モリーアの逃避行から10日あまり、一体何があったのか?
シクレセリアの身に何が起きたのか…?
シクレセリア
「地の底に落ちた私と奴はそこで激しく戦った。昼夜問わず。」
戦っている間にシクレセリアとイフリートは地の底から山の頂点にまで至ったと云う。
シクレセリア
「私は遂に雷の力を使い、剣に纏わり付かせ、奴の心臓を貫き、山の腹に叩きつけて奴を遂に滅ぼした。」
山に横たわるイフリートの死体を見届けたシクレセリアはそのまま倒れたと云う。
シクレセリア
「私はそこで死んだ…文字通り…間違いなく。」
だが彼女は精霊界とこの世の狭間に留め置く者が現れた。
優しくその名を呼ぶ者の姿を見た彼女は驚きと嬉しさを隠し通せなかったと云う。
先代白の魔法使いサミュエル
「やぁ、シクレセリア。数千年振りだね。」
先代の白の魔法使い、イフリートを封じる為にその命を捧げた偉大な魔法使いが彼女の前に立っていた。
命を落とした時と変わらず美しい美男子の姿のまま。
シクレセリア
「サミュエル…ああサミュエル‼︎」
シクレセリアは涙は流し抱きつく。
サミュエルはそっと抱き返す。
サミュエル
「こらこら、そんな格好で抱きつかない、今君はほぼ裸に近い、魂だけの存在と化しているからね。」
シクレセリアは自分の姿を見ると何も着ておらず、体が光り輝いていると云う状況だった。
流石に精霊といえど好意を抱く相手に見せたくない姿をしていた。
サミュエルはニッコリ笑うと指を鳴らした、すると次の瞬間にはドレスの様なローブの様な新しい装いをシクレセリアは身に纏っていた。
サミュエル
「君はまだ一つの世界に役目がある。まだ此処には来ては行けないんだよ。」
シクレセリア
「そんな、折角逢えたのに‼︎また離れ離れになるなんて…。」
サミュエル
「大丈夫だ、これから君は真の意味で白の魔法使いとして再臨する。一つの世界を救う為に先に精霊界に還っていった全ての魔法使いの魂と知恵が君と共にある。僕の魂も一緒だ…これからはいつでも一緒さ…。」
シクレセリア
「そして私は、気がついたらモリーアの麓に佇んでいた。そしてサミュエル、彼に導かれる様にダンハロウに向かい、先ずはアイリスを見つけ、アイリスとハルト公子を連れ、そしてリオ、君達を見つけたという事になるかな。」
クロ
「つまりアンタは一回おっちんで、心機一転魂まで若返っちまったって事か?」
シクレセリア
「若返ったって…人をお婆ちゃんみたいに…まぁお婆ちゃんだったわね。」
リオ
「それでも、なんでもいい…兎に角貴女が還って来てくれた、それだけでもどれだけ希望が持てる事か。」
シクレセリア
「私が希望の使者などでは無いわ。希望は常にある。どんな時にでも、私はその力を貸して貰っているだけに過ぎない。」
因みにこの時アイリスはシクレセリアにさっきから抱きついて離れないでいる。
シクレセリア
「ところで…そろそろ離れないアイリス?そろそろ行かなきゃ行けないんだけど…?」
アイリスは大べそをかいていた。
アイリス
「ダッデェ‼︎アノドギハシンジャッダドオモッデェ‼︎‼︎デモイギデデグレデェ‼︎ボンドヨガッダァァ‼︎」
シクレセリア
「あ〜あ〜可愛い顔が台無しよ、お嬢さん。」
シクレセリアは魔法でハンカチを作り出すとアイリスの顔を拭った。
アイリス
「ム〜」
シクレセリア
「はい、これで大丈夫。さて、問題はエドラフ大公ね…宰相…奴は確か魔術師だった筈…。凡そマシーナに誑かされたんでしょうね…そして闇の言葉で大公から光を奪ったのだろう…。」
ハルト
「宰相め…‼︎やはり奴はあの場で殺しておくべきだった‼︎」
シクレセリア
「それは決して良い方法とは言えませんよ公子、宰相が呪いを掛けていたら、奴を手に掛けた瞬間大公も巻き添えになっていたかも知れません。」
ヘラ
「父上を助ける方法はないのですかシクレセリア殿?」
シクレセリア
「フム…まぁ事は単純なのですが、まぁ私にお任せ下さい。少し荒っぽくなりますが…。」
ヘラ
「荒っぽく…。」
シクレセリア
「さぁ行きましょう!目指すは王都エドラ、帝国を建て直すためのまず一歩は大公をお救いする事です!」
一行はエドラに向かった。
エドラフの王都、エドラ。
小高い丘に建てられた木の城壁が広がり、その中を木造の茅葺き屋根の家々が並び、そしてその丘の頂上に城が立つ。
それこそがエオルの象徴、エドラフ城である。
その城に、玉座に大公は座す、しかしその姿はまるで幽鬼の如く、力無く、髪と髭は伸び放題の荒れ放題であった。
そしてその横に黒い装束を見に纏い、青白い肌で濡れた様な黒髪の男が居る。
この男こそ宰相である。
宰相は大公にしきりに何かを話かけているが大公は虚な目で返事をしているのか、いないのかと言った有様であり、城の者たちはそれに対し、何も言えずただ拳を握りしめながら見守るしかなかった。
そこに兵士が城の門を開けて王の広間に駆け込んできた。
エドラフ兵
「恐れながら申し上げます‼︎」
宰相
「何じゃ‼︎王はお疲れぞ‼︎」
エドラフ兵
「はっ、姫様がお戻りになりました。」
宰相
「そうかそうか姫様がお戻りになられたか、いや王はお喜びであるぞ。」
我が身の感情を王の言葉にして誤魔化した。
エドラフ兵
「然し、姫様以外にも、公子…いや追放者ハルトとその一隊、他にも行方が分からなかったリオ様や魔法使いシクレセリアを名乗る女とその一党も共に来ておりまして…。」
宰相
「な、何だと!?魔法使いシクレセリアというとあの老婆か!だが貴様女と言ったな!?」
エドラフ兵
