ストライク・ザ・ブラッド~春風雪華~ 《完結》   作:山中 一

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その七

「なんだよ、これはッ」

 古城は動転のあまりに叫び、テーブルを殴りつける。

 雪菜が敵の手に落ちた場面は、監視カメラに鮮明に映し出されていた。

「音声は拾えないか」

「監視カメラは映像だけですから」

「フン、そうか」

 那月は、扇で口元を隠し、思案げな表情をする。

「那月ちゃん。すぐに、俺を埠頭まで届けてくれ!」

「何?」

「見てただろッ。姫柊を助けに行くんだよ!」

 古城は牙をむいて怒りを露にする。

 雪菜の身に危険が降り注いだ。それが、腹立たしくて仕方がない。

「相手は武装集団だ。お前とは相性が悪いだろう。特区警備隊(アイランドガード)沿岸警備隊(コーストガード)に救援を要請するから、お前たちは……」

 そこで、地響きにも似た大音声が響き渡った。

「な、何……花火? もう?」

 浅葱が困惑した顔で窓の外を見る。しかし、夜空に花が咲いたわけではない。神社の境内に集まった参拝客も、何事かと不審げな表情だ。

「今のは」

 古城や那月には、それが花火によるものではないとすぐに理解できていた。

 それは、音に魔力が込められていたからである。

 眷獣や魔術を使う二人には、魔力の有無が分かる。魔術に疎い古城ですら理解できる強力な魔力が神社を揺るがした。

「西のほうからだな」

 那月が視線を険しくする。

 高台に位置するこの神社からしても、ビル群のさらに奥からの発生源までは見えない。この状況下で、真っ先に動いたのは浅葱であった。

 軽快にキーを叩き、再び監視カメラを乗っ取る。今回は、西側に設置されているカメラを手当たり次第に奪い取った。

 結果、強力な魔力の発生源はすぐに見つかった。隠れるつもりが端からなかったからであるし、そうした智恵もないのであろう。

「ちょ、これ、シーサーペント? ちょっと、多すぎない!?」

 浅葱が悲鳴を上げる。

 海を埋め尽くさんとするほどの、巨大な蛇の群れであった。魔獣の中でも、肉食で船を襲撃することもあるとされる獰猛な種である。通常群れで行動することはないが、今、絃神島の西部を襲撃しているシーサーペントは数えるのも億劫になるほどの大群であった。

「どうなってるんだ、これ!?」

「まず、間違いなく陽動だな。よほど転校生に執心していると見える」

「陽動って」

 あまりにも単純な戦術であるが、シーサーペントの群れは脅威である。人工島管理公社も、少なからぬ戦力を、西海岸に割かねばならなくなる。

「それだけではないな。参拝客の避難誘導も必要になる。この状況で、転校生にまで戦力を割くのは難しいか」

 年末ということで、多くの人が外に出ている。仮にシーサーペントが上陸してしまった場合の被害は計り知れない。そのため、戦力はシーサーペントの上陸阻止のために、配置しなければならず、また多人数の避難のために、道路の確保などをする必要ができる。となれば、雪菜の奪還に人数が割けなくなるのである。

「はあ!? どうするんだよ、姫柊は!?」

「お前が行くんだろう。わたしも、現場にかかりきりになる。まったく、面倒なことだ」

 忌々しそうに、那月は吐き捨てる。

 強大な吸血鬼という存在がある以上は、戦いを決めるのが、数ということにはならないが、それでもシーサーペントの大群は絃神島の戦力を以てしても容易には駆逐できない。被害を最小限に抑えるには、那月もまた現場で陣頭指揮に当たらなければならないのである。

「獅子王機関の舞威姫がいるだろう。あれと合流すれば、それなりの戦力になるはずだ」

「煌坂か。分かった、那月ちゃん。すぐに連絡する」

 

 

 

 □

 

 

 

 雪菜が危難に陥っているとき、紗矢華はタクシーの中に閉じ込められていた。

 渋滞が酷く、前に進めないのである。

 魔力の波が襲い掛かってきたのはそのときである。

 全身の細胞を刺すような大気の震え。

 “魔族特区”とはいえ、これほど大きな魔力の動きが発生することは希だ。それこそ、第四真祖が眷獣を召喚したときくらいのものではないか。

 よって、紗矢華はすぐに異変を察し、タクシーを出て近くのビルに駆け込もうとした。高いところから状況を観察しようとしたのである。ちょうど、そこはビル群で、一際高い商業ビルが立ち並んでいた。なんとかして屋上に出れば、島内を一望できるのではないかと思ったのである。

