吾輩はリトルカブである
先代オーナーは良い人だった。現オーナーはダメだ……
恐らくは直ぐに元オーナーになる事だろう。吾輩を水没させ捨てようとしているのだから。
忘れる事は無いであろう、あの感覚。バイクの心臓とも言えるエンジンに水が入り込み、思わず悲鳴を上げた。
事故なら仕方が無い。
だが面白半分のチキンレースの結果だ、面白くない。
正直に言えば腹が立つし呪いもした。
付喪神に成りたての吾輩には何も出来ず、死を待つばかりだったのだが……
思えば吾輩は先代が購入したバイクだった。
先代が亡くなるまでは、非常に大事にされていたのを覚えている。
定年退職した後に大型バイクを手放し、吾輩を購入したのだ。
『体力が落ちたから、小さなカブが丁度良いのさ』
そう笑っていたものだ。
病気、寿命と言っても良いのかも知れない。
こればかりは仕方が無い。本人だって生きられるなら、マダマダ生きたかったに違いないのだ。
吾輩を引き継いだ、馬鹿孫は吾輩を大事にする気は無かった。
自分で買った、中型バイクで満足していたのだ。
それなら吾輩に乗らなければ良いのに、壊すつもりで危険な遊びに使ったのだ。
ダートで無理をしたとか、レースに使って転んだのなら、マダ良かったのに。
バイクとして走り、壊れるなら納得できたモノを……
今は水中で死を待つばかりである。まだ5年、たった5年で付喪神となり壊れようとしている。*1
バイクにも死後は有るのだろうか? 死ぬなら先代オーナーと同じ場所に行きたい。
また先代を乗せて走れるのなら、どんなに幸せだろうか?
最後に、そんな事を考えたのを覚えている。
キノの御近所ツーリング、その結果
それは偶然だった。
大仕事が終わり、ボクが作った派出所の規模が大幅に拡大。
増えた仕事を必死に熟して、先程ようやく落ち着いた。
一息ついて、気晴らしに近所をツーリングしたんだ*2。ストレスも溜まってたしね?
「危ない事するなぁ……」
最初の感想はソレだけだった。
夕方の横浜港にソイツ等は居た。
典型的な族車に乗った小僧とリトルカブの小僧。
似合わない取り合わせだなぁ? そう思った。
半帽型ヘルメットをした学生服のDKが二人。
多分友人同士なんだろうけど、推定珍走族がリトルカブって不似合いにも程がある。
族車は大事そうに安全な位置に停車して、リトルカブのみを乗り回していた。
何気なく見ていたら、埠頭でチキンレースを始める。
レースと言っても、2台で競い合う訳では無い。交代でどちらがギリギリで止まれるかを比べ合い、笑い合っている。
より速く、より海に近く、壊れても良いとばかりに乱暴に……
そしてムキになった一人がとうとう海に落っこちた。
「言わんこっちゃない!」
幸い、小僧は無事だった。
浮き上がって来た小僧は苦い顔、仲間の小僧は馬鹿笑い。
引き上げられ、タンデムでバイクに乗り走り去る……
おい、カブは放置か? 不法投棄だし、そもそもバイクが可哀そうだろ!!
「何考えてんだ、バカヤロウ!」
多分なにも考えて無いんだろうな……
呆れと諦め、ああいうのがバイク乗りの評判を落とすんだろうか?
でもバイクに罪は無い。
ボクは放棄されたリトルカブを引き上げる事にした。
このバイクは死んでない
引き上げたリトルカブは付喪神だった。
「物の価値を知らない馬鹿が!」
すっごい腹が立つ。
そして勿体ないとも思う。大事にすればコノ子は答えてくれた筈だ。
例え事故ったとしても、このカブならライダーを無事に返してくれただろうに……
「いらないならボクが貰おう」
多分捨てたつもりだと思うけど、問題になっても嫌だし、正式に手続きしないと。
裏から手を回して、廃車手続きをさせ、スクラップとして引き取る。
使える権力は使わないとね? 乱用する気は無いけど……
再生して再登録してやる。
エミールに相模原市の自宅まで運んでもらおう。
「さて、浄化はしたけど、エンジンはダメか」
ガレージで一通りチェック。残念だけどエンジンはダメだ。
だから交換する。
このままじゃバイクが可哀そうだ。
エンジンはダメでも、フレームは無事なんだ。ならこのバイクはマダ死んでない、助けられる!
