ストライク・ザ・ブラッド~春風雪華~ 《完結》   作:山中 一

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その一

 年も変わろうかという十二月の終わり。

 一人の少女が空港に降り立った。

「ここが絃神島か」

 白いブラウスと水色のスカートを履いた、いかにもお嬢様然とした風貌である。

 空港ですれ違う人々は、思わず彼女を二度見する。

 人形のような整った顔立ち。テレビのアイドルのような媚を売った感じはしない。自然体の美しさを持っているということであろう。

「それにしても、熱いね。冬とは思えないよ」

 東京都絃神市。

 東京の南方三三〇キロ付近の海上に建造された人工島で、島の全域が魔族特区に指定されており、実際には人工島管理公社によって統治されている独立行政区である。

人口は約五六万人。四方に配置された四基の超大型浮体式構造物と、それらを連結するキーストーンゲートによって構成されている。

 東京は真冬で白雪がちらつくこともあるが、ここは南国。真冬でも半そでで活動できるというから、本土育ちの彼女には驚きだった。

 彼女はからからとスーツケースを引っ張って、駐車場に出た。

 照りつける太陽光が眩しい。

「とりあえず、可愛い妹に会いに行きますか」

 そう呟いて、彼女は歩き出した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 私立彩海学園高等部に在籍する暁古城は、冬休みの真っ只中でありながら登校を余儀なくされていた。

 理由は簡単。

 成績不振である。

 そもそも古城には止むに止まれぬ理由がある。

 世界最強の吸血鬼“第四真祖”という肩書きを持つ彼は、当然に日中の活動を苦手としていた。今まで、何度となく死にかけるような事件に遭遇し、そのたびに絃神島を守ってきた影のヒーローと言っても過言ではない彼だが、吸血鬼になったことを家族にすら打ち明けていない。怪我もすぐに治癒してしまうので、共に暮らしている妹の凪沙でも、古城が命懸けの戦いを繰り広げてきたことには気付いていない。

 けれど、世の中は無情である。

 吸血鬼であることを隠すため、普通に学校に通い、夜行性であるが故に体調が優れないまま授業を受け、居眠り放題ともともとの頭の出来が積み重なった結果、成績は惨憺たるものに。冬休みの初日に、「暁古城。バカだから補習だ」というどこぞで聞いたようなフレーズで、担任から電話&転移で拉致されて以降、長期休みにも関わらず学校に行かねばならなくなったのである。

 予定は四日間の補習。

 この日はその最終日であった。

「終わった……やっと、終わった」

 げっそりとした表情で、古城は学校の玄関から出た。

 時刻は午後二時を回ったところだ。

 最後の提出課題が終わったことで、解放されたのである。

「先輩も、きちんと日頃から勉強していれば、こんなことにはならなかったんです」

 隣を歩く後輩が嗜めるように言った。

「悪いな、姫柊。冬休みだってのに、付き合わせちまって」

「いいんです。わたしは先輩の監視役ですから」

 姫柊雪菜は、獅子王機関所属の剣巫だ。“第四真祖”を監視するため、この島にやってきた。ギターケースを背負い、古城の隣を歩く彼女は、その容姿が優れているために学内でも非常に有名だ。いつも、古城と連れ立っているので、多くの羨望と殺意が古城に向けられる要因となっている少女でもある。

 雪菜は古城を監視するために、暁家の隣に越してきて、登下校まで一緒にするという筋金入りである。その真面目な性格は、「いつ如何なるときも古城を視界に入れておく」という極端な行動に繋がっている。

「にしても那月ちゃんも固いよな。情状酌量の余地はあっただろう」

 渋い顔で、古城は担任教師を非難する。

 なんといっても、古城の担任は、古城の体質を知っている。知っていて、学業をきっちりやらせようとしているのである。

「でも、先輩の成績がよくないのは事実ですし、仕方がありません。今度から、頑張ればいいんです」

「今度なぁ」

 気のない返事をする古城。

 正直に言って、今度の長期休暇も同じような展開になるような気がしてならない。

 最悪の展開は、春休みまでの約三ヶ月の間に、また敵が現れて古城が駆り出されるというものだが、今までが今までだけに、ありえないと一蹴できないのがつらかった。

「大丈夫です、先輩。そのときは、わたしがまた勉強を見てあげます」

「そうか、それは助かる」

 雪菜は古城の一つ下であるが、高等学校卒業程度の学力は持っている。そのため、自分の勉強に時間を費やさずとも高い学力は維持できるので、高校一年生の古城の勉強を見る程度は余裕なのである。この四日間も多分に雪菜の支援を受けた。

