チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語 作:Valkiria
1.幕間:悲劇のヒロインの来訪
サッカーでの圧倒的な蹂躙劇を終え、俺たちは次の種目までの束の間の休息を取っていた。
ベンチに座る俺の両脇には、柊夕湖(ひいらぎ ゆうこ)と七瀬悠月(ななせ ゆづき)が侍っている。
彼女たちは先ほどのゴールの興奮を語り合っていた。千歳朔という「敗者」を即座に切り捨て、新たな「勝者」に乗り換えるその生存本能。浅ましくも、生物としては優秀だ。
「……ああ、運が良かっただけだよ」
俺は彼女たちの媚びを含んだ称賛を適当に聞き流す。
その時だ。
コートの向こうから、一人の女子生徒が息を切らして駆け寄ってきた。
肩で息をするその瞳には涙が溜まり、怒りと悲しみで小刻みに震えている。
「ねえ! 朔に何したの!?」
悲痛な叫び声。
夕湖と悠月が「げっ」という顔をして、バツが悪そうに視線を逸らす。
**青海 陽(あおみ はる)。**
藤志高校2年生の体育会系女子。小さな身体にエネルギーを詰め込んだように快活で、クラスをいつも明るく照らすムードメーカー的な存在だ。
バスケ部ではエースとしてコートを駆け回り、悠月とのコンビは折り紙付きの実力者。
そして――次のバレーボールの対戦相手である2年1組の中心選手。
(……なるほど)
彼女は正しく、千歳朔に想いを寄せていた。
そして、彼女は自分の試合に向けて入念にアップをしていたためか、先ほどのサッカーでの虐殺劇(ワンサイドゲーム)の一部始終を見ていない。
俺という存在がどれほど危険か、千歳がなぜ壊れたのか、その過程(プロセス)を知らない。
ただ「想い人を傷つけた悪人」として、俺を糾弾しに来たわけだ。
「朔、保健室でずっと泣いてるの……! 声かけても返事してくれないし、まるで魂が抜けた抜け殻みたいで……!」
「…………」
「貴方がやったんでしょ!? 朔があんなになるなんて、よっぽど酷いことしたに決まってる!」
彼女は悲しさと怒りに顔を歪ませて、俺を睨みつける。
怒りというよりは、深い悲しみ。大切な人が壊されたことへの喪失感。
はたから見れば、悪役に立ち向かう「悲劇のヒロイン」の構図だろうな。
俺はスポーツドリンクの蓋を開けながら、冷めた視線で彼女を見下ろした。
事情も知らず、感情だけで突っかかってくるその純粋さ。
千歳朔の「被害者性」だけを信じ込み、俺を「加害者」と断定する短絡的な思考。
「……俺はただ、サッカーをしただけだよ。勝負に負けて泣くような男だったとは知らなかったけどな」
俺が淡々と事実を告げると、陽の目から大粒の涙がこぼれた。
「っ! よくそんな冷たいこと言えるね……! 人の心とかないの!?」
俺の隣で、夕湖と悠月が気まずそうに沈黙している。
彼女たちは知っているからだ。千歳が壊れたのは、俺の理不尽な暴力のせいではなく、千歳自身の器の小ささと、俺との間にあった絶望的な実力差による「必然」だったことを。
だが、それを陽に説明する気概も優しさも、今の彼女たちにはない。
「許さない……」
陽は乱暴に涙を拭い、真っ直ぐに俺を指差した。
「次のバレー、絶対に負けないから。朔の敵(かたき)、あたしが討つ!」
宣戦布告。
(……敵討ち、か)
美しい友情と愛情だ。
だが、彼女は知らない。
その純粋な熱量こそが、次のゲームで彼女自身を焼き尽くす燃料になることを。
感情で勝てるほど、物理法則(このせかい)は甘くない。
俺は一口ドリンクを飲み、無表情で答えた。
「ああ、期待しているよ。……せいぜい、楽しませてくれ」
そして、男女混合バレーボールの予選が始まった。
周囲の期待は最高潮に達していた。サッカーであれだけの神業を見せた俺だ。バレーボールでも、コート上の支配者として君臨するはずだと、誰もが疑っていなかった。
だが――現実は、そう単純なものではなかった。
「――っ、しまっ……!」
俺がレシーブしたボールが、大きく軌道を逸れてコート外へ飛んでいく。
まただ。
力の加減が合わない。
何を隠そう、俺はバレーボールが苦手だ。
いや、正確に言えば「経験がない」。
これまで俺は、圧倒的な身体能力で全てを誤魔化してきた。走る、跳ぶ、蹴る。それらは身体の出力を最大化すれば事足りる動作だ。
だが、バレーボールは違う。
柔らかいタッチ、回転の制御、味方へのパスという「思いやり」にも似た繊細な技術力が求められるスポーツだ。
0か100かの出力しか知らない今の俺にとって、この「加減」という領域は未知のブラックボックスだった。
「ドンマイ綾小路くん! 次いこ次!」
「……珍しいわね。貴方でもミスをするなんて」
夕湖と悠月が声をかけてくるが、その声には僅かな戸惑いが混じっている。
『もっと凄いプレーをするはずなのに』という疑念。
俺は無言でポジションに戻る。
予選の俺の活躍は芳しくない。
スパイクを打てば、打点が高すぎてアウトになる。
ブロックに跳べば、タイミングが早すぎて吸い込みを誘発する。
身体能力だけでカバーして、なんとか「普通レベル」のプレーは維持しているが、サッカーの時のような支配力は皆無だった。
(……思ったより適応に時間がかかるな)
