彦卿くん今作めちゃくちゃ強くしてます。
サイバー空間を歩むたび、世界の色調は微細に変わった。光の粒子が流れる壁面、脈打つように明滅する回路、足元に広がるデータの床。奥に進むほど、環境は荒々しさを増し、現れるバグ達もまた凶暴化していく。
最初に遭遇したメットール級なら、三人にとって取るに足らない相手だった。しかし中層域に踏み込んだ瞬間、攻撃パターンの複雑なアーマー系バグ、さらにデータの歪みそのものが襲いかかってくるタイプの厄介な敵が現れはじめる。
混戦の最中、抜き身の飛剣を握る彦卿が滑り込むように前へ出た。
まるで踊るような軌跡で、バグの弱点を正確に突き抜く。電流の火花が一閃すると、敵はほとんど抵抗を許されぬまま崩れ落ちた。
秋織はそれを横目で見て、小さく息を吐く。
「やっぱり強いな…」
その声に、彦卿は余裕たっぷりの笑みを返す。
「ふふん。伊達に鍛えてないからね。」
「やるな。でも、俺には及ばないよな。」
「はあ? 君は剣の扱いが少し雑なんじゃないかい?」
「んだとぉ?」
互いに視線で火花を散らせた二人は、次の瞬間そっぽを向き合った。剣技そのものは高い水準で釣り合っているにもかかわらず、性格の方向性が正反対という致命的要因で、妙な距離感が生まれている。
雲璃はそんな二人を見て、困ったように眉を下げた。
「……大丈夫かなぁ。」
サイバーの光が反射して揺れる瞳には、不安と少しの諦めが混ざっていた。それでも三人は足を止めない。データの奥底には、まだ見ぬ“元凶”が潜んでいる。
そして、ぶつかり合う二人の気質が、この先どんな波乱を呼ぶのか――それはまだ誰にも分からなかった。
……………………
足元のデータ床が低く唸り、空気そのものがざらついた。奥の空間を覆うように、巨大な黒いバグの塊が不気味な脈動を繰り返している。無数のエラーノイズが周囲に霧のように漂い、まるで“存在そのものが壊れかけている”ように見えた。
「これか? バグの原因。」
秋織が刀を握り直しながら呟く。真正面から感じる圧は、今までの雑魚バグとは明らかに格が違った。
「どうやらそのようだね。」
彦卿は一歩前に出て、淡々と剣を構えた。その目は少しも怯えていないが、油断もしていない。雲璃も大剣を浮かせるように片手で構え、息を整える。
三人が構えを取った瞬間――
「――来る!」
黒い塊が大きく震え、そこから触手状のデータの線が弾丸のように飛び出した。
「……うわっ!」
秋織は瞬時にステップで回避したが、その触手は床を深く抉るように貫き、地形を破壊していく。次の一撃で足場が崩れ、秋織と彦卿の立っていた床が派手に千切れた。
「雲璃!」
「私は大丈夫だから、そっちはお願い!」
雲璃は大きく距離が開いた状態で、迫り来る触手を大剣で受け止めた。火花ではなく、青白いデータ片が飛び散る。重量級の攻撃にも押し負けない力で、雲璃はその勢いを弾き返す。
分断された秋織たちは、崩れた床の反対側に着地していた。下は闇のデータの海で、落ちれば即消去されることは明らかだ。
彦卿が秋織の隣に着地しながら、静かに言う。
「……僕達も行こう。」
その声音は冷静だったが、剣先はすでに巨体の中心を捉えていた。
秋織も呼吸を一つ置き、刀を構え直す。
「分かった。」
触手が再び唸り、巨大なバグが咆哮のような電子音を響かせる。
巨大バグは触手を荒れ狂わせながら、殻のように硬化した外装を軋ませていた。秋織が横薙ぎに斬りつけても、甲高い金属音のようなデータの衝突音が鳴るだけで、傷一つ入らない。
「……駄目か。まるで分厚い装甲だな。」
秋織は一度距離を取りながら吐き捨てる。バグはゆっくり向きを変え、まるで“抹消する対象”を確認するように二人へ触手を伸ばしかけた。
そんな中――
「いや、策ならあるかも。」
彦卿が小さく呟き、触手を一閃で斬り払いながら天井を指さす。
秋織は眉をひそめて上を見る。「なんだ?」
「一番上の、あの中央部分。おそらく外部の防御を維持するための中核部だと思う。あそこからなら攻撃が通る筈だよ。」
