ベル君のエロ本を書くのは間違っているだろうか? 作:リーグロード
深層から帰還し、怪我もすっかり治ってようやく日常を取り戻したリューは、長く留守にしていたことをミア母さんに詫び、今夜から酒場の店員として仕事に復帰する。
ベッドの上で横になっていた時間が長かったせいで久しぶりの仕事が大変に感じるなか、ちょっとした事件が起きた。
「いでぇっ!?」
「ここは酒と料理を楽しむ場所であって、こういった行為はお断りしております」
リューの尻を触ろうとした男性客の手を、空になったジョッキを武器代わりにして締め上げる。
酒に酔った不埒な男性客がするセクハラなど、いつものことと言えばいつものことなのだが、問題となったのはその男性客が言い放った言葉だった。
「ちくしょう!ラビット・フットの野郎とイッパツかました癖に、俺とじゃ無理ってか!?」
「はぁっ──!?」
「いでででぇぇぇぇ!!!」
思わずベルを引き合いに出されて手加減していた拘束に力が入り、相手の腕を折ってしまいそうな勢いで締め上げてしまった。
流石にそれは不味いと、その光景を見ていたクロエとルノアが慌てて止めに入った。お陰で、相手の腕は無事に解放されて、動揺するリューは呂律の回らない口で詳細な説明を求めた。
「わ……私と彼がそのような事をしたニャどと、一体何を根拠にそのようなじゃれごとをっ!!?」
「リュー、しっかりするニャ。そんな動揺してしどろもどろな言葉じゃ、自白してるようなものニャ!」
「それで、どうしてウチのリューと冒険者君がどうのこうのなんてバカみたいな話になったわけ?」
クロエが呆れ顔でリューを宥め、ルノアが男性客に事情を尋ねると、その男はニヤニヤしながらカバンから一冊の本を取り出して見せつけた。
表紙にはウェディングドレス姿のリューとタキシードを着たベルが描かれており、話の流れからして、この本に今の戯言の根拠が書かれているのだろうと察したルノアとクロエは、男性客から本を強引に奪い取り、パラパラとページをめくって中身を読み始めた。
「うっそ、あのリューが冒険者君と!?」
「ニャ~!?少年のお尻がリューの魔の手に!!?」
「っっっ!!?クロエ!!ルノア!!」
その本の内容は分からないが、2人の反応を見る限りロクでもないことが書かれているのは間違いない。
自分はともかく、ベルの名誉のためにも本を取り上げようと手を伸ばした瞬間、騒ぎを聞きつけてやって来たシルが先に2人から本を奪い取った。
「ふ~ん、これが例の本なのね」
「あっ、シル!」
「「げげっ、シル!!」」
本を取り上げたのがシルだと知るや否や、クロエとルノアは顔から汗を流しながら青褪めていく。
それほど不味い内容が描かれていたのか、ゆっくりとだが2人はシルから距離を置いた。
「ま……待つニャ、シル!その本は今すぐテーブルに置いて回れ右するニャ!!」
「そうだよ!クロエの言う通り、その本は見ない方がいいよ!!」
2人の制止の声を無視して、シルはページをめくる手を止めずにじっくりと読み進めていく。
ページが一枚めくられるたび、シルの纏う空気が次第に重くなっていくような錯覚を覚える。そんなシルを見て、いかがわしい内容に憤慨していたリューも次第に怒りがしぼみ、心配そうに声を掛けた。
「し、シル……?」
「ふふっ……、これを描いた人はベルさんとリューの事をよく分かってるみたいね」
((あっ、笑ってるけど、これ完全にブチギレてるやつだ))
シルが口元を押さえて笑みを零すも、クロエとルノアの目に怒りのオーラのようなものを纏っているように見えた。
まあ、内容が内容なだけにしょうがないと言えばそれまでなのだが、一緒に働くこちらとしては笑えない。
「こらぁ!そこのバカ娘たち!!私の目の前で仕事ほっぽり出すなんて、いい度胸してんね!」
「「「す……すぐに仕事に戻ります!!」」」
ミア母さんに怒鳴りつけられて、クロエとルノアとリューは尻尾を巻いたように仕事に戻った。
唯一シルだけは、その怒鳴り声にニッコリと笑って「は~い!」と返事だけを返して、この本を持っていた男性客に向き直る。
「ねえ、お客さん。この本、貰ってもいいかな?」
「えっ?いや、それは……」
「いいかな?」
「あっ、はい……」
とても酒場の店員とは思えない迫力で迫るシルに押され、男性客はその本を譲った。
ミア母さんも特に何も言わず、シルは男性客から本を受け取ると、ふと視線だけをリューに向けて言った。
「お店が終わったらリューも見る?」
「えっ、はぁ!?え……遠慮します!!」
足が絡まってよろけながら、リューは慌ててその提案を断る。
ただ、それが不快からではなく、羞恥心やら別の感情からの拒絶であるのは明らかだった。
そうして客も次第に減っていき、ラストオーダーの時間を過ぎ、閉店準備も終わった頃には、シルはテーブルにあの本を広げて読みふけっていた。
そこへ、店の掃除や片付けを終えたクロエとルノア、アーニャも本の内容が気になったのか集まり、覗き込んだ。
『私が男性のヒューマンとこうして結婚式を挙げるなど、夢にも思いませんでした』
最初の数ページは表紙に描かれてある通り、ウェディングドレスを着たリューとタキシードを着たベルの、突然の結婚式のシーンが描かれてあった。
