ベル君のエロ本を書くのは間違っているだろうか? 作:リーグロード
「はぁ~……」
ここ最近、周囲の視線がやけに気になる。ギルドの受付嬢という立場上、人目を引くことは以前からあったけれど、最近はまるで腫れ物を扱うような視線が増えた気がする。
しかも、その視線を向けてくる一部の男性冒険者の中には、悔し涙を流す者までいるので、ますます不気味に感じてしまう。
「という訳なのよ、ミーシャ。一体何なんだろうね?」
「あ~、まあ、気にしない方がいいんじゃない!ほら、神様たちも言ってたよ。世の中には知らない方がいい事もあるって!」
「ねえ、ミーシャ。その言い方って、もしかしてこの状況の原因に心当たりがあるんじゃない?」
ミーシャの含みのある言い方に、私は眉根を寄せて尋ねた。
すると、彼女は気まずそうにしながら、私に顔を近づけてきて囁いた。
「なんか最近、歓楽街の方で弟君が色んな女性とえ……えっちなことをしている本が売られてるらしくて、その女性の中にエイナも描かれてるんだって」
「……は?はぁ~~~!!!?」
何を言っているのか一瞬理解不能になりながらも、私はミーシャの言った意味を理解して、思わず叫んでしまう。
そして、すぐに周囲の視線に気付き、顔を真っ赤にしながら俯いた。
……え?私、そんないかがわしい本のモデルにされてるの?しかも、ベル君みたいな可愛い系の男の子とそういうことをしている風に描かれてるって……あ!そういえば、最近ギルドで私を見る目がおかしかったのはそれが原因!? 私はそこまで考えてから頭を抱える。すると、ミーシャが私の肩を叩いて慰めてくれた。
「元気出しなって。あっ、ちなみに、聞いた話だと、エイナがいつも弟君と一緒に勉強の為に連れ込んでいる個室で──」
「ミーシャ!!!」
そこから先の話がなんとなく想像できてしまったので、思わず大声でミーシャの名前を叫んで止めた。ミーシャはそんな私を見て、にへらっと笑いながら話を続けた。
「まあでも、相手が全然知らないブサイクな男じゃなくて良かったんじゃない?ほら、弟君ってよく見たら顔とか可愛い系で整ってるし、清潔感もあって、純情そうで、よくよく考えれば、悪くない相手だよ?」
「何言ってるのよ。担当冒険者と、その……え、えっちな事してる本がばらまかれてるんだよ。しかも、それが原因で最近は妙な視線も増えてるし……」
そうしてミーシャに愚痴をこぼしていると、ギルドの入口が急に騒がしくなった。何事かとそちらを見ると、そこにはかつて神々の悪戯によってストーカー騒ぎを起こしたドルムルさんとルヴィスさんがいた。
「あ~!エイナちゃん!!」
「っ、エイナさん!!」
2人が私を見つけると、まるで突進するかのような勢いで駆け寄ってくる。
そして、私の目の前で急停止したかと思うと、ドルムルさんが懐から一冊の本を取り出して見せてくる。
「こ、この本にあったことは本当だか!?」
「馬鹿!?エイナさんにそのような下賤な本を見せるなど!!」
その本には、頬を赤らめたベル君と妖艶な笑みを浮かべる私が半裸で絡み合う姿が描かれていた。
私はそれを目にした瞬間、思わず叫びそうになり、慌てて口を塞ぐと同時に、
「こ、これは……」
2人が見るのを止めるようにという制止の声も無視して、恐る恐るその妙に薄い本をペラリめくる。最初の1ページ、2ページは特に問題のない内容だったが、いつもの勉強と称して個室に入った途端、本の中の私がウブなベル君を巧みに言葉で誘導し、そのまま慣れた手つきで服を脱がせていき、「これも大人のお勉強だから……」などと言って、そのまま……!!?
「あひゅっ──」
「「え、エイナ
あまりにも過激な内容で、エルフである私の許容範囲を超え、気づけば私は意識を失っていた。
目を覚ますと、昼だったはずがもう夕暮れ時になっていた。ミーシャに聞けば、あの後ドルムルさんとルヴィスさんは他のギルド職員の手によって外へと放り出されたとのこと。
そして、ミーシャの手には私が気を失った原因となったあの妙に薄い本が握られていた。しかも、その本の内容を読んだのか、顔を赤らめながらもニヤニヤとした表情を浮かべて私を見ていた。
「見たの?」
「いや~、エイナって男の人に興味ないんじゃって思ったけど、これ見ちゃうと、年下の男の子が好きなんだな~って思いました。まる」
「くっ、かっ……」
何か言いたいのに言葉が出ず、私は顔を真っ赤にしてただ唸ることしかできなかった。
「それじゃ、はい!」
「はいって!?こんなもの渡されても困るんだけれど!!?」
ミーシャがいい笑顔で持っていた本を私に押し付けてくる。思わず反射で受け取ってしまったが、こんなものを渡されても、私はどうすればいいのか。
……いや、ベル君は確かに可愛いし、他の冒険者と比べて接しやすいけど、そういう目で見たことはない。ないったらない!
