ベル君のエロ本を書くのは間違っているだろうか? 作:リーグロード
『スライム?』
突然、モンスターの群れが割れた先から現れたのは、ポヨンという擬音がぴったりな、半透明のゼリー状の物体だった。
スライムは某ゲームのせいで最弱のイメージがあるが、オラリオではスライムとは深層に出現する液体状の怪物。油断すれば体内に侵入され、内側から溶かされる──深層に進む冒険者なら誰もが知る“最悪の死に方”をもたらす存在。
故に、警戒を解くことはなく、ベルは一歩も動かず、ただ静かにスライムを観察した。
その目は、獲物を狙う獣のように研ぎ澄まされている。
『(喋ったことにも驚きだけど……このスライム、魔石がない!?)』
透き通ったスライムの体内を、ベルの視線が貫く。どこを見ても、魔石の輝きが存在しない。
自身の知る常識が崩れる音が頭の中で鳴り響く。
見知らぬ街、喋るモンスター。魔石のないスライム。
どれも、ベルの頭の理解が追いつかないでいる。
『────』
だが、ベルの表情は微動だにしなかった。
心の動揺を一切外に漏らさないのは、彼が一流の冒険者である証だった。
「当然の異常事態にも関わらず、冷静沈着だなんて、流石はボクのベル君だ!」
「そんなこと言ってる場合ですか。次のページに早く進んでください!」
「これがスライム。想像していたよりも随分と愛くるしいお姿なのですね」
胸を張って誇らしげに言うヘスティアと、そんなことよりも続きを急かすリリ。そして、ほんわかした声でスライムを見る春姫。
3人が物語の展開に一喜一憂しながら、次のページに進んでいく。
『よっ、と!あ~、そんな警戒しなくても、こっちからお前たちを襲うつもりは無いから安心してくれ』
『っ!?スライムが人になった!?』
ピョンとスライムが飛び跳ねると、液状の体が変化して、どこからどう見ても普通の人間の姿に変身した。見ようによっては少年にも、少女にも見える中性的な顔立ちで、髪は青髪。とてもさっきのスライムには見えなかった。
あまりにも変化し続ける異常な事態に、遂にベルも驚きを隠せなくなってきた。
それでも、ナイフを構えて警戒を崩さないのは、彼が一流の冒険者というだけでなく、後ろに守りたい人がいるのも理由の一つだろう。
『落ち着きましょう、ベル。相手が会話出来るというのなら、ひとまずは対話を試みるべきです』
『っ、そう……ですね……』
ローリエの一言でベルはナイフを下ろす。
元々、彼は戦いを好む気質ではないのだ。それに加え、相手から敵意が感じられなかったというのも大きいだろう。
だが、それでも心の奥では警戒は解かずに相手の出方を伺っている。
その姿勢を見て、リムルは感心したように頷いた後、口を開いた。
『まずは自己紹介からした方がいいかな?改めてまして、俺の名はリムル・テンペスト。この国、
『国!盟主!?あっ、いや、僕の名前はベル・クラネル。冒険者をしてます。それでこっちの彼女は──』
『妻のローリエ・スワルです』
『えっ、妻!?夫婦だったの!!若っ……じゃなくて、うん、よろしく!』
「「「ぐふふぉっ!!」」」
ローリエの妻宣言に、ヘスティアたちは心に50のダメージを受けた。
結婚式のシーンを見たとはいえ、言葉にされるシーンを見るのはまた違った精神的ショックがあった。
三者三様に胸を押さえ、膝をつき、白目を剥きかける。
「こ……これが、サポーター君が危険視するローリ何某君の恐ろしさ……!?」
「こんなものではありませんよ、ヘスティア様。ここはまだ序盤、最後の方はきっとこんなものじゃすまないでしょう!?」
「前回の本であんな刺激的で感動的なローリエ様の本でしたから。きっと、我々では想像もしていないような、そんなシーンが描かれている筈です!!」
真剣な表情でそう語る2人の言葉に、ヘスティアは絶句して「ローリエ何某君ってのは……深層の階層主か何かなのかい……?」とその声は震え、まるで“冒険者の恐怖談”を聞いたときのそれだった。