テセウスの船ってパラドックス。何となくだけど、フレームさえ無事なら付喪神として生き残れる気がする。
原付一種だとスピード制限や二段階右折が面倒だし、エンジンが無事でもボアアップしたと思うけどね。
「親父さん、こんにちわー」
日を改めて、軽トラに乗って行きつけのジャンクヤードに顔を出す。
時折覗いて、付喪神なバイクが居れば購入するし、修理に必要な部品を剥がせるなら他のバイクも一緒に買い取るんだ。
今後、純正部品は貴重になるハズだし、ガイア連合自動車部*3の仲間が乗ってるバイクの部品なら確保しといて損は無い。
メーカーにも頼むけど、古いバイクって部品の供給が途絶えてる事も多いからさ。
チャンスは逃すなってね?
今回は目当てがあるんだけど。
1998年製スーパーカブ90カスタム、角目と呼ばれるモデルで、少々不人気かも知れない?
この間、覗いた時に、事故ってフレームが歪んだソレが有ったのを思い出したのだ。
「まだ有った」
見た感じエンジンは無事だと思う。動かしてみないと正確な所は不明だけどね。
「親父さん、コイツ買ってくね」
「あいよ」
整備無しのジャンクだもん、とってもお安いのだ。
「さあ、オーバーホールだ♪」
リトルカブも分解整備して、エンジンを外して置かないと。
そしたら90カスタムのエンジンを降ろして載せ替えだ! エアクリーナーも当然ダメになってるし、バッテリーとメーターも80㎞表示の物に交換だな。消耗品は全部新品にしとこう。
バイク弄り楽しい♪
最初のオーナーとの思い出を残して置きたいし、あまり変え過ぎると付喪神が困惑するかも? 変更は最低限にしよう。
セルは要らないから外して、チェーンもメッキに変えて置こう。
エンジン出力が上がってるんだしブレーキも強化しないとだな? アルミ鍛造強化ブレーキアームキットを取り付けよう。
ただ、あの馬鹿が車体のあちこちを擦ったりぶつけたり……傷は磨いて消すけど、再塗装が必要だな。
可愛そうだな、リトルカブも先代オーナーも。とっても大事に乗ってたって整備状況を見ればわかる。出来れば、また信頼できるオーナーに愛されて欲しい。
「折角の付喪神だ、誰に渡そう?」
ボクの悪い癖だ。付喪神や貴重なバイクは保護したくなる。
バイクを増やしても自分では乗らないのにね?
「多分、乗りたがる人がいるでしょ」
なんなら家族の足代わりにしても良いんだしね。
「この子に良い出会いがあると良いな……」
エミールが言ってた『バイクは走っている時が幸せ』って、買い物の足で終わるよりはロングツーリングを楽しむ、新しいオーナーと巡り合えれば良いのに……そう思っていた。
LLENNの衝動
「つい衝動的に……」
言い訳をするとcubネキと礼子ちゃんが羨ましくなったのだ。
仲良くなれば、お話する機会も増える。
そしてcubネキの唯一の趣味がツーリング。となれば会話の中身もツーリングになる。
この頃は多少余裕も出来て、神社と自宅間の移動のみならず、山梨近郊を散策しているらしい。この間もフルーツライン*4に足を延ばしたのだとか?
聞いてるだけで楽しそうと思ってしまったんだよ。
それで、ついつい取ってしまったのだ。
普通自動二輪免許をね。
「いやあ大変だった……」
教習用のバイクだと地面に足が届かない!
幸い力は十分なので、つま先足立ちでもバイクは支えられる。教官が目を丸くしてたけど、まあ気にスンナ!
「免許はある、さてバイクはどーしよー?」
コイツが問題だ。先ず足つきが問題。
でも足つきが良いとは言えアメリカンバイクはヤダ! もっとカワイイのが良い!
どうせならcubネキと一緒に走りたいなー。
終末後の事も考えなきゃダメなのか……勢いで所得した免許だけど、もしかして使わないままゴミになる?
いや、こーゆー時に頼れる人がいるじゃないか!
「キノネキたすけてー!」
そんな訳でhelp要請なのだ。
丁度良いんだけどさ……
「なるほど?」
良いんだけどさ……乗りたいバイクがある訳でも無いのに、勢いで免許取ったんだ?
「バイク乗りが増えるのは歓迎するよ」
じゃあ注文を聞こうか?
「カワイイのが良い!」
好みが分からんと何も言えんわ!
カワイイの基準は人それぞれ違うんだぞ!?
