現実世界編から多分シリアスになるかも…しれない。
「……俺の刀……」
現実へ戻ってきた直後の秋織は、まだ地面に膝をついたまま、ぽつりと呟いた。
視線は虚空を彷徨い、落とした刀の重みと喪失感だけが胸に沈んでいる。
何度も戦いを共にしてきた相棒を失うのは、武器以上に心の痛みが大きい。
「……雲璃のところ、行くか。」
ほんの少し息を吐くと、秋織は重い足取りで歩き始めた。
向かった先は、あの少女がよく出入りする鍛造場──船の中心部にある、金属の熱と轟音が満ちた場所だった。
鍛造場では、今日も鍛治屋たちが打ち続けている。
炉の赤い光が壁を照らし、金属を打つ甲高い響きが連続して空気を震わせる。
その喧騒の中に、秋織が探していた少女の姿があった。
「雲璃〜。」
控えめに声をかけると、雲璃は振り返り、額にかかった髪を払って笑顔を見せた。
「あ、秋織。来てくれたんだ。」
剣を研いでいた手を止め、彼女は歩み寄る。
「どうかしたの?」
「暇だったからな。それと……弁当、持ってきたぞ。」
差し出された包みに、雲璃は目を細めて嬉しそうに微笑む。
「やった。これで今日も頑張れそうだよ。」
二人は鍛造場を離れ、少し静かな裏庭へ。
軒先の木陰に腰を下ろし、並んで弁当を広げた。
鉄の匂いが遠のくと、風が思った以上に心地よかった。
「……やっぱ、雲璃に頼んで正解だぜ。俺の知ってる限り、雲璃が作る剣が一番しっくりくる。」
照れ隠しのように言う秋織に、雲璃は耳まで赤くして手を振った。
「もー、秋織は本当に褒めすぎなんだから……。」
気まずいような、でも心の奥が温まるような静けさが二人の間に流れる。
沈黙に耐えきれなくなったのか、雲璃がそっと口を開いた。
「……ねえ、秋織。あの日のこと……覚えてる?」
秋織は箸を止めて、短く目を閉じた。
「……ああ。忘れるわけ、ないだろ。」
途端に空気が変わる。
さっきまでの柔らかさが嘘のように、影が二人の表情に落ちた。
幼い頃、二人はよく一緒に遊んだ。
秋織は羅浮に、雲璃は朱明に暮らしており、本来なら遠い距離だったが会えばいつも他愛もないことで笑い合った。
家が違っても、場所が違っても、離れた気がしなかった──それほど仲が良かった。
だが。
あの日、突然の事故が二人の世界を変えてしまった。
魔剣による悲劇が起こった…。
秋織の両親も、雲璃の両親も、同じ事故に巻き込まれて亡くなった。
残された二人は互いを見るだけで痛みが蘇るようになり、
気づけば言葉を交わすこともまばらになり、そして──自然と疎遠になった。
その記憶が、弁当の温かさとは対照的に胸を締め付ける。
雲璃はしばらく黙っていたが、やがて自分の胸の内をゆっくりと言葉にした。
「………あの後、ずっと考えてたんだ。私にできることって、なんなんだろうって。」
秋織は雲璃の横顔を見つめ、静かに問い返す。
「……それで、見つかったのか?」
「うん。」
雲璃は小さく頷き、握った拳を膝の上で強く押しつけた。
「強くなりたいって思ったの。私にしかできないことを、ちゃんと持ちたかった。だから、おじいちゃんに剣術を教えてもらって……鍛造も一から全部学んだんだ。それでね、私――魔剣を全部、狩り尽くしたい。」
芯の通った声。それでも、僅かに震えているのが分かる。
「………そっか。」
秋織はゆっくりと立ち上がった。影が雲璃の肩へ落ちる。彼の瞳の奥に宿っているのは、同じ痛みを抱えてきた者にしか分からない深い光だった。
「俺も…同じかもしれないな。」
秋織は自分の拳をゆっくり握りしめる。指先が白くなるほどの力だ。