「一部では、ローリエ様の本は恋する化け物の未来設計図だなんて、特級呪物扱いされてますからね」
リリの補足説明に、ヘスティアはどんな本だぁ!とツッコミを入れた。
だが、それと同時に、ヘスティアの中でローリ何某の危険度がヴァレン何某と並び立つほど跳ね上がったのは言うまでもない。
『さて、自己紹介も済んだことだし、1つ聞いておきたいんだが?君たちはどうやってここに来たのか、聞かせてもらえるか?』
『えっと、その、信じてもらえるかは分からないんですけど、僕たち新婚旅行で旅をしていて、それで立ち寄った村で観光してたら、急に空間に裂け目みたいなものが走って、それに飲み込まれたと思ったら、ここにいたんです』
ベルがそう説明すると、リムルは怪訝そうな顔をして、顎に手を当てる。
その表情を見た瞬間、ベルの胸がきゅっと縮む。ローリエも不安そうにベルの袖をつまむ。
だが、次の瞬間、2人を擁護する声が上がった。
『あの、リムル様。多分、そこの人が言ってることは噓じゃないと思います。俺、見てたんですけれど、道の真ん中の空間に裂け目が出来たと思ったら、そこの2人が吐き出されるように出て来たんです』
周りを囲んでいたゴブリンっぽい人が前に出て、そう証言してくれた。
そのことに、ベルとローリエは驚いた顔をする。その顔には、まさかモンスターに庇ってもらえるだなんてという表情がありありと浮かんでいた。
『ん?ああ、誤解させてしまったか。別に今の言葉を疑ってた訳じゃないぞ。ただ、2人がこっちに来たのがその空間の裂け目のせいだっていうなら、ほとんど事故みたいなものだし、どうやって元の場所に帰したものかと悩んでいただけだ』
『し、信じてくれるんですか!?』
『勿論さ、だってそんな噓ついたって、お前たちにメリットなんてないだろうからな。それに、お前の目に嘘の気配はない。俺は人を見る目だけは自信が──って、どうした?』
リムルはそこで言葉を切り、ベルとローリエに向き直る。
2人はポカーンとした表情でリムルを見つめていた。
『あの、じゃあ、僕たちを元の場所に帰してくださるんですか?!』
『ん?ああ、そりゃ勿論だ』
『ありがとうございます!!本当に……っ!!』
深々と頭を下げるベルの姿に、リムルの表情はふっと柔らかくほどけた。
『おう、任せとけって。こういうのは俺の得意分野だ』
そう言って、リムル親指をぐっと立てる。
その仕草はあまりにも気軽で、国の盟主という肩書きから想像される威厳とは真逆だったが──だからこそ、ベルの胸にすとんと落ちた。
張り詰めていた糸がぷつりと切れ、ベルの肩から力が抜けていく。
ローリエも胸に手を当て、ほっと息をついた。
『リムル様……本当に、ありがとうございます……』
『別に様なんかつけなくたっていいさ。気軽にリムルって呼んでくれてかまわない』
『そんな、いや……ううん、ありがとう、リムル!』
『夫婦ともども、ありがとうございます、リムルさん!』
ベルとローリエの感謝の言葉に、リムルは笑顔で頷いて応える。
そんなやり取りを、ヘスティアたちは悶々とした気持ちで読んでいた。
「うう~ん、見れば見るほど、心優しい異端児って感じがするな。けれど、ローリ何某君がベル君の妻だってことには違和感バリバリだぁ!!!」
「ええ、そうですとも!!ベル様の妻はこのリリがなるのが、一番違和感がありませんね」
「そんな、ズルいですリリ様!!は……春姫だって、ベル様の妻に……」
「どっちも認められるかぁぁぁ!!!ボクのファミリア内での男女交際(ベル君は特に)は一切禁止だかんなあぁぁぁ!!!」
「ふざけないでください。そんな神様ルール、リリは認めてなんかいませんからね!!」
ヘスティアの魂の叫びにリリが反論する。
またしても、キャットファイトが始まるかと思いきや、春姫の「先に続きを読んでいてもいいいですか?」という一言に、ひとまずは休戦となって、本の続きを読もうという流れになった。
