チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語   作:Valkiria

15 / 49
【バレーボール編・第3章:盾を砕く鉄槌と、禁断の脚撃】

「……ん、っ……まだ……」

 

 静まり返った体育館に、掠れた声が響いた。

 担架に乗せられようとしていた青海陽が、震える手で教師の腕を払い除けた。

 彼女は床に手をつき、脂汗を流しながら、ゆっくりと上体を起こす。

 その顔面は無惨だった。鼻は青黒く変色し、詰め物をした鼻の穴からは鮮血が滲み、右目の周りはどす黒く腫れ上がって完全に塞がっている。

 まるでボクシングの敗者だ。

 

「陽! 無理するな! もういい、下がれ!」

 

 浅野海人が悲痛な声で叫ぶ。だが、陽は首を横に振った。

 

「やる……。ここで下がったら……朔に合わせる顔がない……」

 

 ふらつく足取りで立ち上がる陽。その執念は、観衆に感動を与える一線を越え、もはや「狂気」として映っていた。

 

「ふざけるなッ!!」

 

 ネット越しに、怒号が飛んできた。

 海人だ。彼は充血した目で俺を睨みつけ、ネットを掴んで揺さぶった。

 

「おかしいだろ! 何度も何度も! 偶然で二回も顔面にいくわけねえだろ!」

 

 彼の怒りはもっともだ。スポーツマンとしての倫理、人間としての道徳。その全てをかなぐり捨てた俺のプレーに対し、彼の感情は爆発寸前だった。

 

「相手は女子だぞ!? しかも怪我してるんだぞ!? これ以上狙うな! 恥ずかしくないのかよ!」

 

 唾を飛ばして怒鳴る海人。周囲の生徒たちも、同調するように俺を白い目で見ている。

 俺は表情をスッと緩め、困ったように眉を下げてみせた。演技(パフォーマンス)の時間だ。

 

「……すまない。わざとじゃないんだ」

 

 俺は殊勝な態度で頭を下げる。

 

「さっきも言ったけど、俺はバレー初心者でね。一生懸命打とうとすると、どうしても力が入りすぎてコントロールが効かなくなるんだ。……彼女がそこにいたのも、不幸な偶然だよ」

 

「嘘つけ! あんな正確に狙っておいて!」

「信じてくれなくてもいい。でも、俺だって女の子を傷つけたいわけじゃない。……本当に申し訳ないと思っている」

 

 俺は淡々と、しかし誠実そうに語る。「初心者」という免罪符と、「真剣勝負の結果」という言い訳。証拠はない。

 海人は拳を震わせていたが、俺が謝罪した以上、これ以上食ってかかることはできなかった。

 

「……次はねえぞ。もし次、陽に当ててみろ。俺がテメェを殺す」

 

 海人は吐き捨てるように言い放ち、ポジションに戻っていった。

 

### 2.盾を砕く鉄槌

 

 **ピィッ。**

 

 試合再開の笛が鳴る。会場には、どこかしこりが残ったような、重苦しい空気が漂っていた。

 俺はボールを手に持ち、エンドラインに立った。

 対角線上には、片目が塞がった状態で構える陽がいる。

 海人は彼女を庇うように前に立ち、俺を殺さんばかりに睨んでいる。

 

(……やれやれ。怖い怖い)

 

 俺は心の中で嘲笑った。

 あんなに怒鳴らなくてもいいだろう。俺だって話の通じない怪物じゃない。

 お前がそこまで言うなら、要望通りにしてやるさ。

 

 俺はボールを高く放り上げた。助走。跳躍。

 海人の視線が、俺の目線を追う。『どこだ? また陽か?』

 彼は警戒している。俺がまた陽の顔面を狙うことを。

 

 安心していいぞ、浅野海人。俺は約束を守る男だ。

 

(ああ、狙わないさ――――)

 

 俺は空中で右腕を振り抜いた。ターゲットは、陽の顔面ではない。

 

(**青海の顔は、な**)

 

 俺の手から放たれたボールは、唸りを上げてネットを越えた。

 その軌道は、一直線に青海陽の方へと向かっていた。

 陽が身を強張らせる。『また来る!』

 

