羅浮に吹く旋風   作:サツキタロオ

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最近忙しくて更新止まってました。


episode.8:刺客

「はあ……今日もクリスプが安くて助かったぜ」

 

秋織は袋から取り出したスナックを眺めながら、どこか満足そうに息を吐いた。

休日の昼下がり。任務も鍛錬もない、珍しく気の抜けた時間だった。

 

「秋織、そのクリスプ本当に好きだよね」

隣を歩く雲璃が、呆れ半分、微笑み半分で言う。

「俺の好きな食べ物ランキング、余裕でTOP100には入るな」

「それじゃあ“大好き”って言うには微妙すぎない?」

即座に突っ込まれ、秋織は「細かいこと言うなよ」と肩をすくめた。

 

休日の街は穏やかで、人通りも多い。

買い物袋を手にした人々の話し声、店先から漂ってくる香り。

つい先日の戦いや怪異の出来事が、嘘のように遠く感じられる。

「よーし、家に帰ったらカレーだ!今日は気合入れて食うぞ〜!」

秋織がそう宣言した、その時だった。

 

ひらり、と――

空から一枚の羽が、静かに舞い落ちてきた。

 

「……ん?」

秋織は足を止め、無意識に見上げる。

「羽……?」

「こんな所に、鳥?」

雲璃も不思議そうに空を仰ぐが、特にそれらしい姿は見当たらない。

風が吹いた様子もないのに、羽はまるで狙い澄ましたかのように、地面へと落ちた。

 

その瞬間。

 

「うわぁ!?」

背後から突然聞こえた気配に、秋織は思わず声を上げて振り返った。

「だ、誰!?」

そこに立っていたのは、一人の女性だった。

淡い色合いの衣を纏い、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。

微笑みは柔らかいが、その瞳は――底が見えないほど静かだった。

 

「ふふっ……そんなに驚かなくてもいいでしょう?」

落ち着いた、しかしどこか含みを持たせた声。

 

「私は爻光(こうこう)。ちょっとした……占い師よ」

「爻光……?」

その名を聞いた瞬間、彦卿の表情がわずかに変わった。

 

「…聞いたことがある」

「知ってるのか、彦卿?」

秋織が尋ねると、彦卿は視線を爻光から逸らさず、静かに答えた。

 

「仙舟同盟・『玉殿』の将軍だよ。最近は表舞台から姿を消していたはずだ。」

街のざわめきの中で、その言葉だけが妙に重く響いた。

 

占い師を名乗るには、あまりにも――

只者ではない存在感。

 

爻光は三人を順に見渡し、楽しそうに目を細める。

「へえ……やっぱり面白い子たちね。特に――あなた」

その視線が、まっすぐに秋織を捉えた。

「運命の流れが……ずいぶんと騒がしいわ」

日常の延長だったはずの休日は、その一言で、静かに軌道を外れ始めていた。

 

「私ね……ちょっとした“ゲーム”に誘われているの」

爻光は指先を軽く顎に当て、思い出すようにそう告げた。

その口調は軽やかで、まるで茶会に誘うかのようだが、言葉の端々にはどこか引っかかるものがある。

 

「あなた達も……参加してみない?」

秋織は一瞬だけ考える素振りを見せたが、すぐに肩をすくめた。

「……まあ、暇だし、いいぞ」

深く考えた様子はない。

だがその軽さこそが、彼の長所であり――時に危うさでもあった。

「秋織が行くなら、私も!」

雲璃も間髪入れずに声を上げる。

理由は単純だ。危険かどうかよりも、一緒に行動することが彼女にとっては大切だった。

 

それを見て、爻光は目を細める。

「あら……それって、“好きな子と一緒にいたい”ってこと?」

からかうような声音。

雲璃の肩がびくりと跳ねた。

「か、かわいい!?な、何言って……!」

「ふふ、反応が素直ね」

爻光は楽しそうに笑うが、その笑みはどこか計算されたものにも見える。

「でも……子供には、少し大変な遊びかもしれないわよ?」

その言葉に、今度は雲璃がむっとした。

「こ、子供扱いしないで!私は十分戦える!」

 

「あははっ」

爻光は否定も肯定もせず、ただ声を上げて笑った。

「いいわ……それなら、ますます面白くなりそう」

そう言い残すと、彼女は一歩後ろへ下がる。

次の瞬間、風も音もないまま――

 

忽然と、その姿は消えていた。

「……消えた?」

「本当に、不思議な人だったね……」

雲璃が周囲を見回しながら呟く。

彦卿は腕を組み、少し考え込むように視線を落とした。

「……でも、嘘は言っていない。“招待”は本物だと思う」

「だな」

秋織は地面に落ちていた羽を拾い上げる。

それはすぐに光の粒となって消え、代わりに場所を示す座標データがトランスキャリアーに表示された。

 

「とにかく……場所は近いな」

画面に映る目的地を確認し、秋織は顔を上げる。

「行ってみよう!どうせなら、正体を確かめてやる!」

「うん!」

三人は顔を見合わせ、同時に頷いた。

こうして彼らは、爻光が指定した“待ち合わせ場所”――闘技場へと足を向ける。

 

