2Bの周囲は、見慣れた廃墟都市だった。
側には休止状態のポッド042が横倒しになっている。
「戻ってきた、のか……」
周囲の景色がゆがんでゆく。
彼女は膝をついた。
初めは肩をふるわせる嗚咽だけだった。
彼女はバイザーを外し、慟哭した。
その声を聞いたのは廃墟と、野生動物だけだった。
どれだけ泣いただろうか。2Bはバイザーを着け直し、ポッドを再起動する。
「疑問:なぜ私はここに居るのか」
「あなたは私の随行支援ユニットだから」
「報告:ログの欠損を確認。
欠損前の記録は、2Bと共通した外見的特徴を持つ女性に出会ったところで終わっている。
疑問:女性? 人類は地上に生存していないはずだが、文明を築いた比較的大きなコロニーが記録されている。
警告:ハッキングもしくは深刻なウィスル汚染の危険あり。
要請:速やかなメンテナンスの実行」
「とりあえず、9Sと合流してからにしよう。それまでは隔離モードで随行を継続して」
「了解。
報告:欠損したメモリの復元は出来なかったが、音声バッファに最後の記録が残っている」
「内容は?」
「『気高きものよ』」
ゴールデンウィーク初日の惨劇は、死者こそ出なかったものの、消防および警察関係者に、少なくない重軽傷者が出た。加えて、建物や車両の被害も大きかった。
警察関係者の証言にあった刃物を持った女は忽然と姿を消した。また、破壊活動を行った機械の残骸も痕跡すら残さず消えており、破壊されたもの以外の物証がほとんど遺されていない。偶然撮影された不鮮明な映像だけが、破壊活動を行った機械とそれらを破壊した女の存在を証明する、唯一の物証である。
当局は、重要参考人としてその女を追っているが、手がかりすら掴めず、やむなく映像を公開して情報提供を求めている。しかし、その映像は不明瞭で、静止画よりも動画の方が対象の形を判別できるものだった。
今回の事象については、日本よりもむしろアメリカの方が事態を重く受け止めており、秘密裏に調査を行っているが、成果は芳しくない。
一部の幼児から、特撮番組と混同したと思われる証言があったものの、引率の保育士も含め、黒服に白髪の美女であること以外に共通項目が見られず、証言が映像公開後だったこともあり、重視されていない。
人間の領域を超えた運動能力と目隠しをした風貌から、ギリシャ神話に登場する女神テミスの化身ではないかと言う者すら少なくない。
「ただいま」
圭一郎が部屋に戻っても、返事を返してくれるものはいない。
部屋には、まだ着けていない下着も含め、夜羽の痕跡は残されていなかった。
ただ、シンク横の水切りかごに二人分の食器があったことだけが、彼女が確かに存在したことを示していた。