「させるかよッ!!」

 

 海人が動いた。

 彼は陽の盾となるべく、その長身を投げ出すようにして射線上に割り込んだ。

 彼の思考は単純だ。『陽を守る』。その正義感と騎士道精神が、彼の判断を鈍らせ、視野を狭窄させていた。

 彼はレシーブの体勢を取り、腕を組んでボールを迎え撃とうとした。溝鳩(みぞおち)付近。そこなら耐えられる。

 俺の視線誘導と、さっきの「顔は狙わない」という言葉が、彼にボールの軌道を「ボディへの攻撃」だと誤認させていた。

 

 だが、俺がかけたのは強烈なトップスピンではない。手元で伸びる、**ドライブ回転**だ。

 

 ボールが海人の手前で、物理法則を無視したかのように急上昇(ホップ)した。

 

「――は?」

 

 海人の目が点になる。組んだ腕の上を、白い影がすり抜ける。

 その先にあったのは、無防備に晒された彼の**顔面**だった。

 

 **ガゴォッッ!!!!**

 

 乾いた破裂音と共に、鈍く湿った肉の潰れる音が混ざり合う。

 陽の時とは比較にならない、重厚な衝撃音。男子特有の硬い骨格が、ボールの運動エネルギーと正面衝突し、悲鳴を上げたのだ。

 

「ぐ、がぁッ……!?」

 

 海人の首が、鞭打ちのように後方へ跳ね上がった。鼻梁が砕ける感触。前歯が唇を切り裂く痛み。

 彼の屈強な体が、顔面への衝撃に引っ張られるようにして、背中から無様にコートへ倒れ込んだ。

 

 **ドッシャァァン!!**

 

 海人は受け身も取れず、手足を痙攣させて白目を剥いた。

 ボールは彼の顔面を跳ね台にして高く舞い上がり、そのまま相手コートのエンドラインを越えて落ちた。

 サービスエース。

 

 **24-23。**(マッチポイント)

 

 誰も動けない。陽を守ろうとした騎士が、その顔面を破壊されて沈んでいる。

 鼻からは大量の鮮血が噴き出し、ジャージの胸元を赤く染めていく。

 美しい友情も、熱い正義も、圧倒的な物理暴力の前では紙切れ同然だった。

 

「か、海人……? 海人ッ!?」

 

 陽が絶叫し、倒れた海人に覆いかぶさる。海人はピクリとも動かない。完全に意識を刈り取られている。

 俺はエンドラインで、冷ややかにその惨状を見つめていた。

 

(……約束は守ったぞ、浅野)

 

 俺は言ったはずだ。「青海の顔は狙わない」と。

 お前の顔を狙わないとは、一言も言っていない。

 

### 3.禁断の脚撃

 

 浅野海人が退場し、震える補欠の男子が入ったことで試合は続行された。

 だが、2年1組の戦意はすでに崩壊寸前だった。エースは顔面を腫らし、守護神は担架で運ばれた。

 残された彼らにできることは、ただ一つ。「この怪物(オレ)に関わらないこと」だけだ。

 

 相手からの返球。

 彼らは、俺が前衛に立っていることを過剰に恐れた。

 正面から打ち合えば、また誰かの顔面が粉砕されるかもしれない。その根源的な恐怖が、彼らに消極的かつ致命的な選択をさせた。

 

 ふわり、と高く上がるボール。

 俺の頭上を大きく越え、コートの遥か後方、エンドライン際を狙った緩いロブ。

 そこを守るのは、バレー初心者の夕湖と悠月だ。彼女たちの守備力なら、ミスを誘えるかもしれない。

 

(……いい判断だ)

 

 合理的な生存戦略だ。弱者が強者から生き延びるためには、死地を避けるのが鉄則。

 普通の試合なら、それは「チャンスボール」と呼ばれる安全な展開になっただろう。

 

 **だが――――それは、俺の前では最も出してはいけない「自殺行為」だった。**

 

 俺は後ろを振り返り、ボールを追ってダッシュを開始した。

 ネット際からエンドラインまで、数メートル。俺の脚力が、床を爆発的に蹴り飛ばし、一瞬で距離を詰める。

 俺の脳内で、新たな回路がスパークする。

 

 先ほどまでのスパイクが、バレーボールという競技の「基礎」をなぞったものだとするならば。

 他のスポーツの身体操作を、この競技に転用し、最適化するのは「応用」と言うべきか?

