ストライク・ザ・ブラッド~春風雪華~ 《完結》   作:山中 一

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その六

「姉さん! どういうこと!」

 雪菜が叫んだ。

 彼女の周囲には、武装した兵士がいる。その数は一〇。すべてが、アラルトライフルの銃口を雪菜に向けている。太陽はすでに没し、埠頭には満足な灯りもない。月明かりと点滅する僅かな外灯が、この場を照らしている。

 雪菜に睨みつけられた春菜は泰然として、その叫びを受け流した。

「春菜君。どうやら、うまく行ったようだな」

「ええ、なんとか」

 狼に類似する顔の獣人は、屈強さを感じさせながらも丁寧な言葉遣いで春菜に話しかけた。

 立ち位置からして、武装集団の頭目と思われる人物である。

 その獣人の問いに平坦な口調で春菜は返す。

 その声音には、一切の感情が認められなかった。

 雪菜は思わず背筋を震わせた。何が起こっているのか皆目検討もつかないが、春菜がこの武装集団と繋がって雪菜をここに連れ込んだというのは理解できた。目的は不明で所属も不明。ただ、春菜が獅子王機関を裏切っていることだけは、明確な事実として雪菜を打ちのめした。

「うむ。話には聞いていたが、雪菜君といったかね。なるほど、春菜君によく似ている。さすがは姉妹といったところか。血の繋がりというのは、実にすばらしいものだな」

「ありがとうございます。ルドルフ様」

 春菜の口調は相変わらず無機的だ。

 かつての、陽光のような姉の姿はそこにはなく、機械のような冷淡な存在として雪菜の前に佇んでいる。

「姉さん。いったい、どうして! 姉さん!」

 雪菜の問いかけに、春菜はゆっくりと振り返って、小さく笑んだ。

「どうもこうも、見ての通りよ、雪菜」

「見ての通りって」

「あの方が、今のわたしの上司……“黒懺会”幹部のルドルフ様」

「“黒懺会”!? 過激派テログループの!?」

 “黒懺会”は、昨今世の中を騒がせているテロ集団だ。戦争介入や要人暗殺などを手がけ、組織の規模を拡大してきた。明確な思想は不明で、魔族に限らず、人間にも会員がいるとされている。テログループの最大手であった“黒死皇派”が、獣人優位主義を掲げていたのに対して、“黒懺会”はそういった種族の垣根が低い。そうしたた下地があったために、“黒死皇派”の勢力が縮小していくにつれて、その版図を蚕食する形で勢力を伸ばすことができたのである。

「ただいま紹介に預かりいました。“黒懺会”のルドルフです。そして、これからのあなたの上司でもあります。以後お見知りおきを」

「どういうことですか……?」

 すでに雪菜の雪霞狼はいつでもルドルフを貫けるように穂先をその身体に向けている。

 相手は獣人。基本となる身体能力は雪菜を上回って余りあるが、剣巫として訓練を積んだ雪菜であれば、大抵の獣人はその刃の前に倒れ伏すことになる。

 それを分かっているのかいないのか、ルドルフは余裕を崩さない。

「ふふふ、なるほど。この状況で恐れず槍を握りなおしますか。さすがは、春菜君の妹。その若さで第四真祖の監視者に選ばれるだけのことはありますね」

 伝説とされた第四真祖の存在を知っていることについては、春菜が敵に渡った今驚くに値しない。

「質問しているのは、わたしです」

「君の命を握っているのは私ですよ、雪菜君」

 ルドルフの部下が自分たちの存在を忘れられては困るとばかりに銃口を煌かせる。

 四方からの十字射撃に曝されてはさすがの雪菜でも蜂の巣にされる可能性が高い。

「とはいえ、その質問には答えてあげましょう。できれば、あなたには自分の意思でこちらに来ていただきたいですしね」

 と、言いながらルドルフは狼の顔から人面に戻した。膨らんでいた身体が萎み、身長二メートルほどの人間の男性の姿を取った。

「我々は言うなれば傭兵集団です。任務を請負い、駒を戦場に派遣して対象を討つ。つまり、戦争ビジネスを行う会社というわけですね。ですので、優秀な戦士は喉から手が出るほど欲しい。君のような外見のよい少女というのは、さらに価値が跳ね上がるのですよ。要人暗殺に、これほど優れた道具はありませんからね」

