黄金滝壺の館を出た旅の一行は、南東に向けて直走った。
スカルニクから籠手を取り戻さないと、この世で最も忌まわしいオークが力を持ち、魔王が復活するのと対して変わらない災厄が一つの世界を覆う。
それは回避しなければならない。
道中、リオは故国エドラフに鳥を飛ばした。
アイリス
「伝書鳩じゃないね…鷲?」
リオ
「エドラフの鷲だ。とても賢く、人の言葉を介す。届けて欲しい相手が誰か分かってさえいれば何処に居ても手紙を届けてくれる。」
アイリス
「誰に送るの?」
リオ
「兄弟だ。エドラフで最も信用出来て、頼りになる騎士だ。もしスカルニクがエドラフの領内を通ってグンバト山に向かってるなら助けになってくれるかもしれない。エドラフは外敵の侵入と侵略を決して許さない。それらしい一団を見つけたら必ず騎兵を率いて討伐に動いてくれる筈だ。そうすれば我々の仕事は楽になる。」
シクレセリア
「エドラフ大公は病と聞くが、今はどうなされているのだ?」
リオ
「最後に目通りした時、つまり旅に出る時はまだ玉座に座す程の体力はあったが、今は分からない。宰相と公子姫がついておられると思うが…」
シクレセリア
「うむ…。いや、少し心配での。…もし大公が健在であったならフリードリヒの帝国は更にマシだったやも知れんな。」
リオも悲しげな表情を浮かべ同意した。
リオ
「はい、大公が病に伏せていなければ帝国の諸領主を糾合して立ち向かう事も出来たかも知れません。ですが彼程の力を持った者は居ません。」
シクレセリア
「うむ、皇帝忠誠派、現執政オロニエル公が率いる派閥は今の権力の座に縋り付いているだけ、本当に皇帝が戻ってくると信じているわけではない、だがそれでもオークやゴブリンの軍勢から国を守ってきたのも事実じゃ、そして新たな皇帝を闇切り裂きの剣の担い手の血統ではなく貴族達自らの意思で決めようとする選帝侯派も聞こえは良いが互いに権力欲に目が眩んでおるだけじゃ…。」
リオ
「始祖フリードリヒなら如何にしてこの局面を乗り切ったでしょうか?」
シクレセリア
「よく聞け、リオよ。フリードリヒだったならば確かにこの難局を乗り越えたろう。だが過去と今、そして未来は別の事なのじゃ。過去の者たちから学ぶ事は出来ても模倣する事は叶わぬ。肝心なのは今を生きるワシらの選択なのじゃ。」
ミズキ
「先生!」
斥候に出ていたミズキが戻ってきた。
ミズキ
「スカルニクはこの雪山を登ったようです。」
シクレセリア
「永遠雪の山をか?グンバト山を目指すにしては少し北寄りの道を通っておるのぉ。」
リオ
「北東に向かっているなら益々エドラフの領内に近づく。奴らはドワーフ王国への侵略を企んでいるのではないのですか?」
シクレセリア
「それだけではないのかも知れん。急ごう!幸いまだこの時期の山は雪こそ積もれど吹雪くことはない。視界も良好。少し疲れるが登れる筈じゃ。」
シクレセリアはそう言った。
だが予想は大きく違う結果になった。
永遠雪の山は季節外れの猛吹雪が吹き荒れていた。
クロ
「吹雪かないんじゃ無かったのか‼︎」
シクレセリア
「その筈じゃこの時期吹雪くわけがない!何か細工をしない限りな‼︎」
ミズキ、というよりエルフと言うのは足が地面に付いているのではなく、魔力で若干浮いていて、正確には地面に触れている様な生き物だ、皆が雪を掻き分けながら進む中一人だけ雪の上を歩いていた。
そしてエルフの目には雪に埋もれていた物まで見つけ出したのだ。
ミズキ
「先生‼︎これを見て下さい!」
ミズキがシクレセリアに見せたのは何処かで拾ったか、食い殺した人間の頭蓋骨で出来た杖であった。
これはゴブリンのシャーマンが儀式を行う為に使う物。
その儀式の中には季節外れの天気を呼び寄せる物もある。
シクレセリア
「スカルニクめ!ここを敢えて通ったのはワシらの急ぐ気持ちを利用して、罠に嵌める為だ!少なくともこの吹雪と雪のせいでワシらの足は重くなった!」
リオ
「シクレセリア様!雪兎が限界です。凍えている!」
アイリス
「さ…寒い…。眠くもなってきた…。」
シクレセリア
「さしもの雪兎のハーフフッドもこの寒さには堪えるか…だが無理もない…。」
クロ