「はい、数年前に此処に来た時は確かに老婆の姿をしていたのを私どもも、覚えていたのですが、今の姿は明らかに若い娘といった具合でして…!」
宰相
「公子姫だけ王都に入れ、それ以外の者は追い返せ‼︎王に近づけるな‼︎」
シクレセリア
「残念ながら手遅れですよ宰相殿。」
その声と共に城の門の前に一同は現れた。
宰相
「王を守れ‼︎シクレセリア、災いの前触れ‼︎化け女を近づけるな‼︎」
兵と騎士達は立ち塞がるが、シクレセリアを守る様に、リオ、ミズキ、クロ、ハルト、ヘラが立ち塞がり、邪魔する兵や騎士達を組み伏せた。
宰相は一歩一歩迫るシクレセリアに怯えて短剣を引き抜き突きかかるが、何かに躓いてその前に倒れた。
躓いたのはシクレセリアの側についていたアイリスが足を引っかけたからだ。
アイリスは宰相の目の前に斧を突きつけた。
今、玉座の前に立つシクレセリアと力なく座るエドラフ大公フレアラフの前には何者も居ない。
シクレセリア
「エオルの息子よ、ヘラの息子よ、フレアラフ、今こそ力を取り戻し、剣を手に取るのだ。」
フレアラフ
「うぅ…あぁ…」
シクレセリア
「武王ヘルムの武勇を継ぎし者が玉座で力無く座るなどあってはならぬ事…我が声を聞かれよ大公‼︎」
シクレセリアは大公に杖を向ける。
大公はその瞬間苦しみ出した。
フレアラフ
「うぁぁぁ…ガァァァ…!」
シクレセリア
「五英雄の一人エオルの息子よ!今こそ誓いを果たす時!忠義を示す時が来たのだ‼︎目覚めよフレアラフ‼︎」
フレアラフ
「ウアアアアアア‼︎」
フレアラフは椅子から崩れ落ちた。
ヘラはフレアラフに近寄り助け起こす。
するとどうだ、フレアラフの目には少しずつ生気が宿り伸び放題の白髪の髪と髭は自然な形に戻っていき、黄金色に染まっていった。
フレアラフは微笑みヘラの頬に触れる。
フレアラフ
「我が娘よ…私は長い夢を見ていた様だ…。」
シクレセリア
「お目覚めになりましたかな大公?」
フレアラフ
「シクレセリアか…?その姿は…何故若い娘の姿に…様子も少し余が知っているものとは違う様だ。」
シクレセリア
「私にも少し事情がありましてな、時が来ましたぞ、帝国を救う為の戦いを始める時が。」
すると騎士の一人が心得た様に大公の前に剣を持って来た。
フレアラフは剣を引き抜く。
フレアラフは、娘達を、そして息子を見た。
フレアラフ
「我が子らよ…心配を掛けた…。始末はワシが着ける。」
宰相は大公に睨まれ
宰相
「ヒィィィィ‼︎」
と悲鳴を上げ地面を後ろ向きに這いずった。
フレアラフ
「エドラフの宰相たる者が、闇に堕落するとはな‼︎何をちらつかされた‼︎あのダークエルフの淫売との褥か!?それとも我が娘の純潔か‼︎」
フレアラフは抜き身の剣を振り上げる。
宰相
「陛下‼︎私はエドラフの為にすべき事をしただけにございます‼︎どうか…どうかお赦しを‼︎」
フレアラフ
「貴様の言葉など聞き飽きたわ‼︎‼︎」
宰相
「ギャアアアアア!?」
宰相は大公の剣の一閃で縦に真っ二つにされた。
フレアラフ
「ハルト‼︎」
ハルト
「ハッ‼︎」
フレアラフ
「我が領土の現在の状況を知らせよ、ワシが呆けている間に起こった事全てだ‼︎」
ハルトは、今までの事をかいつまんで大公に伝えた。
フレアラフ
「シクレセリア、其方は帝国を建て直す時が来たと言うたな。詳しく聞かせよ。」
シクレセリア
「勿論にございます、まだ間は有りましょうから、ここはエドラフのミード(蜂蜜酒)でも嗜みながら致しましょう。生気が戻ったなら、次は活力ですよ。」
ミードの甘い香りを漂う広間で気の利いた昼食を摂った一同は状況の確認を済ませた。
フレアラフ
「そうか…マレスの籠手はナガロスに落ちたか…魔王は遅かれ早かれ復活するのか…。」
シクレセリア
「されど希望は絶えておりません、先ずは帝国を立て直し、ドワーフとの盟約を復活させ、先ずはソグバックを滅ぼすのです。そして返す刀でウルサーン救援に!」
フレアラフ
「ウム、だが軍を率いて北西の帝国本領に向かう訳には行くまい。それこそ内乱に…」
と言い掛けた刹那伝令が走り込んできた。
その有り様は寧ろ転がり込んできたと言っても過言ではない。
伝令
「申し上げます‼︎東よりオークとゴブリンの軍勢が迫っております!数…百万‼︎」
フレアラフ
「百万だと!?」
シクレセリア
「ソグバックが動き出したのね‼︎それにしては些か早い気がするけれど…」
時は少し遡る。
籠手を奪われたスカルニクは単身ソグバックの元に戻って来ていた。
スカルニク
「ソグバック様…。」
ソグバック
「スカルニク…コノヤクタタズ野郎!籠手ヲ盗ンデ来レナカッタミテェジャネェカ…?」
スカルニク
「申シ訳アリヤセン、然シ手ブラデ帰ッテ来タ訳ジャゴザイマセン。」
スカルニクはソグバックに宝石の類を見せる。
ソグバック
「マレスノ籠手ノ装飾品ダナ?」
スカルニク
「コレダケデモカナリノ力ヲ得ラレマス。ソシテ奴ノ籠手ニ施サレタ術式ヲコッソリ乱シテオキヤシタ…黒耳長(ダークエルフ)共、マシーナでも気付カンデショウ…仮ニヤツガ蘇ッテモ肉体ハ塵ノママ、以前程力ハ出セヤセン‼︎」
ソグバック
「グハハハハ、イイ気味ダ。兎ニ角ソレヲ寄越セ‼︎」
ソグバックはスカルニクから受け取ったマレスの籠手に付いていた宝飾品を斧に飾り付けさせた…禍々しい巨大なトマホークからは負のオーラが流れ、それはソグバックに力を与えた。
斧を担ぎ上げ、ソグバックとスカルニクは棲家から出た。
その眼下には凄まじい数のオークとゴブリンが犇めいていた!
