お前に合った訓練を教えてやる、と父は言った。
『
視野を広げ······え······?と矛盾していることに疑問を浮かべた僕に続けて言う。
『お前はあの母さん譲りで視野も感覚も鋭い。これは悪いことじゃなくて冒険者ならむしろ利点、才能と置き換えてもいいぐらいだ』
父は手頃な木の棒を二つ見つけては僕に渡し、その場で構えを取る。
僕は遠慮なく打ちこむが、絶妙な力加減で切っ先を剃らされるせいで父に当たらない。
意地になって苛烈に打ち込む。風景まで捉えていた視野が父の上半身まで狭まり、そして最後には──
『もっと集中しろ。視覚に入る全ての情報を最大限に取り入れて、最小限に削ぎ落とせ』
スパーン、といつの間にか背後に移動した父が僕の頭を叩いた。痛ぁ。
『お前は視野も感覚も鋭い、同様に視覚情報を整理する能力が一段と高い。そして全視野において濃いわけじゃなくて、ぐぐーっ···と限界まで狭めて能力を上げている。つまり──』
『視野を広げたまま限界まで狭めろってこと?』
視野を広げて情報をたくさん収集し、そのまま狭めることで情報処理能力を向上させる。
僕の返答に、父は笑みを浮かべて頷いた。
『それができれば、相手がどう動くかが分かる。······あ』
『貴方、リント。三軒隣の人から頂いた野菜で作ったご飯よ』
『見ていろ、母さんは得意だぞ』
夕飯の支度を終えた母は、包丁を片手に父に近づく。微笑んではいるが、目が酷く冷たい。母にとって嫌なことがあったのだろう、こういう時は決まって父が刺される。
逆手に持った包丁を振り上げ、そのまま振り下ろされると予想した父は華麗に
ぐさっ。
『ギャアアアアアアアアアア!!?』
視野を広げて父の全身を捉え、視野を狭めて後方に下げる足の位置を完璧に把握。
母は父との間合いを調整して刺したのだ。
『······勉強になったなぁ』
「ちょこまかと!」
時は戻って十八階層。僕を殺害した下手人と一騎討ちを演じており、一撃が即死になり得る相手の攻撃を全て見切っては躱していく。
酒場で戦ったベートより強くアイズを追い詰めた敵だから推定Lv.6級ではあるが、
あれから数年。父の
······お前に合った訓練、か。この訓練は本当に僕に合っていたため、父はオラリオでも名のある冒険者だったはずだ。【ロキ・ファミリア】は何か知っているのかな?
······しかし、その父を包丁で刺している母は何者なんだマジで。
「──ハァッ!」
躱せるだけでは相手を倒せない。だから視覚を活かした攻撃をしてみたが、
「ッ、その程度ッ!」
高耐久の前に刃が通りにくく、薄皮一枚がやっとである。
「妙な武器を使う、魔剣か?」
「
自傷して検証した結果である。
相手は煩わしいと言わんばかりの表情を浮かべるだけで、僕のように傷は勝手に治るみたいだし決定打になっていない。
──リィン、リィン。
チマチマと傷を作るだけで倒せるような相手ではないので、自分が出せる最高出力をぶつけることにする。
「その音は······
「あれタイタン・アルムって言うんですね。······今なら見逃しますよ?」
「そうさせてもらう。今の私が喰らえば塵一つ残らないだろうからな」
逃げる選択肢はないらしい。勇猛で度胸ある人間というのは厄介極まりない──
「······て、はぁ!?逃げるんかい!」
「
潜ませていた花のモンスターが大量に姿を見せる。逃走、というより目的達成した後の撤退のための手段として用意していたのだろう。
しかし関係ない。このチャージによって底上げされた魔法の威力があれば、撤退手段の食人花諸とも焼き払うことが可能である。
食人花の口の中に潜る女性と、その女性を隠すように立ちはだある無数の食人花。溜まりきっていない最大出力ではなくとも、十と数秒稼いだチャージなら倒しきれる!
「【バラエ──」
「いや~!噂で聞いた都市外のLv.4······今はLv.5だっけ?どんなものか気になって観てたけど、まさか
一部始終を観ていた
好奇心旺盛な神々が未知が溢れるダンジョンに侵入しないのは、"蓋"をして閉じ込めた神々に憎悪と殺意を滾らせていることを知っているから。
侵入を察知したダンジョンは、神々を殺すための刺客を直ぐ様解き放つ。冥府の神は、レヴィスを撤退させるために
『───────』
「やっべ、なんか思ったより強そうなの出るくない?······まあ、いいか!頑張ってなんとかしてよ!じゃないと君が助けた周りの冒険者はおろか君が庇った【剣姫】ちゃんが死んじゃうよ?小さな
これは足止め?嫌がらせ?それとも処刑?
違うよ!
無力な人間を守り強者を屠る、そんな
揺れが収まったダンジョン十八階層、その天井を突き破って現れるは漆黒のモンスター。
四つの黒翼を広げ、両手両足から伸びる破爪をぶら下げ、咆哮を上げずとも格下を問答無用で萎縮させ麻痺させる鋭い眼光。
神殺しの刺客が捉えたのは逃げ惑い怯える冒険者、階層内で一番の強者であるLv.6の二人、食人花と共に地中へ潜る怪人、神々に次ぐ忌々しい精霊の力を持つ剣の姫──の
「──がぁぁぁぁぁ!!?」
天井を突き破って現れた黒い影は、強力な光を奔流させる小さな半妖精に突進し、幾つもの水晶を破壊しながら壁際にまで姿を消した。
夕方に聞こえる父の断末魔は村では夕飯の合図だったりする。大人は仕事を切り上げ、子供は友達と解散して家に帰る。
今回刺されたのは、お裾分けしてくれたのは父に気があるのでは?これって浮気?浮気だね!と拡大解釈した結果。いつものように父を刺したら、あ、これ普通にお裾分けだわと冷静になる。矛先は常に父に向いているため他人には絶対に攻撃しない。
刺客。
言わずと知れた神殺しのモンスター。これにより回想とレヴィス戦が前座になった。
ゴライアスかと思った?違うよ!竜種だよ!
漆黒、巨体、竜種······うっ、女の子のトラウマが!