「もう、困るなら捨てちゃえばいいじゃん。それに、そんなこと言っても、エイナだって内心では興味津々でしょ」
「いや、ちがっ……」
「あっ、エイナが起きたら、今日はどうせもう仕事にならないだろうし、もう帰りなって、ローズ先輩からの伝言だよ。じゃあね!」
「ちょっ、ミーシャ!!」
そのまま仕事に戻っていくミーシャの背中を見送り、受け取った本を懐にしまって誰にも見つからないよう急いで家へ帰った。部屋に入りベッドに腰掛け、懐から持ち帰った本を取り出して再び開き、中身を確かめる。
『ねえ、ベル君は胸のおっきな人は好き?』
「私はベル君にこんなこと言いません!!!」
開いたページに描かれていた私の台詞に、大声で否定の声を上げた。
そこで本を閉じて少々乱暴に本を枕に投げつける。
「…………」
投げ捨てた本をチラチラと見ながら、危険物でも触るかのように指で触れては離し、触れては離しを繰り返し、何度目かの接触で本を自分の元に手繰り寄せる。
そうして、怖いもの見たさというか、好奇心に突き動かれるままにというか、結局は本を手に取って読んでしまう。
「噓!?ベル君のあそこって──」
「ふえぇぇ……、私こんなことしないって──」
「勉強って、そう言う意味じゃない!──」
「あばばば──」
開いては閉じ、閉じては開いてを何度も繰り返し、1コマ読むのにも何十分もかけてしまったせいで、30ページ程度の本を読み終えるのにかなりの時間を費やしてしまった。
羞恥心やら、リアクションのし過ぎて溜まった疲労のせいで、興奮しているのに体はぐったりし、ベッドに横たわると瞼が閉じかけていた。
ちゅんちゅん
「んんんぅぅぅ!!?」
小鳥のさえずりで重たく閉じかけた瞼をそっと開け、窓の外に目をやると、そこには夜の闇などなく、すっかり陽が昇った明るい青空が広がっていた。慌ててベッドから飛び起きて時計を見ると、遅刻こそ免れそうだが、急いで支度をしなければならない時間になっていた。
「噓ぉ!?私帰ったの夕方だよね?なのにもう朝になってる!!?」
いや、原因は分かりきっている。あの本が悪いのだ。あの本が私をおかしくしてしまっていたのだ。
そう自分に言い聞かせながら、慌てて準備を済ませると、私は足早にギルドへと向かった。
「え、エイナ~。大丈夫?」
「これが大丈夫に見える?」
目の下にクマを作り、普段は清潔感のあるエイナらしくない、疲れ果てたオーラを漂わせながら仕事をする姿は、まるで神々が言うゾンビのようだった。
そんな状態ながらも、手元に置かれた書類をテキパキと片付けていく様は流石のひと言だった。
「あっ、エイナさん」
「ベルッ君、なッんで、ココッに」
「突然のヒューマンビートボックス!!」
突然のベルの訪問に動揺しすぎて、エイナの口調がすっかりおかしくなってしまっている。
というか、本人も混乱しすぎて、自分が何を話しているのか分かっていないのだろう。それでも仕事は仕事。あの本のことはいったん頭から追い出し、今日ギルドに来た目的を尋ねる。
「ゴホン!それで、ベル君は今日はなんでギルドに?」
「えっ、なんでって、今日はいつも通りダンジョンに入るための勉強をエイナさんにっ──!!?」
“勉強”とベルが口にした瞬間、冷静を装っていたエイナの脳裏にあの本の内容が鮮明によみがえり、目の前に本人がいることで動揺しすぎて椅子から転げ落ちてしまった。
慌てて助け起こそうとベルがエイナに駆け寄ると、エイナはさらに激しく動揺し、ベルを突き飛ばしてしまった。
「へっ?え……エイナさん?」
「ああ!?ご……ごめんね、ベル君!!」
冒険者のベルだからこそ、よろける程度で済んだものの、親しいと思っていた相手に拒絶されてショックを受けるベルの姿を見て、エイナもようやく冷静さを取り戻した。
「もう大丈夫だから!突き飛ばしたりなんかしちゃってごめんね!!」
「いえ、ボクは気にしてませんから。それで、一体どうしたんですか?」
「えっと、それはその……」
まさかベル君とそういう関係の本を読んでしまったなんて、エイナは絶対に本人には言えず、思わず言葉に詰まってしまった。
なんとかこの場をしのごうと、苦し紛れに言い訳めいた会話を続けた。
「そうですか。あの、体調が悪いなら、無理せずに休んでくださいね。勉強もまた後日改めてしましょう」
「ううぅ……、ごめんね、ベル君」
ベルはエイナの体調を心配しながらも、自分のせいで無理をさせないようにと気遣ってくれた。そんな優しいベルに対して、罪悪感で胸がいっぱいになる。
そうして、今日の勉強会を中止して去っていくベル君の後ろ姿を見送っていると、周囲でこちらを見守っていた下品な冒険者の何人かが本人的には小声で「なんだ、いつもの部屋に連れていって大人の勉強しねえのかよ」なんて言っているのが聞こえた。
その瞬間に、エイナの中でプチンと何かが切れる音がした。
あの本のせいで寝不足で、仕事も手につかなくて、ベル君にも迷惑をかけて……。
「ねえ、ミーシャ……」
「は、はい!!」
「例のあの本、何処で売ってたのか知ってる?」
「はっ!確か、歓楽街の隅っこの方で売られていたと聞いたであります!」
ドス黒いオーラを放つエイナの雰囲気に押されて、軍人のような口調で答えるミーシャ。
それを聞いたエイナは、ニッコリといい笑顔を浮かべて、ミーシャの肩を掴む。
「今日は仕事終わったら暇かな?」
「へっ?」
「ひ・ま・か・な?」
「はい!暇であります!!」
「そう、なら良かった。例のあの本を売ってる人を探すの手伝ってくれるよね?」
「はい!!!」
今のエイナの頼みを断れるはずもなく、こうしてミーシャは仕事終わりに歓楽街で例のあの本を売っている人物を探すハメになってしまった。
「あんな本を勝手に売るなんて!絶対に見つけ出してしょっぴいてやるんだから!!」
怒りに燃えるエイナは、不調も跳ね除けて仕事を終わらせると、ミーシャの手を引っ掴んで歓楽街へと乗り込んでいった。