 古城から電話がかかってきたのは、そのときである。

「暁古城?」

『煌坂。お前、今どこにいる?』

 妙に切羽詰ったような古城の声に、紗矢華は緊急事態の匂いを嗅ぎ取った。魔力の異常な動きもある。意識が、戦闘状態のそれに変化する。

「わたしは今、あんたのいる神社から二キロくらい南の市丸量販店の中よ。もうすぐ、屋上に出る」

『なんで、そんなところに』

「あんたは、魔力の動きを感じなかった? 高いところからなら原因が見えるかと思って」

『それなら、原因は分かってる。シーサーペントの群れが西側の沿岸部を襲ってるんだ』

 紗矢華は耳を疑った。

「なんで、そんなこと。いや、シーサーペント?」

『ああ。それで、お前に協力してもらいたいんだ。姫柊がまずいことになってる』

「姫、雪菜がッ!? ちょっと、それどういうことよ!!」

 雪菜がまずいと聞いて、紗矢華は一気に逆上するようにスマートフォンに怒鳴った。

 紗矢華にとって雪菜は何よりも大切な友人で妹分である。その気持ちは溺愛と言っても過言ではない。

 しかし、紗矢華は古城から満足のいく回答を得られなかった。

 説明を求める紗矢華の足元に突然魔法陣が展開されたからだ。ぎょっとして身を固くする紗矢華は、抵抗することができなかった。

 紫色に輝く魔法陣が、紗矢華の身体を飲み込んでしまったのである。

 

 

 気がつけば紗矢華は見知らぬ場所にいた。

 とはいえ、彼女とて元は巫女としての修行を積んだことがある身なので、そこが社務所と呼ばれる神社の一部であると瞬時に理解できた。

 そして、目の前に古城がいることから、これが那月による転移魔術であると分かる。

「煌坂……」

「暁古城! 雪、雪、ゆ、ゆご、雪菜が、あ、ぶ、危ないって、どういうことッ!!」

 古城の姿を認めたとき、真っ先に紗矢華は古城に掴みかかった。

 古城の襟首を鷲掴みにして、吊り上げるようにし、さらに前後に振り回す。

「ま、まて。説明、するから、待て」

「待て? これが待っていられるかッ。あの娘が危ない目にあってるなら、今すぐにでも助けに行かなきゃならないでしょうがッ」

 唾を飛ばさんという勢いで、紗矢華は怒鳴る。

 ガクガクと頭を揺すられて古城は答えるに答えられない。

 その紗矢華のポニーテールを、那月が引っ張った。

「うぐ」

「騒がしいヤツだ。さっさと説明して、埠頭に飛ばすぞ」

 古城から紗矢華を引き剥がした那月が、浅葱の表示したパソコンの映像を交えて紗矢華に雪菜の現状を伝える。

 春菜が敵に関わっていると聞いたときには紗矢華も半信半疑であったが、実際に雪菜と春菜の戦闘を見て、顔色を蒼白にした。

「とにかく、俺はすぐにでも姫柊を助けに行く。だから、お前にも手伝って欲しい」

「当たり前でしょ。雪菜に手を出した馬鹿共。一人残らず叩き潰してやるわ」

 紗矢華もまた、キーボードケースから己の武器を取り出して、すでに戦う気まんまんといった様子である。

「古城。無理だけはしないでよ」

 浅葱の心配する声に、古城は「おう」とだけ答えて、紗矢華と共に魔法陣が展開する。

「ではな、暁古城。シーサーペントがある程度片付いたら増援を送ってやる」

「それまでに片付けてやるさ」

 軽口を叩きながら、古城と紗矢華は魔法陣の中に消えた。

 雪菜が拉致された商船の近く、第三埠頭の入口に、転移したのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 ルドルフが絃神島にやってくる際に使用したのは、自らが経営する貿易会社の商船である。無論、その会社もまた“黒懺会”の資金源であることに疑いはない。中規模の貿易会社であるから、大企業ほどの知名度もなく、そのために目立ちにくい。絃神島とも、健全な付き合いを続けてきたので、疑われる可能性は低かった。

