ストライク・ザ・ブラッド~春風雪華~ 《完結》   作:山中 一

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その十

 さながらサンドバックであった。

 もはや傷ついていない箇所はなく、瞼も腫れ上がり、全身の至るところの骨が砕けた。吸血鬼の再生能力を上回る攻撃は、古城を瞬く間に虫の息にまで追い込んでいた。

 それでも、頭と心臓だけは必死になって庇い続け、命からがらで雪菜の前に立ち続けていた。

 こうしている間にも、古城の身体は崩壊と再生を続けている。

 雪菜と対峙するためとはいえ、古城が背負った負担はあまりにも大きい。

 古城が雪菜に入れた攻撃は一つもない。

 依然として、古城は劣勢を強いられていた。

「げほ、げほ。クソ、手が出せねえ」

 口元を拭い、古城は、薄く笑う。

 雪菜の容赦のなさには、もう笑うしかないのだ。

 雪菜の動きが徐々に見えなくなってきた。反応速度もずいぶんと鈍っている。

 雪菜が右の拳を握り締めて踏み込んでくる。顔面目掛けて突き出された拳を古城は腕をクロスして防いだ。銃撃されたような衝撃に、古城は上半身を逸らしてしまう。

「ぐ……ッ!」

 ここで堪えれば、雪菜の追撃をそのまま受けることになるであろう。古城はそのまま後ろに下がろうとして、唖然とする。古城を殴りつけた雪菜の腕が、そのまま古城のパーカーの襟を鷲掴みにしたのである。

 万力のような力で古城を引き寄せた雪菜は、突き上げるような膝蹴りを古城の腹部に叩き込み、前のめりになったところで力と技を結集した大外狩で古城を背中から地面に叩き落とした。

「うごぁ……!」

 意識が白黒して、思考に空白ができる。

 さらに雪菜は古城を吊り上げて、コンテナに向けて放り投げた。

 ジェットコースターに乗っているほうがまだましというほどに上下左右に振り回された古城は、ついにコンテナに激突して崩れ落ちた。

 出血量は尋常ではない。

 がくりと頭を垂れる古城は、虫の息といった様子で浅くとも辛うじて呼吸できているのが奇跡的だとさえ言える状態である。現状で、右の肺は潰れているし、あばら骨は何本か粉砕骨折している。両腕の橈骨もへし折れているので、長袖の下は赤黒く腫れ上がっている。

 雪菜の間断ない攻めによって、内蔵も多大な損傷を負った。感覚こそないが、足のほうもかなりの痛手を被っているだろう。これほどの状態にまで追い込まれながらも、古城は雪菜を傷付けるようなそぶりは一切見せなかった。起死回生の一手があるわけでもなく、ただ殴られ、蹴られを続けただけの愚かな道化である。しかし、道化に徹してでも、古城には通すべき意地があったし、雪菜を救い出すという当初の目的を喪失したわけでもない。

 八割方死にながら、生きている部分が懸命に古城の身体を再生しようと動き出す。肉と血管と神経と骨が癒着して、感覚を取り戻してく。いつもよりも再生速度が遅いものの、命を繋ぐには十分である。惜しむらくは、それでも雪菜を止めるには至らないということだが、それは根性を振り絞ってどうにかする。

 

 

 全身を返り血に染め上げた紅色の雪菜は、さながら鬼神のようであった。背後に月を背負って立つ姿は神々しくも思える。

 雪菜が歩を進めると、血の足跡が残る。血溜まりを踏みつけたからか、あるいは古城の腹部を蹴り抜いたときのものか分からない。それくらいに、雪菜は頭から足先まで血で汚れているのである。