ソグバック
「先ズハインゲン(人間)共ノ国ヲ滅ボスゾ‼︎オマエタチ‼︎時ハ来タ‼︎WaaaaaaaaGH(オークの言葉で戦)‼︎」
無数のオークとゴブリン達がWAAAAAAAAGHと叫ぶ。
その数百万、その内、六十万はソグバックが率い、帝都アルトドルフを目指し、残り四十万はエドラフの目指し、進軍したのだ。
シクレセリア
「恐らく選帝侯派と皇帝忠誠派はブラック・ファイヤ・バス(黒炎峠)でソグバックを迎え撃つでしょうが、それでもなんとか一時だけ食い止められる程度に過ぎません。決戦は帝都!我らは先ずスカルニクと四十万の化け物共を倒すのです!」
フレアラフ
「だがシクレセリアよ、我がエドラフはどんなに掻き集めても十万が良いところだ。とても四十万と戦っても勝ち目は無い。それにここエドラは守りに適さぬ。ここより北にある峡谷に建てられたヘルムの砦に王都と東の地の領民と立て籠って、西のダンハロウ付近の兵を集めても望みは薄いだろう。」
シクレセリア
「大陸中のエルフ諸王国とドワーフの帝国に遣いを送り、援軍を求めるのです。エルフの諸国の主戦力はウルサーンに向かったでしょうが守る為の戦力は残されているはず、城壁に立て篭もるドワーフ達、至高王ダーイン四世に立て篭もるのではなく今こそ氏族を束ね、打って出るべきだと伝えるのです。さすればエドラフでの戦いは、勝てましょうぞ!」
フレアラフ
「…それ以外我が民を守る手が無いなら其方の言う事に従おう、だが誰が遣いになるのだ、西の我が領土、エルフの諸王国、ドワーフの至高王。三方に遣わさねばならぬのだぞ。」
シクレセリア
「それに関してはうってつけがおります。クロはドワーフの至高王の血縁、ミズキは黄金滝壺の館の一門、エルフの名家。この二人が其々の場所に行き、説き伏せるのです。エドラフに関しては、それこそハルト卿はダンハロウに戦力を集めております。更に西方所領に声を掛けるのなら私の魔法を使えば早く伝えられるでしょう。」
フレアラフは、それならば任せるとシクレセリアに言ったが、困ったのはクロとミズキだ。
援軍は必須、それは2人にもわかってる。
2人の中には其々の悩みがあった。
シクレセリアにはそれが分かっていた。
先ずはミズキの悩みを聞いた。
ミズキ
「恐らく一つの世界の危機と聞けば、諸国の若いエルフ達は馳せ参じると思います。ただ私が諸国の王の留守に、赦しなく兵を募って良いものか…。そして馳せ参じる彼らは、本島防衛の戦力では無く現地防衛の為に残された私と同じくらいの若いエルフ達です。彼らは武功を立てる好機として勇み出るでしょうが、叔父上や国王陛下、王妃様は彼らをエルフの未来として置いて行った筈なのです。その未来を私が潰して良いものか。」
シクレセリアはミズキの話を聞くと天を仰いだ。
すると遠くからこっちに向かって飛んでくる大きな陰が近づいてきた。
大鷲だった…。
一つの世界に於いて、大鷲は神獣の類に数えられている生き物だ。
その大鷲が一羽、ヘルム砦の真上を飛び、何かを落として行った。
そしてそれはミズキの足下に落ちた。
シクレセリア
「言葉にしないと伝わらない事もあるけど、敢えて言葉にしない事で伝わる事もある。」
落とされたそれは布が巻きつけられた旗の様な物だった。
ミズキはそれを広げると、それは王印に女神の印章が描かれた紺色の旗だった。
ミズキ
「アリエルの旗…!先代女王の軍旗、誓いの御旗…‼︎」
シクレセリアはクスクス笑いながら言った。
シクレセリア
「王妃様には全て御見通しだったみたいだね。」
ミズキ
「その旗掲げられし時、旗手と共に助けを求める者らの元へ馳せ参じるべし、例えそれが死地であろうとも、そしてその果て斃れようともその御魂は始祖カインと不死鳥に祝福されん。エルフの王の御旗…!本来ならこんな所に無い筈なのに!?……託すと仰るのか!?」
シクレセリア
「そう思うなら、行きなさい。斥候の話だと、敵が来るのは5日後、それまでに戻ってらっしゃい。」
ミズキは馬に跨ると駆けていった。
ミズキを見送ったシクレセリアはクロの元を訪れた。
クロは仔馬で出発する準備をしていた。
クロはシクレセリアが居るのに気づくと胸の内を話した。
クロ
「ダーイン四世に、モリーアの事を話さねばならん。…戦う事自体我等にとっては名誉な事だ。だが、モリーアの事を知れば、ダーイン王はきっと城門を固く閉ざすであろう。ベレガール王から数えて数代、もし再びエイトピークを奪われる様な事が有れば…ドワーフ族で最も濯ぎ難い屈辱になる。王はそれを恐れておいでだ…そして吾輩もそれが恐ろしい…故郷を失うなど…堪えられん…‼︎」
シクレセリア
「だが一つの世界が滅びてしまえば、ドワーフも滅びてしまう。それは分かってるんでしょう?」
クロ
「それはその通りなんだが…。」
シクレセリア
