チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語   作:Valkiria

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【文化祭編・第1章:道化た姫君と、氷の令嬢の肖像】

### 1.道化た姫君の献身(視点:柊夕湖)

 

 正直に言っちゃうとさ、あたし、最初はあいつのことなんて視界の端っこにも入ってなかったんだよね。

 綾小路清隆。

 夏休み前に転校してきた、陰気で、地味で、何を考えてるかわかんない男。

 

 あたしたちのカースト上位グループ――朔や悠月、陽たちが輝く世界の隅っこで、息を潜めてるモブ。背景(モブ)A。

 それが、あたしの彼に対する最初の印象だった。

 「ねーねー、あの転校生ウケるんだけどー」なんて、朔と一緒に笑い者にしてたっけ。

 あーあ、今のあたしがあの時の自分を見たら、間違いなく全力でビンタしてるわ。

 「あんた、目の前にいるのが『本物の王様』だって気づかないの!?」ってね。

 

 あの日。

 体育祭のリレーで、彼が稲妻みたいに駆け抜けた瞬間。棒倒しで、空から鉄槌を下した瞬間。

 そして何より――球技大会で、あたしたちを守るために(と、あたしは信じてる)、圧倒的な暴力で敵をねじ伏せたあの背中。

 

 ゾクゾクした。電流が走ったなんてチャチな表現じゃ足りない。

 朔の隣にいた時に感じてた「安心感」なんて、ままごとだったんだって思い知らされた。

 本物の強さっていうのは、あんなにも冷たくて、残酷で、そして美しいんだって。

 

 今のあたしの世界は、彼一色。

 朔? ああ、そんな人もいたっけ。泣き虫の元・王様なんて、もう興味ない。

 あたしの王子様は、綾小路くんだけなんだから。

 

「よーし! あとちょっとでノルマ達成!」

 

 放課後の教室。

 西日が差し込んでオレンジ色に染まる中、あたしは自分の机に向かって、山のような折り紙と格闘していた。

 今回の2年5組の出し物は、演劇『ロミオとジュリエット』。

 ド定番すぎてあくびが出る演目だけど、今回ばかりは話が違う。

 

 だって、主役のロミオ役は――綾小路くんなんだから!(ちなみに朔は、ロミオに殺されるティボルト役。ウケるでしょ?)

 ジュリエット役があたしじゃないのはちょっと不満だけど、その代わり、あたしは舞台美術のチーフとして、彼の輝きを演出する権利を手に入れた。

 

 あたしの担当は『100羽の金鶴』。

 舞台のクライマックス、ロミオとジュリエットが永遠の愛を誓うシーンで、背景に吊るすための特別な装飾だ。

 ただの折り鶴じゃないよ? 特殊な和紙を使って、羽の一枚一枚まで拘った、超・高クオリティなやつ。

 

「うぅ……爪が邪魔すぎる……」

 

 派手なスカルプネイルが邪魔して、細かい作業がマジでしんどい。指先も紙の端で切れて、絆創膏だらけだ。

 いつもなら「だるーい」「誰かやってよー」って投げ出してるところだ。朔がいたら、きっと甘えて押し付けてたと思う。

 

 でも、今は違う。

 だってこれは、綾小路くんのための舞台なんだもん。

 彼が立つ場所を、少しでも綺麗に、豪華にしたい。

 彼がライトを浴びて輝く瞬間、その背景にあたしの作った鶴が舞っている。それって、実質あたしと彼の共同作業じゃない?

 

 パタン、と最後の一羽を折り終える。

 机の上に並んだ100羽の金の鶴。

 夕日に照らされて、キラキラと輝いている。

 

「できたぁ……!」

 

 あたしは大きく伸びをした。

 これをテグスで繋いで、舞台の天井から吊るすんだ。

 本番、スポットライトを浴びた綾小路くんが、この鶴をバックに愛の言葉を囁く。

 その時、彼はきっと気づいてくれるはず。

 『ああ、これは夕湖が俺のために作ってくれたんだな』って。

 そして舞台裏で、あの冷たい瞳を少しだけ緩めて、「よくやったな」って頭を撫でてくれるかもしれない。

 

「キャハハ! やば、想像しただけでニヤける!」

 

 あたしは完成した鶴を愛おしそうに撫でた。

 これがあたしの気持ち。あたしの献身。

 待っててね、綾小路くん。最高の舞台、用意してあげるから。

 

このとき私は知らなかったんだ、この鶴が、あんな無残に散るなんて。

 

 