 目の前の敵を排除する。

 ただそれだけのために身体を動かす。疑問は一切持たない。疑問を持つようなら、当の昔に壊れている。

 呼吸を確認、――――暁古城(てき)は、まだ生きている。

 吸血鬼にしても、ずいぶんとしぶとい。

 どうやら、彼を仕留めるには、特殊な魔術なり兵器なりが必要になるらしい。どちらも持たない雪菜では、動けなくするのが関の山であろう。

 淡々とそれを分析して、雪菜は次の行動に映る。

 少なくとも、“八雷神法”は古城に対して十分な効力を発揮している。ならば、その格闘術を駆使して、完全に動かなくなるまでその身体を破壊し尽くす。主の命令は叩き潰せであり、殺せないならば、それに近い状態にまで追い込まなければならない。

 まずは立ち上がれないように両足を潰し、次に喋れないように喉を穿つ。両腕は再生がすでに始まっているので、再び砕く。心臓と頭も早々に破壊しておくべきだろう。刃物があれば、斬り刻むこともできたのだが、ないものねだりは無意味と弁える。

「げほ……」

 古城は喉に溜まった血を吐き出した。

 呼吸が安定する。肺は不完全ながらも再生を果たし、視力も取り戻せた。四肢の自由は、万全とはいえないが、雪菜がこちらを死に体と思い雑な攻撃をしてくれれば、その隙を突いて密着できるくらいには回復している。

 そして、古城は顔を上げる。

 雪菜はこちらを警戒しているのか、一息に止めを刺そうとはしていない。ゆっくりと、真綿で絞め殺すかのように歩み寄ってくる。

「はッ……、たく、無理しすぎだぜ……」

 古城は頬肉を吊り上げて笑った。

 雪菜の背後、商船の上に見知った影がふらつきながらも現れたのを見て取って、その企図を悟ったからである。

 彼女は相当な無理を押して、危険を冒した。考え得る限り、最も確実に雪菜を取り戻せる方法を実践しようとしている。よって、古城はそれを実現するために、できる限り雪菜を引き付ける。

「う、おおおおおあああああああッ」

 死力を振り絞って古城は立ち上がった。

 砕けた骨が軋み上がって、激痛を伝えてくる。痛みがあまりにも激しく、今度こそ気絶するかと思ったくらいである。

 さすがに、この身体で立ち上がるのは雪菜にとっても想定外だったのか、歩みを止めて古城を見つめた。何か、隠し玉があるのではないかと警戒しているのであろう。

 それは、好都合だ。

「来いよ、姫柊。最後まで、相手になってやる」 

 雪菜は、古城が戦う意思を見せたことで今度こそ動けなくしてやろうと距離を一息に詰める。

 古城のほうには、ほとんど余裕らしい余裕はない。虚勢を張るので精一杯である。

「ッ!」

 雪菜は後一歩で古城の頭を打ち砕けるところに踏み込んだところで、背後から飛来する何かに気付いて飛び退いた。

 力なく地面に落ち、跳ねたそれは、純白の輝きを秘めた槍だった。

 雪霞狼。

 真祖をも葬るとされる最高の対魔武神具七式突撃降魔槍(シュネーバルツァー)である。

 古城は、それを拾い上げると、そのまま雪菜に突撃した。

 槍として扱う必要はない。雪霞狼は、あらゆる魔力を無効化する。雪菜に押し当てるだけで、効果を発揮するはずであった。

 雪菜は、それを知っているが、古城の槍を扱うスキルは底辺であるから脅威ではないと判断した。魔力を無効化する点については、魔術を使わなければ問題ないという認識であり、自分の呪詛が解けるかどうかは考慮していない。呪詛について思案するという発想が、そもそも存在しないからである。

 よって、雪菜は古城を迎撃する。

 未来を読み取り、古城の胸を突く。

「いい加減、目ぇ醒ませ。この馬鹿野郎がッ!!」

 古城は雪菜の拳を避けなかった。今更一発重い一撃を貰ったところで大差ない。そう割り切ったからだ。避けるつもりのない相手に、加減する必要もなく雪菜は古城を強かに殴りつけた。心臓が、一撃の下に粉砕され、身体の内側がミンチになるのを感じながら、古城は薄れ行く意識を引き伸ばして、雪霞狼の柄を雪菜に押し当てたのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 支えるものを失った雪霞狼が地面に落ちた。甲高い金属音が埠頭に響いて、潮風に流れて消えていく。

