文豪ストレイドッグス 武装探偵社の密偵 作:ヴィルヘルム星の大魔王
武装探偵社の入社試験を見事に合格した中島敦は、太宰発案の社内見学で事務所内を見て回った。一通り見学を終えた二人は、事務所内にある仕事場兼リビングルームに戻る。
「太宰さん、僕に会わせたい方がいると言っていましたけど⋯その人は今から来るのですか?」
「そっか、まだ彼とは顔合わせしていなかったね。ふふふ、きっと驚くよ」
問い掛けられた太宰は、ニヤリとした顔で敦を見る。敦は、太宰の不気味な笑みに身体が強張る。
「敦君。私達が入室する前から、彼は部屋に居たよ」
太宰がそう呟いた瞬間、敦の肩に手が置かれた。敦の背中に悪寒が走る。顔を蒼褪めた敦は、顔を振り向ける。そこにいたのは、一人の男だった。
「やあ」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
言葉にならない悲鳴を上げた敦は、太宰の背中に隠れた。心做しか、白虎の耳と尻尾の幻視が見える。太宰は、敦の心境をお構いなしに、突然現れた青年の前に立つ。青年の姿は、紺色の作務衣姿に短く刈り上げられた坊主頭の風貌で、何処ぞの修行僧にしか見えない。
「紹介しよう!彼は武装探偵社の密偵担当!山本有三君だ!ほらほら、有三君!ご挨拶ご挨拶!」
「驚かせて済まない。紹介に預かった山本有三だ。武装探偵社の仲間として歓迎するよ。中島敦君」
「あ、よろしくお願いします。山本さん」
有三は挨拶の握手を求め、敦もその手を握る。そして、敦の眼を見ながら、ある言葉を口にした。
「無論、君が白虎であることは既に知っている。某は近くで見ていたからな」
「へ?見てた?」
敦は、彼の言葉に目が点となる。前日、彼は自身の異能力『月下獣』を暴走させた。道中に立ち会った太宰の異能力『人間失格』により、事なきを得る。しかし、胸の奥底では、己の異能力に対する抵抗感があった。過去の経歴から、自分の異能力がトラウマだった。
「ああ、敦君が白虎として廃倉庫で暴れまわっている所から太宰の異能力で無効化されたところまで隈なく見ていたぞ」
敦は、彼の言葉に呆然となる。当たり前だ。目の前にいる男が、危険極まりない暴走状態の敦を近くで見物していたのだ。
「いやー中々迫力のある姿だったよ。白虎に変身する異能力だってね?某の地味な異能力と比べて、戦闘向きで羨ましいよ。某の能力は地味だし、裏方的存在だし⋯ははっ、笑えよ」
有三は、床に指先をぐりぐりと動かし、意気消沈する。急に落ち込んだ彼の様子に、敦は焦りから太宰を見る。敦の視線を察した太宰は、敦を落ち着かせる。
「敦君、気に障る必要はないさ。彼は、かなりの卑屈屋でね。偶にこうして自虐の海に入水しているのだよ」
いじけていた有三は、いきない立ち上がり、敦に己の異能力を曝け出した。いまいち距離感が掴み辛いタイプの人間だ。
「某の異能力は、『路傍の石』。某の存在自身を相手の認識外に逸らす能力だ。この能力を情報収集から敵地への潜入に活用している」
「え、えっと?存在…逸らし…なんですか?」
有三の説明に、敦は脳味噌をフル回転させるも頭から煙を出す。それを見かねた太宰は、助け舟を出した。
「敦君でも解りやすく言うとね。めっちゃ影が薄くなる!周りの景色と同化するカメレオンに近いね。能力使ってなくても彼の影は若干薄いけど」
太宰の言葉を聞いた有三は、またもや部屋の隅でいじける。その姿を見た敦は、太宰に物言いたげな目を向ける。太宰は、目を逸らして口笛を吹いた。有三は、静かに異能力を発動させ、二人の視界から姿を消す。敦は、鼻をスンスンと鳴らして、ニオイを嗅ぎ捉える。
「姿は見えませんが、山本さんの微かなニオイを感じますよ?」
「ふむ、異能力の影響で嗅覚が敏感になっているようだね。変身系の異能力者相手からは気付かれるかな?」