「そうだ、先輩。今日の晩御飯はどうしますか? 確か、卵とお肉が昨日でなくなっていたような」

「そうだったな。後で買いに行くか。昨日酢豚やったし、今日は焼き魚でもするか」

「いいですね。魚料理は身体にもいいですし、わたし好きです」

「じゃ、決まりだな」

 古城は、雪菜の賛意を取り付けたことで、夜の献立を決めた。

 自宅に帰る途中で、いつものスーパーによることにした。

「あれ、そういえば財布」

 古城は尻ポケットに入れていたと思っていた財布がいつの間にかない。

 ちょっと焦る。あそこには凪沙から預かった生活費やクレジットカードなどが入っている。

「先輩。お財布なら、昼食を買ったときにカバンの中に入れたじゃないですか」

「え」

 言われて、思い出した。

 今朝、昼食を買いにコンビニに寄った際に、尻ポケットではなくカバンの中に財布を放り込んだのだ。

 カバンの中を探してみたら、雪菜の言うとおり教科書の間に挟まる形で財布が埋もれていた。

「おお、あった。あぶねえ」

「もう、しっかりしてください」

 だらしない亭主を叱る妻のように、雪菜は呆れた声で言った。

 財布の所在が掴めたところで、二人は連れ立ってスーパーに入っていった。

「今日の分だけじゃなくて、一週間分は纏め買いしたほうがいいと思うんです。せめて、凪沙ちゃんが帰ってくるまでの分は今買いませんか?」

 古城の妹で、普段家庭を守っている凪沙は、父に連れられて本土に帰っている。年末年始を向こうの実家で過ごすのである。母親は、職場に篭りきり。古城は一人暮らしを余儀なくされていた。

 雪菜の提案に、古城は頷いた。

「そうだな。年末年始は店も閉まるし、買っておいたほうがいいな」

「お金は大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

 凪沙の周到な準備のお陰で、古城は当面の生活費には困らない。娯楽に諭吉を注ぎ込まなければ食費だけで済むので大した出費にもならない。

「お菓子とかはダメですよ。まだ、余っているのがあるんですから」

「分かってるよ。お前は俺の彼女かなんかか」

「か、彼女って、先輩……」

 雪菜は顔を赤くした。

 古城は失言に気付き、ここは母親かと言うところだったと思いながら、

「いや、姫柊。今のは冗談だ。真に受けないでくれ」

 雪菜を安心させるように言う。

 しかし、雪菜はムッとして、瞳を暗くする。

「そうですか。……冗談ですか……」

「ど、どうした、姫柊」

「何でもありません」

 そう言って、カートを押して行ってしまった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 古城は両手に膨れた買い物袋を持って炎天下の道を歩く。

