二人は空港を出てすぐ、楽園のメインストリートへと足を踏み入れた。
そこはもう、別世界だった。
色とりどりのホログラム広告が空を埋め尽くし、巨大なマスコットが浮遊しながら歌い、踊り、通行人にキャンディを投げている。
ストリートパフォーマーが火を吹き、空中に浮かぶステージではバーチャルアイドルがリアルタイムでファンと会話している。
笑い声、歓声、爆音のBGM、甘い食べ物の香り――すべてが渦を巻いて、感覚を一気に飲み込んでいく。
「こういう場所、あんまり得意じゃないんだよな……」
秋織は眉を寄せて周囲を見回す。
人混みの中を歩くだけで、すでに肩が凝り始めていた。
「えー? 私はこういう賑やかなところ大好きだよ? わくわくする!」
雲璃は目を輝かせて、くるくると回りながら歩く。
手に持ったガイドマップを広げては、すぐ閉じて、また広げて……完全に子供のようだ。
「でもって、なんか妙にあそこが賑わってないか?」
秋織が顎で指したのは、メインストリートの少し脇道に入った広場。
周囲が派手な光に満ちているのに、そこだけ妙に人影が薄く、代わりに黒い制服を着たスタッフらしき集団が何人か立って、ざわついている。
「……確かに。なんか、囲まれてる感じ?」
「行ってみる?」
「俺はいいよ。雲璃、行ってこいよ。俺はここで待ってる」
「えー、つまんないなあ。じゃあすぐ戻るから!」
雲璃はぴょんと跳ねるようにして、人混みをかき分けてその広場の方へ消えていった。
残された秋織は、近くのベンチにどっかりと腰を下ろす。
「……はあ」
来たはいいものの、予想以上に疲れる。
音楽がうるさい。光が眩しい。人多すぎる。
正直、ホテルに直行して寝たい気分だった。
(雲璃の奴、すぐ戻ってくるかな……戻らなかったら探しに行くのも面倒だな)
そんなことをぼんやり考えていると――
「そこの子供!」
鋭い声が背後から飛んできた。
「!?」
秋織が振り返ると、そこに眼鏡をかけた青年が立っていた。
十代後半くらいだろうか。羅浮でよく見られる青年向けの服装。
表情は苛立っているが、どこかめんどくさそうな表情も混じっている。
「なんか用かよ?」
「ここに、黒髪のツインテールの少女は見なかったか?背はそれなりで、赤と黒の服装だ。目つきがちょっと生意気そうで、いつもニヤニヤしてるような……」
青年の説明は妙に具体的だった。
秋織は一瞬、雲璃の姿を脳裏に浮かべる。
……いや、雲璃は今ツインテールじゃないし、スカートも違う。
「ん? 見なかったな」
「そうか……たく、何処行きやがったあの馬鹿……」
青年は溜息を吐いて、苛立たしげに周囲を見回す。
そして、秋織に一瞥をくれると、早足で人混みの中へ消えていった。
「……何だあいつ」
秋織は首を傾げながら、立ち上がる。
妙な胸騒ぎがした。
楽園に来てまだ三十分も経っていないのに、すでに「何か」が始まっているような――そんな予感。
(雲璃の奴……まさか、もう何かやらかしてんのか?)
秋織はため息をつきながら、雲璃が消えた方向へ歩き始めた。
…………
その頃、雲璃は人混みをかき分けて、例の広場へと近づいていた。
周囲は相変わらず騒がしい。
巨大スクリーンから流れる広告音楽が耳を劈き、足元では光る床タイルがリズムに合わせて点滅している。
でも、広場に近づくにつれ、なんだか空気が少し重くなっている気がした。
すると、突然横から小さな声が飛んできた。
「ちょっといい?」
雲璃が振り返ると、そこにはツインテールの少女が立っていた。
歳は雲璃と同じくらいか、少し上くらい。
派手な服の服を着ているのに、表情は妙に真剣だ。
「ん? 何?」
「背の高い男の人、見なかった? 眼鏡かけてて、右の前髪がちょっと長めで……コート着てるんだけど」
少女の目が、キョロキョロと周囲を探している。
雲璃は首を振った。
「知らなーい。ごめんね」
「もー、急に逸れちゃうんだから……! あ、ごめんね! じゃあまた!」
少女はぺこりと頭を下げると、くるりと踵を返して駆け足で人混みの中に消えていった。
「……変なの」
雲璃は小さく呟いて肩をすくめた。
でも、なんだか胸の奥がざわついた。
さっき秋織のところにいた眼鏡の青年……まさか、あの人を探してるのかな?
