The Royal Bastard~LostTechnology the after   作:アツ氏

4 / 7
4.バルティアからの脅迫状

 三時限目はスキアパレリ史の講義で、ここ数週間にわたっては、旧大陸時代の超大国、ライナルト帝国が滅亡に至った経緯について、社会科教師が実体験を交えたマニアックな薀蓄を垂れ流していた。レオンハルトはそれを半分上の空で聞きながら、思索にふけっていた。

 時代が変わったといっても、せいぜい二十年余り前までの話である。スキアパレリにFSRのような統一国家が成立するのは大陸史上例のないことであり、少なくとも現存する歴史書の中に、同じように戦乱が終結せられ、かつ人類が民主的統治を保ったという記録はない、と教師は言った。つまり先祖たちは戦争ばかりしてきたのであり、自分がもしその時代に生まれていたとしたら、どんな風に暮らしていただろうか、とレオンハルトは考えた。当時の生き証人は、まだ歳を取り過ぎることなくFSRで生活しているが、自ら戦乱の話をしたがる者は少ない。ひとたびそのことを話題にすれば、せっかく享受している現在の平和を壊してしまうのではないかと、怯えているかのような体であった。講壇に立ち、旧大陸時代における生々しい戦争の実情を、とうとうと語る社会教師のような手合いは、むしろ稀であった。

 父の場合は、どうだったのか。物心ついたころから、会話らしい会話を交わした覚えもないが、武芸が達者だということだけは知っている。珍しくしらふでいるかと思えば、無言でレオンハルトを庭に連れ出して、剣の稽古をつけるのが常だったからである。父は、それはそれはもう、強かった。子供ながらに、構えを工夫したり、フェイントをかけたり、不意をついたりして、懸命に打ち込むのだが、一度も成功したことはない。若い彼の太刀筋は、ことごとく見切られ、かわされ、いなされて、へとへとに疲れ果てたところに、目にも留まらぬ首への寸止め。それでいつも決着がつく。剣を捨てて降参すると、父はほんの少しだけ微笑を浮かべたあと、きびすを返して家の中に入り、また酒を飲む。そしてレオンハルトは一人庭に残り、なぜ自分が負けたのか、どうすれば父に一太刀浴びせることが出来るか、真剣に考えながら木剣を振るうのだった。

 レオンハルトはことさら熱心に鍛錬したが、単純に強くなりたいという想い以上に、そうしているときだけ、父との間に絆を感じることが出来たからだった。剣の稽古は、言葉少なな親子にとっての、ほとんど唯一のコミュニケーション手段だった。しかし年をとったせいか、もともと無口だった父は輪をかけて大人しくなり、ここ数年は剣を合わせることもなかった。レオンハルトはそんな父をふがいなく思うと同時に、ひそかにさびしさを感じてもいた。まだ一本もとっていないのに、勝ち逃げをするのはずるいとも。

 さて、そんな父のことだから、旧大陸時代はおそらくどこかの国に属して、兵として戦ったはずである。歳をとってもあれほどの動きが出来るのだから、全盛期はさぞ無類の強さを誇っただろう。ひるがえって、もし自分が戦乱に生きたとしたら、やはり父と同じように兵として戦ったはずだ、とレオンハルトは考えた。争いごとが好きなわけではない。ただ男として戦うべきときは戦う。国や家族、あるいは恋人、守るべきものがあればなおさら。そういうつわものたちの心意気を、彼は先天的に理解する少年であった。

 その点で言えば、現代はどうしても物足りない。街で起こるのはせいぜいチンピラの小競り合いぐらいで、戦いらしい戦いなど、凶悪なテロリスト相手でもなければ、起こりようがない。人類にとっては平和が一番。よく分かっている。だが、見せ掛けの平和主義を決め込むたびにレオンハルトの胸には無意識のうちに熱情がくすぶり、それが満たされぬまま、ある種の倦怠感へと変色した。そして、自分の生まれたのがもし戦乱時だったら、という最前の思いつきにまた帰ってゆくのだった。