 大型の商船の中の隠し部屋がある。

 薄暗い部屋は手術室のようにも、牢屋のようにも見える。雪菜が監禁されていたのは、この部屋である。

 簡素なアルミ製のベッドに寝かされた雪菜の意識が戻るのに、そう時間はかからなかった。

「ぐ、ここは……」

 雪菜は身体を起こそうとして、手足が固定されていることに気付いた。

「な、く……これは」

 手首と足首に、古代の罪人のように嵌められた枷が、雪菜の力を封じている。霊力が著しく減少している、というよりは押さえ込まれているといったほうが正しいか。如何に雪菜が同世代と隔絶した身体能力を有していても、人間の限界を超えるものではない。霊力を封じられてしまえば、素の筋力で枷を破壊できるほどの力はない。

「おや、もう目が醒めたのですか。思いのほか早い」

 人間の姿をしたルドルフが、雪菜の顔を覗き込んだ。

 雪菜は、ルドルフをキッと睨み付ける。

「くく、怖い怖い。その反骨心は邪魔ですねぇ。まあ、今のうちに精一杯反発してください。すぐに、そうも言っていられなくなりますからね」

 下卑た視線で、雪菜を見下ろすルドルフの手には、雪菜に見せ付けるように注射器が握られていた。

「わたしを、どうするつもりですか」

「あなたには、春菜君と共に“黒懺会”の看板娘になっていただきたくてね。大丈夫。春菜君のときには、抵抗力が予想以上に強くて調整にずいぶんと苦労しましたからね。私は過去から学ぶ獣人なのですよ」

 春菜君のときには……?

 それはつまり、春菜もまた、ルドルフの手に掛かっていたということである。

「あなたは、姉さんに!!」

「ミイラ取りがミイラにというヤツですか。まあ、拾い物でしたよ、彼女はね。それに、今では幸せそうでしょう? そうなるように、調整したんですよ」

「この、外道……!」

 ルドルフの持つ注射器には、透明な液体が入っている。その正体は雪菜には分からないものの、よくないものだというのは見て分かる。

「恐怖しましたね。よいことです。ですが、その感情すらも、すぐに悦びに変わります。私の呪詛は、感情に作用するものでしてね。剣巫の抵抗力には弾かれる程度の弱いものですが、それでも薬物で前後不覚に陥れれば十分に機能するのです」

 そして、一度抵抗の意思を失えば、その後はどうにもならない。戦おうとする意思すら持てないのでは、自らその支配から脱することはないからだ。

 ルドルフの姿が獣のそれに変わる。

 灰色の毛をした狼のような顔に、屈強な肉体。伸縮性のある衣服だったのだろう。破れることはなかったが、その分だけ筋肉が浮き上がるほどに身体に張り付いていた。

 雪菜は必死になって、ルドルフから逃れようと身体を捩るが、脱出することはできない。霊能者や魔族を封じるための特殊な拘束具が雪菜の戦闘力を著しく低下させているからだ。今の雪菜では獣人のルドルフの力には太刀打ちできない。簡単に押さえつけられてしまう。

「離してッ!」

「大人しくしていただきましょうか。下手をして刺すところがずれたら、大変なことになりますからね」

 雪菜の腕を押さえつけたルドルフが、注射器の針を刺す。

 乱暴な施術で強い痛みが生じ、雪菜は身体を強張らせた。

「ぐぅ、あああああああああッ!?」

 薬剤を打たれたところが酷く熱い。掻き毟りたくなるような激しい熱が、腕を侵食し、さらに身体にまで到達する。恐怖と絶望が、瞬く間にどうでもよくなってくる。不快に思うという感情が消失し、身体が宙に浮き上がるかのような多幸感が押し寄せてくる。

 かつてない感覚に雪菜の視界が真っ白に染まり、何も分からなくなった。

 

 

 雪菜の調整が一段落して、ルドルフは部屋を後にした。

 第一段階は終了した。次は、第二段階。呪詛により、善悪や嫌悪の感情を乱し、物事の優先順位をルドルフにとって都合のいいように改竄する作業が待っている。薬が全身に回るのを待って、首筋から呪詛を注入すれば終わりだ。春菜から得た実験データから、雪菜にはそれほど時間をかけることなく洗脳を終えられると踏んでいる。