 雪菜は、膝をつき、糸の切れた人形のようになっている古城を抱きかかえて呆然としていた。

「先……輩……?」

 古城は動かない。

 最後の雪菜の拳が、ついに心臓を破壊したことで、古城の肉体は生命活動を停止していた。

 何れにせよ、普通の人間ならば即死である。心臓を潰されれば、第四真祖といえども大幅な消耗は避けられず、意識を保つことも困難である。もともと受けていたダメージがあまりに大きかったために、このまま本当に死んでしまう可能性すらあった。

 かつて、首を刎ねられた際にも復活できた古城だが、雪菜の“八雷神法”を幾度もその身に受けた状態で心臓を破壊されて、無事に再生できるかどうかはかなり怪しいところである。そもそも、剣巫の格闘戦術は、古城のような不死性の高い魔族を素手で制圧するために編み出された破魔の技なのだから。

「あ、ああ、ああああああああああああああああああッ」

 雪菜は絶望に塗れた声を上げた。

 春菜と同じく、洗脳を受けていたときのことを鮮明に覚えていた。古城の身体を徹底的に破壊しつくした感触が、両手に残って離れず、身体を濡らす血のすべてが古城が流したものだと思うと自分の存在を消し去りたくなるような衝動に駆られる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、先輩、……うあああッ」

 古城を仰向けに寝かせた雪菜は、為す術なく古城に呼びかけ、謝罪の言葉を口にするだけである。動転して、思考が真白に染まってしまった。

「雪菜ちゃん!」

 そこに、春菜が駆けつけた。

 見るからに体調が悪そうだ。顔面は蒼白で、立っているのもやっというような状態で、商船のデッキから雪菜の下まで一直線に跳んできたのである。

 足がもつれて転びそうになりながら雪菜の隣に辿り着いた春菜は、跪いてから、雪菜を落ち着かせるように、その頭を掻き抱いた。

「ごめんね、雪菜ちゃん。本当に……」

「ねえ、さん……!」

 ギリ、と雪菜は歯を食いしばる。春菜に八つ当たりをしても仕方がない。そう、分かっていても誰かにぶちまけなければ落ち着かない。

 だが、その時間すら惜しい。春菜は雪菜にどれだけ罵倒されようとも、受け容れる覚悟はしていたが、まずは今を乗り切らなければならないと、雪菜の耳元で囁く。

「早く、暁君に血を飲ませてあげないと」

「血、血? ……あ、そ、そうか!」

 古城は吸血鬼である。血を飲めば失った魔力を取り戻し、肉体の修復を加速させることができる。そのことに思い至らなかったのは、それだけ雪菜が冷静さを失っていたということである。

「時間は、わたしと紗矢華で稼ぎます」

 春菜は、そう言って雪菜を離して立ち上がる。

 右手首の縛大蛇を起動。腕を振るって鞭のような一条の鎖を生成した。

 

 雪菜はルドルフに挑みかかる紗矢華と春菜を信じ、古城に集中する。手首を雪霞狼で切り、滲み出る血を口に含む。鉄の匂いが口内に広がるのを感じながら、古城と唇を重ねた。できる限りの血を古城に分け与える。古城の体内で暴れる雪菜自身の霊力を抜いて、古城の魔力を増大させるには、それ相応の量の血液が必要だ。

 雪菜は合計三度に亘って自らの血を古城に口移しした。

「が、ぐはッ、ごほッ」

 四度目の口移しをしようとしたところで、古城の呼吸が再開した。古城の口から血の塊が飛び出し、肉体の再生が急速に行われていく。砕かれた心臓が鼓動を取り戻し、音を立てて壊れた四肢が修復していく。それは、まるで逆再生映像を見ているかのような光景であった。