「……ンハルト」

 誰かが名前を呼んだ気がしてわれに返り、辺りを見回す。講壇から初老の社会科教師がこちらをにらんでいた。レオンハルトは起立し、居住まいを正して返事をした。

「はい」

 教師はめがねを光らせ、チョークをもてあそびながら、ねちっこい口調で嫌味を言った。

「レオンハルト。君は私の授業がよほど詰まらんと見える。教えられるまでもなく、さぞ歴史にお詳しいのであろう。ならば、ライナルト帝国初代皇帝が崩御した後、即位した幼帝アグネスに代わって摂政政治を執った人物の名を答えてみよ」

 レオンハルトは物思いに耽りこんでいた自分を少し恥じながら、毅然とした口調で答えた。

「ホラーツです」

「では、その片腕といわれた副宰相の名は」

「ゲレオン」

「ふむ。では当時、初代皇帝がことさら好んだために、貴族のスポーツとして流行した球技は何か」

「……それは試験で出るんでしょうか」

「いちいち口答えせんで回答したまえ」

「……ゴルフです」

「よろしい。思索にふけるのは少年らしくて結構だが、勉学をおろそかにせんようにな」

 教師は中指でめがねを上げると、再び黒板に振り返って文字を書き始めた。レオンハルトが緊張を解いて着席すると、周囲のクラスメイトたちがなにかひそひそと言葉を交わすのがわかった。不良グループのリーダーが、教師の意地悪な質問にすら難なく答えたさまが、奇異に映ったのであろう。最後のスポーツについての問いなどは、おそらく講義で教える必要のない雑学に過ぎないが、先週ちょうど読み終えたばかりの歴史小説に、たまたまそのくだりが記されていたので助かった。ライナルト帝国の建国から滅亡に至るまで、地方領主としての実体験を元に赤裸々につづった、ハーラルト著『小説・ライナルト帝国興亡記』は戦後空前の大ベストセラーとなり、旧大陸時代をリアルに生きた中高年を中心に広く読まれていた。特にDという、名前の頭文字だけが伝わっている帝国近衛騎士団長が、幼帝アグネスを守護しながら敵軍の追撃から落ち延びるシーンは多くの読者の感動を誘い、最近流行し始めた活動写真にも取り上げられるらしい。レオンハルトは、戦時の男たちに憧憬を抱くだけあって、歴史小説、とくに戦記ものを読むのが好きだった。

 学園に終了のベルが鳴り響き、講義が終わった。机の上の教科書やノートを片付けていると、いきなり目の前に、四つん這いのポーズでカメラに迫る、水着姿のエルフのグラビアが広げられた。読者にウィンクを送る女の笑顔と、扇情的かつ、たおやかな姿態とを目にして、レオンハルトは思わず生唾を飲み込む。そして次の瞬間、顔を上げて憤然と言い放った。

「いきなりそんなもので人を驚かすな、クー」

 目線の先には、ブラウンの髪を無造作に切りそろえた少年が、白い歯をむき出して、満面の笑みを浮かべて立っていた。レオンハルトの後輩で、今年ハイスクールに入学してきたばかりのクェンティンである。父のほとんど唯一の友人と言っていい或る男性の子息であり、住む場所の近かった幼少のころは互いに愛称で呼びあい、兄弟のようにして共に遊んだものだった。クェンティンが父親の仕事の関係で引っ越してからは、しばらく疎遠だったが、ハイスクールで再会し、また昔のように交誼を結んだ。年齢はひとつしか違わないが、大人びたレオンハルトに比べるとクェンティンの容貌はいささか子供っぽく、性格にも屈託がなかった。ただし、思春期に突入して、異性に対する興味が絶賛爆発中であり、ことあるごとに先のようないたずらを仕掛けてきては、レオンハルトをうんざりさせていた。

「そんなものとはひどいですよ、レオ先輩。昨日、五時間並んでやっと手に入れたんです、ぺトラの写真集。まったく、たまりませんね。彼女はスキアパレリの不動のセックスシンボルですよ」