「なら、こう言ってやりなさい。エイトピークを奪われた時、誰が助けてくれた?誰が迷える数十万のドワーフを匿った?誰があの偉大な戦いの時轡を並べてくれた?父祖の恩すら返さないで良くその玉座に座っていられるわね。って。」
クロ
「それを…それを…吾輩が言うのか?吾輩が!?」
シクレセリア
「ええ。」
クロ
「吾輩の首が飛ぶじゃないか!?」
シクレセリア
「それで貴方の首が飛ぶなら一つの世界は終わりよ、でもダーインは決してそんな愚かな真似はしない、必ず私に文句を言う為に軍勢を率いて現れる。」
クロ
「大丈夫だろうか…?」
シクレセリア
「少なくともソグバックの目は人間に向いている。ここで奴を叩ければドワーフの王国が攻撃される可能性は極めて低くなる。それが分からぬダーインではない筈。さぁ、行きなさい。今から最低でも5日目の朝迄に援軍を連れてこないといけないのだから。」
クロもまた仔馬を駆けさせてエイトピークへ向かった。
そしてシクレセリアはハルトと共にダンハロウに向かうのだった。
出発の直前、フレアラフはハルトに心付けの言葉を送っていた。
フレアラフ
「其方にエドラフの未来が掛かっている。次期エドラフの大公として国を救ってくれ。」
ハルト
「お任せ下さい。必ずや馳せ参じます。」
シクレセリア
「リオ、アイリス、少しだけお別れね。リオ、大公を助けて、防衛戦の指揮を。アイリスはその手伝いをお願いね。」
アイリス
「僕に出来るかな?」
シクレセリア
「貴女の勇気が皆んなの心の支えになる。直向きにやるべき事をすれば必ずそれに適う。」
シクレセリアは馬に跨った。
シクレセリア
「5日後の暁月が輝きし時、ハルト殿下と共に馳せ参じます。それでは 大公。」
フレアラフ
「頼むぞ、東の民と王都の民を引き連れ、我らはヘルム砦に立て篭もる。」
シクレセリアとハルト達は西に走り去りエドラフ各地の軍を集めるべく出ていった。
フレアラフは民と東の地の兵を集め、ヘルム砦に向かった。
膨大な数の民を引き連れながらの行軍故にその足は遅かった。
だが大公、リオ、ヘラは民達を鼓舞し、アイリスは手助けを必要とする者たちに手を差し伸べた。
そしてエドラフの者達は武王ヘルムの像が立つ砦、ヘルム砦に辿り着いた。
エドラフ武官
「何とか5日は持ち堪えられるかと思いますが、それ以上になったらあっという間に我らは飢え死にいたします!」
フレアラフ
「5日以上ここにいる事は無い。敵が滅びるか、我らが死に絶えるかのいずれかよ。」
フレアラフは逃げてきた東の民と王都の民を眺めた。
そして苦渋の決断を下した。
フレアラフ
「武装して戦闘に耐えれる者は子供であろうと城壁に立たせよ。さすれば二万は確保出来よう。」
エドラフ武官
「子供もですか…!?」
フレアラフ
「この様な命令を出さねばならぬとはな…。」
その頃、リオは子供達に剣の扱い方を教えているヘラに会った。
ヘラ
「そう、しっかり持って。そう、上手よ。」
リオ
「お前も戦場に立つのか?」
ヘラ
「父も姉上も戦場に立つのに、私がどうして民達と共に砦の奥に引き篭もれましょうか?」
リオ
「父上はお許しになるまい。」
ヘラ
「許しを得るうもりは有りません。…私は子供達と居ます。」
ヘラは子供達と行ってしまった。リオは頭を掻いて見送る事しか出来なかった。
アイリス
「あのお姫様はどうして戦場に立ちたがるの?」
リオ
「ヘラは盾の乙女に憧れているんだ。」
アイリス
「盾の乙女?」
リオ
「我がエドラフに伝わる勇者達の事だ。男達が死に絶えた時、代わりに剣と盾を取って戦った女達だ。彼女らの奮闘のお陰でエドラフは幾度も救われた。妹の名前の由来になったエドラフのかつての姫君も盾の乙女だった。ヘルム王の娘ヘラだ。」
アイリス
「ひょっとしてあの大きな像の後ろに立ってる女の像の人?」
リオはアイリスの指差す方を向くとヘルムと背中合わせに立つ勇ましい女騎士の像があった。
リオ
「そう、あれがヘラだ。妹は名前の由来になった姫君の如く武功を立てて、名を連ねる事を夢見てるんだ。」
リオは少し俯きながら呟いた
リオ
「戦場は決してそんな夢や希望を託せるような場所じゃ無い…だけどそれでも人を惹きつけるのだろう…。」
アイリス
「それも少し違う気がすると思うんだ。」
リオ
「えっ?」
アイリスはリオに屈んでもらうとその顔を両手で触れた。
アイリス
「リオは今こうしてみんなを守る為に戦おうとしている。その姿に影響されたんだと思うんだ。だって今のリオは正しくその盾の乙女じゃない?」
リオ
「私が盾の乙女か…。」
フレアラフは2人のやり取りを遠くから見ていたが、どこか満足げな表情を浮かべていたと言う。
それから3日、斥候が日に日に近づくオーク・ゴブリン軍の接近を報せてきた。
そしてその数は間違いなく四十万に匹敵する事が分かってきた。
そして4日目の未明…。
エドラフ兵
「あれは…!開門‼︎開門ー‼︎」