場所を移動し、モンスターの国に建てられているとはとても思えない、立派な建物に案内されるベルとローリエ。
筋肉がムキムキなゴブリンに案内されて、角の生えたピンク髪の女性にお茶請けを貰って待合室のような場所で待機させられる。
『よっ、待たせたな』
『いえ、そんな、こんな美味しいお茶菓子までもらいましたし』
2人から遅れて部屋にやって来たリムルは紫髪の角の生えた女性に抱かれていた。
ただ、その抱かれている位置が問題というか、リムルの丸いボディの上に更に2つの丸みがあって、健全なお年頃のベルの目線は自然とリムルのちょっと上に誘導される。
『ベル?どこを見ているのかな?かな?』
『うへぇっ!?どこって!そりゃ、リムルの方を──ごめんなさい』
『もう!』
笑顔のはずがとても恐ろしい嫉妬の炎が燃え上げていたローリエの圧に屈して、素直に頭を下げるベルを見て、リムルは内心で「男の子だもんね。しょうがないよ」と口には出さないがフォローしていた。
そこまで読んでから、リリが頭を抱えながら叫ぶ。
「くっ、やはりベル様も大きい方がいいのでしょうか!?」
その隣で、春姫が胸を張りながら控えめに主張する。
「む、胸の大きなお方が好きなら、春姫も……」
そして、最も自信満々なのは──もちろんヘスティアだ。
胸を両手で持ち上げながら、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ふふん!これは、ボクの勝ちだね。なにせ、ボクのコレはそれはもう立派なものだし。いや~困ったな~?ベル君の視線がボクに集中しまくっちゃって」
あまりにもうざい顔にリリがキレて、「実際にベル様にそういう目で見られたことあるんですか~?」と煽る口調で言うと、ヘスティアの余裕が一気に吹き飛び、ズーンと落ち込んだ。
『あの人たちは一体どうしたんでしょうか?』
『まあ、お年頃というか、夫婦間の問題というか。しばらくシオンは俺を抱っこするの禁止な!』
『え~、そんな!リムル様ぁぁ!!』
リムルが人型へと変わり、軽やかにソファへ腰を下ろす。
その背後に立つシオンは、大きな体を小さく縮めるようにして、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
そんな様子を見て、ベルは心配そうにリムルに訊ねる。
『その……大丈夫なんですか?』
『ああ、心配しなくてもいいから。それよりも、まずは君たちのことだが……。とりあえず、ウチで働いてみないか?』
ベルとローリエは同時に固まった。急な申し出に驚いていた2人だが、リムルの説明を聞くうちに、その驚きはゆっくりと納得へと変わっていく。
空間の裂け目がいつ再び現れるか分からない。帰還方法が見つかるまでの間、生活の基盤を整えておく必要がある。
リムルはそれを“当然のこと”として考えてくれていた。ローリエが小さく息を呑む。
『……そんなに、私たちのことを……』
ベルも深くうなずいた。
『ありがとうございます、リムルさん。急に知らない場所に飛ばされて、僕たち……本当に、どうしたらいいか分からなかったので……』
そんなベルの感謝に、リムルは手をひらひらと振る。
『気にすんなって。困ってる人を助けるのは普通だろ? それに、ウチの国は発展途上国で人手不足だからな。働いてくれるなら大歓迎だ』
その言葉は冗談めいていたが、ベルとローリエには、“ここにいてもいいんだ”と背中を支えてくれるように響いた。
「う~ん、リムル君はとてもいい子だね」
「やはり、異端児にはいい人しかいないのでしょうか?頭の固い御方はいますけれども……」
「それって、もしかしなくても、グロス様のことでございましょうか?」
リリの呟きに、春姫が反応する。まあ、そこは置いておいて、とリリが咳払いした。
そして、続きに目を移す。
こうして、ベルとローリエはモンスターの国である
リムルに案内されるままに、国を歩くシーンが描かれるが、そのどれもが人もモンスターも笑顔であり、このオラリオとなんら変わらないように見えた。