 雪菜を仲間に引き入れるために、わざわざ絃神島にやってきたというのか。

 春菜がそこにいるということもそうだが、彼らが武装集団を率いて島内に侵入していたというのが驚きだ。

「わたしが、獅子王機関を抜けてそのような仕事をすると思っているのですか?」

 ルドルフの口にしたビジネスとやらには、まったく共感するところがない。

 所詮は人殺しの集団に過ぎず、世を混乱させる悪である。雪菜の嫌悪するところだ。

「荒事は避けたいので、是非あなた自身で私の手を取ってもらいたいのですが、やはり叶いませんか」

「当然です」

「ふむ」

 武器を向けられても物怖じすることなく対峙する雪菜を見て、ルドルフは苛立つ様子もなく微笑んで見せた。

「恐怖を押さえつける強い心は戦士たるに相応しい。……ふむ、もしも特区警備隊(アイランド・ガード)を頼みとしているのかもしれませんが、彼らはこちらには来れませんよ。今頃は、島の反対側をシーサーペントの群れが襲っている頃合です」

「なッ!?」

 シーサーペントは下級の海棲魔獣だが、身体が大きく肉食で獰猛な生態から、時として船を襲撃して沈めるなどの被害を出すこともある危険な種である。これの群れを沿岸部に集結させたとなれば、被害を抑えるために、島の軍事力がそちらに裂かれてしまう。こちらで多少の騒ぎが起きても、対応が遅れるに違いない。

「どうやって、そんなことを」

「何、こちらには夢魔の会員がいるのでね。彼女に手を貸していただきました」

 雪菜は内心で歯噛みしながら、リリスの転生体となった少女を思い出す。彼女の力は、神話の怪物であるリヴァイアサンを支配するほど強力なものであった。事実上最強の夢魔である彼女には及ばずとも、夢魔というだけで魔獣に対して一定の支配力を及ぼせるのは、証明されている。

 雪菜は視界の端で姉を捉える。

 先ほどから一切口を開かない姉は、何故このような外道の手を取ったのであろうか。

 気になることは多いが、まずはここを切り抜けるのが先決だ。相手は法を犯してこの島に侵入した密入国者であり、国際犯罪者である。

 この港に逃亡の足を用意しているのであろうが、それでも騒ぎを起こして特区警備隊(アイランド・ガード)に見つかるのは避けたいはずだ。

 しかし、相手は銃を手にした兵士一〇人と能力不明の獣人。そして、姉の計一二人である。数的不利は否めない。魔術の類を使用してくる相手ならばともなく、雪霞狼の結界は銃弾には効果を発揮しない。

「命が惜しければ投降してください。雪菜君。私も、貴重な人材を失いたくないのでね」

 雪菜に目を付けたのは、春菜という手駒を手に入れたからであろう。春菜がどこまで相手の深いところにまで取り込まれているか分からないが、元剣巫というだけで隔絶した戦闘力がある。その力を暗殺などに利用すれば、仕留められない獲物はいない。妹の雪菜を手中に収めようとするのも、理屈としては理解できる。春菜がいれば、雪菜を罠にかけるのも容易い。

 そうして、雪菜がこの場に現れた時点で、雪菜は九割方詰んでいた。

 四方を敵に囲まれて、頼みとなるのは槍とこの身に積み上げた武技のみである。

 今までにないほど、危機的な状況だ。

 これまでは少なからず仲間がいた。古城がいれば、最終的に彼に任せれば事件は解決すると半ば信じていたこともあり、戦いに赴くのに恐怖を感じることさえなかった。

 しかし、この状況はこれまでとはまったく異なる次元のもので、恐らくはこのような状況こそが、煌坂紗矢華らが潜り抜けてきた修羅場なのであろう。そう考えれば、雪菜は相当恵まれた環境にいたようだ。

 雪菜は心を氷のように冷たくして、冷厳たる面持ちで敵と自分の位置関係を整理する。

 半円状に囲まれた状況。ルドルフとその隣の春菜までの距離はおよそ一〇メートルで、展開した一〇人の武装兵はルドルフを始点としてVの字型に隊列を組んで雪菜を左右から挟みこんでいる。

 逃げ場はない。ならば、倒すかない。

 雪菜はゆっくりと息を吸って、

「ハッ!」

 気合と共に雪霞狼を右側の兵に投じた。鋭い槍の投撃は、兵の一人の銃を軽々と斬り裂いて、地面に落ちる。

 手から落ちた銃が地面と触れ合って、金属音を立てる前に、雪菜はその反対側にいた兵の顔面に膝蹴りを打ち込んでいた。

 槍の投撃によって虚を突かれた兵は、唖然としてその光景に見入る。

 魔族ですらない人間の少女が、助走もなしに数メートルもの距離を跳ぼうなどとは思うまい。しかし、現実として、それは起こったのである。

「あ、足を撃て!」

 誰かが叫んだ。同時に、激しい銃撃が行われる。雪菜は素早く銃撃の死角に滑り込む。

 それは、敵の陰。

 今、雪菜は一瞬のうちに二人を無力化したが、この時点で囲みの外に飛び出している。よって、奥に並んだ敵からすれば、前面に並んだ敵五人が陰となって雪菜を銃撃できない。精密射撃など期待できない全自動射撃をしようものなら、味方が蜂の巣になってしまう。

