圭一郎は、巻き戻しが終わったテープを取り出してケースに入れる。それを見ながら2Bも思考を巡らせる。
現在の自分にはヨルハとしての戦闘力は無い。
機械生命体もまだ来ていない。
今の私には、任務もそれを遂行する能力も無い。
私は何を目的にどう行動すれば良いのだろう。
この身体も、観測できる範囲では人間だ。
どこまで人間なのだろうか?
生体部分の内側は、さっき見た映画の、執念の塊のような怪物なのだろうか?
もし、精神科医がいたなら、今の2Bの状態をアイデンティティクライシスと評したに違いない。
一方の圭一郎も、その不安そうな2Bの表情を見ながら、寝る場所をどうしようかと思案していた。
ベッドはシングルだ。余分な布団は夏用とタオルケットこそあるものの、敷き用のマットは無い。いや、こたつ布団を出せば凌げるか。
夜羽にはベッドに寝てもらって、自分はこたつ布団を使えばいいだろう。
「夜羽、君はこっちで寝てくれるかな。僕はこっちに布団を準備するから」
「私に睡眠の必要は無い」
「アンドロイドならね。でも、今の君は違うんでない?
ところで、もしかして、眠ったことも無い?」
「メンテナンス時に休止モードに入ることはあるが、それは時間が停止したように認識される。だから、睡眠という自覚は無い」
「じゃ、それも経験だ」
圭一郎が向けた笑顔が、2Bの堂々巡りする思考に、別の方向を与えた。
「ケイイチロウ。
今の、私は、……以前と、違うようだ」
「僕は君の『以前』を知らないけど、今の君は、君の言う『以前』とは違っていると思うよ」
「私は、戦場で孤立しても、戦力的に圧倒的に不利な状況でも、ただ任務を遂行するのみで、それ以外のことは考えたりしなかった。
でも、今の私は……」
「多分、いろいろ変わって不安を感じているんだと思う。それは、人間だったら当たり前のことだよ」
「今の私には、任務も無く、あっても遂行する力が無い。私は、どうすればいい?」
違う! 私が言いたいのは、こんなことじゃない。
情報共有? 迂遠? きっと、みんなそうなってしまう。あの本の通りに。
ケイイチロウと一緒にいたい。放さないで欲しい。眠って起きたら、ケイイチロウがいない世界で目を覚ますかも知れない。そう考えると、何を考えても不安に押しつぶされそうになる。
「夜羽?」
圭一郎が2Bの肩に手を置くと、彼女の肩が撥ねる。彼女は立ち上がり、頼りない足取りで二歩進み、圭一郎の胸に顔をうずめた。圭一郎は左手を背中に回すと、右手で彼女の頭を撫でる。
「ケイイチロウ……」
「夜羽がしたいことを見つけるのが、この世界での目的なんじゃないかなぁ」
2Bは、後頭部の優しい感覚に、堂々巡りしていた考えが崩れていくような錯覚を覚える。
なぜ映画の二人は、あれほど簡単に距離を縮められたのだろう?
2Bは自身の手をケイイチロウの背に回そうとし、数瞬躊躇って降ろした。
これまで、どれほど強大な相手にも怯んだことの無い彼女だったが、あとほんの少しの前進ができなかった。