 いや、それは「進化」だ。

 そして何より、誰が決めた? バレーボールは手で打たなければならないと。

 ルール上、ボールを落とさなければ全身どこを使ってもいい。ならば、人間が持つ最強の筋肉部位(エンジン)を使うのが物理的に正しい。

 

 思考が加速する。

 全身の血液が沸騰し、筋肉が悲鳴を上げるほどの出力を要求する。

 サッカーで見せた、あのオーバーヘッドキックの感覚。

 

 ボールの落下地点。

 俺はトップスピードのまま、エンドライン手前で床を強く踏み込んだ。

 

 **ダンッ!!!!**

 

 バク宙の要領で、俺の体が後方へと跳ね上がる。

 世界が反転する。天井の照明が床になり、床が空になる。

 俺は空中で逆さまになりながら、全身を弓のように極限までしならせた。

 夕湖が、悠月が、口をあんぐりと開けて見上げる中、俺は空の王者として君臨する。

 

 スパイクの構え? 違う。

 俺が振り上げたのは、右腕ではない。**右足だ。**

 

 重力、遠心力、そして強靭な脚力。

 それら全てのエネルギーを、足の甲の一点に収束させる。

 サッカーの時とは違う。今回は足首のスナップによる強烈な縦回転を加える。

 バレーボールという概念そのものを破壊する、禁断の一撃。

 

(見せてやるよ。逃げ場などないということを)

(物理法則の向こう側を)

 

 俺は空中で咆哮なき叫びを上げ、ボールを蹴り抜いた。

 

 **『超新星爆発・廻』(スーパーノヴァドライブ・マグヌス)**

 

 **ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!**

 

 インパクトの瞬間、体育館の空気が破裂した。

 手で打つスパイクを遥かに凌駕する、脚による破壊的な運動エネルギー。

 強烈な縦回転(マグヌス効果)を与えられたボールは、物理法則をバグらせたような軌道を描いた。

 放たれた瞬間は水平に近い角度だったにも関わらず、急激に落下し、垂直に近い角度で床へと叩きつけられた。

 

 **ドゴォォォォンッ!!**

 

 3メートルラインのはるか後方、バックアタックの位置からのキック。

 にも関わらず、ボールは床に突き刺さると同時に、爆発的な反発力で跳ね上がった。

 まるでゴム毬か何かのように、あるいは生きた砲弾のように。

 

 ヒュンッ!!

 唸りを上げて上昇したボールは、そのまま体育館の高い天井にある照明の鉄枠に激突した。

 

 **ガシャァァァン!!**

 

 高所の鉄骨に当たり、火花のような音を立てて跳ね返る。

 床から、天井へ。10メートル以上の高低差を一瞬で往復するエネルギー。

 マンガやアニメでしか見たことのない、理外の威力。

 

 俺は空中で一回転し、猫のように音もなく着地した。

 ボールが、天井からパラパラと落ちてくる埃と共に、力なく床に転がった。

 

 **ピィィィィィィッ!!!!!**

 

 試合終了の笛。

 だが、歓声は上がらなかった。あまりに圧倒的すぎる、災害のようなフィニッシュ。

 青海陽は血に濡れた顔で呆然と空を見上げ、クラスメイトたちは恐怖で震えていた。

 俺は乱れた前髪をかき上げ、冷たい瞳で会場を見渡した。

 床には、ボールが叩きつけられた跡が、黒く焦げ付いたように焼き付いている。

 

 これが、俺のバレーボールだ。

 基礎も、応用も、常識も、全てを蹂躙する絶対的な暴力。

 福井の空に、硝子の王様はもういない。

 ただ、絶対的な独裁者が一人、ここに誕生しただけだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。