真夜中、鎧の上からローブを身に纏い、神秘的な雰囲気を漂わせ、ヘルム砦を訪れたのは諸国から集まったエルフの若者達で構成された軍勢その数一万である。
アイリス
「ミズキ‼︎」
ミズキ
「間に合ってよかった。敵はまだ来てないようだね。」
リオ
「よく戻ってきてくれたミズキ!」
ミズキ
「クロより早く戻って来れてよかった…一つ自慢話が増えたよ。」
ミズキはフレアラフ大公の前に立ち、各国の若いエルフ達の代表者達と共に恭しく礼をする。
ミズキ
「我ら、古の誓いに従い、ここに馳せ参じました。共に戦える事を誇りに思います!」
フレアラフ
「帝国万民を代表して礼を申す。帝国に仇なす者らを打ち倒した後は必ずウルサーンを救うべく我らは海を渡ろう。」
その日の夕暮れ時、また門が開けられた。
クロが戻ってきたのだ。
だが単身で戻ってきたのだ。
アイリス
「援軍は?」
クロ
「危うく首を撥ねらそうになったが…何とか連れてきたぞ。」
リオ
「誰も居ないように見えるが…?」
クロ
「我らドワーフの軍というのは重装故、足が遅いんだ、少し遅れてやってくる。凄いぞ、二十万の軍勢だ‼︎」
ミズキ
「素直に歩幅が小さいから進む距離が少ないって言ったらいいのに。」
クロ
「エルフには分からんだろうがな!大股でドワーフが歩いてみろ?かっこ悪いだろうが‼︎」
アイリス
「そこ気にするんだ…。」
フレアラフ
「だが何にしても攻囲軍を後ろから攻撃する軍が出来たことは一挙に戦局をひっくり返せる好機だ。皆、我らの勝利の道筋は確かに残されておる!希望を捨てずに最後まで戦おうぞ‼︎」
砦の将兵の鬨の声が砦、いや峡谷中に広がる。
そして4日目の夜、遂にオーク・ゴブリン軍がヘルム砦に辿り着いた。
その威容は峡谷を埋め尽くさんとばかりに緑色の肌と黒色の鎧を身につけた凶暴な獣の群れだった。
クロ
「前が高くて見えん…!」
ミズキ
「踏み台か何か持ってきてやろうか?」
クロ
「抜かせ!気配で分かるわ。」
アイリス
「…ッ!アイツだ!スカルニク!」
スカルニクはコボルトに乗って砦に向かって叫んだ。
スカルニク
「エドラフノクソインゲン共!!オ前達ハ終ワリダ!!男共ハ皆殺シ、女子供ハ奴隷行キダ、ヒャッハハハハハハ‼︎」
リオ
「ミズキ、奴に矢を射かけてやれ。」
ミズキ
「当てていいのか?」
リオ
「いや、どうせ矢避けの魔法を掛けてる、当たらないよ、奴のコボルトの足下に射かけてやれば良い。」
ミズキ
「了解…。」
ミズキは矢を引き絞り、放つ。
放たれた矢はスカルニクが跨るコボルトの足下に突き刺さる。
リオ
「この砦を抜いてみろスカルニク‼︎お前達には決して無理だろうがな‼︎」
スカルニク
「抜カセ、インゲン‼︎オマエ達WAAAAAGH(ウォー)だ‼︎」
オークとゴブリンがWAAAAAGHと雄叫びを上げながら砦に向かって殺到する。
ミズキ
「矢を番えよー‼︎」
エルフと人間の弓兵達が矢を番える。
ミズキ
「放てー‼︎」
無数の矢が砦から放たれ無数の断末魔が上がる。
梯子を掛けんとオークとゴブリンが城壁に殺到するが弓兵達は矢を射かけ続ける。
だが、遂に梯子は掛けられ、オークとゴブリンが梯子を登る。
一方で亀甲隊形を組んで城門まで辿り着いたオーク達だったが重い鉄の扉を開ける事は叶わず、門の上に備え付けられた櫓から矢や石を落とされる始末であった。
エドラフ兵
「敵が梯子を登ってきたぞ‼︎」
リオ
「近づけさせるな!クロ、頼む‼︎」
クロ
「オウ‼︎どけどけクソオーク共ォ‼︎」
クロはオークを薙ぎ倒しながら梯子に取り付くと、思いっきり力を込めて押し、梯子を倒した。
梯子にすでに登っていた連中も含めて数十のオーク達の悲鳴が上がる。
ヘラも城壁で指揮を執っていた。
ヘラ
「皆、矢を放ち続けるのです。敵を近づけてはなりません!」
だがその背後に城壁を登ったオークが降り立ち、ヘラに斧を振り下ろす。
然しヘラはすんでのところで気配を察して躱す。
ヘラは斧を振りかぶるオークに剣を突き刺す。
オークの返り血を浴びたヘラは動転していた。
戦場に行くのは初めてでは無いにしても実際に戦って、敵を殺めたのは初めてだったのだ。
ヘラ
「初めて敵を倒した…これが…命を奪うという事なの…。」
だが、己の所業に震えている場合では無い。こうしている内にオークとゴブリンは押し寄せる。
ヘラは抜き身の…敵の返り血の付いた剣を手に持ちながら兵の指揮に戻る。
フレアラフ
「幾らでも来るがいい!このヘルムの砦は一度たりとて陥落した事はない!これ迄も、これからも!」
十倍以下の戦力で耐えるエドラフ・エルフ軍にスカルニクはイラつきを覚え始めていた。
スカルニク
「インゲン共メ…コノママジャジリ貧ダ…オマエ達時間ヲ稼ゲ!兎ニ角奴等ヲ疲弊サセヨ!」
オーク
「然シ、ボス。城壁ハ超エヨウニモ抵抗ガ激シクテ制圧出来マセン!門ニ関シテハ、鉄製デ、コジ開ケラレマセン。」