太宰は、敦の言葉に私見を述べる。有三にとって、獣化する敦の存在は弱点ともいえよう。話を聞いた有三は、敦の眼前に現れる。またもや、驚いた敦。
「敦君の入社祝いだ。高級和食屋の高級茶漬けには遠く及ばないが、某が茶漬けを馳走しよう」
「へ?お茶漬け?」
有三は、探偵社の台所に赴き、テキパキと手際よく料理を作る。数分後、敦の目の前には、一杯のお茶漬けが差し出された。
「某の故郷、下野国の湯波茶漬けだ。ご賞味あれ」
「い、頂きます」
箸と茶碗を渡された敦は、茶漬けの上に乗っている豆腐の膜『湯波』を眺める。豆乳の香りが、彼の鼻腔内をくすぐり、腹の虫が鳴る。
敦は、茶碗に口を付け、茶漬けを啜る。その直後、彼の脳天に雷が落ちた。眼を見開いた敦は、飯を掻っ込む。美味しそうに食べる敦の姿を見た太宰は、喉を鳴らすように唾を飲み込む。
「山本くん山本く〜ん?私の分は〜?」
太宰は、有三の両肩を揺すり、茶漬けをねだる。有三は、嫌がることなく太宰に茶碗を突き出した。
「焦るな、太宰の分も作っておる」
「やっほーい!山本くんのお茶漬け大〜好き!」
エプロンを脱ぎ、一息ついた有三は、音もなく入ってきた一人の少女に目を向ける。
「む、君は?」
「私は泉鏡花。敦と一緒に武装探偵社に入社した」
鏡花の顔を見た瞬間、彼の脳内に電撃が走る。鏡花のつぶらな瞳、艶のある黒髪、小柄な体格。栗鼠のように愛らしい顔立ち。赤を基調とした和服。彼女の姿は、日本人としての感性を擽る。彼は棒立ちとなり、硬直化した。
(何だ?この子の顔を見た瞬間に体中を駆け巡る・・・言葉では表しづらい惹かれ合うような感覚は!?)
突如として、有三の脳内に溢れ出した存在しない記憶。
「鏡花~某と追いかけっこだ~」
「兄さん待ってよ〜」
緑に生い茂る原っぱを駆ける二人、幼い姿の鏡花が有三を追い掛けていた。場面は切り替わり、鏡花はシロツメクサの花冠を頭に被り、有三に笑顔を向けていた。妄想の世界から帰還した彼は、鏡花の両手を掴む。鏡花は、目の前の男の行動に狼狽える。
「どうやら、某達は生き別れた兄妹のようだな」
静かに涙を流す有三。兄妹という単語に驚愕する三人。鏡花は、敦の背中に隠れ、恐る恐ると彼を見る。有三の言葉に困惑した敦は、鏡花に問い掛けた。鏡花は、敦の言葉をやんわりと否定する。
「鏡花ちゃんは、山本さんの妹だったの!?」
「違う。私とあの人は初対面。それに⋯私に兄弟はいない」
「どうやら、鏡花ちゃんを見て過剰な庇護欲が出たらしいね。それも、歪みに歪んでいる。彼とは入社以来からの長い付き合いだけど、業が深い」
太宰は、知り合いの新たな奇行に思わずドン引きした。自殺を趣味と自負する太宰といえど、人並みの感性は失われていなかった。
「何を騒いでいる。部屋の外まで声が漏れていたぞ」
武装探偵社の経理を担当する国木田独歩は、スケジュール帳片手に入室してきた。有三は、国木田に近付き、自身の妄言を伝える。国木田は、珍しく気分が高い有三を前に眼鏡をクイッと上げる。
「独歩ちゃん!独歩ちゃん!某には妹が居たようだ!某は全力でお兄ちゃんを遂行するぞ!」
「山本、気でも狂ったのか。お前の口にした言葉は、妄言と言うのだ。それと独歩ちゃん呼びをやめろといつも言っているだろうが!」
数分単位の予定を狂わせられた国木田は、手元の手帳で彼の頭を叩く。手帳の角が有三の脳天に炸裂し、有三は涙目で頭を押さえた。
(さ、流石は、一癖も二癖もある武装探偵社!山本さんも例外じゃなかった!?)
敦は、山本有三も癖の強い武装探偵社の先輩であると認識し、服を掴む鏡花を見て、苦笑いする他なかった。
(でも、山本さんのお茶漬け美味しかったなぁ)
先ほど口にした湯波茶漬けの味を思い出し、知らぬ間に餌付けされていた敦であった。