 そして、古城は目を開けた。

「先輩……ッ!」

 雪菜は堪らず古城に抱きついた。

「ぐ、おぉぉッ」

 古城は苦悶の声を上げる。復活した傍から絞め殺されるかと思った。

「ひ、姫柊、ギブ……」

 古城は雪菜の肩をタップして解放を要求する。

 雪菜は、慌てて古城から離れる。

「す、すみません……」

 雪菜は癖なのかその場で正座する。

 何か言いたそうにしながらも雪菜は言葉を紡がない。古城の様子を窺って、無言を貫いている。

「姫柊。大丈夫そうだな」

「はい。……本当に、ご迷惑をおかけしました」

 雪菜は頭を下げる。その雪菜の頭に古城は手を置いて、優しく撫でた。

「アイツを倒す。姫柊は、休んでろ」

 古城は、そう言って立ち上がった。もはや血まみれなのは見た目だけである。雪菜からの血液の供給によって、古城は絶好調の状態に戻っている。

「いいえ、先輩。わたしもご一緒します」

 雪菜は首を振って、古城の提案を拒否する。雪霞狼を握る手に力を込め、古城の隣に並んだ。

 

 

 

 □

 

 

 

「やってくれましたね……!」

 雪菜が解放されたことで、ルドルフの思惑は九割方崩壊した。

 危険を冒して剣巫を手に入れようとしたルドルフは、ここにきて利益の大半を古城たちに奪い返されたことになる。

 紗矢華によって船員が昏倒させられた今、単独で出航するというのは現実的ではない。敵を倒し、船員を叩き起こして、沿岸警備隊(コーストガード)が駆けつけてくる前に逃亡しなければならない。

 だが、まだ終わっていない。今は敵に剣巫を奪い返されたが、相手は四人とも限界まで身体を酷使している。倒せば獅子王機関の優秀な実力者を三人纏めて手に入れることができる上に、第四真祖を出し抜いたという箔も付く。

 そう、ルドルフはまだ負けていない。

「おおおおおッ」

 咆哮し、地面を抉る。粉砕したアスファルトの礫が紗矢華に襲い掛かる。

「煌華麟!」

 紗矢華は前方の空間を薙いで次元を切断する。アスファルトの散弾が、見えない空間の亀裂に吸い込まれて消失する。

 煌華麟の防御は絶対的だが一瞬の楯でしかない。それを知っているルドルフは、瞬時に紗矢華との間合いを零にする。

「く……!」

 呪的身体強化でも、いよいよ油断ならぬと全力を出したルドルフの行動についていけない。無理な強化と行動で身体は悲鳴を上げている。傍目からしても紗矢華の運動能力は大幅に低下しているのだ。

