The Royal Bastard~LostTechnology the after   作:アツ氏

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1.レオンハルト対ジークムント

 雲ひとつない晴天の下、グラウンドは緊迫した空気に包まれていた。

 オルテュギア・ハイスクールの即席野球チーム、エーデルクーニッツ対ダンデライオンの試合。スコアボードは四対三、九回ウラ一死でダンデライオンの攻撃。つい先だって二塁走者のディアスが盗塁を狙ったが、エーデルクーニッツのピッチャー、ジークムントの鋭い牽制球で、危うくアウトに討ち取られかけた。ディアスはいまや恐れをなしてベースにかじりついている。

 バッターボックスには三番打者のジェラルド。十代半ばにして身長は二メートル近くあり、オルテュギアのみならず、全ハイスクール屈指のスラッガーであった。今期の打率は二割三分とそこそこだが、当たればバックスクリーンを突き破るほどの豪打球を放つ。野球選手として将来を嘱望されており、卒業まであと二年近くあるにもかかわらず、早くもプロ球団からのスカウトが彼のもとに通いつめるほどだった。しかし巨体ゆえかインコースを比較的弱点としており、現打席ではジークムントのシュートボールに手を出した結果、すでに二回のファウルをとられていた。もう後がない。

 対するジークムントは、本来は野球の選手ではなく、オルテュギア・ハイスクールの生徒会長だった。紳士的な物腰、柔らかな銀髪に、優しげなまなざし、口元には常に微笑をたたえ、モデル並みの整った頭身を兼ね備えた美丈夫である。観客席からは、彼を応援する女子生徒の黄色い歓声が、絶えず響いている。

 眉目秀麗、文武両道、おまけにスキアパレリ共和国連邦(通称F.S.R、正式にはFederation of Schiaparelli Republics)前大統領ジギスヴァルト・クーニッツの三男坊と、家柄も格別。まさしく非の打ち所のないエリートだった。実力も確かで、勉学、運動、政治力、あらゆる分野において誰よりも優秀であり、ジークムントは常に同世代のトップとして君臨していた。そう、ハイスクールに進学して、あの男と出会うまでは。

 マウンド上のジークムントが投球姿勢をとる。長い足を高く上げたのち、勢いよくボールを振りかぶった。この日のために開発した決め球『ライトウェーブ・ショット』のフォームである。球筋そのものは、ど真ん中狙いのストレートに過ぎないが、父親直伝の光術の応用で、ボールがまばゆく発光する。球を凝視しているバッターは目がくらんでしまい、たとえ絶好球であってもタイミングを捉えるのは至難の業という、恐るべき魔球なのであった。ジークムントが腕を振りぬき、リリースされたボールが真っ白い輝きを放つ。グラウンド上の選手のみならず、観客席の生徒たちまでもが、思わず目を覆うほどのまぶしさだった。

 眼球を刺す光の中、闇雲にスイングするジェラルド。しかし、そのバットは空を切った。サングラスをかけた球審が、横を向いて腕を振る。

「ストライク! バッターアウト!」

 ジェラルドがバットを地面にたたきつける。これでダンデライオンは2アウトとなり、あと一人討ち取られればゲームセットで敗北である。悔しげにバッターボックスをあとにしたジェラルドが、ネクストバッターズサークルに待機していた黒髪の少年に、すれ違いざまに声をかける。

「すんません、レオさん。ジークムントの野郎、ろくでもねえ球、放りやがる」

 レオと呼ばれた少年は、こともなげに返答する。

「気にするな。俺がホームランを打てばいいだけの話だ」

 そして、二、三度屈伸したのち、バッターボックスへ向かう。

 引き締まった長身に、短く刈り込んだ黒髪。精悍な顔立ちをしているが、凄みのある三白眼のせいでハイスクールの生徒たちからは恐れられがちである。レオは愛称で、正しくはレオンハルトという名のこの少年は、オルテュギア・ハイスクールの二年生であり、同時に不良グループ『ダンデライオン』のリーダーにまつりあげられていた。といっても本人にはその自覚はまったくなく、いたってまじめに生活しているつもりだったが、生徒会執行部、特に会長のジークムントからの風当たりは強かった。