俺は汗を拭いながら、脳内で急速に計算を回していた。
勘違いするな。
俺は「できない」わけではない。
ボールの弾性係数。床の摩擦。ネットの高さ。
それらのデータを収集し、俺の規格外の肉体出力と適合(アジャスト)させるのに、少し時間がかかっているだけだ。
出力100から、状況に応じて3、あるいは15.5へ。
ただ、学習に時間がかかるだけで。
一度理解(わか)ってしまえば、そこから先は蹂躙の時間だ。
そして、気づけば決勝戦。
ネットの向こうには、青海陽率いる2年1組が待ち構えていた。
「よくここまで来たわね、悪魔!」
陽がネット際で啖呵(たんか)を切る。
その瞳は燃えていた。千歳朔の無念を晴らすという、復讐心と正義感のハイブリッド。
だが、俺の視線は彼女を通り越し、その隣に立つ長身の男に向けられていた。
「よぉ。お前が噂の転校生か」
人懐っこい笑顔だが、その目の奥には隠しきれない敵意が宿っている。
**浅野 海人(あさの かいと)**。
俺は軽く観察する。
筋肉の付き方、重心の安定感。明らかに運動部(スポーツマン)のそれだ。
彼は男子バスケットボール部所属。千歳朔や水篠和希とは親友同士で、よく3人でつるんでいる。いわゆる「カースト上位のリア充グループ」の一員だ。
陽曰く、気になる女子には片っ端からアピールしているが、その軽さが災いしてか一つも実っていないらしい。
だが、その根は熱く、相手の事を考える事ができる優しさを持つ男。
「朔が世話になったみたいだな」
海人がボールを片手で弄びながら、低く告げる。
彼にとって千歳は、ただの知り合いではなく、心を許した親友だ。その親友が精神崩壊するまで追い詰められたのだ。怒らないはずがない。
「あいつは優しいからさ、自分だけで抱え込んじまうんだよ。……だから、俺たちが代わりに借りを返す」
海人が拳を突き出すと、陽もそれに頷く。
熱い友情だ。身体能力に優れたバスケ部コンビ。そして、千歳のためにという強固なモチベーション。
(なるほどな。一筋縄ではいかなそうだ)
俺は口元だけで微かに笑った。
これまでの相手のような「ただのクラスメイト」ではない。
明確な殺意と実力を持った敵。
だが、それがどうした? 敵が強ければ強いほど、へし折った時の音はよく響く。
**ピィィィッ!!**
開始の笛が、決勝戦の幕開けを告げた。
試合が進む。
スコアボードの数字は**18-22**。
終盤戦。4点ビハインド。
バレーボールという競技において、この点差は致命的だ。流れは完全に相手チーム、2年1組にある。
「海人! ナイッサー!」
「陽ちゃん、拾って!」
コートの向こう側では、浅野海人と青海陽が躍動していた。
海人のバスケで培った跳躍力と滞空時間は、ネット際の空中戦で圧倒的な制空権を握っている。
対する俺たち2年5組は、防戦一方だった。夕湖と悠月は必死にボールを追っているが、焦りからミスが目立つ。
そして俺自身も――まだ、未完成だった。
「チャンスボール! 決めて、海人!」
陽が上げた絶好のトスアップ。
ネット際。浅野海人が、その長身を沈み込ませ、床を蹴った。
「うおおおおおおお!!」
気合の咆哮と共に、彼の体が宙に舞う。
高い。
彼は空中で体を弓なりに反らせ、右腕を鞭のようにしならせた。
千歳の無念を、俺たちへの怒りを、全てその掌に込めるように。
これまでの俺なら、反射的にブロックに飛んでいただろう。
だが。
(……見せてみろ、お前の「最高」を)
俺は動かなかった。
ブロックに飛ばない。レシーブの構えすら取らない。
ただ、ネットの前に棒立ちになり、頭上から迫りくる海人を見上げた。
「なっ……!?」
背後の夕湖が息を呑む。
諦めたのか? 圧倒的な高さにビビったのか?
違う。
俺の瞳は、海人の動作を極限までスローモーションで分解していた。
踏切の足の位置。腰の捻転。振り上げられた左手のガイド。そして、右手がボールを捉える瞬間の手首のスナップ。
重力、回転、インパクト。
バレーボールという競技における、理想的なスパイクのフォーム(正解)が、そこにあった。
**ドンッ!!**
**バァァァンッ!!**
海人のスパイクが、俺の足元の床に強烈に叩きつけられた。
一歩も動かず、手も出さず。完全なるスルー。
18-23。点差は5点。
「よっしゃああああ!!」
海人が着地し、拳を突き上げて叫ぶ。
会場のボルテージは最高潮だ。「すげぇ!」「あの転校生、一歩も動けなかったぞ!」という声が聞こえてくる。
味方の陣営からは、絶望と困惑の色が浮かんでいた。
だが、俺はゆっくりと、自分の右手を顔の前に掲げた。
開いたり、閉じたりする。
指先の神経、筋肉の連動、視覚情報との同期率。
今の海人のスパイク。その全ての情報(データ)が、俺の脳内で体系化され、既存の身体能力(スペック)と完全にリンクした。
最後のピースが埋まった。
(……ああ。それだ)
今まで感じていた微細なノイズが消え去り、クリアな回路が開通する感覚。
俺は前髪の隙間から、歓喜に沸く海人と陽を見据えた。
笑えよ、勇者たち。
お前たちが見せたその「正解」が、お前たち自身を葬る凶器になるとも知らずに。
(――成ったな)
俺は静かに拳を握りしめた。
俺の学習(インストール)は、今この瞬間、完了した。