「必死になって剣を握って……強くなろうって、それだけ考えてきた。」
そして、秋織は雲璃をまっすぐに見た。
「雲璃。これからは一緒に強くなろう。誰にも負けないくらいになって……それに、もう二度と、俺たちみたいな思いをする奴を出さないためにも。」
「………うん。」
雲璃はそっと手を伸ばした。秋織も同じように手を伸ばし、二人の手がしっかりと結ばれた。その温度は、小さくても確かな決意の証だった。
弁当を食べ終えた後、雲璃は鍛造場へ戻っていった。
炉の熱が頬を刺す。金属を叩くたびに響く音が、胸の奥にある焦げつくような想いと重なる。
(秋織には、とっても強い刀を届けたい。あの手の強さに見合う、ちゃんとした武器を……)
雲璃はそう心に決め、夜が更けてもひたすら鍛冶に向き合い続けた。火花が散るたび、彼女の瞳に強く揺るがぬ光が宿っていった。
⸻
そして、翌日。
秋織は秋作とともに、朝の空気を吸いながら雲璃の到着を待っていた。微かな鉄の匂いが風に混じる。それが雲璃の鍛冶場から流れてきたのだろうと、秋織はどこか胸騒ぎを覚えた。
「秋織!」
聞き慣れた声が響き、二人は振り返った。
そこには、昨日よりどこか誇らしげな表情をした雲璃が立っていた。両腕で大切そうに抱えているのは一振りの刀。鞘から漂う圧だけで、ただの武器でないことが分かる。
「これ……秋織のために作ったの。」
「俺のために…」
秋織はゆっくりと刀へ手を伸ばす。雲璃の指先には、昨夜の鍛造でできた小さな火傷の跡がいくつも残っていた。それが、この刀に込められた想いの深さを雄弁に物語っていた。
秋織はゆっくりと刀を受け取り、手のひらにその重さを確かめるように乗せた。握った瞬間、手に馴染む感触が走り、思わず目を見開く。
「……凄い刀だな。」
短い一言だったが、その中に驚きと尊敬が混じっていた。
雲璃は胸を張り、どこか得意げに微笑む。
「うん。秋織に合うように、何度も調整して仕上げたんだ。ちゃんと“秋織用”になってるよ。」
秋織はその言葉に応えるように、ゆっくりと刀を抜いた。
鞘から滑り出した刀身は、まるで空気を震わせるように澄んだ音を立てる。
銀色の光が走り、その中に淡い青が溶けるように混じっている。光の角度で水のように揺らめき、刀身全体が息づくように輝いていた。
秋織は自分でも驚くほど自然に、見惚れていた。
――雲璃が、徹夜で鍛えた跡。
――自分に向けた気持ち。
それが全部、この一振りに宿っている。
「……ありがとう、雲璃。これで、俺はもっと強くなれそうだ。」
秋織の声はいつもより柔らかく、しかし芯のある響きだった。
「えへへ……そう言ってくれるなら、私もすっごく嬉しい。」
雲璃は照れたように笑い、背中に回していた大剣を取り出した。秋織の刀と向き合わせるように軽く掲げる。
金属同士が触れ合う前、二人の刀身から青い光がふわりと揺れた。
互いの武器が反応し合っているようにも見え、二人は同時に照れくさそうに笑い合った。
一方で、少し離れた場所から様子を見ていた秋作と素裳は、二人の成長に胸を打たれたように沈黙していた。
「………」
黙ったままの秋作に、隣の素裳がそっと問いかける。
「ねえ秋作。急に静かだけど……大丈夫?」
「……いや。」
秋作は目を細め、秋織の姿を見つめ続けた。
「秋織も、あんなふうに強くなったんだなって……気づいただけだ。」
「そりゃそうだよ。あなたの弟だもん。」
「ああ……。」
秋作はふっと口元を緩めた。
弟が誇らしく、そして頼もしく見えたのだろう。
彼の表情は、どこか穏やかで温かかった。
主人公は基本親居ないがデフォです。