志都児は出ていません
「消える犯人?」
とある休日。
現在の同級生…小嶋 元太、円谷 光彦、吉田 歩実の3人に呼び出されたコナンが、眉を顰めて彼らに問う。
「はい!最近、この近所で被害が相次いでいる窃盗犯です!」
「バッグを盗まれた人がその人を追いかけてたら、急に姿が見えなくなったんだって!」
「ほーん…」
事件に関わっていると、よく聞く類の話だ。
そして、こういう話をこの3人から聞くときは、大抵碌なことがない。
コナンはため息を吐き、彼らに問いかける。
「もしかしなくても、俺たちでそいつを捕まえようって話か?」
「そういう話だな!」
元太の快活な声にコナンが苦笑を、同じく呼び出されていた灰原 哀が呆れ顔を浮かべた。
「どうせただのひったくりが路地裏にでも逃げ込んでた…って、つまらないオチでしょ」
「だろうな」
追いかけていた窃盗犯を見失うなんて、そのくらいしか考えられない。
こうなった彼らは、下手に止めれば何をしでかすかわからない。
適当に相手して、満足したら家に帰そう。
コナンと灰原がそんな互いの思惑を察し、アイコンタクトを取った。
「んで、その消える犯人とやらの特徴はわかってるの?」
「噂によると、消える犯人は黒髪の女性で、前髪で目元を隠しているそうです!」
「…………ん?」
既視感が脳裏を掠めた。
「あと、すごくスタイルのいい人だって噂も聞いたよ!」
「首と口元にほくろがあるって聞いたぞ!」
「「…………………」」
プロファイリングするうちに、見覚えのあるシルエットが浮かんでくる。
同じ人物に行き着いたのだろう、二人がなんとも言えない表情で向き合った。
「ねえ。あのふざけた恋人たちの中にそんなのいなかった?」
「いた」
恋太郎ファミリーを名乗る、一人の男…愛城 恋太郎と、彼の恋人たち十数人で構成された一団。
記憶違いでなければ、その中にこれらの特徴が合致する少女がいたはず。
彼らが事件に関わると、いつにも増して碌なことが起きない。
特に、女性陣に多少なり被害があると、激昂した怪物によっていろんな意味で目も当てられない大惨事となる。
彼らが子供に過激なことをする人間ではないことは確かだが、子供が関わっていい相手ではないこともまた確かだ。
コナンを除く少年探偵団の中で、唯一彼らと面識のある灰原はため息混じりに吐き捨てる。
「ほっといた方がいいって言いなさいよ、早く」
「だな。おい、お前ら…って、あれ?」
一瞬、目を離した隙にいなくなっていた3人。
嫌な予感がする。それも果てしなく。
いつもの流れだなぁ、と思ったその矢先、3人の声が響いた。
「「「いたーーーーー!!」」」
不安が秒で的中した。
たまたま通りがかったのだろう、コナンたちが思い至ったシルエットの少女…
意気込んだ彼らを止めるにはすでに遅く、その後ろ姿は小さくなっていた。
「遅かったかー…」
「早く止めた方がいいわよ」
「わーってるよ。おいお前ら…!」
その背を追って、駆け出すコナン。
直後、愛々の眼前に、今最も会いたくない人間の一人が立っていることに気づく。
「お、お待たせしました…!」
「愛々ちゃん、新しい服もぎゃゔぁゔぃいね」
モンスター彼氏、愛城 恋太郎である。
デートの約束でもしていたのか、互いに微笑み、談笑する二人。
が。その様をデートと捉えていない少年探偵団は、恋太郎が放った奇声が気になったのか、それとも彼の存在自体が気になったのか、答えの出ない推察を繰り広げていた。
「犯人の仲間ですかね…?」
「今あいつなんて言ったんだ?」
「何かの暗号だよ、きっと!」
「おい、お前ら…っ!!」
深追いさせると、どんな方向に話が転がるかわかったものではない。
これで警察の疑いが愛々に向いたなら、もう最悪だ。
純然たる小学生相手には注意程度で済ませるだろうが、正体が見破られている自分は別。
「毛利親子にあなたと工藤新一のDNAを比較した結果をお見せしましょうか?」などと、微笑んだまま的確に弱点を突いてくるモンスター執事の顔がありありと浮かぶ。
それだけはなんとしても避けたい。
冷や汗を垂らしたコナンは、なんとか少年探偵団を彼らから引き剥がそうと宥めにかかる。
「なんだよ、コナン」
「あの人は絶対に、ぜっっったいに違うから、とっとと離れろ…!!」
「根拠はなんです?」
「いいから黙って手を引けって…!!」
「なんか今日のコナンくん変」
高校生の体が恋しい。元の大きさならば、抱き上げて無理矢理に去ったというのに。
苛立ちを覚えたその時。彼らの目の前を影が遮った。
「あなたがた、愛々さんに何か用ですの?」
しゃなり、と空気が鳴ったような気がした。
彼らの眼前に現れたのは、絶世の美女。
細部まで手入れが行き届いている美しさを前に、少年探偵団の面々が思わず息を呑む。
美女がその様子に自慢げに胸を張ろうとし、ふとコナンを見やった。
記憶が確かなら、この美女…
頼むから忘れられていますように、と祈るコナン。
「あら。あなた、毛利探偵のお子さんでしたわよね?」
「あ、あはは…、どうも…」
が。そんな甘い話はなく、バッチリ覚えられてた。
コナンがどうこの場を切り抜けようかと考えていると、こちらに…というより、美々美に気づいたのだろう、恋太郎が歩み寄る。
「美々美先輩、どうし…っ!?」
