チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語   作:Valkiria

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【文化祭編・第4章:破壊の開闢と、午前5時の不在証明】

### 1.痛覚の遮断と、亡霊の身支度

 

 文化祭本番まで、あと2日。

 深夜1時。

 俺は自宅の自室ではなく、人気のない校舎裏の、鬱蒼とした植え込みの影に身を潜めていた。

 

 完璧なアリバイ工作があっても、現場に物理的な証拠(エビデンス)が一つでも残れば、そこから全てが瓦解する。

 指紋、髪の毛、足跡、繊維片。

 現代の鑑識技術を侮るつもりはないが、そもそも俺は、警察が介入しても尻尾を掴ませないレベルの隠蔽を常としている。

 

 俺は自分の指先を、月明かりにかざした。

 指の腹は赤く滲み、ジンジンと焼けるような痛熱を持っている。

 来る直前、**粗目の工業用サンドペーパーで、10本全ての指紋を物理的に削り落としてきた**からだ。

 皮膚が薄くなり、毛細血管が透けて見えるほどに研磨された指先。

 痛み? そんなものはノイズだ。個人の識別情報を物理的に抹消することに比べれば、安い代償だ。

 

 その赤く腫れた指を隠すように、俺はポケットから**黒革の手袋**を取り出し、装着する。

 安物の軍手では繊維が落ちる可能性がある。これは伸縮性に優れた高級な革製で、作業の邪魔にならず、指紋も一切通さない。

 

 次に、頭。

 髪の毛一本落ちれば、そこからDNAが検出されるリスクがある。

 俺は目出し帽ではなく、厚手の黒い**ニット帽**を深く被り、前髪も襟足も、髪の毛という髪の毛を一本残らず中に押し込んだ。

 

 そして、足元。

 履いているのは、量販店で**現金購入したばかりの新品のスニーカー**だ。

 どこにでも売っている量産品であり、防犯カメラの履歴(クレジットカード情報)にも残らず、特徴的な摩耗も、自宅周辺の土の付着もない。

 この作業が終われば、焼却処分して終わりだ。

 

「……完璧だ」

 

 指紋なし。毛髪なし。足跡の追跡不能。

 今の俺は、この世に存在しない「亡霊」だ。

 俺は闇に溶け込むように立ち上がり、呼吸を整えた。

 

### 2.重力を殺す侵入経路

 

 俺は助走なしで高く跳躍し、音もなく高さ2メートルの塀の上に立った。

 新品のソールがコンクリートを捉えるが、音はしない。

 そこから校舎を見上げる。

 目指すは3階。2年5組の教室。

 

(……監視カメラの死角は把握済みだ)

 

 警備員の巡回ルートと時間を計算に入れ、影から影へと移動する。

 俺は腰に巻いていたロープを取り出した。先端には、金属音を消すためにゴム加工を施した特製のフックがついている。

 黒革の手袋が、滑ることなくロープを握りしめる。

 

 ヒュッ、と風を切る音と共にロープを投げる。

 フックは3階のベランダの手すりに正確に絡みつき、食い込んだ。強度を確認するために軽く引く。問題ない。

 

 俺は壁面に足をかけると、パルクールの要領で垂直の壁を駆け上がった。

 腕力だけで登るのではない。壁を蹴る反作用と、ロープの張力を利用して、重力を殺す。

 1階、2階、そして3階。

 わずか数秒足らずの出来事。

 俺はベランダの手すりを乗り越え、羽根のように軽く着地した。

 

### 3.鉄壁のオールナイト・セッション

 

 目の前には、俺の席のすぐ横にある窓。

 鍵(クレセント錠)は、今日の放課後、誰にも気づかれないように少しだけ緩めておいた。

 革手袋をした指先でスライドさせると、抵抗なく窓が開く。

 

 侵入と同時に、俺は耳に装着した高性能ワイヤレスイヤホンをタップした。

 強力なノイズキャンセリング機能が起動し、俺の周囲の環境音(風の音や、作業音)を完全に遮断する。マイクは指向性モードで、俺の声帯の振動だけを拾う。

 

『――ねえロミオ、夜明けはまだ遠いわ。もう少し話していましょう?』

 

 イヤホン越しに、柊夕湖の甘えた声が聞こえてくる。

 これはLINEのグループ通話だ。

 クラスの主要メンバーと、**午前5時までぶっ続けで行う**「朝まで生セリフ読み合わせ会」。

 俺は今、自宅の部屋でベッドに寝転がりながら、眠い目をこすって付き合っている……ということになっている。

 

 俺はスマホの画面を操作し、録音しておいた相槌の音声を流した。

 

『……ああ、そうだね。君の声を聞いていると、時間が経つのを忘れてしまうよ』

 

 電子の海に流れる俺の優しく、少し気怠げな声。

 だが、現実の俺は無表情のまま、月明かりに照らされた教室の中央に立っていた。

 そこには、彼らが必死になって作り上げた「希望」が並んでいる。

 

### 4.逆再生と、冒涜のコラージュ

 