子供のゴブリンと一緒に戯れるオークの姿や、歌とダンスで歓迎してくれるリザードマン、訓練をサボるゴブリンを仕置きする白髪の角の生えた老人など、そのどれもがベルとローリエの目には彼らがモンスターではなく、人間の営みをするちょっと特殊な亜人のように見えた。
『なんというか、ここはすごいですね。僕たちの知るモンスターへの見る目が変わったっていうか……』
『だが、ベル。それはこの国だからだ。私達の知るダンジョンでその考えは危険を引き寄せる。気を引き締めるんだ』
モンスターたちが街を歩く姿を見て、ベルはそう呟き、ローリエは気を抜くなと注意を促す。
「そうですね。これを読んで変にダンジョンのモンスターに同情したり、それが原因で怪我を負わない為の忠告なのでしょうね」
リリはそれがローリエからだけでなく、作者からのメッセージなのだと読み解いた。
『さて、これでテンペストの案内を終わるけど、案内した中で自分に出来そうなのはあったか?』
『そうですね。僕は冒険者で、戦闘関連の職が向いてるので、街のパトロールとかジュラの森から出てくる魔獣討伐に参加させてもらえればと……』
『私も冒険者だが、ベルほどは強くはないからな。出来ればそのサポートが出来る職があれば、そっちを任せて欲しい』
そんなローリエの要望に、リムルは嫌な顔1つせず、少し思案する。
『なら、シュナの手伝いとかどうだ?料理に裁縫なんかを中心にしてるから、花嫁修業とかにピッタリだぞ』
『花嫁修業か。確かに、今後を考えると、しても損はないな……』
ベルをちらりと見上げるその目は、完全に“未来の家庭を想像して幸せになってる新妻”のそれだった。
「クッソォ!ベル君はボクのものなのに!!」
「花嫁修業とか、どれだけ確実に外堀を埋めにきているんでしょうか!!?」
そして、当然ながらヘスティアとリリの反感を買う。そして、何も言わない春姫はというと、花嫁修業という単語があまりにもストレートに胸へ刺さり、ショックで声が出なかっただけのようだ。
それから、シュナに手ほどきを受けながら料理や裁縫を習うローリエと、ハクロウからゴブタと共に鍛錬を受けているベルが描かれた。
まさに、モンスターと人との融和の理想を体現したかのような光景だった。
これには一部から大きな反発があるだろうが、そんなものは今更だろう。オラリオ最強派閥であるロキファミリアの冒険者を勝手にモデルにしている時点で、この本の作者に冒険者を敵に回すという恐れは一切ないと断言してもいい。
ゴブタ率いる巡回パトロールで魔獣を討伐し終えたベルは、汗と土埃を流すため、テンペストの名物である温泉へと向かった。
『えっと、温泉はこっちらしいけれど、分かれ道?看板があるみたいだけれど、どっちに進めばいいんだろう?』
目の前に立てられている看板はベルの知る共通語ではない文字で書かれている為、その意味が分からずに戸惑っていると、偶然出くわしたオークの人と一緒に遊んでいた女の子のゴブリンが「あっち」と教えてくれた。
慣れない土地での切な子との出会いに、ベルは感謝の言葉を伝える。
そして──その出会いがベルの運命を左右する大きな分岐点だった。
女の子に案内された先で、意気揚々と赤い暖簾をくぐって脱衣所の中に入ると誰もおらず、ベルは衣服を全部脱いで、腰にタオルを巻いて温泉に入りに向かう。
『あ、れ?』
視界に飛び込んできたのは、肩まで湯に浸かるローリエの姿。
そしてその周囲には、シオン、シュナ、ゴブリナ、トレイニー。
さらに、風呂桶にぷかぷか浮かぶスライム状態のリムル。
『んななななぁ!?ベル!!?』
ローリエの叫び声を聞きながら、視線が泳ぐ。泳いではいけない方向へ、勝手に泳ぐ。
異世界の美女モンスターの胸元がアップでギリギリ見えない構図で描かれるというサービスシーン。
そして、全員のおっぱいを思わず見てしまうように視線を彷徨わせてしまうベルに対して、ローリエがタオルで胸元を隠して立ち上がる。