「いいんですか、先輩。わたしも片方持ちますよ」

「いいって。家の食料だしな。こんなことまで姫柊に手伝ってもらうわけにはいかないだろ」

「わたしは、別に構いませんけど」

「俺が構うんだよ。女の子に力仕事を手伝わせられるか」

 古城にも男としての矜持がある。

 女子に重い買い物袋を持たせたなんてことになったら、ご近所さんからどのような目で見られるか。

「そ、そうですか」

 雪菜はなぜか照れたように俯いた。

 だが、その居心地の悪いようないいような雰囲気は、そう長くも続かなかった。

 違和感に気付いたのは、古城が先だった。

「姫柊。何がおかしくないか?」

 隣の雪菜に、尋ねた。

「おかしい、ですか」

 雪菜は何を言われたのだろうと、一瞬考え、そして、気付いた。

 大通りなのに、人気がない。

 大晦日を数日後に控えた晴天の日の午後。多くの店にとっては書入れ時のはず。

「人っ子一人いねえ。車通りもないってのはどういうことだ?」

「まずいですね。これは、結界です。おそらく人払い。人の認識に干渉して、『ここには近づきたくない』と思わせるものです」

 雪菜はギターケースから愛槍雪霞狼を取り出して、油断なく周囲を見回した。

「その槍で打ち消せなかったのか?」

 古城は尋ねた。

 雪霞狼は、あらゆる魔術的干渉を無効化する結界を展開する。この槍がある限り、雪菜は魔力攻撃を受け付けない。

「打ち消しましたよ。だから、わたしたちはここにいるんです」

「どういうことだ?」

「雪霞狼が暗示を打ち消したんです。そのせいで、わたしたちはここに来ることに躊躇しなかった」

「そういうことか」

 古城は納得する。

 雪霞狼が人払いを打ち消した結果、雪菜は人払いの影響を受けずに結界の内側まで入ってしまったのである。

 古城に関しては、“第四真祖”の膨大な魔力を内包する彼に暗示の類は効果がない。人気が完全になくなるまで、気が付かなかった。

「すみません。わたしがもっと周囲に気を払っていれば」

 悔しそうに、雪菜は唇を噛んだ。

 人払いの結界は雪菜たちに不審がられないように徐々に強まるタイプだったようで、外縁部はちらほらと人がいる。少しずつ人が減っていくので、変化に気づくのが遅れてしまった。

 いや、それだけではないだろう。敵の狙いが古城と雪菜であれば、このやり方から見るに、雪霞狼の特性を熟知している。こちらを知り尽くしている相手に先手を取られているのだ。雪菜が気付かなくても仕方がない。

 そして、古城の目の前に、突然、白銀の狼が現れた。

 鏡のような表皮は、太陽光を反射して輝いている。

 数は三匹。

 一斉に、襲い掛かってくる。

「なんだ、コイツっ」

「下がって先輩! 式神です!」

 雪菜が前に出て、雪霞狼を一閃。魔力を絶つ破魔の刃が、一刀の下に狼を斬り捨てる。

「はあああっ!」

 雪菜は二頭目の首を刈り、最後の一頭の腹を貫いた。

 路上に投げ出された式神は、脱力した後消え去って、鉄の板だけが残った。

「鉄符。でも、これって……」

 雪菜はその内の一枚を拾ってしげしげと眺めた。

 その術式に、見覚えがあったからである。

「姫柊?」

「ああ、いえ、なんでもないです。これ、ちょっと調べてみますね。もしかしたら、術者の正体が分かるかもしれません」

 雪菜は鉄符を回収して、ポケットに仕舞った。

 人払いの結界の効果が薄れてきたのか、人が増えてくる。

「なんだったんだ?」

「さあ、でもわたしたちを狙っていたのは事実です。先輩も気を抜かないでください」

「ああ、そうだな」

 雪菜の忠告に、古城は頷いた。

「あら、その必要はないわよ」

 背後から声をかけられて、古城と雪菜は同時に振り返った。

 そして、目を見開く。

 古城は、その少女があまりにも雪菜に似ていたからで、雪菜はそれが見知った人物だったからだ。

「わたしの狙いは初めから雪菜ちゃんだったんだから」

 姫柊のことを名前で呼ぶ、雪菜似の少女。

「姫柊、その、知り合いか?」

 古城は、雪菜に尋ねた。

 雪菜はぎこちない表情を浮かべて、

「はい。わたしの姉です」

 と言った。

 

 

 

 ■

 

 

 

