チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語   作:Valkiria

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【第十四章:百人一首編・第3章 ~毒入りの晩餐、あるいは優しさという名の麻酔~】

### 1.薄氷の快進撃

 

 大会当日の朝。

 体育館は、外の寒気を吹き飛ばすほどの熱気に包まれていた。

 学年対抗百人一首大会。畳が敷き詰められたフロアで、札を払う乾いた音が響き渡る。

 

「『ちはやぶる』……!!」

 

 **バァァン!!**

 

 内田優空の手が、電光石火の早さで札を弾き飛ばした。

 彼女と千歳朔のペアは、順調に勝ち進んでいた。

 千歳もまた、優空のリードによって勘を取り戻しつつある。かつての「王」としての覇気が、少しずつ戻ってきているように見えた。

 

 予選最終戦。相手は3年生の強豪チーム。

 一進一退の攻防。最後の1枚までもつれ込む大接戦(シーソーゲーム)。

 最後は、千歳が執念で相手よりコンマ数秒早く札を押さえ、辛くも勝利をもぎ取った。

 

「やったぁああ! 決勝トーナメント進出だ!」

「優空、お前のおかげだ!」

 

 千歳と優空がハイタッチを交わす。

 クラス中が湧き上がる。ギリギリの勝負を制したことで、結束力は最高潮に達していた。

 彼らは信じている。この勢いのまま、午後の決勝も制覇できると。

 

 俺は集団の後ろで、小さく拍手を送りながら冷笑した。

 いいぞ、その調子だ。

 高く舞い上がれば舞い上がるほど、墜落した時の衝撃は大きくなる。

 

### 2.偽りの晩餐会

 

 そして、待ちに待った昼休憩。

 教室には、食欲をそそる芳醇な香りが充満していた。

 内田優空が朝から仕込んでいた、特製豚汁だ。

 

「みんな、お疲れ様! 温かいうちに食べてね!」

 

 エプロン姿の優空が、寸胴鍋から湯気を立てる汁をよそっている。

 大根、人参、こんにゃく、ネギ。そして、たっぷりの豚肉。

 具沢山で、味噌の甘い香りが冷えた体に染み渡りそうだ。

 

「うめぇぇぇ! 体に染みるわー!」

「優空ちゃん天才! これなら午後も戦える!」

 

 クラスメイトたちが次々と紙皿を受け取り、口に運ぶ。

 千歳もまた、ハフハフと熱い汁を啜り、満面の笑みを浮かべた。

 

「……美味い。最高だ、優空」

 

 その言葉に、優空は顔を真っ赤にして照れる。

 自分の料理でみんなが笑顔になる。好きな人が元気を取り戻す。

 彼女にとって、これ以上ない至福の瞬間だろう。

 ……その鍋の中に、俺が仕込んだ「悪意」が溶け込んでいるとも知らずに。

 

「はい、綾小路くんの分!」

 

 優空が俺にも紙皿を差し出してきた。

 脂が浮いた濃厚なスープ。その表面には、俺がコーティングした「時限爆弾」の成分が、熱で溶け出し、ゆっくりと全体に浸透しているはずだ。

 

「ありがとう、内田さん」

 

 俺は受け取り、口元に運んだ。

 そして、**口をつけるふりだけをして**、食べたように見せかけた。

 

「……うん。美味しいよ。すごく温まる」

 

 俺が微笑むと、優空は「よかったぁ!」と安堵の息を吐き、他の生徒のもとへ配りに行った。

 俺は手元の豚汁を見下ろす。

 見た目も匂いも完璧だ。下剤の苦味などは、味噌と豚肉の脂、そして隠し味の生姜によって完全にマスクされているだろう。

 今、この教室にいる全員(俺以外)が、喜んで毒をあおっている。

 

### 3.証拠隠滅(廃棄)

 

 楽しい昼食の時間はあっという間に過ぎた。

 予鈴が鳴り、午後の部の開始が告げられる。

 

「よし、行くぞみんな! 優勝するぞ!」

「おーっ!」

 

 千歳を先頭に、クラスメイトたちが勇んで教室を出て行く。

 彼らのお腹の中では、既に消化吸収が始まっている頃だ。

 効果が現れるのは、運動によって腸が刺激される数十分後――ちょうど午後の試合の真っ最中だろう。

 

 俺は最後尾を歩きながら、ゴミ箱の横を通った。

 誰も見ていない一瞬の隙。

 俺は手つかずの豚汁を、残飯入れの袋の中に静かに流し込んだ。

 そして、空になった紙皿を燃えるゴミに捨てる。

 

「……ご馳走様」

 