『何をしているのですか、ベル?』
『えっ、あ、いや、ここが女湯だって知らなくて、その……』
『ふ~ん、そうですか。なら、さっさとここから出ていきなさい!!!』
『えっ、あっ、ちょっ──!!?』
近くにいる風呂桶の中でまったりしていたリムルを鷲掴みすると、ローリエはベルの顔面目掛けてリムルを剛速球で投げつけた。
『ごめんな──ぶぼぉ!!』
顔面でリムルを受け止めたベルはそのまま女湯から強制退場させられる。
「まったく、またベル君は覗きなんてして!!」
「ベル様らしいとはいえ、本の中でもこの扱いですか」
「これが、俗に言うラッキースケベなのでございますね」
覗きをしに来た訳でもなく、普通に間違えて入っただけなのに追い出されるベルに、ヘスティアとリリは怒りながらも呆れ、春姫は1人静かに興奮していた。
そうして、女湯から追い出されたベルは、流れで一緒に追い出されたリムルの案内のもと、今度こそ無事に男湯へ辿り着いた。
『そういえば、ベルとローリエはこっちの言葉は分かっても、文字は読めないんだったな。うっかりしていたよ』
『ううん、そこは気にしなくてもいいんだけれど……。ねえ、リムル。なんで女湯にローリエと一緒に入っていたのかな?』
ゴゴゴゴ……!!と凄みのある笑みを浮かべたベルからの質問に、リムルは焦りながら「スライムだから、性別とかないので安心してください!」と言い訳をする。
結局、恩もあるので今回は許すと言ってくれたが、ベルが「次はないよ」とにっこり微笑んだ瞬間、リムルは背筋に冷たい汗を流しながら何度も頷いた。
『(こ、怖ぇ……!ベルの奴、普段あんなに優しいのに……ローリエさん関連だとここまで豹変するのか……!?)』
内心でガクガクと震えるスライム状態のリムルを抱っこしたまま、ベルは温泉に浸かる。
「ぐぬぬ……。ベル君がこんなにも嫉妬するだなんて!?ローリ何某君め!どこまで外堀を埋めれば気が済むんだ!!」
「ええ、まったくです!!こんなにもベル様に愛されていると遠回しにアピールするなんて!!」
「春姫も、こんなにもベル様に愛されたらどれだけ嬉しいか……」
3人共、ベルの新たな一面を見て、ローリエへの怒りと羨ましい気持ちが湧き上がっていた。
それから、温泉から上がったベルが浴衣姿になって、用意された部屋に案内される。
部屋に入ると、湯上り直後でしっとり濡れているローリエが先に部屋の中で待っていた。
『待っていましたよ、ベル』
『あはははは……』
ニッコリと微笑むローリエの姿は妖精のように美しく、ベルは湯上りと浴衣で艶やかに見えるローリエの姿に見惚れそうになるが、その笑顔の裏にある激しい怒りの感情を感じ取ってしまい、乾いた笑みを浮かべるしかできなかった。
今も部屋の扉の前で、極東みたいな造りだなと現実逃避するしかベルには出来ない。
これからどんな罰が下されるのか、内心で震えるベルの手を引っ張って、ローリエは部屋の中に引きずり込む。
部屋の中には既に布団が敷かれており、しかもそれが2組ではなく、ペア用の大きめなサイズの布団だった。
『なあ、ベル。君がわざと女湯に来たわけじゃないってのは理解してる。でも、それと私の嫉妬は別なんだ。ベル、こんな私は醜く見えるか?』
『っ、そんなことない!僕はどんなローリエだって好きだし、今だって僕のことで嫉妬してくれることに嬉しいって感じてしまう!』
先程まで怯えていたベルだったが、自分を卑下するローリエの最後の一言に怒ったように応える。その答えにローリエは満足そうに頷いた。
そして、ローリエはベルを抱き締めながら耳元で囁く。
『よかった。やっぱり、ベルはそう言ってくれると思っていた♡』
『ローリエ?──っ!?』
ローリエはベルの頬に両手を添えると、そのまま唇を重ねた。
そのキスは情熱的で、愛に溢れていた。
やがて、ゆっくりと唇を離すと、ローリエが恥ずかしそうに笑う。
そして──、
『わっ!』
ドサッ!!