「粗茶ですが」

「ありがとう、暁君」

 自宅に戻った古城は、とりあえず雪菜の姉を名乗る少女を家に上げることになった。

「いいんですか。姫柊、えと妹さんの部屋には行かなくて」

「いえいえ、まずは雪菜ちゃんがお世話になっている暁君に挨拶をしたほうがいいかと思いまして。ああ、これ、つまらないものですが」

 そう言って、雪菜姉は綺麗に包装された箱を古城に渡した。

 紙包みには、『白銀の恋人』とある。

「北海道ですか」

「ええ、先日までそこで任務を遂行しておりまして。改めまして、わたしはそこにいる雪菜の姉で、春菜と申します。以後、お見知りおきください」

 楚々とした仕草で、春菜は頭を下げた。

「ああ、いえ、こちらこそ。暁古城です。妹さんには、日頃からお世話になっております」

「そうなのですか? むしろ雪菜のほうがご迷惑になっていないか心配していたのですが」

 迷惑はしていないが、困惑は十分にした。

 監視と称して古城に付きまとってくるのである。別に悪いことでもないし、古城は雪菜を信頼しているので何も問題はないのだが。

「すでにご承知かもしれませんが、雪菜ちゃんは思い込んだら一直線なところがありまして、昔から行動が極端になる傾向が……」

「まあ、確かにそういうところがあるかもしれないですね」

 古城は一瞬にして、いくつかの雪菜の言動を思い起こすことができた。

「先輩」

 つい同意してしまった古城に隣に座っている雪菜が嗜めるように呼びかけた。

「それで、姉さんはどうしてここに来たの?」

「それは雪菜ちゃんに会いに来たに決まっているじゃないですか。年末ですよ」

「二年間近くそちらから連絡も寄越さなかった人が何を言ってるんだか」

 呆れたように雪菜は言った。けれど、口振りとは裏腹に、その表情は嬉しそうである。

「ところで、暁君は妹さんと一緒に暮らしているのだと伺ったのですが、確か名前は……」

「凪沙ちゃんだよ、姉さん」

「そうそう、そうでした」

 雪菜が凪沙の名を教える。なぜ、妹の名前まで知られているのだろうか。

「それは、あなたが“第四真祖”だからですよ。わたしたちは国家機関ですし、パーソナルデータくらいは把握していますよ」

「俺のプライバシーとかへの配慮はないんですか?」

「それは、ほら、公共の福祉というものです」

 曖昧な笑みを浮かべる雪菜姉を古城は半目で睨む。

 人間でなくなったのだから、人としての人権がどうというわけにもいかないかもしれないが、魔族としての権利はきっちりと守られて然るべきである。もっとも、もともと人間であり、人としての生活を望みながら、一国の軍隊を丸ごと相手にできるとされる真祖の一員である古城の扱いは、国家機関としても困るところが大きい。

 監視者を送り込んでいるのも、今後の古城の扱いをどうするのかという点で情報が必要だからでもある。

「先輩、何姉さんを見つめてるんですか」

「見つめてねえよ! 誤解を招くような言い方はしないでくれ!」

 二人の様子を、春菜は楽しそうに眺めている。

「姉さん。あの、どうかした?」

「ん? いやー、仲がいいなぁとね」

「そ、そうかな。そんなことは、ないと思うけど」

「先生からは、雪菜が“第四真祖”に篭絡されているかもしれない、なんて言われてきたけど、うん。そんな感じだね」

「篭絡なんてされてないから!」

 雪菜は勢いよく立ち上がって、テーブルを叩いた。

「先生って、もしかしてあのニャンコ先生のことか?」

「にゃんこ……? ぷふ、くく」

 春菜は古城の発言を聞いて、堪えきれぬとばかりに笑った。

 雪菜を大人にしたような顔で、感情表現豊かに笑う様は、新鮮なものである。

「先生を相手ににゃんこって、あははっ。すごいですね、暁君!」

「ね、姉さん! 失礼!」

 慌てた雪菜が諌めるが、春菜はツボに入ったのか落ち着くまで一頻り笑い続けた。

 

 