「シクレセリア殿!若干遠回りになるが、モリーアの坑道を行こう!モリーアの領主ヴァリンは吾輩の大叔父に当たるし、アンタとも旧知の仲だ!事情を知れば直ぐに最短の地下道へ案内してくれるだろうし、饗しもしてくれる!恐らく替えの馬も用意して貰える!こんな雪山を通るよりマシな筈だ!」
シクレセリア
「モリーアは再建途中と聞くからな…あまり厄介になるのも忍びないと思ってその道は選ばなかったが…ヴァリンの厄介になろう。皆山を下るぞ!クロ、先導してくれ。」
一行は大急ぎで山を下り、川に沿って進んだ。
ドワーフの城塞は二通りある。
山の下や山腹に建てられ山の中を食い込むようにして一部の建造物や門が露出している山城のような物と完全に山の中に作られ、秘密の扉を通らなければ中に入る事は出来ないとされる完全に隠された城塞である。
モリーアは最古のドワーフの王朝の都であり城塞としては後者に当たる。
何年もの間放棄されていたがクロの大叔父ヴァリンが若い探検家や武勇を求めた若い戦士団を率いて復興の為入城したのがつい三年ほど前だという。
クロ
「中にはオークやゴブリン共が居たが我々が蹴散らしてやった!吾輩も多くの首級を挙げたものよ!」
シクレセリア
「ああ、あの戦いは立派だった。かつてのエイトピークを取り戻した戦さを再現したようなものじゃった。」
アイリス
「シクレセリアもそこに居たの?」
シクレセリア
「モリーアには野暮用があって、同行したのじゃ。幸いにもその野暮用は杞憂に終わって、ワシはオークとゴブリンと戦っただけじゃったが一応の備えだけは出来た。」
アイリス
「その、野暮用って?」
シクレセリア
「まあ、その話はいずれの。そういえばクロ、ヴァリンに最後に会ったのは何時じゃ?」
クロ
「一年前だな、その時のモリーアはそれはもう立派な有り様でなぁ!吾輩が大叔父に至高王ダーイン四世陛下の遣いとして公爵の地位を授けると伝えに行った時以来だ。」
シクレセリア
「そうか、そうか!あの思慮深いヴァリンが公爵とは。ダーイン王も見る目がある。」
そう話しているうちに一行は山の壁に辿り着いた。
ここがモリーアの秘密の入り口なのだ。
月明かりがモリーアの秘密の入り口を照らす…月明かりこそドワーフにとって神聖なものなのだ。
その月明かりに照らされた扉にはドワーフの文字が刻まれていた。
シクレセリア
「この扉正しく通るもの、皆、友と見做す。友の名を答えよ。…ヴァリンらしいの。」
シクレセリアはドワーフ語で友達を意味する単語を唱えた…が扉はびくともしない。
今度は少しお上品な意味を込めた単語を唱えたがこちらもびくともしない。
シクレセリア
「なんという事じゃ、呪文を忘れてしもうた。」
シクレセリアはクロを見たが、クロは慌てて首を振った。
クロ
「吾輩は知らんぞ!?いつも訪れた時は既に門は開いていたからそんな心配は無縁だったんだ!」
一同はシクレセリアが呪文を思い出すまで待たなばならなくなり、皆が河岸に座ろうとしたが、クロが止めた。
クロ
「あまり河岸に近づくな!河の中には妖怪蛸が住んでいる。日中は衛兵が、奴が近づかないように太鼓を鳴らし続けるんだが、もう夜も遅いから連中は引き上げちまっただろうし、何より邪魔するものがいなくなった今奴は獲物を探してる筈だ。座るなら河岸から離れるんだ、あと水面はあまり乱すなよ。」
それを聞いた一同は河岸から離れたところで小休止した。
シクレセリアは仕切りにドワーフ語でそれらしい呪文を探していた。果ては古代ドワーフ語まで遡っていたがピンと来ないらしい。
ミズキ
「何か聞いた事はないのか?」
クロ
「いや、生憎。大叔父上はドワーフ指折りの知恵者。時としてエルフや人間の言葉を使って謎掛けをなさるお方だからなぁ…吾輩にはピンとこん。」
アイリス
「エルフや人間の言葉を使う…?」
アイリスはピョンピョン跳ねるように白の魔法使いに走り寄った。
アイリス
「ねぇねぇ、例え話だけどエルフ語で友達ってなんて言うの?」
シクレセリアが何の気もなく答えると、扉は一人でにゆっくり開いた。
リオ
「開いたぞ!」
クロ
「そうか!大叔父上はエルフとも親しくされている数少ないドワーフだ。エルフの言葉を使うとは我ながら感服だ。」
ミズキ
「さぁ、入ろう。」
そう言い掛けた瞬間だった!