それが、ただのゲームでは済まされない戦いの始まりだとは、まだ誰も知らなかった。

 

…………………

 

そうして呼び出された先にあったのは、仮面を付けた人々の集団と、その奥――

異様な存在感を放つ、愉悦の星神《アッハ》の巨大なアクリルスタンドだった。

 

祭壇めいた台座の中央に据えられ、照明を浴びて鈍く光るそれを、仮面の愚者たちは恭しく取り囲んでいる。

祈りにも似た仕草。

しかしそこに敬虔さはなく、あるのは熱に浮かされたような高揚と、理性の欠落だけだった。

 

空気が、重い。

肌にまとわりつくような不快感が、じわじわと背筋を這い上がってくる。

 

「……やっぱり、帰る?」

思わず漏れたその一言に、爻光は肩をすくめて小さく笑った。

「そうもいかないの。これは“わざと”だよ。ホントはね、薬師の配下を誘き寄せてるだけなの♪」

その言い方が、あまりにも軽い。

「薬師の……配下?」

聞き返した瞬間、嫌な予感が胸を刺した。

「そ。あいつら、こういう“人が集まってる場”が大好きでさ。混乱してる中で、気付かれないまま――暗殺するのが得意なの」

 

まるで世間話の延長のように語りながら、爻光は言葉を区切った。

 

「例えば――」

 

その時だった。

 

――くくっ、と。

遠くから、ひどく楽しげな笑い声が響いた。

 

反射的に視線を向けると、そこには一人の仮面の愚者が立って……いや、立っていた“はず”だった。

 

次の瞬間、音もなく、その身体がほどけるように消え失せる。

床に残ったのは、主を失った衣服だけ。

血も、悲鳴もない。ただ、異様な“空白”。

 

「……ほらね?」

爻光は楽しそうに言った。

 

秋織は言葉を失い、奥歯を噛み締める。

周囲の愚者たちは、誰一人気付いていない。

あるいは――気付かないふりをしているのか。

「秋織、外に出てみようよ。まだ近くに居るかも!」

 

高揚を隠さない声。

 

「……だな。」

短く答え、秋織は視線を入口へ向けた。

この空間に長く居れば居るほど、何かを削られていく。

そんな確信だけが、はっきりとあった。

 

外に出た瞬間、空気が変わった。

 

闇の中に、三つの気配がある。

一つは見覚えのある――十蔵。

残る二つは、明らかに“異質”だった。

 

フードを深く被った女性。

口元だけが見え、そこに浮かぶ薄い笑みが妙に軽薄だ。

そして、その少し後ろに控える執事風の男。背筋は異様なほど真っ直ぐで、感情の揺れが一切ない。

 

「ほう……嗅ぎ付けてきたか」

十蔵が、面倒そうに鼻を鳴らす。

 

「へー……人間にも、やれるやつ居たんだ」

フードの女は、値踏みするようにこちらを眺めていた。

声は明るい。だが、その奥にあるのは純然たる嘲笑だ。

 

「………」

執事の男は何も言わない。

ただ、静かに視線を向けているだけなのに、背中に冷たいものが走る。

 

――危険だ。

直感が、はっきりそう告げていた。

 

「誰だ!」

秋織が一歩前に出て声を張る。

するとフードの女が、わざとらしく手を振った。

 

「私はぁ、破尾って言うんだ。よろしく〜」

その言い方は、友好的ですらあった。

だが、ここでそんなものが通用するはずもない。

 

続いて、執事の男が一礼する。

 

「私はテリー。以後、お見知り置きを……」

丁寧すぎるほどの所作。

その整いすぎた態度が、かえって不気味だった。

 

「十蔵! お前、こんなところで何してる!」

名を呼ばれ、十蔵は口角を歪める。

「ふん。今日はただの視察だ」

「……?」

その言葉の意味を測りかねていると、十蔵は淡々と続けた。

 

「我々は薬師の指示によって、この羅浮を破壊する事を決めた」

一瞬、理解が追いつかなかった。

 

「……!?」

「今日は、それを“伝えに”来ただけだ」

まるで通達。

いや、宣告だ。

 

「貴様達が死ぬ姿を――今から楽しみにしているよ」

十蔵の声には、怒りも興奮もない。

あるのは、結果を疑っていない者の冷酷な確信だけ。

 

その瞬間だった。

 

「――あははっ!」

破尾が高く笑い、地面に何かを投げつける。

パンッ、という乾いた音と同時に、濃密な煙が一気に広がった。

 

「しまっ――!」

視界が塞がれ、反射的に身構える。

だが、次の瞬間にはもう――

 

煙が晴れた時、そこには誰もいなかった。

残っているのは、冷え切った空気と、確かな敵意だけ。

「……クソッ、逃した!」

悔しさを滲ませる声が響く。

 

だが本当に厄介なのは、逃げられた事じゃない。

殺さずに帰ったという事実。

 

――これは始まりだ。

そう言わんばかりの宣戦布告だった。




なんか10分アニメみたいにサクサクしてる気する…
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