### 2.氷の令嬢の肖像(視点:七瀬悠月)

 

 私、人の本質を見抜く目には自信があったの。

 誰がこの教室のヒエラルキーの頂点か、誰が有能で、誰が無能か。

 それを冷静に分析して、最適なポジションで振る舞う。それが「七瀬悠月」という女の処世術だった。

 

 だからこそ、今でも信じられない。

 どうして、綾小路清隆という「怪物」を見落としていたのかしら。

 

 転校初日の彼。私の目には「無害で、少し影の薄い、退屈な男子」としか映っていなかった。

 千歳朔の輝き(それは今思えば、メッキの輝きだったけれど)に目が眩んで、その隣にある「深淵」に気づかなかった。

 私の目は、ただの節穴だったってわけね。

 

 でも、今は違う。

 レンズのピントが合った瞬間、世界が一変したわ。

 彼は凡人なんかじゃない。彼こそが、この世界を統べるにふさわしい「本物」。

 冷徹で、合理的で、そして残酷なまでに美しい完成品。

 私が仕えるべきは、感情すら支配下に置く、あの氷のような瞳だけ。

 

「……ふぅ。いい色が出たわ」

 

 放課後の美術室。

 絵の具の匂いと、静寂。私は巨大なベニヤ板に向かい、筆を走らせていた。

 私が担当するのは、校門前に飾る巨大広告ポスターの制作よ。

 本来なら面倒な仕事。適当にタイトルとイラストを描いて終わらせるところだけど……今回は違う。

 

 だって、描く対象が「彼」なのだから。

 

 ポスターの中央、劇的な陰影の中に佇むロミオ。

 モデルはもちろん、主役の綾小路くん。

 私は彼の実物を盗み見ながら、あるいは脳裏に焼き付いた記憶を頼りに、その姿を再現していく。

 

 特に拘ったのは「目」よ。

 普段の彼は、少し気怠げで、何を考えているか分からない瞳をしている。

 でも、ふとした瞬間に見せる、あの鋭利な刃物のような光。

 全てを見透かし、見下ろしているような、あの冷たい視線。

 それを表現するために、私は何十色もの黒と青を混ぜ合わせた。

 

「悠月ー、まだやってんの? 根詰めすぎじゃない?」

 

 休憩がてら、夕湖がジュースを持って入ってきた。

 彼女の手は折り紙で傷だらけだけど、顔は幸せそう。

 

「あら、貴方こそ。その爪でよくやるわね」

「愛の力だよ、愛の! ……てか、その絵ヤバすぎない? 写真よりリアルなんだけど」

 

 夕湖がポスターを見て息を呑む。

 ふふ、そうでしょうね。

 これは単なる宣伝ポスターじゃない。私の「信仰心」そのものなんだから。

 

「綾小路くん、喜んでくれるかな?」

「喜ぶに決まってるでしょ。これ見たら、あいつ絶対ビビるよ」

 

 二人で笑い合う。

 以前なら、夕湖のような単細胞なギャルとは深い話なんてできなかった。

 でも今は、彼という共通言語があるだけで、こんなにも心が通じ合う。

 不思議ね。彼が中心にいるだけで、世界はこんなにも秩序だって、美しく回るなんて。

 

「……できた。いえ、あと少しね」

 

 ほぼ完成した。

 ロミオの衣装を纏い、憂いを帯びつつも力強い視線を向ける綾小路くん。

 背景には、夕湖が作った金色の鶴をモチーフにした装飾を描き込んだ。

 完璧だわ。

 これが校門に飾られれば、全校生徒が足を止めるでしょう。

 そして誰もが思い知るのよ。

 2年5組には、千歳朔なんかじゃない、本当のカリスマがいるんだって。

 

 絵の具で汚れた自分の手を見つめる。

 いつもならすぐに洗い流す汚れさえ、今は勲章のように誇らしい。

 

(綾小路くん……)

 

 文化祭当日、この絵の前で彼に会いたい。

 彼はきっと、表情を変えずに「上手いな」と一言だけ言うでしょう。

 それでいいの。その一言さえあれば、私は何だってできる。

 彼の役に立てるなら、彼の一部になれるなら、私の才能の全てを捧げてもいい。

 

 私は筆を洗いながら、明日への期待に胸を躍らせていた。

 この巨大な肖像画が、私のプライドと恋心の結晶。

 絶対に、誰にも汚させたりしない。

 

 ――そう信じていた。

 この絵が、あんな色の絵の具で塗り潰されることになるなんて、夢にも思わずに。

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