チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語   作:Valkiria

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【第十四章:百人一首編・最終章 ~決壊する尊厳、汚泥に沈む恋心~】

### 27.地獄へのカウントダウン

 

 俺は個室から出て、鏡の前で身だしなみを整え、何食わぬ顔で体育館に戻った。

 所要時間は5分少々。急な腹痛に苦しみ、用を足して戻ってきた生徒の一人として、あまりに自然な振る舞いだ。

 これで俺も「被害者」の一人。この事件における安全圏を確保した。

 

 会場に戻ると、空気は張り詰めていた。

 だが、その緊張感の質は、試合開始直後とは明らかに異なっていた。

 静寂の中に、どこか落ち着かないざわめきと、微かな異臭が混じり始めている。

 

(……進んでいるな)

 

 俺はパイプ椅子に腰を下ろし、畳の上の二人を見やった。

 周りの生徒たちは、白熱した試合に見入っているつもりかもしれない。

 だが、俺には見える。

 内田優空が今、必死で戦っている相手が、目の前の千歳朔ではなく――自分自身の内側で暴れ回る「生理現象」であることくらいは。

 

### 28.内田優空の視点 ~退路なき地獄~

 

(……う、ぅぅ……っ)

 

 畳の上に正座した私の下腹部で、冷たく重い鉛のような塊が暴れ回っていた。

 ギュルル……ゴロゴロ……という嫌な音が、体内で鳴り響くたびに、背筋が凍るような悪寒が走る。

 脂汗が止まらない。指先が氷のように冷たい。

 

 ……実は、少し前から気づいていた。

 私のお腹も、限界に近いってことに。

 

 クラスのみんなが次々とトイレに駆け込んでいく姿を見て、私は悟ってしまった。

 原因は、間違いなく私が作った「豚汁」だ。

 あんなに心を込めて作ったのに。みんなが美味しいって言ってくれたのに。

 それが、毒だったなんて。

 

 行きたい。

 今すぐにでもトイレに駆け込んで、この張り裂けそうな苦しみから解放されたい。

 生理現象は、私の理性を激しく揺さぶっていた。

 

 でも、ダメ。

 絶対に、私だけは行ってはいけない。

 

(私が……私が作ったんだもん……)

 

 もし私がトイレに行けば、それは認めることになってしまう。

 私の料理が失敗作だったと。

 私の管理不足で、みんなを苦しめたのだと。

 そして何より、自分自身の手で、みんなとの思い出に泥を塗ることになる。

 

 それは、私のプライドが、朔くんへの想いが、絶対に許さなかった。

 無意識の強迫観念。

 『作った本人だけは、最後まで平気な顔をして、責任を果たさなければならない』

 そうしなければ、私の存在意義そのものが崩れ去ってしまう気がしたから。

 

 それに――。

 

「正々堂々勝負しようぜ、師匠」

 

 決勝戦が始まる直前、朔くんが私に向けた言葉。

 あの真っ直ぐな瞳。突き出された拳。

 彼だって、お腹が痛いはずなのに。トイレに行って、顔色を悪くして戻ってきたのに。

 それでも彼は、「師匠」である私と戦うために戻ってきてくれた。

 

 退路は断たれた。

 ここで私が「お腹痛い」なんて言えば、彼の覚悟を裏切ることになる。

 

(逃げちゃダメ……。私は、朔くんを導く師匠なんだから……!)

 

 私は下腹部に全身全霊の力を込め、括約筋を極限まで引き絞る。

 痛みで視界がチカチカする。

 目の前に並べられた百人一首の札が、歪んで見える。

 お願い、あと少し。あと数分だけ、私の体よ、持ちこたえて。

 

### 29.鈍る反応、師弟の断絶

 

 試合は後半戦に突入していた。

 優空の動きは、明らかに鈍くなっていた。

 

 読手が上の句を読み上げる。

 いつもなら「音」を聞いた瞬間に反応していた優空の体が、ビクリと震えて止まる。

 動こうとして前傾姿勢になると、腹圧がかかる。

 その瞬間に「漏れる」という恐怖が脳裏をよぎり、身体に急ブレーキをかけるのだ。

 

『――君がため、春の野に出でて 若菜つむ』

 

 優空が動けない。

 千歳の手が伸びる。

 

 **バァンッ!!**

 

 千歳が札を取る。

 彼は札を取りながら、違和感に眉を寄せていた。

 今のタイミングなら、優空の方が速かったはずだ。なぜ彼女は動かなかった?