 そう言いながら、クェンティンは開いていたグラビアを自らまじまじと眺め、鼻息を荒くした。FSR全男性のアイドルと称されるエルフ族の女性モデル、ぺトラがデビューしたのはもう二十年もまえだが、その人気は衰えるどころか、絵画から写真へとメディアの媒体が発展するにつれて、むしろうなぎのぼりとなった。悠久のときを生きるエルフ族であるぺトラの容貌は、何年経とうとその美しさを少しも損なわぬまま、ただただ洗練されていった。撮影料、および出演料は、他のモデルや女優と比較しても別格だが、宣伝効果が抜群のため、有名企業がこぞってイメージキャラクターに起用し、いまやぺトラのグラビアを街で見かけない日はなかった。もとは犯罪組織に所属する売春婦だったという黒いうわさもあるが、有無を言わさぬ完璧な美貌の前には些細なことであった。最近は、演劇や活動写真の分野にも進出しているというニュースもある。しかし演技力は正直なところ大根で、見られたものではないらしい。『興亡記』の映画化にあたっては、人気重視のためか、成人したアグネス役のオファーを受けているそうだが、知的なイメージとはかけ離れるとか、エルフ族特有の尖った耳はどう処理するのかとか、関係者のあいだでさまざまな物議をかもしているという。何しろアグネス本人が実在の人物で、しかも現FSR大統領を務めているのだから、問題にならないはずがない。アグネスの容貌がエルフにも引けをとらない美しさであるという点でのみ忠実だが、映画はそれだけで成り立つものではなかろう。

 レオンハルトは芸能関係の話題に興味はないが、頼みもしないのにクェンティンが雑誌で得た情報やゴシップを事細かに教えてくれるので、一通りのことは知るようになってしまった。かわいい弟分ではあったが、そのミーハー振りにはいささか閉口する。ちなみにクェンティンはダンデライオンの一員ではなく、不良行為とは縁のない一般生徒だった。助平なのが玉に瑕だが、座学も運動も抜群で、成績はいいらしい。

「たかが女の写真のために五時間も費やしやがって。もっと他に熱中するものはないのか」

 レオンハルトが苦りきって言うと、クェンティンは手元に広げたグラビアから目を離しもせず、

「なに言ってるんですか。俺は優等生だから、これくらいの息抜きしたってかわいいもんです。学園一の不良に言われたくないですよ」

 と、こともなげに言った。その言葉にレオンハルトはますます顔をしかめた。

「俺はまじめだよ。みんなが勝手にそう呼んでるだけだ」

「まあ、勉強してない振りして、レオ先輩がいつも成績十番以内をキープしてるのは知ってますけどね。でも、イメージっていちど定着すると、なかなか払拭できないから」

「……正直に言って、不良は好きじゃない」

 そこでクェンティンが顔を上げて、にやりと笑った。

「知ってますよ。同じくらい面倒見がいいこともね。いちどリーダーにまつりあげられたら、無下に出来なくなっちまうところが、先輩らしいや」

 他人事だと思って呑気なことを言ってくれる。おかげで生徒会からも真っ先に目の敵にされて辟易しているというのに。レオンハルトは勉強道具を机の中に片付けると、何も言わずにさっさと教室を後にした。

「あ、待ってくださいよ。昼ごはん一緒に食べましょうよ」

「うるせえ、なつくな」

 ぺトラの写真集を持ったまま背後にまとわりつくクェンティンを振り切りながら廊下を歩いていると、普通教室が集合する西館の角を曲がったところで、血相を変えてやってくるディアスとジェラルドの姿を見とめた。また何か揉め事でも起こしたのか、とレオンハルトはため息をついた。

「レオさん! 大変です!」

 言いながら、ディアスは悪びれもせず廊下を猛スピードで走り、傍までたどり着いたところを、レオンハルトに頭をはたかれてしまった。

「いたっ」

「廊下は走るなと言ったはずだ。サンチョ」

 サンチョというのはディアスのファーストネームである。本人は名前の響きが気に入らないらしく、これを呼ぶと不機嫌になるが、レオンハルトのみ例外だった。ディアスは叩かれた頭を、申し訳なさそうにさすった。