 今回の野球の試合にしたって、事の発端はジークムントがダンデライオンの解散を要求したことから始まった。

 オルテュギア・ハイスクールは、二十五年前、スキアパレリ大陸の長きに渡る戦乱が終結したのち、古くは中原の専制国家ライナルト帝国の王都、現在はノイエンライナルト州の中心都市オルテュギアに創立されたが、いまや押しも押されぬ名門校としてその名をFSR全土に轟かせていた。今日までに多くの優秀な学生を輩出し、その中には高級官僚、弁護士、学者といった、社会的に栄誉ある職業で手腕を振るうものも多い。ちなみにジークムントには二人の兄がおり、両者ともに当校の卒業生だったが、現在は父親と同じく政治家として広く国民に認知されている。そのせいか、ジークムント自身もオルテュギア・ハイスクールの生徒としての誇りを強く抱き、自分も優秀な兄たちと同じように、栄光を勝ち取るさだめにあると信じて疑わなかった。事実、座学では彼の右に出るものはいなかったし、生徒会選挙においても、三年生の立候補者を差し置いて断トツの得票率で会長に当選したのだから、うぬぼれるのも当然といえば当然であった。

 そんな彼の生徒会統治下にあって、不良グループが存在することなど、汚点以外の何物でもない。そもそも、ジークムントはレオンハルトに対して並々ならぬ競争心を抱いていた。

 入学試験でトップを勝ち取り、生徒総代として意気揚々と入学してきた彼が屈辱を味わうことになったのは、早くも最初の体育の授業であった。体育教師の計らいで、生徒同士の親睦も兼ねたフットボールの試合が催されたが、ジークムントがセンターフォワードとして放った十二本のシュートは、特にやる気もなく、漫然とゴールキーパーに立っていたレオンハルトに、ことごとくセーブされてしまったのである。試合は0対0の引き分けに終わったが、この出来事は、それまで何事につけ敵なしだったジークムントの自尊心に傷をつけた。以来、彼はレオンハルトをライバルとして認識し、ことあるごとに挑発するようになったのである。

 当のレオンハルトはといえば、揉め事を避けるように寡黙に学園生活を送っていたが、生来の目つきの悪さが祟って、入学から程なくして学内で力を持っていた封建派の生徒たちに目をつけられ、修正と称するリンチを受けることになった。しかし結果的には、上級生が十人がかりで襲い掛かったにもかかわらず、最低限の自衛のために応戦したレオンハルトの手によって、ものの一分で全員が床に沈められてしまったのである。その中には、拳闘部や剣術部の主将さえも含まれており、レオンハルトの並外れた腕っ節を物語るには、充分すぎるほどの出来事であった。さらに驚くべきは、学園内でそのような暴力事件が起こったにもかかわらず、レオンハルトに対してはなんらお咎めなしで、襲撃を画策した上級生十人のみが処分されて事態は速やかに収束した、ということであった。

 いくら正当防衛だったとはいえ、学校側の裁量は不自然なほどレオンハルト側に偏っていた。生徒たちの間では、クーニッツ民主党に匹敵する政治団体の党首の息子だとか、巨大な犯罪組織の後ろ盾があるとか、彼についてさまざまな憶測や噂がまことしやかにささやかれたが、どちらも的外れもいいところだった。レオンハルトからすれば、降りかかる火の粉を払っただけで悪事に興味はなかったし、有力者どころか、家には飲んだくれの父親がいるだけで、母親は顔も知らなかった。両親が正式に結婚していたかどうかすら、はっきりと聞いたことはないが、今や初老近い父親は、大昔に別れたその女から毎月多額の生活費と養育費とを受け取っており、自分自身は仕事もせず、昼間から酒を飲むか居眠りばかりしていた。そして、レオンハルトはそんな父を、頼りがいのない男だと、心底軽蔑していたのである。そのせいか彼は普段から感情をあまり表に出さず、年若くして何事にも依存しない、自立心の強い青年に育ちつつあった。

