【本編完結】羅浮に吹く旋風   作:サツキタロオ

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タイトル通りです。


episode.2:彦卿が来る

 

俺たちが兄貴の部屋へ向かうと、扉の向こうからペンが走る乾いた音が聞こえた。

覗き込むと、秋作兄貴が山積みの書類を前に黙々と仕事をこなしている。

その隣では、素裳がぐったりと机に突っ伏していた。

 

「秋作〜、終わらないよ〜!」

「待て素裳。こっちも今終わらせてるんだ」

どうやら二人で事務仕事の処理中らしい。邪魔をするのは気が引けたが、今日の件は放っておけない。

俺は手短に、トランスキャリアーから現れたバグのような存在のことを説明した。

 

「……なるほど。トランスキャリアーからバグみたいなやつが飛び出した、か…」

秋作は書類を置き、腕を組んだ。

その表情には、心当たりを探るような深い思案が浮かんでいる。

 

「兄貴は何か知ってるのか?」

 

「ああ。実は──最近になって同じ報告がいくつも来ていてな。」

淡々とした口調だが、内容は穏やかじゃない。

「どうやら、ネットのバグが実体化して人に襲いかかるケースが増えているらしい。」

「そんなことが……。対策とかないのか?」

俺が問うと、兄貴は渋い顔で頷いた。

 

「結局は、大元のバグを叩くしかないだろうな。ネット内部に入り込んで、発生源を潰すんだ。」

「ネットの中に入るって……トランスキャリアーならできるのか。」

トランスキャリアーは電子機器へ“ダイブ”できる。

ならば、手段としてはそれしかない。

 

「分かった。じゃあ──」

俺が立ち上がりかけた瞬間、肩を掴まれた。

 

「行くのは構わんが、無茶はするなよ。これは普通の戦いじゃない。」

兄貴の目には、ほんのわずかながら心配の色があった。

俺はその視線を正面から受け止め、軽く笑った。

 

「分かってるよ。俺だって死ぬつもりはないからな。」

そう言うと、雲璃もちらりと俺を見て頷く。

こうして、俺たちは次に向かうべき場所──“ネットの内部”へ踏み込む覚悟を固めた。

 

 

……………………

 

〜三人称視点.

 

秋織と雲璃は、手近な電子機器の前に立ち、互いにトランスキャリアーを構えた。

端末が淡く光り、その光が二人の身体を包み込む。輪郭が揺らぎ、粒子へと変わった肉体は、そのまま機器の内部へ吸い込まれていく。

 

その様子を、薄暗い影の中からじっと眺めている少年がいた。

「……? なんだろう、あれ……」

金色の目が、興味に揺れる。

少年は懐から自分のトランスキャリアーを取り出すと、迷うことなく構え、同じように電子機器へと姿を消した。

 

     ◇

 

「こ、ここが……電波世界……?」

転送が終わり、秋織と雲璃は周囲を見回した。

 

そこは、無数の光のラインが空中を走り、地面は幾何学模様のパネルで組まれ、建物はデータの塊で形成されている──現実とは似ても似つかない、異質なサイバー空間だった。

聞こえてくるのは電子音と微かなノイズだけ。生物の気配はほぼ皆無。その静けさが、かえって不気味さを際立たせている。

 

「なんか……変な場所だね……」

「ああ。慣れが必要だな。」

二人が進みながら辺りを観察していると、ふいに背後から声が掛かった。

 

「──ちょっといい?」

反射的に振り返る。

そこには、秋織たちと同じくらいの年頃の少年が立っていた。

 

金髪を高めにまとめた髪型、均整の取れた顔立ち、落ち着いた金色の瞳。

一見すると少女に間違われてもおかしくないほど整った容姿の少年だ。

 

「僕は彦卿。君たち、こんなところで何してるの?」

「俺は秋織で、こっちは雲璃だ。今はネット世界でバグを探してるんだ。悪いけど後にしてくれ。」

秋織は簡潔に答え、雲璃も小さく会釈だけすると、二人はそのまま歩き出した。

 

しかし彦卿は、軽い口調で一言つぶやく。

「ネット世界って、本来は──雲騎軍の許可がないと入れないんだよ?」

その名を聞いた瞬間、秋織も雲璃も一度足を止めた。

 

雲騎軍。

仙舟で活動する兵士たちの大規模組織。

秋作も素裳もそこに所属している。

 

「……」

秋織と雲璃は、お互いに顔を見合わせた。

許可のないネット侵入は、本来なら重大な規律違反。

 

だが、バグの実体化は放置すれば現実世界に被害が出る。

どうするべきか──二人はほんの一瞬、迷った。

秋織は一歩、少年に近づき問いかけた。

「……お前も雲騎軍なのか?」

彦卿は、軽く顎を上げて微笑む。

「ああ。こう見えても立派な雲騎軍の一人だよ。」

 

柔らかな声だが、瞳の奥には自信がある。

その態度を見て、秋織はすぐ決断した。

「……じゃあさ。一緒に行こうぜ。雲騎軍の許可が必要なら、お前がいれば問題ないだろ?」

彦卿は一瞬目を丸くし、次いで愉快そうに笑った。

 

「面白いこと言うね。──うん、分かったよ。ついていく。」

軽やかな足取りで、秋織の横に並ぶ。

それを見た雲璃が、そっと近寄り小声で囁いた。

 

「…秋織……ほんとに信用できるの?」

不安は当然だ。初対面で事情も分からない少年なのだから。

秋織は刀の柄に指を添えながら、低く答えた。

 

「見た目はこうだけど……多分実力は本物だ。戦い慣れてる目をしてる。きっと助けになるはずだぜ。」

雲璃はまだ半信半疑の表情だったが、頷き返す。

こうして三人は並んでサイバー空間の奥へと進んでいった。

 

     ◇

 

「……あ、バグだ」

雲璃が指さす先に、ヘルメットを被った小柄な生き物が立っていた。地面にツルハシを突き立て、こちらに気づいたのかゆっくり顔を上げる。

「あれは“メットール”っていうバグらしい。」

横で資料端末を読み込んでいた彦卿が説明する。

秋織は感心しながらも、刀を抜き放つ。刃が電子空間の光を反射して一筋の線となった。

 

同時に、彦卿も腰から秘剣を抜いた。細身の刀身は、扱い手の技量がすぐ分かるほど洗練されている。

彼は秋織の横に並び、視線だけで合図を送った。

「準備はいい?」

「当たり前だろ?」

秋織が短く返し、雲璃も大剣を構える。

 

「よし……行くぞ!」

三人は同時に地を蹴り、メットール達へと飛び込んだ。





彦卿くん弱いけど好きだよ。
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