そのままベルを布団に倒したローリエは、天井から垂れ下がる紐を引っ張る。
すると、部屋を照らしていた光が消え、窓の外から差し込む月明かりだけが部屋を薄く照らした。
『今日の温泉で見た光景全て、私で塗りつぶしてあげる♡』
浴衣の帯を緩め、前をはだけさせたローリエが、蕩けたような笑顔でそう言った。
結局、覗きに来た訳でもなく、普通に間違えただけだったのに女湯に入ったことでローリエを怒らせたベルがどうなったかはご想像にお任せする。
ただ、翌朝には2人共肌がつやつやしていたことだけはここに記しておく。
その上記の一文を読んでヘスティアが渾身の力で本を破きにかかる。
「あ~、ヘスティア様!何するんですか!?」
「決まってる!こんなベル君の貞操を奪わんとする特級呪物を滅するんだい!!!」
「そんなことしても、もう既にかなりの数がオラリオに出回っています!それにこの本だけじゃなく、他にももっとハレンチな本が沢山!!」
春姫のその言葉に、嘘か本当か分かるヘスティアはガーンとショックを受けて、本を破こうとする力が緩んだ。
その隙を逃さず、ヘスティアの手からリリが本をひったくる。
ひとまず、本を破かれずに済んだが、ヘスティアはもう精神的ショックでこれ以上はもう読めないだろうとリリと春姫は思っていた。
「うぐぐぐ……。まだだ!まだボクは終わらんよ!!」
「「ヘスティア様!?」」
ありもしない気力を振り絞って、精神的ショックから立ち直ったヘスティアを見て、リリと春姫は驚愕する。
「ボクを見くびるんじゃないぜ。なにせボクはベル君の保護者なんだからね。最後まで読んでやろうじゃないか!」
そう宣言すると、立ち上がったヘスティアはリリから本を受け取って読み始めた。
『おや、2人共、その様子?もしかして、ゆうべはお楽しみでしたかね?』
リムルのその一言に、ベルとローリエはボッ!顔を赤らめてリムルから顔を逸らす。
「ドバブエ!!」
復活早々にあまりにも見たことありすぎてテンプレなリムルの一言に、ヘスティアは謎のゲームタイトルっぽい響きの悲鳴を上げて血反吐を吐く。
ガクリと膝をついて、今にも地面に倒れ伏しそうなその様子は、倹約家なリリも思わずポーションを飲ませなければと焦るほどであった。
「ふっ、焦るなよサポーター君。ボクはまだダウンなんかしちゃいねえぜ……」
「ヘスティア様……」
まるでボクサーのようにかっこつけて立ち上がるヘスティアは、その不屈の闘志で本の続きを読み進める。
リムルの考えなしの一言で、若干空気が気まずくなった空間に、陽気な声が届いた。
『む!そこにおるのは、異世界から来たという人間だな!』
浅黒い肌の金髪の男が、リムルたちを見るなり気安く話し掛けてきた。
そのおかげで空気が弛緩して、気まずい空気が消えていった。
『あの、リムル。この人は……?』
『ああ、彼はヴェルドラ君。ちょ~っと人見知りだけど、仲良くしてやってくれよな!』
『んな!ちょっと待てリムルよ!前も言ったが、我は人見知りなどではない』
見た目から多少の近寄りがたい印象もあったが、リムルのお茶目なジョークで場が和み、ベルも緊張を解いた。
『あの、初めまして。僕はベル・クラネルといいいます。こっちは僕の妻のローリエ・スワル』
『初めまして。リムルさんには夫婦ともども、お世話になっております』
『うぬ!礼儀が良いのはいいことだ!!そして、リムルからも紹介されたが、我の名はヴェルドラ・テンペスト!この国の守護竜でもある!』