「若雷!」

 強烈な掌底が身近な敵兵の腹部を撃ち抜き、その身体を反対側にまで吹き飛ばす。奥の二人を纏めて跳ね飛ばすことに成功すると、雪菜は左手を引く。その動きに合せて、地面に転がっていた雪霞狼が飛んできて、雪菜の手に収まった。投じる瞬間に、柄に糸を括りつけていたのである。獣人の動体視力を以てしても、この早業は見抜けまい。銃さえ無効化すれば、相手はザコも同然である。まして、相手は雪菜を殺害できない。どうしても、正確に射撃しようとするので、行動が遅れる。猫のように俊敏に移動し、虎のように強力な一撃を放つ雪菜に、彼らは対応できない。

 戦闘時間は一分にも満たず、戦場には一滴の血も流れなかった。

 ただ、骨を砕かれて悶絶する兵士と、槍を構えて平然としている雪菜の姿がそこにはあった。

「フハハハハハハハッ、これはすばらしい。春菜君が絶賛するのも分かります。剣巫の力を甘く見ていたわけではありませんがね。私の兵を一方的に、しかも殺さずに打ちのめすとは! ますます、その力が欲しくなりましたよ」

「あなたに屈服することはありません。大人しく投降してください。姉さんも、そんな人とは縁を切って、然るべき処置を受けてください」

 強い意思を宿した瞳で、春菜を見る。

 残る敵はルドルフと春菜だけだ。

「ルドルフ様。ここは」

「ええ、そうですね。獅子王機関で培ったその力、是非私に見せていただきましょうか」

 春菜がルドルフを庇うように雪菜の前に出る。

 やはり、こうなってしまうのかと雪菜は諦観とともに事態を受け容れる。

「姉さん。本当に、どうして……!」

「語る必要はないわ。あなたも、すぐに理解するんだもの。……ルドルフ様にお仕えし、その覇業の一翼を担うすばらしさをね」

 春菜の言葉に嘘は感じられない。

 少なくとも、現状ではこれが心からの言葉であると判断せざるを得ない。何がそこまで彼女を変えてしまったのかは未だに分からないままだが、それを追及する余裕はない。

「姉さん。……く、分かった。とにかく、詳しい事情を、聞かせてもらうから!」

 

 

 

 □

 

 

 

 島の反対側から重厚な爆発音が聞こえてくる。

 夢魔の部下が洗脳し、暴れまわらせているシーサーペントは、一〇〇を超える。

 あの部下の能力は、海棲魔獣にしか効果を発揮しないものの、一点特化したことから大量の魔獣を同時に暴れさせるという離れ業を行ってみせる。撹乱にはこれほど都合のいい能力はない。

「おや、雨ですか」

 ポツポツと空から雫が落ちてくる。

 天気予報では夜から朝にかけては曇りのはずだったが、外れたらしい。

「ルドルフ様。傘を。折りたたみで恐縮ですが」

 そこに、春菜が折り畳み傘を広げて差し出した。

「ああ、気が利きますね」

 ルドルフはその傘を受け取って、差した。

 僅かだった雨は、瞬く間に豪雨へと変化した。

「そういえば、ここは南国でしたね。あるいは、降水量もほかよりも多いのかもしれません」

 ルドルフは南の国には詳しくない。熱帯雨林などは、高温多湿でスコールが生じるというが、この島ではどうなのだろうか。

「ああ、それと。血の繋がった妹を引き摺るのはよくありません。傷は少ないほうが商品価値が高まるのですからね」

 ルドルフは冷え切った目で春菜に言った。それから、視線を下に降ろす。

 気絶した雪菜がそこにいた。

 春菜の右手が雪菜の襟を握り締めていて、雪菜は完全に脱力して春菜に身体を預けていた。

「回収は終了ですね。では、目的も果たしましたし、出航しましょうか。ついでに、船内で脳の洗浄を行ってしまいましょう」

 アジトに戻るまで数日はかかる。

 表向きは商船として航行するが、途中でどのような事態になるか分からない。雪菜を味方にしてしまえば、春菜と共に一級の護衛として活用できる。

 獅子王機関の剣巫を二人も手に入れた。

 組織の中での発言力も立場も、これで確固たるものとなるだろう。

 この二人の商品価値は計り知れない。姉妹であるというだけで付加価値が付く上に、獅子王機関の剣巫という出自で、しかも見目麗しい。傭兵としてだけでなく、その他様々な用途で稼いでくれることだろう。大きな危険を冒してでも、この島にやってきた甲斐があったというものだ。

 ルドルフはほくそ笑んでその場を後にした。

 

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