「すいません……あ、いや。そんなことより、大変なんですよ、レオさん。バルティアン・ラスカルズの連中が……」

「レオさん、大変です。バルティアのギャングどもが……」

 ディアスが説明を始めたところに、巨漢のジェラルドがようやく追いつき、間延びした口調で同じような文句を重ねた。レオンハルトはいらだって二人を一喝した。

「落ち着け。ちゃんと順序だてて説明しろ」

 すると背後から、甘ったるい響きの男の声が耳に届いた。

「では、その役目は僕がするとしよう」

 振り返ると柔らかな銀髪の下に薄笑いを浮かべるジークムントと、姿勢よく両脇に控えるジークリンデとダグラスが立っていた。レオンハルトはいやな予感がした。生徒会がしゃしゃり出てきたとなると、ただならぬ事態であることは見て取れる。何も分からずについてきていたクェンティンは、レオンハルトの周りに集まった面々をかわるがわる眺めながら、

「さすがレオ先輩。できる男の周りには自然と人が集まるんですね」

 と見当はずれに感心した。レオンハルトはそれには答えず、ジークムントに向き直った。

「今朝方、わが学園宛てに、このような書状が届いた。読んでみたまえ。そのほうが、言葉で説明するより早かろう」

 言いながらジークムントは懐から一通の封筒を取り出し、レオンハルトに向かって投げてよこした。レオンハルトは巧みにそれを空中で受け取り、すでに破られた封の中から、一枚の手紙を取り出す。広告や新聞の切抜きを継ぎ接ぎした、奇体な文面だ。

『オルテュギア・ハイスクール、ならびにダンデライオンに告ぐ。わがバルティアン・ラスカルズに損害を与えた以下の生徒を、明日の夕刻にバルティア地区ハーラルト・パークまで差し向けるべし。この要求を退けた場合、われわれは学園を襲撃する準備がある』

 そして最後に、ダンデライオンのメンバー数名の姓名が記されていた。生徒会と野球の試合を行うに先だって、マリファナの売人を請け負って問題視されていた生徒たちである。それぞれ学園から無期停学処分を言い渡されたあと鑑別所へ送られ、現在は家庭裁判所による保護観察下にあった。野球の試合が勝利に終わったあと、レオンハルト自らダンデライオン存続の事実を伝えに各メンバーと面会したが、彼らは涙を流して自分の行いを悔い、頼もしいリーダーに対して謝罪の言葉を何度も述べたばかりである。少年とはいえ法を犯したことには変わりないが、反省は充分にしていると見てとれた。そんな彼らをバルティアン・ラスカルズに引き渡せばどうなるか、目に見えている。レオンハルトの手にある脅迫状を、横から覗き込んでいたディアスが言った。

「うちのメンバーが保護観察を食らったせいで、ダンデライオンに流したマリファナが宙に浮いちまって、損をしたって言ってるんです。バルティアン・ラスカルズは制裁を加えるつもりです。見過ごせませんよ」

 するとジェラルドもそれに加わって声を上げた。

「レオさん。やりましょう。ラスカルズの連中、このごろオルテュギアまで出張ってきて、俺たちの縄張りを荒らしています。おまけにこの怪文書です。ほっといたら、示しがつきません」

 レオンハルトはいきり立つ二人を、無言のまま鋭くねめつけて黙らせた。学園を襲撃させるわけにはいかないし、かといって、泣いて罪を悔いているメンバーを、言われるがままに差し向けるわけにもいかない。ディアスとジェラルドの気持ちは良く分かる。が、生徒会役員が見ている前でする会話ではない。レオンハルトは脅迫状を丁寧に折りたたんで封筒に仕舞うと、ジークムントに再び手渡しながら尋ねた。

「教師たちは知ってるのか」

「いや。封筒を受け取った用務員には、僕が口止めしているし、内容までは知らないはずだ。怪しい手紙は学園長の手に渡る前に、真っ先に僕のところへ流すよう、普段から言い含めてあるからな」