恋太郎の目がコナンを捉えたその刹那、彼はおもむろに身構え、忙しなく辺りを見渡す。
気のせいだろうか。あまりの速度に、首から上がブレて見える。
十数秒ほど首を動かした恋太郎は、安堵を浮かべ、胸を撫で下ろした。
「よかった、スナイパーはいないみたいだ…」
「人のことなんだと思ってんだ?」
「自分のことなんだと思ってんの?」
コナンのツッコミに被さるようにして放たれた灰原のツッコミが、彼の胸を深く抉った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「な、なるほど…。それで私が疑われたと…」
「愛々さんと似ている云々を抜いても、到底許せることではありませんわね」
結局、これまでの経緯全てをぶちまけてしまった。
尾けられていたと知った愛々と美々美が納得を見せ、モンスター彼氏が殺意を滲ませた声を漏らした。
「そ、そっかぁ…!お、教えてくれて、ありがとうね、ボクたち…!」
「メロンみてーだな、お前」
身に秘めた怒りを表すかのように夥しい数の青筋を浮かべた恋太郎。
元太の指摘通り、もはやメロンの外皮と遜色ない様である。
びきびき、と肉を抑えつけるような音が絶えず響く中、美々美が怪訝そうに眉を顰めた。
「しかし、解せませんわね。
どうしてあなた方のような小さな子たちが、その捜索なんてしていますの?」
「僕たちは少年探偵団ですから!」
「なるほど、生き様だと。それもまた一つの美…ですわね」
「そんなんじゃねーと思うぞ」
少なくとも、生き様に誇りを持つような感性はまだ培われていない。
彼らにあるのは、子供らしいみなぎる自信と、褒めて欲しいという子供なら当たり前の顕示欲くらいなものだろう。
コナンが美々美の感心に呆れるも束の間、彼女の目が鋭く開かれた。
「ですが、見え透いた危険に飛び込む子供を見過ごすわけにはいきませんわ」
「です、ね…。で、でも、どうしたら…」
まずい方向に話が転がり出した。
モンスター彼氏の伝説がまたひとつ増えるな、と呆れるコナン。
「毛利探偵事務所が近いし、窃盗犯の捜索は毛利さんに引き継いでもらおう。
俺からの依頼って形で料金を払えば、向こうも真剣に探してくれるはずだ。
ついでに、この子たちも預けられるし」
「「「えーっ!!?」」」
「へっ?」
「はい?」
が。その呆れは秒で粉微塵になった。
モンスター彼氏らしからぬ対応だ。過去に見せた凶暴性はかけらも見えない。
灰原もその対応を意外に思ったのだろう。少年探偵団の不満げな声に隠れるように、間の抜けた声を漏らした。
その反応が気になったのだろう、恋太郎がコナンに問いかける。
「あれ、どうしたの?」
「いや、てっきり『今すぐに見つけ出してブチ殺してやる』とか言い出すもんかと」
「その気持ちはめちゃくちゃあるけど…」
「あるんだ」
気のせいだろうか。彼の背に般若の顔が浮かんで見えた。
が。それはすぐに霧散し、穏やかな雰囲気が滲む。
「君たちがその窃盗犯を追うのをやめずに危ない目に遭ったって聞いたら、俺も、美々美先輩も、愛々ちゃんも、絶対に後悔するから。
だから、君たちの安全を確保できて、尚且つ事件が解決に向かう方法を選んだんだよ」
「………………」
その返答に唖然とするコナン。
目の前にいるのは、本当にあのモンスター彼氏なのだろうか。
そんな疑念が浮かんだ直後、恋太郎は「それに」と付け加えた。
「『合法的に犯罪者をブチ殺す概論』の履修がまだ終わってないから」
「何その学問」
「志都児さんが大学教授の資格を取って開いてる講義で…」
「本当にどこに向かってんだあの執事」
少年探偵団…モンスター彼氏、および恋太郎ファミリーとはこれが初対面。恋太郎から飛び出る狂気はまだ浴びてないので、コナンたちのようにバケモノを見るような目はまだしてない。
江戸川 コナン…恋太郎の狂気ばかりを浴びてきたせいで、恋太郎の対応に強い違和感を覚えている。今回のような対応が彼のデフォルトだったことを知るのは、もう少し先。
灰原 哀…阿笠と二人で出かけた際、恋太郎ファミリーともども事件に出会したことがある。その時の事件では、犯人が恋太郎ファミリーを人質に取るという最大の地雷を踏み抜いたため、モンスターたちによっていろんな意味でぐしゃぐしゃにされたのを目の当たりにした。
愛城 恋太郎…コナンと共に行動した際にスナイパーに狙われた経験から、「事件のない場所にコナンがいる=スナイパーが狙ってる」とあながち間違いでもない認識をしている。
美杉 美々美…恋太郎が誇る「彼女」の一人。世界一美しくなることを目標にしているストイック美人。ナルシスト気質ながら、それが嫌味にならないほどの美貌と高潔さを誇る。ですわ口調ではあるが、実家は豆腐屋。新聞配達のバイトで稼いだお金で化粧品を購入している。
華暮 愛々…恋太郎が誇る「彼女」の一人。恥ずかしがり屋で、目を見られるのが苦手。そのため、前髪を伸ばして目を隠している。100カノ原作でその目を見たのは、恋太郎と美々美のみ。100カノ読者ですらその素顔を見たことはない。編み物が趣味で、作ったあみぐるみを携帯している。恥ずかしさが限界に達すると、あみぐるみに相手の意識を集中させ、その間に隠れる「ミスディレクション」を使う。