堂々とした態度で、そう名乗るヴェルドラの圧に押されるベルだが、最後の一言でベルとローリエは驚愕した。
『そうですか──って、ええ!?竜!!』
『む?なんだその反応は──って、そういえば今は人間形態だったな。どれ、ここはひとつ、我の真の姿を──』
『見せんでよろしい!』
グッと力を溜めて変身しようとするヴェルドラを、リムルが慌てて止めに入った。
『何故だ、リムルよ?』
『こんなところでお前が元の姿に戻ったら、何事だって大騒ぎになるでしょうが!』
そんな風にリムルに叱られて、ヴェルドラはしょんぼりしながら引き下がる。
それを見たベルとローリエは、何かマズイことをやらかそうとしたのを親に見つかって怒られる子供のようだと感じた。
『うっ、ゴホン!まあ、ここでは我の真の姿を見せられぬが、もしどうしても見たいのならば、我が待ち受けるダンジョン最深部に来るがよい!』
『ダンジョン!?この国にもダンジョンがあるの?』
『おっ、ダンジョンに興味があるのか?そういえば、前回の案内じゃ、ベルたちの仕事探しがメインだったから、観光娯楽地区の方はあんまり案内してなかったもんな』
リムルはベルがダンジョンに興味を示したのを見て、その話題で話を盛り上げていく。
そして、いつの間にかヴェルドラと最深部で会うだなんて約束を取り付けられたベルは、その為にハクロウの元で厳しい修業を課せられるのだった。
そんな平和な時間を過ごしているなか、本の最後のページには、まるで読者にだけそっとネタバラシするように、深い森の奥で不穏な雰囲気を漂わせる黒竜の鱗が静かに脈打つような絵が描かれていた。
そして、そのページの端には、小さく、アオリとしてこう記されていた。
──黒竜の目覚めは、静かに始まる。
「なんだってぇ!!?」
「えっ、これ次の下巻でベル様、黒竜と戦うんですか!?」
「だとすると、前回の黒いミノタウロスとの闘いよりも、もっと凄いローリエ様とのアレやコレやが挟まったりなんかして!?」
ヘスティアは最後のページを食い入るように見つめながら叫ぶ。リリも同じような反応を見せながら、春姫だけは別の意味で興奮して、妄想を膨らませていた。
「くっ、こうなったら、早く続きを読まねば!」
「ええ!」
「はい!」
続きが気になった3人が近くのテーブルに置いておいた下巻に手を伸ばしたその時だった。
「ただいま帰りました!」
玄関からベルの元気な声が聞こえてきた。
その声に反応したヘスティアたちは顔を見合わせて、視線でどうするか相談する。
(ベル君が帰ってきちゃったけど、どうするんだい!?)
(もし、この本をベル様が読んでローリエ様に少しでも関心を持たれたら大問題です!)
(なら、この本は早く隠さねば!)
──アイコンタクト、わずか2秒。
3人は同時に動いた。ヘスティアが本を抱え、リリが素早く布で包み、春姫が部屋の隅の棚の奥へ滑り込ませる。
その動きは、まるで長年訓練された冒険者のように無駄がなかった。
そしてベルが部屋に入る直前、3人は何事もなかったかのように振舞った。
「あっ、神様たち居たんですか」
「あ、ああ、いたとも。うん!」
「おかえりなさい、ベル様」
「お疲れでしたらお風呂を沸かしますが……それとも何か食べますか?」
ベルは3人の様子にちょっとだけ違和感を持つが、気のせいだと判断して深くは考えなかった。
そうして、本の続きが気になりながらも、3人は何食わぬ顔でベルが寝静まる夜を待つのだった。
この小説の三次創作がR18で投稿されました。
よければそちらを読んでみてください。