
そして中心から外側へ円を描くように、数回に分けてお湯を注いで行く。
小熊の手つきには迷いが無い。美味しいコーヒーを入れる為のコツがあるらしい。
プロには劣るとしても、なかなかに上手だと思う。シキガミの身贔屓かも知れないけれど。
LLENNネキ様はコーヒーと私の手作りクッキーを摘まんで、友人同士のお茶会を楽しみ帰って行った。
「今日のコーヒーはバッチリ好みだったよ~♪」
コーヒーの味を褒められた小熊は嬉しそうだったわね。笑顔が、とてもカワイイ。
LLENNネキ様が帰った後で、二人で内緒の百合百合したわ。
小熊がカワイイのだから仕方ないのよ!
他にはお天気ネキ様や250ニキ様が訪ねて来る事がある。
ゲスト用の部屋もあるし、お泊りは歓迎するけれど、流石に250ニキ様は泊らせられないわね。
彼も泊まろうとはしないと思う。
後はキノネキ様かしら? 彼女も長居はしないけれど……
小熊の交友関係はマダマダ狭い。それでも少しずつ訪ねて来る人間が増えている気がする。
ガイア連合自動車部、彼らの掲示板で小熊は認知されている。
お祭り好きの彼らは理由を付けてはイベントを開く。
LLENNネキ様と小熊はマスコット枠だ。そのうち交友関係が深まれば……
私は主人の新たな友人を出迎える日を心待ちにしている。
私の主人は諦めが悪い
暫らく後の事だ、私達パーティは下層試験に挑んでみた。
十分に準備して挑んだ試験だ、自信はあったのだけれど……
「
断言する主人に戸惑う。
下層に挑むには戦闘力のみならず知識や知力まで必要になるのだ。
幾ら本霊ベルセルクとは言っても、知力を無視されては困る……
「自分でも考えて欲しいのだけれど?」
最終的に分からないのだとしても、最初から諦めるのは如何かと思うの。
「下手の考え、休むに似たり」
なんで自信満々なの!?
「シキガミどころかアガシオンに任せたキノネキよりはマシだと思う」
お願いだから断言しないで! 確かにそうかもだけど!
まったく……困ったものね?
そう言いつつ、主人が愛しくて堪らないのは、シキガミなら仕方が無いわよね?
スパルタとか言われてても、私だって主人を愛しているのだ。
その愛情が、時に主人を叱咤する方向に進むだけなのよ。
そして思う、素直に認めれば良いのにと……
私の目の前で、悪魔を棍棒バットで叩き潰した技量。
縮地と霊力放出を併用し、勢いに乗って悪魔の集団の中に突っ込む度胸。
複数の悪魔の攻撃をその身に受けつつ、着実に一体ずつ悪魔を滅ぼして行く冷静な行動力。
どれだけの傷を負っても怯まず、臆さず、自身を回復しながら攻撃を止めない精神力。
レベルは50を超え成長中。
下層試験も無事に突破して、今後は下層民と呼ばれる様になるだろう。
小熊もLLENNネキ様も本当に困ったものだわ。
これで修羅勢じゃないと言うのは無理があると思うの。
お話って奴は広げるのは簡単だけど、畳むとなると苦労する
これって私だけじゃないよね?
つじつま合わせに必死だったりしますw