 後日、レオンハルトは自主的に停学中の上級生の自宅を訪ね、謝罪に回ったが、すっかり恐れをなしてしまったのか、誰一人、彼を責める者はいなかったという。

 この一件は、良くも悪くも学園中の話題となり、レオンハルトの存在は、まじめで穏健な生徒からは畏怖とともに敬遠され、蛮骨で力の有り余った生徒たちには熱狂と羨望とをもって迎えられた。一般には名門といわれるオルテュギア・ハイスクールだが、全校生徒数が千人を超えるマンモス校であっただけに生徒の質はピンキリで、ジークムントのごとき並外れたエリートがいれば、鼻つまみ者の不良も大勢いたのである。レオンハルトの元にはおのずと後者が集い、やがて百人規模のグループを形成した。それがダンデライオンだったのである。レオンハルト自身は、その後も普通の生徒と変わらぬ態度で生活しており、ほとんどチームの活動に関知しなかったが、サブリーダーのディアスとジェラルドが率先して、不良たちをまとめていた。ダンデライオン(獅子の歯、あるいはタンポポ)というチーム名は、力強き獅子を意味するレオンハルトの名前にちなんで、メンバーたちが勝手につけたものだった。

 で、今回の野球の試合についての話に戻るが、ジークムントは生徒会長に就任するに当たって、次のような公約を掲げていた。学園の治安の改善、特に一部の生徒グループによる反社会的活動の淘汰。ほかならぬダンデライオンに向けられた声明である。確かに、レオンハルトのあずかり知らぬところでマリファナの売人を請け負ったり、アングラパーティーのチケットを売りさばいたり、他校のチームと抗争を行ったりと、末端のメンバーに限っては学園の風紀を乱しているといえた。

 ディアスとジェラルドは、そうしたメンバーの動向をすべて洗い出して学園側に処分をゆだねた上で、チームの存続を嘆願したが、受け入れられるはずもなかった。なぜならジークムントの言動は、不良グループの鎮圧以上に、レオンハルトに屈辱を味わわせることを第一の目的としていたからだ。ダンデライオンを解散させ、追従者を失ったサル山の大将が一人でおろおろしているところを、慈悲深く接して更正に導き、敗北感と尊敬の念を抱かせること、これがジークムントの描いたシナリオであった。といっても、レオンハルトからしてダンデライオンの存亡などには興味はなかったから、成功したとしてもすべてがジークムントの思惑通りというわけにはいかなかっただろうが。

 さて、交渉に当たっていたディアスとジェラルドは、生徒会執行部にある条件を提示した。それは生徒会関係者でチームを作り、野球の試合をしてダンデライオンが敗北すれば解散する、というものだった。ディアスとジェラルドは不良ではあったが、野球部に所属し、選手として非常に優秀であったから、自分の得意分野に引き込んで、何とかチーム存続にこぎつけようとして発した、苦肉の策であった。

 ダンデライオンが学園の風紀を乱した事実がある以上、生徒会側としては、こんな馬鹿げた条件は無視して強硬策に出て良いぐらいである。しかしジークムントは、これをレオンハルトを打ち負かして自分の能力を誇示するチャンスだと考えた。野球だろうと何だろうと、本気になった自分の前では誰もがひざまずくのだと、証明するつもりでいた。

 ディアスとジェラルドが提示した条件を呑む旨を、ジークムントが表明したことを受けて、生徒会役員のみならず、ダンデライオンのメンバーも驚愕を隠せなかった。学内最大の不良グループの存亡を野球で決めるなどという素っ頓狂な展開に、全校生徒も半ばあきれ気味だったが、オルテュギア・ハイスクールの表の支配者であるジークムントと、裏の支配者であるレオンハルトとの正面衝突という構図は、同時にセンセーションをも巻き起こし、試合当日が待ち望まれた。生徒会役員の中には会長に不信任案を突きつけた上で辞任を申し出るものも数人いたが、すでにレオンハルトに勝つことにしか頭にないジークムントには、どこ吹く風であった。レオンハルトはといえば、チームの存亡に興味はなかったにせよ、生徒会が正々堂々と勝負を挑んできたことには好感を持った。特にジークムントに対しては、ことあるごとに突っかかってきたり、嫌味を言ってきたりして、うっとうしいやつだと思っていたが、なかなか骨があると認識を改めたのである。