アイリスは突然後ろに、河に引き摺り込まれた!
アイリス
「キャアアアア!?」
クロ
「アイリス!いかん妖怪蛸だ‼︎」
ミツキ
「雪兎を救え‼︎皆行くぞ‼︎」
リオ
「この蛸めが!彼女を離せ‼︎」
リオとクロが触手を斬り払い前に進んだ。
クロ
「お嬢を離せ!この薄気味悪い怪物め‼︎」
斧で遂にアイリスを掴んでいた足を切り離したが、運悪く既に蛸は口を開けていた!
アイリス
「食べられちゃうー‼︎」
ミズキ
「食べさせるものか!」
ミズキの矢は蛸の目を貫いた。
痛みに耐えかねた蛸はもがき苦しみ荒れ狂った。
その為口に真っ逆さまになろうとしていたアイリスはリオに抱き抱えられる形になり難を逃れた。
リオ
「走れ!モリーアの中に入れ‼︎荒れ狂った化け物が突っ込んでくるぞ‼︎」
一行はモリーアの入り口に駆け込んだ。
妖怪蛸はモリーアの入り口に衝突し、入り口は崩落し、その瓦礫で絶命した。
クロ
「…入り口に関しては吾輩から大叔父に話しておこう。寧ろ褒めて貰えるかもしれん。あの大きさの入り口ならドワーフなら二、三日で直せる。」
モリーアの中は真っ暗闇であった。
夜の遅い時間とは言え、ドワーフの民が住む地下城塞がその中まで灯りを灯さない事などあるのか?
クロ
「心配するな!今にも饗し好きのドワーフ達が出てくるぞ!暖かい暖炉に、肉汁滴る骨付き肉に、何よりドワーフビール!久し振りに英気を養える。」
シクレセリア
「…様子が変だと思わんか?」
ミズキ
「ああ、その通り、ここはドワーフの偉大な古都なんかじゃ無い…。」
シクレセリアが杖に灯りを灯す。
そこに広がったのは広間中に散らばったドワーフ族の亡骸の成れの果てだ。
ミズキ
「墓場だ…ここは死だ。」
クロ
「バカな‼︎そ、そんな馬鹿な‼︎」
ドワーフの遺体は全て骨と化していた…寧ろ無理矢理骨へと朽ち果てさせられたと言っていい…明らかに殺された後に喰われた跡があった
アイリス
「酷い…どうしてこんな事に…。」
シクレセリア
「分からん…だが敵が我らの知らぬ間にモリーアを陥落させたのやも知れん。」
クロ
「嘘だ…!まだヴァリン大叔父は生きている‼︎そうに決まっている‼︎きっと最下層のホールでまだ戦っているに違いない‼︎」
シクレセリア
「ワシもそう願いたいが、兎も角進もう。もう来た道は戻れん。」
一行は出口と生存者を求め歩いたが、出くわすのは戦いの果て倒れたドワーフの戦士達となす術なく命を奪われたドワーフの民達の成れの果てだけだった。
恐ろしい程静かな洞窟を一行は進んだ。戦いの音すら聞こえない。
シクレセリア
「うむ、さらにここから下のようじゃ…空気が澄んでいる。という事は外に通じる出口がある。」
一行は先に進む。
アイリス
「ここがこんなになったのも、籠手のせいなの?」
シクレセリア
「分からぬ、遠因かも知れんが、ここは戦略的要所になる故ドワーフの手に渡しておきたくはないとマシーナとソグバックは思うじゃろうが、もしそうならここに軍勢を配備しておくのが筋じゃ。寧ろこの野蛮で悍ましい行為は誰にも率られず数だけが集まった野良ゴブリンの大群のせいじゃろう…だがモリーアを落とせるほどの大群とは一体…そして何故…。」
シクレセリアが言い掛けた時、アイリスは泣いていた。
アイリス
「籠手なんて無ければ…こんな事には…こんな酷い目にこの人達は合わなかったかも知れないのに…!」
シクレセリア
「それは違うアイリスよ。皆が何かに追い詰められた時あれさえ無ければ、こうしておけばと後悔を口にする。大事なのは今どうすべきかを考える事じゃ。モリーアを襲った奴等には必ず報いがやってくる。それはお主が籠手を取り返し、ウルサーンの聖なる炎に投げ入れた時、闇は葬られる。さすれば我ら光の者たちは希望を見出して立ち上がり、モリーアの仇を討たんとドワーフの諸王国やフリードリヒの帝国、果てはエルフの諸王国が軍を差し向けて偉大な戦いをするだろう。」