 最初のターゲットは、夕湖の『100羽の金鶴』。

 天井から吊るされたそれを、ただ引きちぎるだけでは能がない。俺はもっと陰湿で、精神を逆撫でする方法を選んだ。

 

 俺は完成した美しい金色の鶴を手に取り、**ゆっくりと、丁寧に、折り目を開いていった。**

 

 カサカサ……という乾いた音。

 彼女が指先を傷だらけにして込めた「想い」や「時間」を、手作業で逆再生(リバース)していく。

 立体的だった鶴が、ただのシワだらけの正方形の紙に戻る。

 それは「破壊」よりも残酷な「否定」だ。

 俺は数羽を丁寧に元の紙に戻し、残りの数羽は無慈悲に引き裂いた。「開かれた紙」と「死骸」のランダムな混在。この不気味なコントラストが、発見者の正気を削り取るだろう。

 

 次に、七瀬悠月の『巨大ポスター』。

 俺はカッターナイフで、美化された俺の肖像画をズタズタに切り裂いた。

 そして、強力なスプレー糊を吹き付け、先ほど「正方形に戻した金紙」や「引き裂いた鶴の死骸」を、無造作にそこへ貼り付けた。

 悠月の描いた俺の顔の上に、夕湖の作ったゴミが張り付く。互いの宝物が、互いを汚し合う最悪のコラージュ。

 

『キャハッ! 綾小路くん、今の言い方すごく優しかった!』

『ふふ、期待してて。ポスター、自信作なんだから』

 

 通話の向こうで無邪気にはしゃぐ彼女たちの声を聞きながら、俺は完成した「ゴミの芸術」を一瞥した。

 

### 5.無機質な直方体への還元

 

 教室を出て、俺は廊下に飾られていた他クラスの展示物へ向かった。

 青海陽と浅野海人の『巨大粘土像・不屈の守護神』。

 荒々しいタッチで筋肉の隆起が表現された、彼らの情熱の結晶。

 

 溶解させるのも一興だが、今回はもっと「虚無感」を与える手法を選んだ。

 俺はポケットから、美術用の**大型ヘラ**を取り出した。

 破壊するのではない。叩き壊すのでもない。

 

 **スッ……、スッ……。**

 

 俺は無心でヘラを動かした。

 彼らが苦労して盛り付けた筋肉を、表情を、髪の毛を、**全て削ぎ落としていく。**

 出っ張っている部分を削り、凹んでいる部分を埋める。

 表面を平らにならし、角(エッジ)を立てる。

 

 数十分後。

 そこに立っていたのは、守護神ではない。

 ただの、表面がツルツルした**巨大な粘土の四角柱(ブロック)**だった。

 

 彼らの指紋も、汗も、想いも。全てが均(なら)され、無機質な豆腐のような直方体へと還元された。

 最初から何も作っていなかったかのような、圧倒的な虚無。

 砕かれた瓦礫を見るよりも、この「整然とした無意味さ」を見る方が、彼らの心には深く突き刺さるはずだ。

 「お前たちの努力は、最初から存在しなかった」というメッセージ。

 

### 6.粗雑なハンマーと、夜明け

 

 最後は、中庭。水篠和希の『蒼天の塔』。

 俺は美術室から持ち出した**木槌(ハンマー)**を握った。

 ここはあえて、道具を使う。俺の身体能力を使えば一撃だが、それでは「異常な破壊痕」が残り、俺が疑われる可能性があるからだ。

 

 **ガンッ! バゴッ!!**

 

 俺はハンマーを振り下ろした。何度も、何度も。

 素人が力任せに暴れたような、粗雑な破壊痕を残すために。プラスチック板が割れ、骨組みが歪む。

 これなら「力の強い男子生徒なら誰でもできる」衝動的な犯行に見える。知能犯の影を消すための、計算された野蛮さ。

 

『……あ、そろそろ5時だ。空が白んできたぞ』

 

 千歳朔の声が聞こえる。

 俺はハンマーを放り投げ、最後の仕上げを確認した。

 開かれた折り鶴、汚された絵画、直方体に戻った粘土、砕かれた塔。

 完璧な地獄絵図だ。

 

 俺は息一つ乱さず、通話のマイクをオンにした。

 

「……本当だ。もう朝か。みんな、付き合ってくれてありがとう」

 

『こちらこそ! 綾小路くんのおかげで、不安がなくなったよ!』

『本番まであと少し、頑張りましょう!』

『おう! じゃあ一旦解散して、また学校でな!』

 

 プツン、と通話が切れる。午前5時02分。

 完璧なアリバイが成立した。一晩中、俺の声を聞いていた彼らが、俺の無実の証明者だ。

 

 俺は窓から外の空気を入れた。

 朝日が昇り、福井の空が白んでいく。

 数時間後、登校してきた彼らがこの光景を見た時、どんな顔をするだろうか。

 特に海人と陽。自分たちが作ったはずの像が、ただの「四角い棒」に戻っているのを見た時の認知的不協和は、相当なものだろう。

 

 俺はロープを使って音もなく校舎を降り、闇に消えた。

 さあ、絶望の文化祭の幕開けだ。

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