 彼は顔を上げ、優空を見る。

 その顔色の悪さ、異常な発汗、小刻みな震え。

 

「……優空?」

 

 千歳が震える声で呟く。

 心配と、困惑。

 だが、彼は手を止めなかった。「正々堂々勝負しよう」という約束が、彼の手を動かし、正解の札を確実に自分の陣地へと引き寄せる。

 動けない師匠(あいて)から札を奪い続けるという、残酷な作業。

 

(……いいぞ、千歳。それでいい)

 

 俺はベンチで、その光景に喝采を送った。

 優空にとって、これ以上の屈辱はないだろう。

 自分が教えた相手に、自分が作った料理のせいで動けなくなり、一方的に負かされる。

 愛と努力が、全て裏目に出る瞬間。

 決壊の時は、もう目の前まで迫っていた。

 

### 30.致命的な伸展

 

 そして、運命の歌が詠み上げられる。

 読手の声が、静まり返った体育館に朗々と響く。

 

『――玉の緒よ、絶えなば絶えね ながらへば』

 

 (私の命よ、絶えるのなら絶えてしまえ。このまま生き長らえていれば、恋心を隠し通すことができなくなってしまいそうだから……)

 

 その歌の意味が、今の内田優空の状況と残酷なまでにリンクする。

 優空の目が、正解の札を捉えた。

 千歳朔よりも近い位置。取れる。

 彼女の脳裏に、千歳への想いと、師匠としての責任感が火花を散らす。

 

(取らなきゃ……! これを取って、朔くんに……!)

 

 彼女は理性のタガを一瞬だけ外し、本能に従って体を前に投げ出した。

 右手を伸ばす。

 大きく前傾姿勢をとる。

 その動作が、限界まで張り詰めていた彼女の下腹部に、決定的な圧力を加えてしまった。

 

 括約筋という名の最後の堤防が、物理的限界を超えて悲鳴を上げる。

 脳からの「止めろ」という信号を、暴走した腸の蠕動運動が凌駕した瞬間。

 

 世界が、反転した。

 

### 31.決壊する尊厳

 

 **――――ぶりゅっ。**

 

 静寂に包まれていた体育館に、あまりにも場違いで、耳障りな「水音」が響き渡った。

 それは、畳を擦る音でもなければ、服が擦れる音でもない。

 もっと粘着質で、湿り気を帯びた、生々しい排泄音。

 

「……え?」

 

 対峙していた千歳朔が、伸ばしかけていた手を止めた。

 何だ、今の音は?

 彼は瞬きをして、目の前の優空を見る。

 優空は、右手を伸ばした姿勢のまま、石のように硬直していた。

 その瞳孔が極限まで開き、焦点が霧散している。

 

 その硬直を嘲笑うかのように。

 最初の音は、単なる号砲に過ぎなかった。

 

 **ぶりゅ、ぶりゅる、ブリュリュリュリュリュッ……!!**

 

 堰を切ったように。

 あるいは、ダムが決壊したかのように。

 本来、人前であり得てはならないはずの音が、爆音となって体育館の空気を震わせた。

 

 止まらない。

 止められない。

 俺が仕込んだ強力な下剤と油のコーティングは、彼女の消化器官を完全に液状化させていたのだ。

 固形物ではない。熱を持った泥水のような汚物が、彼女の意思とは無関係に、高圧で噴き出し続ける。

 

### 32.汚された極彩色の恋

 