そして一行は巨大な大広間に出た、これこそドワーフ最古の地下宮殿モリーアの真の姿であった。
石造りの荘厳な広間には何も無かった…道中至る所に散らばっていたドワーフの亡骸さえ…。
一同は辺りを警戒しながら歩いた。
そして遂に公爵の間とも言うべき白い大理石で造られた正方形の部屋を見つけた。
そこにはドワーフの貴族の印章とそれを示すダイヤモンドが洞窟に差し込む月明かりに照らされて光っていた。
クロ
「ああ…そんな!」
クロは一人で入って行った…。
そしてその後に聞こえたのは。
クロ
「ウワァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」
哀しみに満ちた慟哭であった。
他の仲間がその部屋に入ると最後まで主人と共に戦ったであろうドワーフの亡骸と月明かりに照らされて光る白い石造りの棺があった。
そしてその棺に縋り付くようにクロは涙を流していた。
シクレセリア
「フンディンの息子、ドワーフ一の知恵者にして優れた外交官、真の戦士、ヴァリン、ここに死す…何と…死んでおったか…さぞ無念であったろう…なぁ…ヴァリン。」
アイリスとリオがクロを励ました。
ミズキが辺りの死体を調べると、一人のドワーフが本を手に倒れていた。
ミズキ
「先生…こちらを、恐らくモリーアの最期を綴ったものかと。」
シクレセリアは朽ちた本を受け取ると読んだ。
奴らは突然現れた、武器や防具はゴブリンらしく粗末であったがその数計り知れず、率いるウォー・ボスも居らぬただの野生の群れ。
それはあっという間にモリーアの地下に入り込み中から襲いかかって来た。
我々は民を逃すことすら叶わず数多の戦士が討たれ、多くの民が無惨に殺されるのを黙って見ていくことしか出来なかった…。
ヴァリン公も既に敵刃に倒れ、今際の際を迎えている。
ヴァリン公は譫言を呟いた。
我らは富を求め鉱脈を掘り、外から。
そして奴は長い時を掛けて内から封印を壊した
この死の群れは奴が呼び寄せたのだと…
ヴァリン公はその夜、息を引き取った…我らは公を棺の中に入れ、供をすると誓った…。
ここも破られる…我らを破滅に導いた者の正体を知らぬまま我らは今ここに討ち死するだろう…奴らが来た…そして、殺し、食い終わった後…息を潜め、我らを探しに来た者達を、次の獲物とするだろう…。
シクレセリアは本を閉じると直ぐに剣を引き抜いた。
ミツキ
「皆直ぐにここを出るぞ!この場所そのものが危険な邪悪の巣となった!」
だがそう言い終わる刹那太鼓の音が鳴り響き、悍ましい声が近づいて来た。
ミズキ
「ゴブリンが来る‼︎」
シクレセリア
「ゴブリンだけなら良いがな……扉を塞げ‼︎」
リオとミズキが急いで扉を閉め、打ち捨てられた斧を扉に立て掛け、塞いだ。
シクレセリア
「出口に辿り着くためには、ゴブリンどもをある程度倒して道を切り開かねば。」
リオ
「アイリス、斧使い。準備は良いな。」
アイリス
「うん…!」
クロ
「掛かってこい!モリーアのドワーフは絶えてなど居ない‼︎」
扉は打ち壊されていきゴブリンの穢れた武器が扉の隙間から姿を覗かせている。
ミズキはその隙間から矢を居ると断末魔が聞こえ、それを合図に次々と扉を破壊しようとするゴブリンの武器の音が増していった。
リオも矢を放ちゴブリンを討ち倒す。
シクレセリア
「来るぞ!備えよ‼︎」
扉を壊しゴブリンが雪崩れ込んできた。
リオは剣を引き抜き応戦する。
ミズキも矢を番えさらに放つ。
クロも棺の上から飛び降りゴブリンの中に突進していった。