 撫でられるだけでも、意識を飛ばされる。そうと分かっていながら、紗矢華はルドルフが振り上げた拳を目で追うことしかできなかった。

「蛇動/固定!」

 紗矢華を打ちのめそうとしたルドルフの腕に、蛇のように闇色の鎖が絡みついた。

 ルドルフの動きが止まり、紗矢華がその隙に距離を取る。

「春菜君、……まさか、あの槍を持ち出してくるとは思いませんでしたよ」

「ずいぶんと、お世話になりましたね。ルドルフ。せっかくいただいたご縁ですけど、ここで切らせていただきます」

 春菜は縛大蛇を操りながら、ルドルフに決別を宣告する。

「春菜さん。……雪菜は」

「あの娘なら、大丈夫。今は、目の前に集中しましょう」

「はい」

 紗矢華は荒い息を整え、煌華麟を弓の形態にする。春菜が防御をしてくれるのだから、自分は本領を発揮できる弓でルドルフと戦うのがいいと判断したからだ。

 ルドルフは、縛大蛇の鎖を自由の利くもう一方の手で掴む。

「気丈なのはいいことです。が、分かっていますよ。この鎖、まったく本来の力を発揮できていませんね」

 神獣は吸血鬼の眷獣に匹敵する怪物だが、春菜の鎖はその眷獣すらも虜とする。しかし、それも全力を尽くせるときに限った話で、今の春菜ではそこまでの出力は期待できない。

「忘れたとは言わないですよね。あなたは、私に挑んで負けたんですよ!」

 ルドルフは、縛大蛇の鎖を強引に引き千切った。

 砕けた鎖が魔力を散らして、大気に解けた。

「ええ、確かにわたしは負けました」

 春菜は特に反論もすることなく認める。ルドルフと戦い、その圧倒的な力に屈服したときを思い返すと恐怖すらも感じてしまう。

 あのときに比べて、春菜はあまりに消耗している。正面から挑んで勝利することなど、万に一つもありえない。

「ですが、どういうことなのでしょうね。負ける気はしないんですよ」

 春菜は微笑み、縛大蛇にあらん限りの霊力を注ぎ込む。起動した縛大蛇が大気中の魔力を片っ端から固定化し、長大な鎖を生成、そしてルドルフの周囲に鎖の渦を形作った。

「縛鎖/結界!」

 魔力固定化能力を完全解放し、鎖で囲んだ空間を凍結する。捕縛に特化した縛大蛇の奥の手であった。

 闇色の渦の中で、神獣が苦悶の声を上げる。如何に神獣とはいえ、その戦闘能力は魔力によって維持されている。縛大蛇の魔力固定化空間は、神獣の体内にすら作用し、その活動を著しく低下させる。

「う、ごほッ」

 膝が笑う。咽ると同時に口から血が滴り落ちた。命が鎖に吸い上げられているかのように、消耗が加速していく。

「春菜さん!?」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 もう少し、古城が復活する時間を稼ぐ。息をするのも億劫になるほどになりながら、春菜は死力を尽くして結界を維持する。

「だから、無駄と言ったでしょう!」

 しかし、死に体の春菜をあざ笑うかのように、ルドルフが咆哮し、その巨腕が結界の壁を突き崩す。

「おおおおおおおおおおおッ!」

 膨張した筋肉が鎖の渦を無理矢理止める。固定化された空間に罅が入り、ルドルフの魔力を抑えておけなくなる。

「負けるんですよ、あなたはッ。そして、今度こそ私に永遠の忠誠を誓うのです! 呪詛などなくとも自らの意思で従いたくなるほどに、徹底的に調教しつくしてあげますよ!」

 縛大蛇がついに崩れる。鎖が千切れ飛び、押さえていた膨大な魔力が噴き出して周囲を蹂躙する。

「く、……紗矢華!」

「はい!」

 そこを狙って紗矢華が呪矢を放った。

 吹き荒れる魔力の風を貫いて、紗矢華の矢はルドルフの胸を抉る。――――その直前、ルドルフは信じがたい挙動で真横に跳んで矢をかわす。紗矢華の呪矢はルドルフの左の二の腕を傷付けるに留まった。

「は、今更、当たるわけがないでしょう!」

 ルドルフは、怒鳴る。紗矢華の何番煎じとも分からない単調な攻撃を嘲り笑い、地を蹴る。技はいらない。圧倒的な身体能力と体重による突進はそれだけで自分が乗り入れた商船を沈没させる力がある。目の前の二人なら即死はしないだろう。生きていればどうにでも使える。そうして、紗矢華の呪矢から意識を逸らしたのが、まずかった。

「勝った気にならないでよ!」

 紗矢華は叫ぶと煌華麟から最後の矢を放った。

 ルドルフには正面から射っても当たらない。しかし、紗矢華は愚直にも呪矢をルドルフの真正面に放ったのだ。ルドルフは、その幼稚な攻撃手段に呆れながら、回避しようとして矢が消失したことに気付いた。