スカルニク
「アグリーフロッグノ酸液ヲ掛ケテヤレ。サスレバ鉄ノ扉ダロウト長クハ保ツマイ。」
ゴブリンの軽装兵達が門に向かって瓶を投げつける。
すると少しずつ鉄の門が溶け始める小さな穴が出来始めた。
フレアラフ
「いかん!アグリーフロッグの酸液で鉄門を破壊するつもりだ。門の防衛に向かうぞ‼︎」
リオ
「門に兵を割く余裕は無い…ヘラ、アイリス、ミズキ!ここは任せるぞ!クロは一緒に来い‼︎」
リオとクロは城門の隠し扉を通って、塔を張って、城門の前に殺到する敵の横に付いた。
リオ
「あそこまで飛んでひと暴れしてやれば大分楽になるはずだ。」
クロ
「ああ、そうだな。」
クロは少し躊躇いがちに答えた。
リオ
「……まさか…この距離飛べないのか?」
クロ
「いや、そんな事は…そんな事は…すまん投げてくれ。」
リオはクロを掴んだ。
クロ
「ああ待った‼︎」
リオ
「何だ?」
クロ
「エルフ…ミズキには言わないでくれよ?」
リオ
「分かったよ。」
リオはクロを放り投げると、クロはそのまま敵の戦列にぶつかり、ぶつけられた敵は狭い城門に繋がる橋から落ちていった。
リオも続いて跳び、2人は城門前で戦う。
クロ
「弓兵!火矢だ!ゴブリンに火矢を放て!アグリーフロッグの酸液は引火しやすい‼︎」
クロの叫びを聞いた弓兵達は火矢を放ち、ゴブリン達が持つアグリーフロッグの酸液に引火させて火だるまにした。
火だるまは暴れ回り、敵陣はパニックになった。
城門から敵が引き上げたのを見計らって2人は門から撤退した。
だが戦局は急転直下を迎える。
敵陣から突如巨大な岩人形が現れた。
ゴブリン・シャーマンが巨石にそれぞれ魔法を掛けて作り上げるこの人型兵器はオーク・ゴブリン勢最強の攻城兵器である。
スカルニク
「急拵エユエ、長クハ保タンガ城壁サエ破壊出来レバ良イ。」
フレアラフ
「オークの岩人形だと‼︎…いや寧ろ連れて来てない事の方が不自然と見るべきか…投石器で奴を破壊しろ!見るからに不完全体だ!」
城壁に備えつけられた投石器が岩人形を狙うが、急拵えとはいえ随一のゴブリン・シャーマンが拵えた岩人形は簡単には砕かれず、投石器の射手を仕留めんとオークやゴブリンの弓兵が矢の雨を降らせた。
岩人形は遂に城壁に辿り着き、城壁を殴りつける。
一発殴る毎に城壁はグラつき、衝撃で兵士達が吹き飛ばされ、敵や味方側に落下した。
ミズキ
「城壁が崩れる‼︎撤退!撤退だ‼︎」
アイリス
「みんな逃げて!もうここは保たない!」
遂に城壁に大きな穴が空き、それと同時に岩人形は崩れ、オークとゴブリンが雪崩れ込む。
フレアラフは抜刀し近衛を率いて、崩れた城壁の前に立ち、声を上げた。
フレアラフ
「皆、砦の本丸まで退くのだ‼︎被害が増える前に退くのだ!」
ヘルム王の再来と云われたフレアラフ大公は剣技を持って大勢のオークとゴブリンを斬り伏せる。
そしてその脇を固める近衛も大公家を守る為に鍛え上げられた精鋭達だ。
敵をまるで寄せ付けなかった。
だが他勢に無勢、近衛は1人、また1人と倒れていく。
ミズキとエルフの選抜弓兵隊の援護もあり、フレアラフ大公らも後退に成功し、連合軍は砦の本丸に退避した。
だがこの戦いで連合軍は一万の死傷者を出してしまい、半数はエドラフ、残り半数はエルフである。
対する敵はまだ三十万強は居る。
もはや勝ち目は無かった。
オーク達は本丸に続く扉を打ち壊さんと殺到し、連合軍は内側から押さえていた。
リオ
「せめて民を逃がさないと…裏道は無いのですか?」
エドラフ騎士
「裏道は有りますが…時間が掛かります。」
フレアラフ
「ここまでか…エドラフは終わるのか…。」
アイリス
「朝だ…。夜通し戦ってたんだ…。」
リオ
「朝?…5日目の朝…暁月の光る時にシクレセリアとハルト兄様は戻ると約束された…。」
フレアラフ
「だが角笛は鳴らぬ…絶望が我が国を覆って…兵が集まらなかったか…。」
リオ
「いいえ!必ず来てくれます。仮に来てくれなかったとしても民達を逃す為に時間を稼がねば!」
フレアラフ
「如何にして時間を稼ぐ、もはや打って出るしか。」
リオ
「打って出るのです!エドラフの騎士は狭い砦に追い詰められ、擦り潰されて死ぬのではなく馬上で死んでこそ名誉というもの!それも民を守る為ならいつか我らの勇気の唄が唄われましょう‼︎」
フレアラフ
「そうだな…今こそ民の為、死など恐れぬぞ!」
リオ
「供をします!」
ミズキ
「私も行こう!」
クロ
「逆に打って出れば敵も混乱して活路が見出せるかもしれん!こんな無様な死に方をしたら確実に近づいて来ているであろうダーイン陛下に申し訳が立たん‼︎」
アイリス
「僕も行く!」
フレアラフ
「よし…では行くぞ!…ヘラは民と共におれ。」
ヘラ
「父上!」
フレアラフ
「民を守るのもまた戦いぞ。歩兵も騎馬に続け‼︎…化け物共め、エドラフの武人の戦いを見せてやるぞ!」