アイリスも鬨の声を上げながら突っ込んだ、がむしゃらに。
アイリス
「うわああああ‼︎」
皆それぞれの武器を使いゴブリン達と渡り合った。
リオ
「散れぇケダモノ共‼︎」
ミズキ
「何体と居る!」
クロ
「どいつもこいつも叩き斬ってやる‼︎」
アイリス
「これじゃあキリないよ!」
シクレセリア
「ええい!待っておれ!「光の力よ暗闇に蠢く者どもに最期の時を告げよ‼︎」」
シクレセリアが杖を掲げると光り輝きだし、その場にいたゴブリンは悲鳴を上げながら石化してしまった。
アイリス
「みんな石になっちゃった…。」
シクレセリア
「此奴らが陽の光の下で出歩けるのは闇の力を操る棟梁、ウォー・ボスやシャーマンが居らぬ限り出て来れぬ、それ無しで出て行けば皆石になる。オークは陽の光の中でも動けるがその力は大きく抑えられる。」
リオ
「だが闇の力が強くなっている今、太陽の陽を覆うように立ち込める暗闇の魔の雲が、曇天として姿を表すのもそう遠くない。その時が来たら…。」
シクレセリア
「その時が来たらソグバックは否応無しに出陣するじゃろう。マレスの籠手があろうと無かろうとな。さぁ行くぞ!少なくともその時にソグバックの手に籠手さえ渡ってなければ幾らでも活路は見い出せる!急ぐのじゃ、まだまだゴブリンは居るはず‼︎這い出てくる前に出口へ‼︎」
一行はモリーアのホールを直走った!
だが次から次へとゴブリンが湧いて出てくる。
魔法を唱える隙すら与えまいと押し寄せ、さしものシクレセリアですら走って逃げるしかなかった。
シクレセリア
「逃げよ逃げよ逃げよ!下手に足を止めれば忽ち餌食になるぞ!」
だがドンドン数を増すゴブリンに一同は囲まれてしまう。
アイリス
「さっきの魔法はもう使えないの!?」
シクレセリア
「アレは詠唱に時間が掛かる。今のこの状態じゃ間に合わん!」
クロ
「ゴブリンを殺して活路を拓くか!」
リオ
「何千もいるゴブリン相手に戦うのは現実的とは言えんな‼︎」
ミズキ
「ゴブリン以外も来るかも、何か恐ろしいものの気配が…」
そうミズキが言い掛けた時だったろう。
大きな、途轍もなく大きな足音が響いてきた、そして足跡のする方にはまるで灯りが灯った如く明るくなったがその灯りは優しい物ではなく恐怖を与える物だった。
シクレセリア
「やはりか…やはりそうだったのか‼︎」
ゴブリン達はその足音を聞いた途端恐れに駆られ、元の洞穴や柱を登って姿を消してしまった。
アイリス
「シクレセリア、その姿は…」
仲間達は魔法使いを見て驚愕した。
見慣れた老婆の姿では無く、若い娘の姿になっていた。
シクレセリアは自分でも気が付いていなかったのか、皺があったであろう額には皺ひとつなく、髪は白髪から黒髪と金のメッシュが入り、その肌や肌色は生気に満ち溢れていた。
シクレセリア
「よもやこの姿に勝手に戻る時が来るとはな。…因縁を終わらせろというのか?」
若者の姿になった白の魔法使いは若く、それでも仲間達には何処か聞き覚えのある声で叫ぶ。
シクレセリア
「皆、走るんだ‼︎奴が来る‼︎」
走りながらアイリスはシクレセリアに問うた。
アイリス
「どうして急に若返っちゃったの!?」
シクレセリア
「強大な魔力に引き付けられたのじゃろう!本来私達魔法使いに歳の概念は無いんだ!皆が好きな姿をしている。大抵男の魔法使いは親しみやすかったり威厳ある存在として老人の姿を選ぶのだが、女性は…まぁ、私たちは厳密には人間では無く精霊だからな、こんなことを言うのも変なんだか、まぁまぁ若々しい見た目を維持する者が多いな。」
クロ
「驚いた!魔法使いってのは魔法に長じた結果長寿を得るもんだと思ってたぞ‼︎」
シクレセリア
「そもそもそこらにいる人間やエルフの魔法使いは厳密には魔法使いでは無く魔術師だ、私達ほどの存在にはなれない。私達は一つの世界に流れる魔力そのものだからな!」