 俺は口元を拭う仕草をして、何食わぬ顔で廊下に出た。

 俺だけはトイレの個室に引きこもるわけにはいかないからな。

 これより先は、特等席での「悲劇の観劇」といこうか。

 

### 4.時間差の腹痛(ラグ)

 

 午後の部が始まって、10分が経過した頃だった。

 張り詰めた空気の中で札を睨み合っていたクラスメイトの一人が、突如として顔面蒼白になり、腹を押さえて立ち上がった。

 

「せ、先生! トイレ!」

 

 彼は返事も待たずに体育館の出口へと駆け出していく。

 最初は、ただの緊張による腹痛かと思われた。

 だが、それは終わりの始まりに過ぎなかった。

 

 数分後、今度は別の女子生徒が。続いて男子生徒が。

 一人、また一人と、競技を中断してトイレへと駆け込んでいく。

 

(……始まったか)

 

 俺はベンチでその様子を観察していた。

 人間のお腹の調子は千差万別だ。代謝の良い奴、胃腸の弱い奴、緊張している奴。

 毒の効き目には個人差がある。

 その「時間差(ラグ)」が、トイレの一極集中(パンク)を防いだのは、彼らにとって唯一の不幸中の幸いだっただろう。

 

 だが、その安堵も長くは続かない。

 トイレに行く人数が増えるにつれ、体育館に漂う空気は「疑問」から「不信」へと変わっていった。

 

### 5.特定された原因と、残酷な優しさ

 

 クラスの人数のおよそ3分の1にあたる10数人が席を立った頃、流石に鈍感な彼らも気づき始めた。

 

「おい、なんかおかしくないか?」

「みんな腹壊してるぞ……」

「まさか、食あたりか?」

 

 ざわめきが広がる。

 今日、このクラス全員が共通して口にしたもの。答えは一つしかない。

 

「……豚汁だ」

 

 誰かがポツリと呟いたその言葉が、決定的な一打となった。

 視線が、一箇所に集まる。

 ベンチで青ざめ、震えている内田優空へと。

 

「あ……、あぅ……」

 

 優空は察してしまった。

 自分の作った料理が、みんなを苦しめている元凶であることを。

 彼女はガタガタと震えながら立ち上がり、勇気を振り絞って声を上げた。

 

「ご、ごめんなさいッ!!」

 

 悲痛な謝罪が響き渡る。

 

「私の……私のせいだ……! お肉、ちゃんと火を通したつもりだったけど……私の管理が悪くて……本当にごめんなさい!」

 

 彼女は床に頭を擦り付けんばかりに深々と頭を下げた。

 彼女は真面目だ。だからこそ、「誰かの悪意」など疑いもせず、全ての責任を自分の「未熟さ」として背負い込んだ。

 

 会場が静まり返る。罵倒が飛ぶかと思われた。

 だが――クラスメイトたちの反応は、意外にも優しかった。

 

「ゆ、優空ちゃん、顔上げなって! ドンマイだよ!」

「そうそう! 豚肉って怖いからさ、たまにあることだよ!」

「あんなに大量に作ったんだもん、火の通りにムラが出ることもあるって!」

 

 腹を押さえながら戻ってきた生徒たちも、苦笑いで彼女を慰める。

 当然だ。

 彼らは知っている。優空がどれだけ早起きして、どれだけ心を込めて準備していたかを。

 そして何より、内田優空という少女の「人柄」を信頼していた。彼女が悪意を持って腐ったものを出すはずがないと、誰もが確信していたからだ。

 

「みんな……っ、うぅ……ありがとう……」

 

 優空は涙ぐみ、何度も何度も感謝の言葉を繰り返した。

 一見、美しい友情の光景。

 だが、俺は見逃さなかった。

 

 「ドンマイ」と言いながら、彼らが優空に向ける視線の中に、微かな「失望」と「評価の下落」が混じっていることを。

 『いい子だけど、詰めが甘いな』

 『大事な大会でこれはキツイな』

 『もう彼女の手料理は怖いかも』

 

 口には出さないが、彼らの本音(評価)は確実に下がった。

 優しさは、時に残酷な麻酔になる。

 彼らが許せば許すほど、優空の心には「みんなに迷惑をかけた」という罪悪感が深く刻み込まれ、逃げ場を失っていく。

 

(……ククッ。美談で終わらせようとするその浅はかさが、俺には都合がいい)

 

 俺は騒動の外側で、冷めた目を細めた。

 犯人探しなど行われない。全ては「優空の不注意」という事故で処理される。

 俺の完全犯罪は成立した。

 

 さあ、ここからだ。

 本当の地獄は、トイレの中ではなく、この後の試合結果にある。

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