エドラフ騎士
「門が破られます!」
フレアラフ
「破らせい!破った時奴らの最期!」
門を敢えて破らせるべく押さえていた兵達は退いた。
そして門が破られた瞬間馬上のフレアラフ公は叫ぶ。
フレアラフ
「進めぇ‼︎エオルの子らよ‼︎‼︎」
砦の門に目掛けて騎馬が突っ込んできて驚いたのはオーク勢だ。
まさかの屋内から騎兵突撃を喰らったオークとゴブリンは轢き潰されながら押し返された。
因みにミズキの馬にクロが、リオの馬にアイリスが乗り、それぞれの得物を振るった。
討ち死に覚悟の突撃を始めて、直ぐ、ヘルム峡谷の急な坂に一騎の影があるのをリオは気がついた。
そしてそれは白き光輝くドレスローブを身に纏っていた。
リオ
「シクレセリア…!」
坂の上からシクレセリアはヘルム砦を見渡す。
シクレセリア
「今正に王は死地に1人で居られる。」
ハルト
「いえ、決して1人ではありません。エドラフの騎士よ‼︎」
坂の上に数万騎のエドラフの騎士が並ぶ。
ハルトの声に続きエドラフ軍の鬨の声が上がる
フレアラフ
「ハルト…我が息子よ…!」
すると今度は遠方から太鼓の音が鳴り響いた。
クロ
「ン…見ろ!」
クロが指差す先には鋼色の林があった…鋼色の林など無い…それは全て鍛え上げられた長槍だった。
ダーイン四世
「シクレセリアァァァァァァァァ‼︎‼︎この口軽ババァ‼︎出てこぉぉぉい‼︎‼︎誰が恩知らずだ、言ってみろぉぉぉぉぉ‼︎‼︎」
ドワーフの軍勢が現れた。
二十万の怒れるドワーフの軍が現れたのだ。
シクレセリア
「誰がババァよ…まぁ良いわ、ダーインならこの後どうすれば良いか分かるでしょう。」
ダーイン四世
「退路を塞げー!奴らを1匹たりとも逃すんじゃないぞ!」
ハルト
「ダーイン王は歴戦の指揮官と聞きます。彼が退路を塞いでくれるなら…我らは!」
シクレセリア
「敵陣目掛けて、スカルニク目掛けて突き進めば良い。」
ハルトは角笛を鳴らす。
ハルト
「進めぇ‼︎エオルの子らよ‼︎ヘラの子らよ‼︎エドラフの為にぃ‼︎」
エドラフ軍が鬨の声を上げながら坂を駆け下る。
事実上三方から突撃されたオーク・ゴブリン軍は大混乱に陥った。
ダーイン四世
「スカルニクの小鬼は何処だ‼︎出てこい、この雷の大槌(サンダー・ハンマー)の餌食にしてやる‼︎ヌワハハハハハ‼︎‼︎」
ハルト
「殺せ‼︎1匹残らず殺せぇ‼︎」
フレアラフ
「奴を…奴を我が前に引きずってこい‼︎」
蹂躙する側が蹂躙される側に変わった瞬間、立場の変化は心の変化を齎す。
オークやゴブリンが指揮する者居らず闇雲に戦う中、スカルニクはひっそり身を隠していた。
スカルニク
「ム、ムリダ…。砦二雪崩レ込ンデモ餓死スルノガオチ、アノ騎馬ガ雪崩レ込ム坂二向カウナド自殺行為、ドワーフ共ヲ抜コウニモアノ堅陣ヲ抜ケル程ノ力ハ、今ノ我ガ軍ニハナイ!何ヨリダーインガ自ラ山ヲ降リルナド想定外ダ…!」
スカルニクは倒れているオークの死骸を見て思いついた。
スカルニク
(ソウダ、死体二紛レテ、夜ニ逃ゲヨウ。ソノ後適当ナ豪商ノ館二盗ミ二入ッテ宝石ナリ若イ人間ノ娘デモ献上スレバ、ソグバック様モ命迄取ルマイ。)
アイリス
「何処行くの…?」
その声を聞いたスカルニクはゾッとした。
後ろを振り向くと血塗れになったアイリスが立っていた。
オークの頭に突き刺さった斧を引き抜き迫る。
スカルニク
「オ、オマエハ…!?何故イキテイル!?」
アイリス
「逃げるの?お前を信じて戦っているオークやゴブリンは今も戦って死んでいるというのに…。何処行くの、ねぇ?」
スカルニク
「ヤカマシィ‼︎コイツラガ死ノウト知ッタ事デハ無イワ‼︎」
アイリスはこの言葉でこれまでに犠牲になった者達が脳裏を過ぎる。
モリーア、そしてこの戦いで死んだ者達。
前者はスカルニクの手による者では無いにしても、もはやアイリスには関係無かった。
アイリス
「お前は…もう…喋るな…いや、もう二度と喋らせるものか。」
スカルニク
「今度コソ地獄ニ送ッテヤルー‼︎‼︎」
スカルニクはまた痺れの呪いの魔法を掛ける。
だがアイリスには効かない。
エルフの聖水を呑んでいたのだ。
アイリスは一歩ずつ、一歩ずつ近づいていく。
スカルニク
「クルナ…クルナァァァァァ‼︎‼︎」
スカルニクは槍を突き入れるが、アイリスは居ない。
アイリスは高く跳び上がり、スカルニクの背後に降り立つ。
スカルニクが振り返るか否かの刹那、アイリスの斧が一閃する。
断末魔が響き、ゴブリン・シャーマンの首が地面に落ちる。
その場にリオと、ミズキにクロ、シクレセリアが到達した。
シクレセリア
「アイリス…。君が…スカルニクを…⁉︎」
クロ
「お嬢…。」
アイリス
「コイツは…コイツは‼︎今こうして戦ってる人達の命なんかどうでも良いって言ったんだ‼︎エドラフの人やエルフの人達は勿論だけど、オークやゴブリンにだって家族が居るんでしょう‼︎なのに死のうがどうでも良いって‼︎それを聞いた瞬間…僕…僕…!」