そんな乙女の夢がこれでもかと詰められた内容に、アーニャは「リューがミャーより先に白髪頭と結婚したニャ!」と叫んでいたが、その先の展開を既に読んでいるクロエとルノアは、アーニャの反応を面白がっていた。
ページをめくるごとに、ベルとリューが結婚式を終えた夜の物語が展開していく。白黒の描写なのに、月明かりが差し込む部屋の様子がはっきりと伝わり、まるでそこに息遣いが響いているかのような錯覚を覚える。
仕事をサボって読んでいた時とは違い、落ち着いて腰を据えて読んでいるせいか、緻密に描かれたリューの表情や、照れて頬を赤らめるベルの反応がより生々しく感じられ、まるで本当に二人の情景を覗き見しているような気がしてくる。
月明かりに照らされて描かれるリューの着ているウェディングドレスは、最初のページで描かれていたものとは違い、大事な部分が丸裸となっているものだった。
本の中のベルもその衣装に驚いており、リューは恥ずかしそうにしながらも、ベルの視線が自身に釘付けになっていることに満足しているのか、笑みに歪む口元を隠しながら、決して自分の趣味ではないとだけ断言する。
『これは、婚姻を司る神が、初夜には絶対に必須の衣装だと言うので……』
「ニャンというえちちな衣装だニャ!普段は清楚で肌の露出なんて絶対にしないリューにこんな服を着せるなんて、この本の作者はまさに神の領域に達してるニャ!?」
「まあ、クロエの言うことは置いといて、これは派手というか、男ウケというか……あの朴念仁っぽい冒険者君だって、リューのこの姿を見たら思わず手を出しちゃうよね」
「ウニャニャニャ!!?なんでリューはこんな恥ずかしい服を着てるんだニャ!?」
三者三様の反応が飛び交う中、シルは「ふ~ん」と、感情の読み取りづらい一言を小さく漏らした。
そして、ページを捲って次のシーンに目を移すと、リューは未だにしどろもどろになっているベルを無理矢理にベッドに放り投げると、そのまま馬乗りになった。
『既にあの日の夜の森で月に永遠の愛を誓ったのだ!もう私の方の準備は出来ているぞ、ベル!!』
御伽の国の化け物発言はともかくとして、そんな潔癖モンスターエルフが我慢の限界を迎えて、自分からベルに襲いかかろうと迫っている。
もう色んな意味で面白くなっていく展開にページをめくる手が速くなっていく。
『これがクロエがいつも言っていたベルのお尻……。なるほど、これは少々ずっと触っていたい感触だ♡』
「ウニャー!少年のお尻をあんなに揉みしだくなんて!!!」
「……冒険者君のお尻か」
「ニャ~!ニャ~!?」
リューの行為にクロエは嫉妬の怒りを、ルノアは興味深げに呟き、アーニャは許容範囲を超えて現実逃避の猫化してしまった。
そんな中、シルは眉一つ動かすことなく、ページをめくり続ける。
『まっ、ベル!私はもう──♡』
ベル君のベル君が暴走して、やがてリューが逆に反撃を受ける展開へと変わっていく。
乱れに乱れたリューの姿に、全員が本を手にしながらも思わず生唾を飲み込む。そして……
「もういい加減にしてください!」
実は近くでこっそり本の内容を盗み聞きしていたリューが、本をひったくっていった。
最初は純粋な結婚の話に顔を赤らめ、「私のような者が、シルを差し置いてなど……」とまんざらでもなさそうに聞いていたが、夜の話に入るとアーニャ並みの現実逃避で混乱。しかしベルの反撃シーンで正気を取り戻し、レベル4の俊敏さで回収していった。
「ニャ~!これからが面白くなりそうだったのに!!」
「そうだよ!冒険者君がやっと男を見せたのに!!」
「リューはいつの間にあの白髪頭とそういう関係になったのニャ!?それに、アーニャは結婚式に呼ばれてないニャ!!」
「黙りなさい、貴方たち!!それと、アーニャ。この本に書かれていることは全部嘘です!」
「ウニャ!?そうだったのかニャ!!」
クロエとルノアの不満を一喝し、アーニャの勘違いを訂正すると、リューはその場から逃げるように本を抱えて自分の部屋へと戻っていった。
そんなリューの様子に、クロエとルノアは面白いものを見られたと満足げだったが、ふと肝心のシルはと振り返ると、彼女はニコニコと笑みを浮かべながら帰り支度を整えていた。
「あの、シルさん?」
「ん~、何かな?クロエ?」
「怒ってニャいんですか?」
「怒るもなにも、個人的にはいいお話だと思うよ。ただ、不満に思うとすれば、あの中に私がいないことが不満かな?」
まさかの3Pのリクエストに、シル以外の全員が固まってしまう。
だが、そんな周囲の反応をよそに、シルは店を出ると、外で密かに護衛していた者に指示を出した。
「例の歓楽街で本を売っている者を探し出しなさい。ああ、まだ捕まえなくていいわ。他にも本のモデルになった子もいるだろうし、その子たちがどういう動きを取るか見てからの判断ね」
「はっ!」
そう答えると、護衛の黒影は音もなく闇に溶けていった。
そして、一人きりになった夜道で上機嫌に鼻歌を口ずさみながら夜空を見上げ、例の本を描いた作者を捕まえた暁には、どんな妄想を本にしてもらおうかと想像を膨らませていた。