アイリス
「それでミツキはどうして、おばあちゃんの見た目になってたの?」
シクレセリア
「今する話とは思えないが…まぁそうだな、私は生きとし生けるもの、死すべき定めにある者達(人間やドワーフ、エルフは不老の存在の為寿命による死は無い)の限りある命を懸命に生きる姿が好きだからな、だから彼らと同じように歳を取った姿で居たかったんだ…彼がそうだったように…。」
最後の部分は誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
一行は階段にたどり着いた。
シクレセリア
「降れ!その先の橋を渡れば出口だ!」
ミズキ
「先生‼︎」
ミズキが叫ぶと皆は振り返った。
彼らを追っていた者が姿を現したのだ。
その巨体は炎で包まれ、2本の大きな角を生やし、剥き出しの牙が何本も連なり、炎を帯びた剣と、炎そのもので出来た鞭を振り回している。
シクレセリア
「アレはイフリート!嘗ての悪魔!ドワーフの言葉でドゥーリンの災い。」
クロ
「ドゥーリンの災いだと!?アレはドワーフ族がアンタと何千年も昔に封じたんじゃ無かったのか!?」
シクレセリア
「そうだ…あの時は封じるのが精々だったんだ…そして封じたのは私じゃ無い…先代の白の魔法使い…サミュエルが…彼が命を賭して封じてくれたんだ…。そして私が彼の代わりに白の魔法使いになった…。私の友であり、家族であり、恋人だった…。」
アイリス
「シクレセリア…。」
シクレセリア
「さぁ、急げ!直に追いつかれてしまう!」
仲間達は再び走り出した。
だが途中で階段が崩れてしまった。
階段は奈落に落ちていった。
ミズキ
「跳ぶしかない、私が先に!」
ミズキは難なく跳び越えた。
ミズキ
「先生!」
シクレセリア
「心配要らん、今の私ならな‼︎」
シクレセリアも跳び越えた。
元々老人には見えない程の脚力や腕力があったが若返った事で身体能力も飛躍しているようだ。
クロ
「それじゃあ次だ!オリャアアアアア‼︎」
クロも跳んだ、だが危うく落ちそうになり、ミズキに髭か、髪の毛か見分けがつかない顔全体を覆う毛を掴まれた。
クロ
「ヌァアア!?そこは勘弁してくれ!」
最後にリオとアイリスだけになった。
リオ
「アイリス、私に掴まれ!」
アイリスはリオに掴まった!
リオ
「さぁ、行くぞ‼︎ハッ‼︎」
リオは難なく跳び越え、アイリスを降ろした。
アイリス
「ありがとうリオ!」
リオ
「礼は後でだ、さぁ行こう!」
一行は橋に向かって直走ったがイフリートはドンドン距離を詰めてきた。
そして遂に橋を渡った時、対岸に現れたのだ。
橋を挟んでいるのにその熱気は仲間達にまで届き、汗を噴かせるほどであった。
するとシクレセリアが歩き出した。
橋に向かって、剣には魔力が宿り、杖は光り輝き出していた。
シクレセリア
「お前達は行け‼︎私がコイツの足を止める!外に出すわけにはいかん‼︎再び奈落に叩き落とし、今度こそ葬り去ってくれる‼︎」
アイリスは何かを感じ取ったのか、ミツキの元に走ろうとしたが、リオに止められた。
シクレセリア
「リオ!皆を頼む!そして籠手を取り返したら、真っ直ぐ黄金滝壺の館に戻ってイーティンを目指せ‼︎頼んだぞ‼︎」
アイリス
「シクレセリア!リオ離して‼︎置いていくなんて嫌だ‼︎」
リオ
「ダメだ‼︎アレは私達の手に負えない‼︎行くんだアイリス‼︎」
アイリス
「シクレセリア‼︎」
シクレセリア
「私は灰色の魔法使いにして神聖なる火の使い手、そして聖なる光の継承者、白き精霊‼︎貴様ら悪魔を滅ぼす為に遣わされた存在‼︎ここは断じて通さぬぞ‼︎」
シクレセリアは橋を杖で叩きつけた!
