新大陸にて一体の大型モンスターが瀕死の状態で歩いていた。
恐暴竜 イビルジョー
その特殊個体「怒り喰らうイビルジョー」である。
その瀕死の体を見れば行われていた戦いがどれほど熾烈を極めていたかが伺える。
小さく特徴的な両前足は引きちぎられ、尻尾はその中ほどからなくなり、その断面には何かしらの鉱物の破片が埋め込まれている。引き摺りながら歩いている右足は完全にへし折られ、辛うじて筋肉が足を繋ぎ止めている状態である。肺はへし折られた肋骨が剥き出しになり、まともに空気を取り込めず役割をなさない。内臓の大半も破裂している、胃に開けられた穴から胃酸が流れ、腹から体外に諸々の内臓だったものが血とともに混ざり流れ出ていた。極め付けはその頭、顎は最早噛み合わず、欠けた頭蓋骨から脳が見え隠れしている。もしあと一撃大きな衝撃を与えれば、頭蓋骨は完全に破裂するであろう。
そんな状態ですら放ち続ける絶対的捕食者の威圧感と、膨大な龍属性エネルギーは、他の生物を一切寄せ付けなかった。一人のハンターを除いて。
「(良し!イケる‥‥大丈夫、大丈夫だよね?)」
遠目から観察をしていたハンターが遂に動く、要は漁夫の利を狙っていたのだ。もっともそんな簡単にできる事ではない。
「(てか、なんなのよ!いくら弱点属性だからって、流れ弾ならぬ流れブレスで縄張りの主のリオ夫妻即死させるって…‥おまけに地形変わりすぎ!戦いながら移動はあるけど、途中の木とか岩とか全部ぶち抜いて一直線とか意味わかんない!)」
ことの始まりはイヴェルカーナの死骸が発見されたことだった。新大陸に氷河期を齎した氷の古龍、調査団は最大限の警戒と観測を常に行なっていた。その最中の出来事だった。
足跡、地面に残された牙などの痕跡から「恐暴竜イビルジョー」にやられたと判明、しかし、その場に残された血液や肉片、外殻は殆どがイヴェルカーナの物であった。属性相性云々があるとはいえ、災害の化身たる古龍を蹂躙したのち喰らうことができる個体は、到底看過する事は出来なかった。直ぐに調査を開始、そして発見に至った。大量の古傷と燃え盛る様に溢れ出る龍属性エネルギー、最大金冠サイズの特殊個体『怒り喰らうイビルジョー』を。
大陸広域の生態系への影響を鑑み、討伐隊が結成された。通常個体ですら、発見時即撤退が義務付けられる古龍級生物。メンバーもマスターランクの先鋭たちである。
だが、生きて帰って来れたのは一人だけであった。残りのメンバーは遺体の一部すら残らず、健啖の悪魔の腹の中に収められることとなった。
一度に狩人の最高峰であるマスターランクを3名も失うという事態は調査団に激震を走らせる。
その最中さらに最悪な情報が舞い込む。砂漠地帯から、ヌシであるディアブロス(と番いでもある亜種)を含めた全大型生物、そしてここ数日、たまに砂漠を寝床にしていた炎王龍と炎妃龍が完全に姿を消した。後の発見で炎王龍は尻尾と角を完全に破壊、炎妃龍は両翼を引きちぎられていた。
この異常事態の調査のため1人のハンターが砂漠地帯に旅立った。そして、肉体を大きく欠損し、瀕死となった彼とそのオトモよって原因が判明した。
彼の実力は決して低い物ではない。上がったばかりとはいえマスターランクに到達していたし、今回は生存重視の装備スキルも揃えていた。だが、相手が最悪だった。
アイルーがポツポツと語り始める。
辿り着いたそこが既にヤツの縄張りだったこと。隠れ身の装衣を着るのが手遅れだったこと。
逃げ切るため凡ゆる道具を使い、全て徒労に終わったこと。
拘束された主人が、ヤツのことを伝えるよう自分を無視して逃げろと言ったこと。
その直後、主人の上下半身が引き裂かれたこと。
標的が自身に変わった直後、ネルギガンテが飛来、ヤツとの縄張り争いの隙に主人を救出、帰還したこと。
広い縄張りを求め、侵入した者に一切情け容赦ないその生態。成程、道理でコイツの目撃証言が少ないのも納得である。
そのモンスターの正体「金獅子ラージャン」
その特殊個体「激昂したラージャン」である。
危険という概念を煮詰めに煮詰めたような古龍級生物の代表格である2体に対し、ギルドは余り具体策を考案出来なかった。しかし、イビルジョーから生き残ったハンターがあることに気づく、イビルジョーの活動範囲が、ラージャンの広がり続ける縄張りに、もう間も無く接近するのだ。これを利用しない手はない。やり方は簡単、大量の生肉を設置してイビルジョーを誘導するだけ。ただし、もし生肉が無くなれば、例え隠れ身の装衣を着ていても匂いと気配でバレるという理不尽付き。
かくして、新大陸最大の縄張り争いが勃発した。古を冠する災害の化身達すら干渉不可能な「最強」と「最恐」。戦場となった大地は裂け、砕け、崩れ、そして沈んだ。しかし自然とは恐ろしいものである。この数ヶ月後には殆ど元の形に戻っている、まるでこの両者の死闘など取るに足らない事象であったかのように。
そして冒頭に戻る
「(徹甲榴弾、斬烈弾装填よし。狙いは頭部、又は欠損した右足!!)」
徹甲榴弾は全て頭部に着弾、爆発。イビルジョーの頭部の半分を吹き飛ばした。しかし、それでもまだ息絶えない。頭はやられた、だが、まだ顎は揃っている。ただ本能のままに喰らおうと、今際の際最後の大咆哮を上げる。
かあ
しかしハンターも対策は完璧だ。ちゃんと耐震と耳栓をMAXまで積んでいた。咆哮中の足に斬烈弾を命中、右足を切断させ、イビルジョーが音を立てついに倒れる。
その時、脆くなっていた地面が崩れ、イビルジョーが落下していく。底にあるのは新大陸の奈落「瘴気の谷」
「終わった‥?うん、流石にこの高さで生きてる訳ないよね‥。はぁ‥長かった、ようやく、ようやく終わったよ。みんな、本当に‥」
思い出すのは逝ってしまった討伐隊の仲間達の顔。狩人としてこの狩猟を決行した、それでも復讐の感情は捨てられるものではなかった。例えそれが悪意の一切ない自然の一部であっても。
一方イビルジョー、谷に落ちれど即死はしていなかった、だがもう身体は動かない。緩やかに死が近づいている。奥から現れたのは、瘴気の谷の主である古龍「ヴァルハザク」若かりし頃のイビルジョーは彼に挑み、そして一度敗北している。
瘴気が身体を包んでいく。
嗚呼、やっと終われる。もうずっと苦しかった。喰えども埋まらない腹、治らない全身の傷跡、身体を蝕む龍属性エネルギー、そのどれもが辛く、苦しかった。
もう苦しむ必要がなくなる
なのに、なのに
死にたくない、絶対に、絶対それだけは嫌だ!!
相反する2つの感情、死に際でさえ彼は苦しむしかなかった。彼の生物としての性が、本能が楽になることを許してくれなかった。
声にならない咆哮が、静かに新大陸に響いた。
次回から本編スタートです。