大暴走回です
山中にある旅館にて。
看板を頼りになんとかたどり着いた小五郎は、カウンターを挟んで微笑む女将にペコペコと頭を下げていた。
「いやぁ、申し訳ない!オープン前なのに泊めていただいてしまって…」
「いえ。こちらとしても、かの有名な眠りの小五郎様に宣伝していただけるのですから、願ったり叶ったりですよ」
そう。コナンたちは気づかなかったが、この旅館はまだ開業する前の施設だったのだ。
そのことに気づくも遅く、既に代わりの宿を探す時間はない。
引き返して、夜遅くでも受け入れてくれるカプセルホテルでも探すべきか。それか、ダメ元で旅館に泊めてもらえないか聞いてみるべきか。
旅館の外れに車を停めた彼らがそう悩んでいるうち、それを見つけた従業員が確認をとってなんとか許可を取り付けてくれた…というのが、この旅館に泊まるまでの経緯だった。
いくら事情があるとはいえ、ここまで好意に甘えてしまってもいいものか。
小五郎が申し訳なく思っていると、カウンターに身を乗り出したコナンが女将に問うた。
「ねえ、女将さん。ここってまだオープン前なんだよね?」
「ええ、そうですよ」
「じゃあ、なんで普通に営業してるの?」
飛び入りで人が泊まれるのはおかしいと感じたのだろう。そして、その違和感は小五郎たちからしてももっともであった。
オープン前にしては、従業員が多い。設備も一通り稼働しているし、どう考えても誰かが泊まっているとしか思えない。
コナンが違和感を覚えるのは、仕方ないことであった。
コナンの問いに対し、女将はあっけらかんと答える。
「今日は施設の試運転を兼ねて、支配人がご家族やご友人を招き、慰労会をしているんです」
「えっ!?も、申し訳ない…!そうとは知らず押しかけてしまって…」
事情を聞いた小五郎が慌てて頭を下げ、蘭たちも続いて頭を下げる。
別の宿を探すと言ってこの場を去るべきか。
小五郎がそう考えるや否や、女将はくすくすと微笑んだ。
「構いませんよ。既にオーナーから許可はいただいていますので、遠慮なくお寛ぎください」
「そ、そういうなら、お言葉に甘えましょうかな…」
「コナンくん、邪魔しちゃダメだからね」
「はぁい」
釘を刺されたコナンは苦笑を浮かべ、蘭たちに続く。
支配人の好意で招き入れてもらえたのだ。そこに失礼があってはならない。それはわかる。
が、しかし。それでも気にはなる。
コナンが身から出る好奇心にうずうずした矢先、その脳裏にトラウマが過ぎった。
─────好奇心は猫を殺すものですよ、工藤 新一くん。
…詮索は良くない、やめておこう。そう思い直すには十分すぎる恐怖体験だった。
コナンがモンスター執事の幻影に身慄いした、その時。
「おめッッ!!何やってんだおめッッ!!」
「……ん?」
ロビーの入り口から、ただならぬ剣幕で捲し立てる声が聞こえた。
コナンらが疑問に思いそちらを見ると、警備員らしき男の姿があった。
それだけならまだ違和感はない。
が。その手に不審者らしき男女の首根っこが掴まれていたなら話は別だ。
コナンがその景色にギョッと目を見開くも、女将の表情は微動だにしていない。
この旅館では普通の光景なんだろうか。
そんな疑念を押し流すように、怒号の濁流が響く。
「オラと言う警備員は見てたどッ!!
おンめ〜山さ勝手に入った挙句包丁とノコギリなんざ持ち込みやがってッッ!!殺人するつもり満々でねぇかおめッッ!!」
「ぐっ、は、離せ貴様…!!」
「私はこいつに殺されかけた被害者でしょ!?なんで私まで捕まらなきゃなんないのよ!?」
「何言ってんだ!!おンめ〜あの立入禁止の看板さ無視して無断駐車してやがっただろ!!
二人揃ってなんて魂の腐った奴らだッ!!