 夕食は三人で摂ることになった。

 雪菜は春菜と過ごせばいいのに、古城から目を離すわけにはいかないと言って聞かず、なら春菜も一緒にここにいればいいという話になったのである。

 その話に古城が入り込むことはなかった。古城としてはどちらでもいいことなので、気にならなかったからだ。

「すみませんね、暁君。我侭を言ってしまいまして」

「いいんですよ、春菜さんはお客さんなんですから」

 春菜はイスに座りながらテレビを眺めている。

 キッチンに立つのは古城と雪菜の二人だ。春菜も手伝おうとはしたが、キッチンの許容量を越えてしまう。邪魔になるので、引き下がった。

「先輩、人参はこんな感じでいいですか?」

「ああ、じゃあ、次はレタスを洗ってくれ。火のほうはこっちでやっとくから」

「はい」

 エプロンを着けた二人は、手際よく料理を作っていく。

 その様子を春菜は珍しそうに眺める。

「ねえ、雪菜ちゃん。一つ、聞いていいですか?」

「何、姉さん?」

 雪菜はレタスを洗いながら

「なんで、監視者の雪菜ちゃんが監視対象の暁君と自然に料理しているんですか?」

「!」

 ぐしゃっと、雪菜はレタスを握り潰してしまった。

「あ……えと」

 古城は動揺した雪菜からレタスを入れたボールを取り上げ、水切りをする。早く言い訳でも説得でもしろと言外に伝えてくるのだ。

「先輩を監視するには、一番身近にいたほうが都合がいいと思うの。あ、でもいつもこうじゃなくて、今週だけ。今は凪沙ちゃんも本土に帰っちゃってるし……だから、こんな感じに……」

「うん? あれ、てことは今日だけじゃなくて、妹さんが本土に帰られてから毎日こんなことしていたんですか?」

「え、いうあ。あー」

「雪菜ちゃん。そんな小姑が居ない間を狙って押しかけ女房みたいなことして……上手い手だとは思いますけど」

「だ、だから違うって! さっきからそういう方向に話を持っていこうとするの止めてよ!」

 雪菜は耳まで赤くして、言う。

「だってそういう風に見えるんだもの。仕方ないでしょう」

「仕方ないって……」

 雪菜は絶句する。

「姫柊、皿、持っていってくれ」

 古城は敢えて冷静に、レタスとトマトを盛り付けた皿を雪菜に渡した。

「あ、はい。分かりました」

 雪菜は頷いて、人数分の皿をテーブルに運んだ。

 この日の夕食は、オムライスにサラダとワカメスープという単純なものになった。

 

 

 

 □

 

 

 

 夕食後、雪菜と春菜は古城の家を後にした。

 雪菜の部屋に入ってから、春菜は一言、

「殺風景ねぇ」

 と言った。

「姉さんは、わたしの部屋にどんなことを期待してたの」

「いや。普通に女子の部屋といったら、ピンク色だったりなんだりカラフルなものでしょう? わたしはそうだったわよ」

「確かにそうだけど」

 思い出される姉の部屋。

 整理整頓が整いながらも、生活感があった。生きた部屋だったと思う。一方の雪菜の部屋は、最低限のものを配置しただけの殺風景さ。

「これじゃあ、エッチ系な本も出てきませんかねえ」

「ね、姉さん! わたしがそんなの持ってると思ってたの!?」

「あなたももう子どもじゃないんだから、興味を持ってもいい頃だと思うの。恥ずかしいことじゃないですよ。わたしなんてセブンで立ち……」

「いいから! 姉さんの体験談とか別にいいから! 後、この島にいる間は本当に止めて!」

 遠目からは双子なのかと思われるほど顔立ちが似ているのだ。下手をすれば、雪菜が十八禁コーナーにいると思われる。

「まあ、それは冗談として」

「冗談……」

「そりゃ、さすがのわたしもコンビニはキツイし」

「あ、そこだけ」

 前半部分は本気だったらしい。

「じゃあ、雪菜ちゃん。いろいろとお話したいこともあるんだけど、とりあえずお仕事のほうの話をしましょう」

「え、はい」

 雪菜と春菜は、それから小一時間ほど、ここ一年の報告をしあった。どのようなことがあって、何が大変だったか。特に、雪菜は“第四真祖”絡みの事件に度々関わってきたこともあり、話はバラエティーに富んでいた。