 かくして生徒会執行部はエーデルクーニッツを結成し、ダンデライオンと雌雄を決するため、来るべき今日まで特訓に励んだのである。

 即席といっても、エーデルクーニッツはジークムントがその広い人脈を駆使してスポーツのエリートたちを選り集めた、精強なるチームだった。プロ球界期待の星であるディアスとジェラルドを擁したダンデライオンでさえも苦戦を強いられ、最終回までに生徒会側に一点のリードを許す展開となった。さらに、ジークムントの特訓の成果である魔球が、たった今、グラウンドを流星のごとく駆け抜けたばかりである。

(坊ちゃん育ちの生徒会長が、見た目によらず、えげつない手を使う)

 スパイクでバッターボックスの土を慣らしながら、レオンハルトは思ったが、勝利のために手段を選ばないジークムントのひたむきさも、嫌いではなかった。レオンハルトは軽くバットを振りながら、マウンド上のジークムントと対峙した。

「どうだね、レオンハルト君。僕の『ライトウェーブ・ショット』の威力は。魔球をいきなり目にして君が驚かないように、あらかじめ使ってあげたのだよ」

 ジークムントがにこやかに、かつ自信に満ちた口調で言う。それを聞き流しながら、レオンハルトは無言でバットを構える。腰を落とし、足幅はやや広くスタンスを取り、上半身の力を抜いてボールを待ち受ける。長距離打者の構えである。彼には野球の経験はほとんどなかったが、天性の反射神経と動体視力とでバッターとしてはすでに一流であり、今日までの練習で、ダンデライオンのピッチャーでもあるジェラルドから、何十本とホームランを奪っていた。ジェラルドは優秀なスラッガーだったが、同時にプロ顔負けの剛速球を誇るピッチャーでもあり、投打二つの面で球界から期待されていたが、そんな彼の自信を喪失させるほど、レオンハルトの運動神経は常人離れしていた。戦乱終結後にFSR全土に普及したスポーツのどれかひとつでも、もし本気になって取り組んだとしたら、レオンハルトは難なくその頂点に上り詰めたろう。

 ただし、それはジークムントにもいえることだ。初めて野球のプレイヤーとしてグラウンドに立ちながら、ピッチャーとして、あるいはアベレージヒッターとして、将来有望な高校球児たちを圧倒するというのは、並みの才能のなせる業ではない。投打はもちろんのこと、走塁においても、高校球界の盗塁王と称されるディアスに引けをとらない。ジークムントもまた、すでに一流のオールラウンドプレイヤーだったのである。ディアスとジェラルドの活躍を期待して、試合場に詰め寄せた球界関係者たちが、新たに現れた二人の天才を目にしてどよめいたのは、言うまでもあるまい。

 再びマウンド上に緊迫した雰囲気が立ち込める。

 九回までに見る限りジークムントの配球は、変化球で空振りやファウルを誘いつつ、速球で止めを刺すという、王道のパターンだった。とはいえ、それを確実に遂行できるピッチャーは少ない。事実、ストレート狙いでバットを振られては、ジークムントといえど数本のヒットを許してしまい、三失点を喫していた。しかし、レオンハルト、ジェラルド、ディアスの三名を相手にしてであれば、かなり抑えているといえた。エーデルクーニッツ側も、ボールは速いが球種の少ないジェラルドから相当数のヒットを奪い、四得点していたから、結果オーライである。九回ウラのダンデライオンの攻撃で、二番打者のディアスがヒットを打ち、さらに一回盗塁を成功させて、現在二死二塁。投手ジークムントと四番打者レオンハルトとの対決が、そのまま試合の勝敗を決するといっても、過言ではなかった。

 ジークムントが投球フォームに入る。上げた足からステップを踏み込み、振りぬいた手からリリースされたボールは、発光していなかった。一見ただのストレートだったが、回転と球速がものすごく、バッターの目には手元で浮き上がったようにすら見えた。レオンハルトはバットを構え、棒立ちになったまま、そのボールを見送った。ストライクのカウントが入る。一球目は様子見のつもりでいたが、ジークムントはいきなり勝負を仕掛けてきたのだった。頭が下がるほどの負けん気である。ボールは見えていたが、思ったより球威があり、あわてて手を出してもタイミングが合わずファウルになっただろう。九回ウラ、レオンハルトとの対決まで、体力を温存していたといわんばかりの直球である。キャッチャーから投げ返されたボールを受けながら、ジークムントの口元に余裕の笑みがこぼれる。いけ好かない表情だったが、こうも正面から対抗心を燃やされては、逆に敬服せざるを得ない。レオンハルトはバットの握りを確かめながら、再び構えを取った。二球目もストレートなら場外まで打ち返す自信があるが、そう単純ではあるまい。いかなる球種にも対応できるよう、レオンハルトは肩の力を抜いた。