スクーターがカワイイ? まあ普通だ。
スーパーカブがカワイイ? ボクもカワイイと思う、異論も出るだろうけど。
レーサーレプリカがカワイイ? いなくもない。
オフロードがカワイイ? 稀にいる。
アドベンチャーがカワイイ? そうなんだ……。
ハーレーがカワイイ?? 前世で一人いた。
「LLENNネキのカワイイって、どんなのさ?」
「ん~cubネキとお揃いでも良いんだけど……もう少し小さくても」
普通のカブだと、少し大きいのか……丁度良いな。
「じゃあ、こんなのはどう?」
リトルカブの画像を見せる。
「丁度手元に付喪神になったのが1台ある」
これも縁だと思うけど如何だろう?
「おお、カワイイ♪ これタイヤが小さいの?」
「そっ、前後とも14インチ、cubネキのカブより3インチ小さいんだ」
シート高も30mm低いから、LLENNネキでも足つきは問題無い。
「エンジンを載せ替えたんだ、元は49㏄だけど85㏄になってる。cubネキとも一緒に走れるよ」
目の色が変わった。なるほど、cubネキにも趣味友が増えたのかな?
「購入で!」
「了解、これから塗装するんだけど?」
「じゃあピンクで!」
「あはは、LLENNネキってピンクが好きだね? わかったよ、完成したら教える」
「待ってるね、取りに来るから!」
LLENNネキは御機嫌で帰って行った。
色んな意味で丁度良かったのかも? リトルカブの引き取り手も見つかって、LLENNネキが北神奈川支部へ【トラポート】出来る様になって……
「上手く行けばバイトを頼めるかも」
恩を売って、手伝って貰おうなんて考えは……チョットだけあった。
ようやく主人公視点
「えへへー、どーよ?」
私の前でドヤ顔をする小柄な少女。LLENNネキこと香蓮である。
彼女はピンクのリトルカブに乗って私の住むアパートにやってきた。
金曜夕方、これから聖霊神社へ向かう所だった。
「えーと、何時の間に?」
ビックリ。
「免許はついこないだー、リトルカブはキノネキから買ったんだよ♪」
ほほう、今並んでるカブは3台ともキノネキの手が入っていると?
「うん、キノネキが改造したんだって!」
エンジンスワップ、85㏄に換装済み? つまり私のカブちゃんが一番非力って事?
バイクの良さってエンジンパワーだけじゃないから。*5
エンジン以外はブレーキを強化した程度、キノネキって無茶な改造は嫌いだしね。
それはそれとして、趣味に走ったカブは作ってみたいって言ってたけど……
どんなのだろ?
長くなりそうだから詳しくは聞かなかった。
「今日から一緒に走るからね」
なんでも、私達の話を聞いて楽しそうだから混ざりたいって。
「大歓迎よ! ねっ、小熊?」
「うん、一緒に走ろう!」
ガイア連合にも車やバイク好きの集まりはある。
ガイア連合自動車部。趣味の集まりだし予算が出る訳でも無い、ただ好きな人間が集まって、情報やパーツを融通し合うだけの集団だ。
でも……。
「バイク好きにはマスツーリング*6が好きな人だっているよね? ツーリング好きの集まりでも作ろうか?」
キノネキはソロツーリング勢だから参加は無理かな?
「良いんじゃない? 先ずは、この3人だね♪」
LLENNネキの明るい声。
これがガイア連合ツーリングクラブの始まりだった。
私達のグループは、カブ愛好家の集まりでしかないけど、ガイア連合のバイク好きでツーリングを趣味とする人達がツーリングクラブを名乗って纏まる切っ掛けになったらしい……
危ない所だった、言い出しっぺって事で代表にって動きもあったんだって?
でも『カブ乗りが代表って……』そう反対する意見が出て、消えたんだそうだ。
ありがとう〝排気量マウントおじさん〟*7、 今だけは感謝します。
ちなみにマダ代表は決まっていない。私は特に必要だとは思わないし、気にしてない。あんまりグダグダして迷惑なら超が付く実力者のキノネキがなんとかするだろう。*8
吾輩はリト君である
吾輩は死んだハズだった。
あの日、海に沈んだ吾輩は一度は廃車になったのだ。
数奇な運命によって吾輩は助けられ、新たな主人を得た。
主人は吾輩を〝リト君〟なる愛称で呼び、可愛がってくれる。
とは言え、彼女は機械に強い訳では無く、マメな洗車や手入れをしてくれるだけなのだが。
「さあ、〝リト君〟今日も走るよ!」
それだけの事がありがたい、吾輩は今日を生きて走っている。
LLENNちゃんIN 恵庭椎ちゃんOUT
新キャラを増やすより、既存のキャラにバイクを持たせる方が楽なんだ
スマンな椎ちゃん
ようやくタイトル回収? 名前しか出てないケドw