「そういえば、報告書のための日誌もつけているんでしょう?」

「うん。見る?」

 そう言って、雪菜はクローゼットを開けた。ダンボールがクローゼットの下には収められていて、その蓋を開け、中から大学ノートの塊を取り出した。

 いったい何冊あるというのか。 

 十や二十では到底収まらない。

「えーと、そんなに?」

「毎日つけているとどうしても嵩張ってしまって。一番新しいのは、机の上にあるのなんだけど、それももう一杯になってるから変えないといけないかな」

「へえ。真面目にやってるんですね。じゃあ、ちょっと拝見」

 春菜は大学ノートの山から一冊抜き取って、パラパラと頁を捲ってみた。

 

 『本日の先輩』

 午前七時二十分、起床。昨日よりも五分遅い。朝食はトーストとサラダ。栄養価に偏りがあると思う。

 午前七時四十分、登校。教室に入ってすぐに浅葱さんと会話。約五分。

 午前八時四十分、一時間目開始。十三分後に居眠り。

 ・ 

 ・

 ・

 午後四時二十分、一緒に下校。帰り道、夕ご飯の食材を購入。先輩がアイスを買おうしたけれど、阻止。冷凍庫にまだいくつか在庫があった。タイムセールスだったので、お金がいくらか浮いた。

 午後五時三十分、宿題に手を付けるも、五分後に漫画を読み始める。以降手を付けず。後できちんと言わなければならない。

 ・

 ・

 ・

 午後七時三十分、凪沙ちゃんに招待されて一緒に食事。

 午後八時、入浴。式神は脱衣所までを確認。以降、音声と魔力感知で監視続行。

 ・

 ・

 ・ 

 午後十一時、先輩の夜間外出を感知。追跡。コンビニで、夜食を購入。チョコレート類多め。店員のお姉さんと会話。十秒。

 午前零時十二分、帰宅。

 午前二時、就寝

 

「ふむ」

 春菜は大学ノートを閉じた。

「いや、これはないわぁー」

 遠い目。

 監視者なので間違いとは言い難いが、分単位で記述があるところもあり、過剰監視と言えなくもない。

 監視任務に携わったこともある春菜から見ても、ちょっと行き過ぎていると思えた。

「というか、どうやって記述したの、これ」

「え、それは式神を専用に調整しただけだよ」

「暁君の動向をひたすら記録するだけの式神を作ったということ?」

「うん」

 雪菜は頷いた。

 なるほど、まあ、細かく記録するのは大切だ。

「さすが雪菜ちゃん。監視者の鑑だわ。これからも頑張ってね」

 春菜はとりあえず誉めておくことにした。

「はい、これからも頑張ります!」

 力強く、雪菜は宣言する。

「ところで、雪菜ちゃん。気になることがあるのですが」

「何、姉さん」

 雪菜は春菜に近づく。春菜は、大学ノートを広げてみせる。付箋がついているので、頁はすぐに分かった。

「それ、結構最初のほうのヤツ」

「はい。それで、この『先輩の童貞を貰う』とはいったい……」

 頁の一つを指差して、震える声で春菜は問う。

 雪菜は首を傾げて、

「そのままの意味だけど?」

 と、さも当然のように答えた。

 

 

 

 □

 

 

 

 ピンポンピンポンピンポン!!! 

 夕食後、夜行性の吸血鬼ということもあり眠気は一切なく、体調は万全。菓子を摘み、冷たい麦茶を飲み、漫画とテレビに囲まれ口うるさい者もいない。そんな暁古城の久しぶりの平穏な夜は猛烈なインターホンによって崩壊した。

「なんだ、いったい」

 のぞき穴から見ると、雪菜、ではなく春菜のほうがインターホンを連打しているようだ。すごい剣幕である。

「はい、今開けます」

 古城は鍵を開けた、その瞬間勢いよく扉が開かれた。

「暁君。妹のことでお話があります! ちょっとお時間よろしいですか!?」

「え、はあ、はい」

 そのあまりの勢いに、古城は細かいことを言う前に頷いてしまった。

 結局、再び暁家に上がった春菜は、いかにも怒っているという様子である。

 古城の隣には、雪菜が腰掛けているが、こちらは姉がなぜ怒っているのか理解できないという顔をしている。

「あの、姫柊のことで話というのは?」

「そう、それです。わたしも雪菜ちゃんの姉として妹の幸せは嬉しいですし、“第四真祖”とはいえ暁君が真面目な人だということは、そこそこ分かっています。しかしですね、物事には順序というものがあると思うんです。たとえ、お付き合いしていたとしても、まだお互いに未成年なのですから、羽目を外さず、健全に……」