シクレセリア
「アイリス…君は間違ってない。間違ってないよ…後は私達に任せなさい。」
シクレセリアは杖を振る。
それは遠くで戦っているダーインの目にも見えた。
ダーイン四世
「中央を開けろ!敵を逃がせ‼︎」
ドワーフ軍は両翼に広がり、真ん中に退路を作り上げる。
ダーイン四世
「逃すと厄介だがな…何をするつもりなんだ…?」
オークやゴブリンがヘルム砦から少し離れた森に逃げ込む。
ハルト
「皆、止まれ‼︎森に入ってはならん‼︎」
クロ
「追撃しないのか?」
シクレセリア
「する必要は無いんだよ。あの森はかつてエント(木人)が育てた森。」
ミズキ
「エントはかつてオークとゴブリンの手によって全て打ち倒され、木材にされた…。」
シクレセリア
「あの森にとって父祖の仇が自らの懐に入り込んだも同然…「眠りし木々よ、今一度目覚めよ」。」
シクレセリアが魔法を唱えた瞬間、森は騒めきだし、オークとゴブリンの断末魔が響いた。
クロ
「今あの森はきっと惨たらしい事になってんだろうな…暫くは近づかない方が良さそうだ…。」
フレアラフ大公も遅れて馬を走らせて来た。
フレアラフ
「終わったか…何とか…勝てたか…。」
言い終わった瞬間フレアラフは落馬した。
リオ「お父様‼︎」
ハルト「父上‼︎」
フレアラフは負傷していたのだ。
然も深傷であった…その状態でも尚、戦っていたのだ。
ハルト
「手当を‼︎早く‼︎」
フレアラフ
「聞け、ハルト…もうワシは助からぬ。だから今からいう事は良く聞くのだ。」
ハルト
「…ッ!ハッ…。」
フレアラフ
「エドラフの大公は其方に託す…帝国に…これから立たれる皇帝陛下に忠誠を誓え…。」
ハルト
「皇帝…?」
フレアラフ
「リオ…お前の…いえ…貴女様の出生の秘密をお話しせねばなりません…。」
リオ
「私の…?」
フレアラフ
「貴女は…300年途絶えたとされているフリードリヒ大帝の血筋を継ぐお方…闇切り裂きの剣の正統後継者なのです…。」
その場にいた者全員がどよめいた…シクレセリア以外は。
シクレセリアはどのタイミングで気がついていたのか、いや最初から気づいていたのも知れないが、時が来るまではと黙っていたのだろう。
時は300年程遡る、当代の皇帝は正に知恵に富んだ名君であった。
だがこの時既に帝国内の貴族同士の権力争いは苛烈さを増し、自分の娘を皇帝の妃にせんと画策する始末であった。
だがこの時既に皇帝には想い人が居た。
それは城で働く女官であった。
だが身分違いの結婚など貴族達が認めるはずも無く、貴族の娘達が嫉妬に駆られ、その女官に何をするか分かったものでは無かった。
そして既にその女官の腹には命が…芽生えていた。
皇帝は苦渋の決断をした。
生涯ただ1人愛した女を手放したのだ。
生きていくに十分な財産を与え、そして最も信頼出来る重臣、当代のエドラフ大公に見守って欲しいと願いを託し、送り出したのだ。
以後皇帝の落胤と云うべき…いや隠された正統後継者はエドラフの庇護の元、代を重ねた。
始祖フリードリヒ由来の武勇とカリスマはエドラフにとって必要不可欠な物となり、大公達はこの後継者の一族を重く用いた。
そして帝国に危機迫った時、忠義の名の下に玉座に据えれば良い、それは決してエドラフにも悪い事では無い、そう考えていた。
フレアラフの代、リオの父は、大公側近の騎士であった。
だがある日公国に侵入したオーク達との戦いでリオの父は戦死してしまう。
そして母、リオの母はエルフであった…。
どう出逢ったかは省くが、リオの母は愛すべき伴侶を失った事で悲しみに暮れ、永遠の命を捨て去ってしまった。
そしてあっという間に流行り病に罹り、幼き娘を1人残しこの世を去ってしまう情けない母親である事を詫びながら死んでいった…。
こうしてフレアラフは幼きリオを王宮で育て、ハルト、ヘラと共に兄妹として育てて来たのだ。
フレアラフ
「時が来たら、お話ししなければと…思っておりましたが…私が死ぬ今、この事実を語らねば帝国に二度と皇帝が蘇る事は無いでしょう…。」
リオ
「お父様!もう喋らないで下さい‼︎」
フレアラフ
「リオ…様…貴女を娘として育てられて私は大変光栄でした…ハルト、ヘラに伝えてくれ、愛しておると…。そしてリオ皇女を奉り、帝国を救うのだ…良いな…」
フレアラフ大公は息子と義娘の腕の中で身罷られた。
ハルトとリオは泣き、ミズキは祈りの言葉を唱え、クロとダーイン王は偉大なる戦士に哀悼を示した。
アイリスは1人離れたシクレセリアの元に向かった。
アイリス
「シクレセリアは…知ってたの…。」
シクレセリア
「ええ…でも、それを伝えるのは私であってはいけない…仮に私が話したとしても…それを受け入れるかは彼女次第。本当の苦難と戦いはこれからよ…。」