 ジークムントは涼しげな表情を浮かべたまま、自分の権力を誇るような台詞をさらりと述べてみせる。さすがはクーニッツ民主党党首の御曹司である。

「なぜ、真っ先に俺たちに知らせた」

 レオンハルトが言うと、ジークムントは腕組みをし、軽く鼻を鳴らして答えた。

「君たちの起こした不祥事だ。君たち自身で解決するのが筋というものだろう」

 単なる厚意なのか、それとも何か策略を企てているのか。ジークムントの態度にはつかみどころがなかった。ディアスとジェラルドがギャングと抗争するといきり立っても、こともなげに聞き流しているのは妙である。

 バルティアン・ラスカルズは、オルテュギアの北東、バルティア地区のスラム街を根城にしているギャングで、ノイエンライナルト州随一の落ちこぼれ高校、BAS(バルティア・オルタナティヴ・スクール)の生徒を中心としたチームだった。メンバーが十代の少年ばかりといっても侮れない。喧嘩、窃盗、麻薬取引、強盗、果ては殺人まで犯しかねない筋金入りの不良の掃き溜めである。バルティア地区は旧大陸時代より下層階級が多く暮らす土地で、ライナルト統治期に良い扱いを受けなかったため、住民たちは現在でも国家に対して不信感を抱きやすい傾向にある。そうした土地柄は戦後生まれた若者たちにも影響を与え、非行による治安の悪化につながっていた。

 ディアスとジェラルドが言うように、まともに抗争を受けてたつとしたら、ただでは済むまい。不良グループと銘打たれているといっても、ダンデライオンは所詮は由緒正しき名門校の生徒たちの集団である。喧嘩ではバルティアン・ラスカルズのほうが一枚も二枚も上手に違いない。何とか穏便にことを収める方法はないものかと、レオンハルトは頭を悩ませた。不良は嫌いだといっておきながら、ディアスとジェラルド以下、ダンデライオンのメンバーを見放すようなことは出来ず、かえって一身に責任を背負い込もうとする彼の姿は、まったく生まれついての苦労人であった。

 眉間にしわを寄せて黙り込んでしまったレオンハルトを気遣うように、副会長のジークリンデが声をかけた。

「レオンハルトさん。別に私たちはあなたを落としいれようと思っているわけじゃないわ。出来れば力になりたいの。いわば学園全体の危機ですもの。兄も含めて、生徒会執行部全員、同じ気持ちよ」

 ジークムントが妹の言葉にすかさず反論する。

「余計なことを言うな、リンデ。僕は不良どもが同士討ちになってくれれば手っ取り早いと思っているだけだ」

「そんなこと言って、レオンハルトさんがいなくなったら、一番さびしがるのはお兄ちゃんじゃない」

「……やれやれ、女の妄想というやつは節操がなくて困る」

 目を閉じて肩をすくめるジークムント。かといって否定したわけではない。唯一ライバルと認める男を失うのを良しとする彼ではないだろう。しかし、立場というものがある。生徒会長としては、不良グループに手を貸すことを公言するわけにはいくまい。生徒会執行部の申し出はありがたいが、学園にも、ダンデライオンのメンバーにも、出来る限り迷惑をかけたくなかった。レオンハルトはついに意を決して言った。

「俺がバルティアに行こう」

 抗争開始の宣言と取ったディアスとジェラルドが興奮して声を上げる。

「じゃあ……」

 レオンハルトが片手を挙げて二人を制止する。

「勘違いするな。ダンデライオンのリーダーとして、ラスカルズの連中に襲撃を取りやめるよう、頼みに行くだけだ。それなら俺一人で充分だろう」

 あまりに無謀な思いつきに、その場にいた全員が絶句する。ずっと成り行きを見守っていたクェンティンが、突然レオンハルトの胸倉を両手でつかんでまくし立てた。

「レオ先輩。それはあまりにも無茶ってもんです。相手は殺人や強盗までするような連中ですよ。先輩が強いのは知ってますけど、一人でやれることには限度があります。さすがに殺されますよ。話し合いの通じる相手じゃないんですから。俺だって、ラスカルズがやばいことぐらい知ってます」

 クェンティンの父親は、精鋭のFSR公安部隊に勤めている。なので、息子の彼も犯罪組織やテロリストに関する知識はそれなりに持っているのだ。続けて、生徒会長補佐ダグラスが口を開く。