 ジークムントの腕がしなり、二球目が放たれる。フォームはストレートに近いが、球の回転が少ない。レオンハルトが芯を狙ってバットを振るが、ミート直前でボールは落下し、下手に構えたキャッチャーのミットに見事納まった。景気のいい捕球音とともに、風を切るスイング音。次の瞬間、球審がストライクの判定を下す。レオンハルトは空振りしていた。とてつもなく変化の大きいフォークボールだったが、完璧に捕球したキャッチャーも只者ではない。

 バッテリーでジークムントの女房役を務めるこの男は、生徒会執行部役員で、名をダグラスという。ハイスクールの三年生で、前生徒会長を務めていたが、ジークムントが立候補するに当たって速やかにその座を退き、今では会長補佐の役職に甘んじていた。ブラウンの短髪に、鋭い目つき、そしてジェラルドに勝るとも劣らない長身を誇り、エーデルクーニッツの四番打者を務め、この試合での得点すべてに絡んでいた。うわさによれば、学内のクラブには所属していないものの、武術全般および馬術の達人で、腕っ節でレオンハルトに勝てるとすれば、この男しかいないと目されていた。スキアパレリ大陸警察警視総監の息子で、ジークムントとは親の代からの深い因縁があるという。高い実力を備えながらも、黙々と現会長の下で働くダグラスに対し、全校生徒が尊敬と畏怖とを抱いていたが、ジークムントだけは、年下であるにもかかわらず、彼のことを親しげにダグと呼んだ。どうやら、年齢や立場を超えた深い信頼関係が、二人の間には培われているようだった。

 さて、レオンハルトはツーストライクを取られ、早くも後がなかった。ジークムントの性格上、何を決め球に持ってくるかは知れている。ただ、相手の手の内がわかっていても、並の人間では対処しようがない。直視できないほどボールが発光するとしたら、目をつぶってバットを振り、ホームランを打てというのか。いくら身体能力の高いレオンハルトでも、そこまでの離れ業をやりおおせる自信はなかった。ストレート自体が速いことも相まって、対等の条件でなければ、とても勝てる見込みはない。

(これを使うのは死ぬほど嫌だがな)

 レオンハルトはひそかに、ある作戦を立てた。バットを構えながら、精神を集中させる。眉間にしわがより、ただでさえ威圧感のある三白眼が、さらに凄みを帯びる。彼が身にまとう雰囲気がわずかに変化したが、ジークムントはそれを知ってか知らずか、高く足を上げた独特のフォームに入る。狙いは紛れもなく、不可視の魔球『ライトウェーブ・ショット』だ。その手から放たれたボールが、まばゆい光を放つ。グラウンド周辺にいる者たちが反射的に手で目を覆った。悪名高いダンデライオンの命運も、今日で尽き果てる。レオンハルトは不良チームのリーダーから、一介の生徒に逆戻りである。誰もがジークムントのこの一球で、ゲームが終わると思っていた。……確かにそのとおりになった。ただし、すべての観客とプレイヤーの予想を覆した結果によって。

 静寂を破る、甲高い金属音。それを境に光術の輝きが引いて、遠く離れてゆくのが誰の感覚にも分かった。観客たちがおそるおそる目を開けると、マウンド上で呆然と場外を見つめるジークムントの姿と、悠然とダイヤモンドを回るレオンハルトの姿がある。

 グラウンド上の審判が、人差し指を立てた右手を高く上げ、ゆっくりとまわしている。ホームランのジェスチャーである。両腕を振り上げて狂喜するディアスに続いて、のろのろと足を進めていたレオンハルトが、やがてホームベースを踏む。審判が高らかに宣言する。