そう考えているうちに、ふと視界の端に秋織の姿が見えた。
ベンチに座ったまま、退屈そうにスマホをいじっている。
「秋織ー! お待たせ!」
雲璃が手を振って駆け寄る。
秋織は顔を上げて、軽く手を振り返した。
「雲璃、何かあったのか?」
「ううん。なんかさ、配信者が特定の人を探してるらしいんだって。
広場の近くで、スタッフっぽい人たちがざわざわしてて、みんなスマホで撮影してるの」
「へえ……どんな奴を探してんだ?」
「黒髪のツインテールの女の子と、眼鏡かけてて右の前髪が少し長い男の人だって。
なんか、二人とも急に姿を消したとかで……」
秋織の手が、ピタリと止まった。
「………………見た事あるな」
「え?」
雲璃が目を丸くする。
秋織はゆっくりと立ち上がり、さっきの方向を振り返った。
「あの眼鏡の青年……さっき俺に話しかけてきて、黒髪ツインテールの少女を探してた。
説明が妙に具体的で、苛立ってたけど……」
「まさか、それって……」
二人は顔を見合わせた。
楽園の喧騒の中で、まるで別世界のように静かな一瞬が流れる。
「雲璃。お前、今からもう一回、あの広場の方見てこい。俺はさっきの青年が消えた方向を探してみる」
「え、ちょっと待って! 私も一緒に行く!」
「いや、別行動の方が早いだろ。何かあったらすぐ連絡しろ。……絶対、変なことに首突っ込むなよ?」
「分かったってば! 秋織こそ、無茶しないでよね!」
雲璃は頷くと、再び人混みの中へ飛び込んでいった。
秋織はポケットからチケットを取り出し、もう一度注意書きの部分を睨んだ。
※現地でのトラブル・事件への巻き込まれやすさは、通常の100倍です。
「……冗談じゃねえよ、本当に100倍かよ」
秋織と雲璃が広場の方へ近づいた瞬間――
向こう側から、慌てふためく二人の姿が飛び込んできた。
眼鏡の青年と、黒髪ツインテールの少女。
さっき探されていたはずの二人だ。
しかし今は、二人とも必死の形相で走っている。
その背後を、奇妙な仮面をつけた集団――十数人ほど――が追いかけている。
仮面はすべて同じデザイン。
赤と黒の炎のような模様が描かれ、目元だけが光っている。
まるでゲームのモブ敵のような、統一された不気味さ。
「居たな。」
「居たね。」
秋織と雲璃が同時に呟く。
すると、右側の路地から新たな声が響いた。
「ヒバナーのみんな! ソイツら捕まえちゃってー!」
現れたのは、さっき雲璃に話しかけてきた少女にそっくりな……いや、髪色が鮮やかなピンクで、服装も派手なネオンカラーのストリートファッションに変わっている少女。
手に持っているのは、スマホのようなデバイス。
画面にはライブ配信のコメントが高速で流れている。
「…なんだなんだ!?」
秋織が思わず声を上げる。
青年とツインテールの少女は、息を切らしながら互いに声をかけ合う。
「くっ……火花め……ここまでやるのか」
青年が悔しげに吐き捨てる。
少女は、逃げながらもどこか楽しげに笑った。
「流石花火が作ったアバター! リスナーの使い方が分かってる!」
「言ってる場合か!」
「叢雨ちゃん。こういう時こそ軽口叩いて落ち着かないと……」
少女が照れたように青年の腕を掴むと、青年は顔を赤くして怒鳴り返した。
「馬鹿か!」
その瞬間、ヒバナーと呼ばれた連中――が一斉に飛びかかってきた。
手に持っているのは、光るバトンやネットガンらしきもの。
明らかに「遊び」ではない本気の動きだ。
「危ない!」
秋織が咄嗟に動き、納刀したまま振り回して一番近いヒバナーを弾き飛ばす。
雲璃も負けじと、大剣で別のヒバナーをぶっ飛ばした。
二人は青年と少女の前に立ちはだかり、背中合わせで援護した。
「大丈夫か?」
秋織が青年に声をかけると、青年は驚いた顔で振り返った。
「さっきの……!」
「おい、やばそうだぜ。逃げようぜ!」
秋織が叫ぶ。
青年は即座に頷き、少女の手を強く握った。
「分かってるよ! 花火、どっから逃げられる?」
少女――花火――は周囲を見回し、地面を指差した。
「真下のマンホールとか? あそこなら下水道に繋がってるはず! 配信者ルートでよく使う隠し通路なんだよね!」
「下水道!? マジかよ……」
秋織が顔をしかめるが、ヒバナーの増援がどんどん近づいてくる。
もう選択の余地はない。
「行くぞ!」
秋織がマンホールの蓋を蹴り開けると、中から湿った空気と微かな音楽の残響が上がってきた。
まるで楽園の地下にも「遊び場」が広がっているかのように。
花火が最初に飛び込み、続いて叢雨。
雲璃が秋織を振り返る。
「秋織! 早く!」
「分かってる! お前も落ちるなよ!」
二人はヒバナーのネットが届く寸前で、マンホールの中に身を投げた。
蓋が閉まる音が響き、仮面の集団の怒号が遠ざかる。
暗闇の中、四人は息を潜めて下水道の通路を進み始めた。
花火がスマホのライトを点け、照れ笑いを浮かべた。
「えへへ……助けてくれてありがとー。花火だよ〜。こっちは叢雨ちゃん。……ってか、君たち、誰? なんで助けてくれたの?」
秋織は壁に背を預け、息を整えながら答えた。
「俺は秋織。こっちは雲璃。困ってたから助けただけだ。」
雲璃がくすくす笑う。
「でも、面白くなってきたよね?」
秋織は深い溜息をついた。
「……お前だけは、絶対に黙ってろ」
地下の暗闇に、四人の足音だけが響く。
楽園の表舞台から、裏側へと――
「幻月遊儀」の本当のゲームが、今、始まろうとしていた。
続編主人公が顔出しするのは定番だよねパパ。