「待ってください! 付き合ってる? 俺と姫柊が!?」

「え? 違うんですか?」

「ち、違いますよ。俺は別に姫柊と付き合っているわけじゃないですし、なあ……」

 古城は慌てて、雪菜の賛同を得ようと話を降った。

 すると、雪菜は言葉に詰まったようにしてから、

「…………そうですね、付き合ってませんね」

 平坦な口調で答える。

「つ、付き合ってない。付き合ってないのにしたんですか? 雪菜とは遊びだったと? そういうことですか!?」

「え、あ、なんのことですか? 何か、壮大な勘違いがあるんじゃないでしょうか?」

 どうして、春菜がこのようなことを言ってくるのか皆目検討がつかない。彼女とは、さっきまで良好な関係を築いていたはずだ。何かあったとしたら、というか十中八九雪菜の自宅に戻ってから何かがあったのだ。

「姫柊、これどういうことだよ?」

「わたしも、よく分かりません。この一年のことを姉さんに話して、それで先輩の童貞を頂いたという話になったところでこんな感じに」

「それじゃねえか!?」

 雪菜のことだ。童貞を頂くということをそのまま言ったのだ。その背景や文脈を知らない人間がどのような勘違いをするのかも知らず、古城がかつて誤魔化した「未経験」という意味合いを本来の意味と誤解して使っているに違いない。

 正確には、「吸血童貞」。つまり、雪菜と出会った当時は、いまだに血を吸ったことのない半人前の吸血鬼だったということであり、雪菜が言う「童貞を頂いた」というのは、始めて血を吸った相手は自分だということである。

「それですよ! その童貞の部分です! 雪菜ちゃんだって初めてだったんですよ! ねえ?」

「え、ええ。まあ、わたしも初めてでしたし。あ、でも大丈夫でしたよ。少し血は出ましたけど、陰性でした」

「がっ」

 春菜は何かを喉に詰まらせたように喘いだ。

「ひめらっ。おま、この状況で!?」

 古城も、冷や汗をびっしりとかきながら、激しく焦る。

 ミサイルを叩き込むような姫柊の発言は、場を混沌とさせる一方だ。

「あ、ああああ暁君。そ、そのねえ」

 春菜もさすがに顔を真っ赤にして古城にどのような言葉をかけるべきか迷っていた。

 古城も、雪菜の姉に雪菜の血を吸わせてもらっていますと言うべきか否かを判じかねている。

「あの、二人ともどうしたんですか?」

 雪菜だけが、この状況をまったく理解していなかった。

 

 

 

 騒動が一段落するのに、それから五分ほどの時間を要した。

 最終的には春菜が早とちりを謝罪することになってしまったが、古城もまた頭を下げた。

「その、すみませんでした。わたし、雪菜ちゃんからもっと詳しく聞いていればこんなことには」

「こちらこそ、すみませんでした。誤魔化すためとはいえ、中途半端なことを」

「いえ、いいんです。知らない雪菜ちゃんが悪いんですから。むしろ教えていたら立派なセクハラです」

「ははは、そうですね」

 疲れたような乾いた笑いを浮かべる古城。

「それでは、お騒がせしました。おやすみなさい」

 春菜は頭を下げてから暁家を後にした。

「あの、姉さん。さっきのはいったいどういうことですか?」

「雪菜ちゃん。わたしね。雪菜ちゃんとしっかりお話しておくべきだと思ったんです。特に保健体育的な面で。その歳で知らなすぎるのも問題ですし。身を守るものだと思って」

「は、はあ……」

 雪菜は自宅に帰ってから、新しい知識を得た。

 翌朝、古城と会った雪菜の第一声は「いやらしい吸血鬼さん。おはようございます」だったという。

 

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