「ゲームセット!」

 ダンデライオンの共鳴者たちからは歓声が上がり、生徒会支持者たちからは悲鳴が上がる。スコアボードは四対三から、四対五に書き換えられた。レオンハルトたちが勝利したのである。生還したレオンハルトはベンチから駆け出してきたチームメイトに迎えられ、レオ・コールとともにあっという間に胴上げされてしまった。無表情になすがままにされながら、レオンハルトはひそかにマウンドのほうを見た。へたり込むジークムントにダグラスが駆け寄り、肩に手を置きながら励ましの言葉をかけている。勝ちはしたが、レオンハルトは胸のうちでジークムントに敬意を払った。

(もし魔球を使うのが、最後の一球だけだったなら、俺の負けだったな)

 レオンハルトの取った作戦というのは、何のことはない、魔法には魔法で対抗するという単純なものだった。ジークムントが光術を使うように、レオンハルトには闇術の素養があった。使うのが死ぬほど嫌だった理由は、それが軽蔑する父親から、幼少のころ教え込まれた技術だったからだ。しかし、全力で戦いを挑んでくる相手に、全力で応じないのは、無礼というものである。レオンハルトはジークムントのために、自分の忌まわしい力を解放した。光術のまばゆい輝きに、闇術の気を当てて相殺し、ボールの姿を浮き上がらせたのである。目くらましを封じ、もはや何の変哲もない速球と化した『ライトウェーブ・ショット』を捉えるのは、レオンハルトには造作もないことだった。渾身の打球は高い放物線を描いて、グラウンドのはるか彼方へと消えていった。ジークムントの魔球の正体が、光術の応用と分かっていたからこそできた芸当だ。もしジェラルドが打席に立っているときに使わず、最後の一球まで温存されていたとしたら、レオンハルトもまた、手もなくストライクを取られていただろう。

 整列し、帽子を取って礼を交わした後、ダンデライオンとエーデルクーニッツの両チームは、ぎこちなくも互いの健闘をたたえあった。ジークムントもまた、レオンハルトに向かって手を差し出し、微笑みながら言った。

「今日のところは僕の負けだ。しかし、これで終わりじゃない。必ず君たちをこの学園から淘汰してみせる。それまで、せいぜい気を抜かないことだ」

 口の減らない男だ、とレオンハルトは思ったが、それでもねぎらうような気持ちで、黙ってジークムントの手を取った。ダンデライオンは存続権を勝ち取ったわけだが、そんなことはレオンハルトにはどうでもよかった。全力でやって全力で勝った、その充実感だけが、手のひらにこめられていた。生徒会長と不良グループのリーダーとが握手を交わす光景は、奇異ながらも感動的であり、観客たちは拍手でもって二人のリーダーの交流に花を添えた。

 挨拶を済ませてベンチに引き上げようとするレオンハルトに、エーデルクーニッツ側から駆け寄ってくる人影がある。色白な細身の体に、ポニーテールに結わえた金髪をなびかせ、縁なしめがねをかけた、理知的な雰囲気を身にまとった女子生徒だった。ジークムントの双子の妹で、生徒会執行部副会長のジークリンデである。今回の試合ではエーデルクーニッツのマネージャーを務めており、立場上レオンハルトとは敵同士になるわけだが、彼女はきれいに洗濯された汗拭き用のタオルを差し出しながら、言った。

「生徒会が負けたのは悔しいけど、個人的には感謝してるわ、レオンハルトさん。お兄ちゃんは、ずっとライバルがいなくてすっかり天狗になってたから、今回は鼻っ柱を折られて、いい薬になったと思う。ただ、不良行為を認めるわけじゃないわよ。いつかは懲らしめてあげるからね」

 そしてレオンハルトの目を覗き込んでにこりと笑ったあと、グラウンドの反対側に駆け戻っていった。なにがなんだか分からなかったが、手元に残されたタオルからは、洗剤のいいにおいが立ちのぼっていて、嫌な気持ちはしなかった。レオンハルトはそれを無造作に肩にかけると、ベンチへゆっくりと戻っていった。

 空には真夏の太陽が、さんさんと照りつけていた。新大陸暦二十五年。スキアパレリの民衆が平和を謳歌する、ある一日の出来事であった。

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