「ルドルフ様」

「春菜君。何故、出航していないのですか? もう、出航時刻は過ぎているはずですよ」

「それが、人工島管理公社から出港停止命令が出ているとのことです。詳しくは船長に確認していただきたいのですが、今の段階ではいつ許可が下りるか分かりません」

 ルドルフ自身が表立って行動したことはないので、国際指名手配もされていないのだが、絃神島で騒ぎを起こした以上は、追われる身となろう。その危険を冒して有能な人材を手に入れたのは、組織の中での発言力を高めるためだ。

 元剣巫を二人も侍らせているとなれば、それだけでも箔がつく。会社一つを潰し、犯罪の表舞台に立ってでも、手に入れる価値があると判断したのである。

 とはいえ、ここは孤島である。

 船を止められては脱出できずに捕らえられる。そうなる前に、ヘリで本土に渡れる程度の距離まで力づくで脱出する必要があった。

「三十分経って許可が下りなければ強行突破しなさい。所詮はダミー会社の一つが潰れるだけ。それよりも、こんなところで掴まってはすべてが水の泡です」

 冷徹に命令を下す。

 まだ、ルドルフの悪事が勘付かれたと分かったわけではない。余計なトラブルを抱えるくらいなら、多少は様子を見てもいい。人工島管理公社の戦力もシーサーペントに向かっており、こちらは手薄だ。密輸した武器を合わせれば、十二分に突破可能だと判断した。

「ルドルフ様」

 春菜に背を向けて、その場を立ち去ろうとしたルドルフを、春菜が呼び止めた。

「なんです?」

「魔術の気配があります。埠頭の傍。おそらくは転移魔術かと。……数は、二」

 鋭い視線で、春菜は見えないはずのものを見る。警戒のために敷いた春菜の結界が、その内側に入り込んだ異物を捉えたのである。

「なるほど、強行突破を検討しなければならないわけですか」

 予想以上に敵の動きが早い。

 あるいは第四真祖が単独で乗り込んできたか。雪菜のスマートフォンを破壊し、GPSによる追跡もできないようにしていたはずだが、どうやってこの場を知ったのだろうか。

 シーサーペントの襲撃を早い段階から雪菜の失踪と結びつけた者がいる。

 おそらくは雪菜の身近な者による仕業であろう。そう考えれば接近してくるのが第四真祖である可能性が極めて高くなる。

「迎撃しなさい。殺さずとも動けないようにすれば、我々が安全圏に逃れるまでの時間は稼げるでしょう」

 吸血鬼の真祖でも瞬間再生ができるわけではない。ルドルフには真祖を殺しきる手札はないものの、心臓を潰せばしばらく動けなくすることくらいできる。

 春菜と部下たちに迎撃命令を下し、ルドルフは雪菜の調整を早めることにした。

 

 

 

 □

 

 

 

 古城と紗矢華が送り込まれたのはコンテナの集積場であった。無数のコンテナが積み上げられたそこを抜ければ、すぐに雪菜が連れ込まれた商船に辿り着ける。

「春菜のヤツ。雪菜とあんなに仲良かったのに突然どうしたってんだ」

 古城は今でも信じられない気持ちでいっぱいだ。

 それは春菜が雪菜を心底大切に思っているというのが、言動を通して伝わってきたからだ。

「春菜さんについては、なんとも言えないけど。もしかしたら、洗脳されているのかもしれないわ」

 コンテナに背をつけて膝立ちになり、静かに商船の様子を窺う紗矢華が呟いた。

「洗脳だって? この前のお前みたいにか?」

「あれのことは忘れなさいよッ」

 以前、紗矢華は夢魔の精神支配を利用した魔術によって一時的に敵に回っていたことがあった。それは古城の奮闘によってなんとか解決したものの、紗矢華は古城や雪菜に迷惑をかけてしまった挙句古城に血を吸われたということで黒歴史認定しているのである。

「そうでも考えなきゃ春菜さんが雪菜に手を挙げるなんて考えられないもの。それに、…………そうだとすれば、雪菜を攫った理由も分かる」

 紗矢華は吐き気すらも催す想像をしてしまい、また、それが現実味を帯びつつある事態に恐慌に陥りそうになる。

 男に支配されるというのは、紗矢華にとっておぞましいというのを通り越した、恐怖と嫌悪の対象なのである。それが雪菜に降りかかろうとしていると思えば、こんなところで息を潜めている時間すらも惜しい。

