こんなことはあり得ない。
私は、ヨルハ二号B型汎用戦闘アンドロイド。
彼女は混乱し、思わず頭を抱えてしまう。搔きむしりたい衝動に駆られ、持ち前の冷静さでなんとか思い留まる。いや、以前はもっと簡単に感情を抑制できたように思う。
思考の断片が次々と浮かび上がり、それを押しとどめられない。まるで循環参照によるループを止められなくなったようだ。あるいは、状況を受け止めきれないことは、巡回冗長エラーを修復できない状態に似ている。
本来ならそれを検知した瞬間に、対応シークェンスが始まるはずだが、その気配が無い。
と、肩に温かい感触。圭一郎の手だ。
「大丈夫か?」
「私は……、私は、ヨルハ二号B型汎用戦闘アンドロイド。2Bでいい。敬称は要らない」
圭一郎が戸惑いながらも2Bの目の下そっと拭ったことで、彼女は自身が涙を流していたことに気づいた。圭一郎と目が合う。
「夜羽さんの方が、君には似合っていると思う。
2Bじゃ堅いし、『to be or not to be』みたいで、あまり好きじゃないな」
「なら、ヨルハで……、いい」
「そうか」
圭一郎はうれしそうに微笑んだ。その微笑みは、2Bが知る誰かに似ていた。髪の色も、体格も違っているのに。
肩に乗せられた手から伝わる体温に呼応するように、2Bの胸の奥が暖かみを増した。思わず胸に手を当てる。
そのとき、これまでに無い違和感を覚えた。ブラックボックスが収まっているはずの胸郭から、記憶に無い異質な振動が手を伝わってくる。
義体にも異変がある!
毎秒二回弱だろうか、胸に当てた手に振動が伝わってくる。
「この振動は……」
肩に乗せられた圭一郎の手を自身の胸に運ぼうとすると、圭一郎は慌てて腕を引っ込める。
「そ、それは……、心臓の音じゃないかな?
こっちと比べてみてよ」
圭一郎は2Bの手を取り、自身の胸に当てる。
2Bの手に力強い鼓動が伝わってくる。
「これと同じだろ?」
「あなたのは、私よりゆっくりだ。
でも、同じ種類のもののように思う」
「なら、心臓の音だ。生きてるってこと」
「私は『生きて』いる」
2Bは先よりも力を込め、強引に圭一郎の手をとり、自身の胸に当てた。圭一郎の目をじっと見つめる。
「私は、生きて、いる」
圭一郎は無言で何も返さない。
「ケイイチロウ? あなたの心音、間隔が短くなっている」
「そ、それは、仕方が無いというか……。
君みたいな美人に見つめられて、こんなことされたら……」
2Bにとっては単なる確認作業であったが、それが人類においては繁殖行動の前段階のそれに似ていることを思い出した。
ここにポッドが居たなら、二人の鼓動と体表温の上昇を検知したに違いない。
2Bは、慌てて手を離し、目をそらす。
今までなら、こういった情報は瞬時に検索し、行動にフィードバックできたはずだった。そして自分の胸に響く『生命の音』 その意味を、2Bはまだ受け止めきれずにいた。