あいつら諸共警察突き出してやるッッ!!人生めちゃくちゃにしてやるッッ!!!」
怒号を浴びせられ、引き摺られていく男女。
その光景を前に、蘭が震えた声を漏らした。
「………あの、あれ、なんです…?」
「ああ、警備員さんですね。山中で法に触れた方がいたら即座に捕まえて、ここまで運んできてくれるんです。ここから交番は遠いですからね」
「……人生めちゃくちゃにするとか言ってるけど」
「めちゃくちゃになるでしょう。普通に刑事で訴えますし」
「………まあ、うん。そっか」
信頼で成り立つ現代社会において、前科はかなりのバッドステータスである。
確たる証拠を握られた上で警察に突き出されるのだ。人生がめちゃくちゃになるのは確定事項である。
だから、あれは脅迫には入らない。入らないということにしておく。そうしないとツッコむのが面倒くさい。
コナンたちが無理矢理にその景色に納得していると、ロビーに二人の人影が姿を現す。
「邪魔するのさ」
「邪魔するのよー」
その二人は、一見すると今の自分くらいの年齢の男女だった。ただ、纏う雰囲気は年齢に比べ、明らかに落ち着いている。
加えて、コナンには彼らの姿にどこか見覚えがあった。
以上のことから彼らに疑念を抱くコナン。
が。彼らはコナンの視線を意に介さず、従業員によるもてなしを享受する。
「薬膳様、お待ちしておりました」
「刺客に狙われずに温泉旅館に来れたのは初めてなのさ」
「ええ、本当に。志都児さんと恋太郎くんに感謝なのよ」
「お喜びいただけて幸いです。では、ご案内いたします」
「安心して泊まれる温泉旅館なんて初めてなのよ」
「カップル向けの混浴もあるらしいのさ。一緒に入るのさ」
「いいわねなのよ」
いくつか聞き覚えのある名前が出てきた。
ひし、と感じた嫌な予感が突き動かすまま、小五郎が女将への質問を重ねる。
「………失礼ですが、あの二人は?」
「支配人のご友人です。本日の貸切でご招待した方でもありますね」
「その支配人って…」
「あちらにおられますよ」
女将が指した先に居たのは、何人もの人間をまとめて引きずる細身の男性。
その男性の眼前には、数人の警官らしき男たちが見えた。
「警察です。引き取りにきました」
「ご苦労様です。どうぞ」
いくらなんでも警察が来るのが早すぎやしないだろうか?
そう思うも束の間、それ以上の衝撃がコナンを襲う。
「あべべべべべべべべ♡」
「ほひょぁあああああ♡」
「あ゛ぁあああ♡捕まっちゃうのぉおおお♡」
「らめぇえええ♡終わりゅうぅううう♡わらひのじんせぇ終わっちゃうぅううう♡」
「はいはい、こっちですよー」
今の今まで気づかなかったが、彼に引き摺られていたのは、健全な状態とは世辞にも思えない複数人の男女だった。
腰が砕けているのだろうか。皆揃ってガクガクと体…特に腰を振るわせ、締まりのない顔で嬌声を漏らしている。
とても聞けたものではない叫びに居た堪れなくなった蘭は、恐る恐る女将に問いかけた。
「あれは、なんですか…?」
「本気グループと提携して開発した『本気リラックスアロマ』。それを嗅がれると心の底からリラックスして、最終的にああなってしまうのです」
「な、なんでそれを嗅いだ人が警察に?」
「それは…、おや。ちょうどよかったですね。その質問にお答えするためにも、ぜひ当旅館の防犯システムをご覧ください」
言って、女将が警備員に捕えられた二人へと手を向ける。
コナンたちがそちらを見ると、いつの間にやらガスマスクをつけた警備員が、なぜか監視カメラへと二人を突き出していた。
一体何を、と問おうとした、その時。
彼らの頭上の天井が開き、そこから噴き出たピンク色の煙が、雪崩の如く彼らに襲いかかった。
「ゔわっ、な、なんだぁあへへへへへ♡」
「毒ガしゅううううへへへへきもちぃいいいあへへへへへ♡」
その煙を吸い込んだのだろう、とても言葉では言い表せない状態へと変貌した二人。
ここまで堂々と使ってるのだ。恐らく、違法な成分はまるで入ってない。
ただ効力が強いだけのリラックスアロマの範疇に収まってるのだろう。
コナンたちがその様にドン引きしているのにも構わず、女将は淡々と説明を続ける。
「法に触れる行為をされた方、およびその恐れがあるお客様は、ああして本気リラックスアロマを嗅いでもらい、抱いた悪意をほぐしにほぐしてもらっております」
「ほぐしすぎじゃねーの!?」
「残念ながら、犯した罪は拭えません。
ですが、極上の癒しを知った彼らは生まれ変わったような気持ちで、人生の再出発へと歩み出すことでしょう」
「とてもそうは思えない光景だったけど!?」
徹底して犯罪を許さないという過激な姿勢が透けて見える。
別に犯罪者を肯定するわけではないが、いくらなんでもやりすぎじゃないだろうか。
そう思い、コナンはこの景色を作り上げた元凶だろう支配人へと声をかける。
「あ、あの、支配人さん…?」
頼むから勘違いであってくれ。
天に望むコナンだったが、彼の祈りは届かず。
振り返った支配人…モンスター執事こと花園 志都児がいつものように微笑んだ。
「おや、コナン様。ご無沙汰しております。
いかがでしょうか、この『絶対に犯罪を許さない温泉旅館』は」
【悲報】急遽泊まった旅館、モンスターハウスだった。
脳裏に浮かんだ文言に、コナンはひくひくと渇いた笑みを浮かべた。
オラと言う警備員…警備に魂を捧げた化け物。100カノ原作に登場したモブとは別個体。反省を見せた人間には人生をめちゃくちゃにする精神攻撃を取りやめるものの、そうでない人間に対しては誰であろうとその心に掲げた警備を緩めることはない。人生めちゃくちゃにされたくなければ、真面目に生きよう。
本気リラックスアロマ…本気グループと花園グループが提携して作り出した化学兵器…じゃなくて製品。嗅ぐと一瞬でこの世の全てがどうでも良くなるほどの多幸感に包まれ、アヘ顔をさらす羽目になる。心の底からリラックスしたい方におすすめの一品。