「これは警察で流れている情報だが、バルティアン・ラスカルズは、ネオ・アルカトラズの下部組織となっている可能性がある。つまり、ただの不良を相手にするのとはわけが違う。そこの小童が言うように、命の危険にさらされるかもしれん」

 小童と呼ばれたクェンティンが少し不機嫌そうにダグラスをにらみつけた。警察組織の情報を口にする辺り、さすがはスキアパレリ大陸警察警視総監の息子というところか。レオンハルトは二人の言葉を聞いて、不敵に微笑んだ。

「別に死ににいくつもりなどない。相手だって人間だ。言葉は通じる。なんとしてでも分かってもらうよ。それに喧嘩になったとしても、やられるのが俺一人なら、それは決闘ではなくリンチだ。こちらの罪にはならないさ」

 突然ジークムントが指を鳴らして、声高にレオンハルトの発言を賞賛した。

「なるほど、それは名案だ。学園に悪評が及ぶ可能性も低くなる。なにより平和的な手段なのが気に入ったよ。非暴力は暴力よりも無限にすぐれるという言葉もあるからな」

 すかさず憤然と兄の言葉に抗議するジークリンデ。

「お兄ちゃん! レオンハルトさんに生贄になれっていうの!」

「そうではない。レオンハルト君が命を張る以上、僕らにもそれをサポートする義務がある。ダグ」

「はい」

「お父上に頼んで州警察を動かせるか」

「職権乱用になりかねませんが、この場合やむを得ませんな」

「一市民の命を守るためだ。問題あるまい。いざとなれば、僕の父がもみ消してくれる」

「やってみましょう」

 ダグラスはしめやかに返答した。その様子を見て、ディアスとジェラルドはただただ呆気にとられていた。彼らには、まるで雲の上の会話を聞いているかのようであったろう。ハイスクールの生徒風情が、手足のように警察を動かすことができるなどという話は、聞いたことがない。権力とは、げに恐ろしいものだが、今のレオンハルトにとっては心強いことこの上なかった。その思いに釘をさすように、ジークムントが言う。

「しかし、立場上、僕ら生徒会はこの件とは無関係を装わなければならない。あくまでバルティアン・ラスカルズと、ダンデライオンのリーダー、両者の間でのみ起こったトラブルであることを装うんだ。それと、何より君が言い出したことだ。話し合う前にいきなりナイフで刺されたからといって、責任は持たんからな」

「わかってるよ、ズィギー。最低限、自分の身ぐらいは守れる」

「む、僕をそんな愛称で呼ぶな。ちゃんと本名で呼べ」

 軽く微笑みながら茶化すようにいったレオンハルトの言葉に、ジークムントはややむきになって声を荒げた。素直ではないが、いいやつだ。ジークリンデも、ダグラスも、むやみにダンデライオンを敵対視しているわけではなさそうだった。敵だ、味方だ、などといがみ合っている訳にはいかないのは明白だが、これほどスムーズに結束できるとすがすがしいものがある。レオンハルトは、ディアス、ジェラルド、クェンティンの三名に向き直って言った。

「そういうわけだから、お前らは心配するな。俺には国家権力がついている。絶対に殺されやしないよ。任せておけ」

 ディアスとジェラルドは目に涙すら浮かべて、それぞれにレオンハルトに訴えた。

「レオさん、俺たち途中まで着いていきますから、危なくなったら大声で呼んでくださいね。命張って助けますから」

「お、俺も」

「俺も!」

 突如、クェンティンがダンデライオンの二人に負けじと声を上げた。レオンハルトは少し困惑した表情を浮かべ、向こう見ずな弟分に向かって言った。

「おい、クー。お前はメンバーじゃないだろう。前途ある優等生なんだから、おとなしくしておけ」

「そんなこと、どうでもいいですよ。レオ先輩を想う気持ちは、誰にも負けません!」

 クェンティンの熱弁を聞くや否や、ジークリンデが小さく声を上げ、顔を赤らめてうつむいた。彼女には関係ないはずだが、何かよからぬ想像でもしたのだろうか。

 レオンハルトは苦笑いしながらも、こういう和気藹々としたのもたまには悪くないと、内心ひそかに思うのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。