 しかし、相手は武装集団である。有象無象が何人いたところで敵ではないが、春菜がいるとなれば話は別である。

「暁古城」

「なんだ……て、おい!?」

 古城の前で紗矢華がブラウスの第二ボタンまでを外して首筋を見せてきたのである。

「ほら、早くしなさいよ」

「早くって、お前な……」

 突然のことに驚きながらも、紗矢華の意図を悟る。

 古城は吸血鬼である。それも世界最強の第四真祖である。ところが、古城自身、まだ未熟で眷獣の制御もままならない身なので、本来の力を全力で振るうには、誰かから血を吸わなければならない。

 しかし、同時に古城は好きなときに吸血できるわけではない。

 吸血鬼の吸血衝動は、性的興奮によって引き起こされるものであり、それがなければ血を吸うことができないのである。

「ああ、もう!」

 紗矢華は顔を紅くしながら、古城の頭を自分の胸に掻き抱いた。

 古城は絶句しながらも、紗矢華の豊満な胸部の感覚に思わず呻く。柔らかい上に良い匂いがするのだ。吸血鬼となって五感が人間を上回っている今、紗矢華が発する女の匂いにくらりときてしまうのも無理のない話であった。

 紗矢華の拘束を抜けた古城は、紗矢華に一言物申すべく口を開く。

「お前、こんなことして」

「わたしだって恥ずかしいわよ。でも、雪菜が危ないんだから、形振り構っていられないわよ」

 小声で口論するが、古城が臆しているのに対して紗矢華は言葉通り後先を考えていない。

「あんただって、雪菜を助けたいんでしょ。だったら、一思いに吸いなさいよ」

 雪菜を助けるという強い意思が、古城を動かした。

 ここまでされて、何もしないというのはただのへたれだ。暁古城の緊急時における爆発的な行動力からすれば、恥ずかしがって血を吸わないということはありえなかった。

「分かったよ」

 紗矢華の覚悟を見て、古城は腹を決めた。

 そして、紗矢華を抱き寄せて、その首筋に牙を突き立てたのであった。

 

 

 開戦の狼煙を上げたのは、紗矢華だった。

 自慢の弓六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)。煌華麟という銘を持つそれは、人間では発生不可能な大規模呪術を放つ砲台として機能する。

 打ち上げられた鏑矢が、甲高い音を発して呪詛をばら撒いた。上空ではじけた紫色の光は、リンプンのように周囲に広がっていく。

「行くわよ、暁古城。これで、半径五百メートル以内の人間は眠ったはず!」

 紗矢華が先陣を切って飛び出した。

 鎮圧呪術は、本来は魔獣に対して使用するような強烈な代物だ。だが、今回は事が事だけに、後遺症などの問題を度外視して効果的なものを選んだ。

 この術ならば、魔力に耐性のない人間は一撃で昏倒させられる。狙撃手の存在も警戒していたが、纏めて鎮圧したはずだ。

「まさか、いきなりこんな危ない術を飛ばしてくるなんて」

 声が響き、紗矢華は足を止めた。

 次いで、古城が紗矢華の隣に並ぶ。

 二人の前に、見慣れた少女とそっくりの顔が現れた。商船の甲板から飛び降りた春菜は、何事もなく古城と紗矢華の前に立ちふさがったのである。

「春菜さん」

 紗矢華の呪詛は強力だが、一定の抵抗力があれば、耐えることができる。敵勢力の大多数を無力化したものの、春菜という強敵は、どうあっても対決しなければならないらしい。

「紗矢華。お転婆は相変わらずのようですね」

 春菜の立姿に隙はない。

 雪菜を圧倒した実力者であり、古城と紗矢華の二人掛りだからといって、楽に勝てるなどというのはありえない。

「春菜さん。雪菜と一緒に、あなたも連れて帰りますから」

「無理ですね。それは。――――それに、あなたがわたしたちと一緒に来ることになるかもしれませんよ」

 くすりと笑った春菜は右手を一閃する。

 魔力が吹き上がり、春菜の右手に蛇のような何かが絡みついた。

 それは、黒い炎のような魔力を帯びた、鎖だった。

四式魔導捕縛鎖(ケッテ・シュランゲ)……!」

 紗矢華が唇を噛み締める。

 春菜が己の武装を出したからには、死力を尽くして戦わなければ敗北は確実である。だが、そうなれば、命の保証はなくなる。

「春菜、お前!」

「暁君。あなたとは、別の機会にお会いしたかったですよ」

 寂しそうに微笑む春菜は、それでも力強く、黒い鎖を振り下ろした。

 

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