橋は真っ二つに割れ、イフリートは奈落の底に落ちていった…。
シクレセリアが振り返ったその瞬間。
奴の鞭はシクレセリアの足に巻き付いていた!
シクレセリア
「アアッ!?」
白の魔法使いは橋の割れ目にしがみついたが引き摺られていく。
アイリス
「シクレセリア‼︎」
シクレセリアはアイリスを見つめた。
シクレセリア
「早く行きなさい…さぁ!」
そう言うとシクレセリアは奈落に落ちていった。
アイリス
「ウワァァァァァァァァァ‼︎‼︎」
アイリスは慟哭し橋に向かって走り出そうとしたが、リオが止め、雪兎を抱えた。
アイリス
「嫌だ‼︎シクレセリア‼︎」
リオ
「行くぞ‼︎ミズキ、クロ‼︎出るんだ‼︎」
ミズキは半ば泣き出しそうなのを堪えながら走り出し、クロは怒りと悲しみを浮かべながら走った。
モリーアの洞窟にはアイリスの泣く声が響いた。
一行は外に出た。
外に出てリオ以外は座り込んだ。
ミズキは体を震わし、クロは地面に拳を叩きつけていた。
そしてアイリスは体を丸め、動かなくなった。
リオは太陽の位置を見た、まだ昼前と言ったところだったが、リオにとってそれは決して喜ばしいことでは無かった。
リオ
「皆、立て。立つんだ!出発だ‼︎」
クロ
「少し休もう‼︎アイリスを休ませてやれ‼︎」
リオ
「ダメだ‼︎もう昼になる、イフリートが居なくなった今、ゴブリン共は日が暮れた途端あの出口から這い出してくる‼︎その前にここを離れるんだ、籠手も追わねばならん‼︎」
クロ
「クソッタレ‼︎呪われろマレスめ‼︎」
リオ
「元から呪われてるよ。ミズキ、アイリスを立たせろ。」
ミズキ
「…?アイリスは何処に?」
するとトボトボと先を歩くアイリスを見つけた。
リオ
「アイリス!」
アイリス
「無理だよ…シクレセリアが居なくなったら…僕には…僕には…‼︎」
リオはアイリスを抱きしめた。
リオ
「大丈夫だ、私が付いてる‼︎君を必ず守る、シクレセリアの分まで‼︎だから今は…泣くな…私達の使命を…果たすんだ!」
大きな損失を払った旅の仲間は再び悍ましいゴブリン・ウォー・ボスの後を追った。
その少し前、とある森で夜を明かしていた者たちがいた。
ラカールスの一行だ。
そしてラカールスの目の前には首を斬られたドラゴンとダークエルフの騎士が倒れ、その首は焚き火の前に晒されていた。
そしてラカールスの足元にはゴブリンの死骸が入った木箱が置かれていた。
ラカールスは怒りに任せ、木箱を蹴り壊し、その中にあったゴブリンの死骸を焚き火の中に放り投げた。
ラカールス
「おのれ…‼︎イムリックめ!よくもこの様な真似を‼︎」
ダークエルフ騎士
「閣下‼︎まだ我が王の籠手はこの大陸にありますぞ!」
ラカールス
「何だと‼︎」
ダークエルフ騎士「黄金滝壺の館を見張っていた物見が戻りました所、籠手はゴブリンの手によって奪われ、魔法使いとその一行が後を追ったようです!奪ったのはソグバックの懐刀、スカルニク!」
ラカールス
「おのれ!穢らわしいオーク共め‼︎我が王の力を奪うつもりか‼︎魔法使い共は今何処にいる‼︎」
ダークエルフ騎士
「モリーアに入ったとの事。」
ラカールス
「あの迷宮が今どうなっているかは知らんが、地下道よりも空を駆ける我らの方が遥かに早い。ゴブリン共を狩るぞ‼︎皆続け!」
ダークエルフ騎士
「ハハッ‼︎」
こうして十騎の恐ろしいドラゴンに乗った騎士達はスカルニクを追った。
光の勢力、オーク、ダークエルフ。
三者の行く末は魔王の魔力込められし籠手に託された。
誰がそれを手にするのか、未だそれはわからない。
だが確実に闇の帷が降りてきている。
大きな戦が近づいている。