 そのときには、すでに紗矢華の矢はルドルフの背に突き立っていた。

 激しい衝撃が内蔵を揺らす。筋肉だけでは衝撃を受け止め切れなかった。

「な、あァ……!!」

 煌華麟の能力は空間切断。呪矢を放つ砲台であると同時に空間を斬り裂く魔術を付与された煌華麟は、その二つの能力を駆使することで数キロメートル先にまで、呪矢を瞬間移動させることができる。今回はそれを応用して、ルドルフの背後の空間に矢を飛ばしたのである。

「ぬあああああああああッ」

 呪詛を注入する矢は、さらに大気中の魔力を吸い上げて大爆発を起こす。

 神獣とはいえ、この一撃はさすがに堪えたであろう。爆炎の中から現れたルドルフは、肩で息をして這い出てくるような格好であった。

 紗矢華の呪矢の直撃を受けて、まだ動けるところが神獣の面目躍如といったところか。

「やって、……くれましたね。煌坂紗矢華君……!」

 ギラギラとした獰猛な視線で紗矢華を射抜く。紗矢華にはもう矢がない。後は剣で戦うことしかできない。そして、援軍として駆けつけた春菜も先の結界で力尽きたのか膝をついている。だが、それでも腹立たしいことに二人は敗北を受け容れてはいない。むしろ、勝利を確信したように落ち着いた表情を浮かべている。

「やってくれたのは、お前のほうだろ、ルドルフ」

 彼女たちが敗北を認めないのは、進み出た第四真祖の存在によるところが大きいのだろう。

 雪菜の血を吸った古城は、魔力を充溢させている。人質として使える者ももういない。古城は、今全力で眷獣を解き放てる。

「今までてめえが仕出かしたことの落とし前、ここで付けさせてもらうぜッ! ここから先は、俺の戦争(ケンカ)だ!!」

 古城から信じ難い魔力の奔流が噴き出して、荒れ狂った。その魔力量はルドルフを遥かに上回っている。

“馬鹿な……ッ”

 ルドルフは目を見開いた。

 神聖なる神獣の力を持つルドルフを上回る力など、存在してはならないのだ。しかし、目の前の少年はルドルフが全力を振り絞っても届かないほどの力を放出している。

 そのようなことはあってはならない。認めてはいけないのだ。

「図に乗らないでください、第四真祖ッ!!」

 ルドルフは身体を膨らませ、腹中に蓄えた魔力を口から吐き出した。暴風は灼熱の炎の津波となって古城たちに襲い掛かる。その熱量はアスファルトを一瞬で気化させ、その下の構造材すらも蒸発させるほどのものである。当然、直撃すれば、四人とも跡形もなく消え去るであろう。

 その死の猛威に立ち向かうのは、最も小柄な少女であった。

 純白の輝きが、ルドルフの炎と熱を消滅させる。

「いいえ、先輩。わたしたちの戦争(ケンカ)です!」

 轟、と振るわれた雪霞狼は、神格振動派を振り撒いて完全に炎の津波を消し去ってしまった。

 雪霞狼を手にした雪菜に魔術的な攻撃は一切効果がない。ルドルフのブレスは、古城たちに何一つダメージを与えることがなかった。

「く、おおおおおおおおッ」

 ルドルフに残されたのは、その身体能力を駆使した突撃のみ。

 ルドルフの突進に先んじて、古城が眷獣の枷を解き放つ。

疾く在れ(来やがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 召喚されたのは電光の煌きを持つ獅子の眷獣であった。

 神獣化したルドルフをして見上げざるを得ないほどの巨体を持つ獅子が、埠頭を黄金色に染め上げる。

 爆雷の如き轟音を発して、ルドルフと獅子の黄金(レグルス・アウルム)は衝突した。

 如何にルドルフが強靭な肉体を持つ規格外の神獣とはいえ、第四真祖の眷獣と正面から戦えるはずもない。ルドルフは、一瞬も抗することができずに、炸裂する魔力に飲まれていった。

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