秋織は彦卿の言った場所を見つめた。確かにその部分だけわずかに光が漏れ、中身が脈打つように揺れていた。まるで脳や心臓に当たる位置だ。
「……保証は?」
秋織がじとっとした目つきで問う。
彦卿は爽やかに、そして迷いなく答えた。
「無いね。」
即答すぎて、電子世界の空気が一瞬止まったような気すらした。
「お前なあ……」
秋織は呆れたように睨んだが、すぐに唇の端がわずかに上がる。
「まあいいや。行けるなら何でもいい。とにかく行くぜ!」
「ああ、もちろんさ!」
二人の足元で電流が走り、データ床が跳ねる。
跳躍のタイミングを合わせて――二人は巨大バグの頂点をめがけ、一気に駆け上がっていった。
電波世界の空間は、巨大バグの断末魔とともに不気味な低振動を響かせていた。
秋織たちは中央コア部に到達し、同時に跳びかかる。
「よし、行けそうだぜ!」
「なら容赦は要らないね!」
二人は息を合わせ、殻の薄い中心部めがけて攻撃を畳みかけた。
刀と秘剣が光の軌跡を描き、コアに衝撃が走る。
その時、雲璃も触手の群れを一閃で切り裂き、飛び込んできた。
「秋織、彦卿!」
「よし、雲璃。ここを叩き壊せ!」
「わかった!」
雲璃は大剣を引きかざし、全身に力を込める。刃が電光のように巨大化し、振り下ろされた衝撃がコアに直撃。
甲高い“ヒビ割れ”の音が響き、殻が大きく裂けた。
「今だ!」
秋織は迷わず刀を投げ放つ。
回転しながら飛んだ刀は、露出したコアに深々と突き刺さり、バグは獣の悲鳴とも機械の断末魔ともつかないノイズを上げた。
三人はそのまま身を翻し、崩壊するコアから距離を取る。
直後――
ドンッと大爆音が響き、バグの体が内側から砕け散る。
……………………
なんとか安全圏まで飛び退いた三人だが、秋織は肩を落とした。
「……刀は回収できなかったな……」
向こうには、刀の残骸すら見えない。電子の海に溶けてしまったのだろう。
雲璃は秋織の横顔を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「気にしないで。また作ってあげるから。」
その声に少しだけ秋織の表情が和らぐ――
だが、その直後。
ゴゴゴゴッ……
足元が揺れ、データ床が砕けはじめた。
「なっ……まずい。」
「逃げよう!」
振動は急速に広がり、床の破壊はドミノ倒しのように入口へ向かって伸びていく。
秋織たちは息を合わせ、一斉に駆け出した。
崩壊する通路は、後ろから黒い波のように飲み込まれていく。
足場が次々と砕け落ち、電波世界全体が悲鳴を上げているかのようだった。
その最中――
「うわっ!」
突然、前を走っていた彦卿の足場が崩れ、彼の身体が虚空へと傾いた。
「彦卿!」
秋織は反射的に手を伸ばし、落下する彼の手首を掴んだ。勢いで自分も引きずられそうになりながらも、腕に力を込め必死に持ち上げる。
「くっ……!落ちるなよ!」
「離さないから……っ!」
雲璃も後ろから支え、二人がかりでなんとか彦卿を引き上げることに成功した。
息つく間もなく、背後からは崩壊の波が迫ってくる。
「急げ!」
「わかってる!」
三人は再び足を動かし、飛び散る破片を跳び越えながら入り口へ全力で駆け込んだ。
そして――
光のゲートを潜った瞬間、視界が白く弾けた。
……………………
秋織たちは店舗の裏通路に転がるようにして飛び出し、そのまま床に倒れ込んだ。
全身に力が抜けるほどの安堵感が押し寄せる。
「………助かった……」
秋織が荒く息を吐き、天井を見上げながら呟く。
雲璃も肩で息をしながら笑った。
「ほんと……生きた心地しなかった……」
彦卿は額の汗をぬぐい、少し呆れたように、しかしどこか楽しげに言う。
「まさか命の危険に巻き込まれるとはね……君たち、想像以上に大変なことしてるんだね。」
その言葉を聞きながら、三人はようやく静かな現実の空気を感じ取った。
お互い肩を組みながら、歩いていくのだった…
・秋織(巡狩/風)
馬鹿。タイマンだと強い。
・雲璃(壊滅/物理)
ヒロイン。かわいい。
・彦卿(巡狩/氷)
ライバル。本来なら出す予定は無かった。