 視覚的な地獄が、聴覚の地獄に追いつく。

 

 優空が履いていたスカートの下、厚手の黒タイツが、股間から太腿にかけて急速に濃い色へと変色していく。

 だが、タイツの繊維だけでは、その圧倒的な水量を支えきれなかった。

 

 びちゃびちゃと音を立てて、汚物がタイツの網目から溢れ出し、畳へと滴り落ち、見るも無惨な茶褐色の染みを作っていく。

 

「あ……、あ、ああ……」

 

 優空の口から、魂が抜けたような喘ぎが漏れる。

 そして、何よりも残酷だったのは――彼女が伸ばした手の先にあるものだ。

 

 **百人一首の札。**

 彼女が千歳のために選び、教え、共に勝利を誓った、極彩色の美しいカードたち。

 その札が、溢れ出した汚泥の海に飲み込まれていく。

 

 雅な平安の絵巻が、排泄物によって塗り潰され、茶色く染まる。

 優空の指先が、汚れた札に触れる。

 彼女の努力の結晶が、彼女自身の身体から出た汚物によって、文字通り「クソまみれ」にされていく。

 

 数秒の遅れを持って、強烈な**悪臭**が周囲に拡散した。

 消化不良特有の、酸味を帯びた腐臭と、薬品の刺激臭。

 

「うっ……! くさっ!」

「な、なんだこれ……!?」

 

 最前列で見ていたクラスメイトたちが、鼻を押さえて後ずさる。

 そこでようやく、彼らは目の前の現実を理解した。

 

 内田優空が、漏らした。

 それも、全校生徒が見守る決勝戦の舞台で、大量に。

 

 千歳朔は、あまりの衝撃に言葉を失い、腰を抜かして後退った。

 彼が見たのは、敬愛する「師匠」の姿ではない。

 股間から汚物を垂れ流し、異臭を放つ肉塊と化した、憐れな少女の末路だった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 優空が、獣のような絶叫を上げた。

 羞恥、絶望、パニック。

 それらが限界突破し、彼女の精神を粉々に砕いた。

 彼女はその場にうずくまろうとするが、動けば動くほど、溜まっていた汚物が広がり、被害を拡大させる。

 

 俺はベンチで、ハンカチで口元を覆うふりをしながら、その光景を網膜に焼き付けていた。

 

(……美しいな)

 

 内田優空。お前は今日、ただの「漏らした女」として、この学校の歴史に永遠に名を刻んだ。

 もう二度と、千歳朔の隣で笑うことはできないだろう。

 彼を見るたびに、この汚物と悪臭の記憶が蘇るのだから。

 

### 33.内田優空の視点 ~汚泥に沈んだ恋心~

 

 熱い。

 熱い、熱い、熱い。

 

 下半身が、焼け付くように熱い。

 私の体の中から、制御できない「何か」が、とめどなく溢れ出し続けている。

 それは私の意思を無視して、タイツを濡らし、スカートを重くし、畳のい草の目を茶色く塗り潰していく。

 

(……やだ)

(止まって、お願い、止まってよぉ……!)

 

 心の中で叫んでも、体は言うことを聞かない。

 ブリュリュ……という、聞きたくない、信じたくない音が、耳のすぐそばで鳴り響く。

 鼻をつく強烈な異臭。

 さっきまでみんなに「美味しい」って言ってもらえた、あの甘いお味噌の香りはもうない。あるのは、鼻が曲がるような腐敗臭だけ。

 

 寒い。

 周りの空気が、凍りついているのが肌でわかる。

 みんな、見てる。

 料理が得意で、しっかり者の私が――みんなの前で、大量にクソを漏らすところを。

 

 恥ずかしい。死にたい。消えたい。

 人間として、終わってしまった。

 

 でも、どうしても気になってしまった。

 私が、誰のためにここにいるのか。誰にかっこいいところを見せたかったのか。

 

(朔くん……)

 

 彼だけは。彼だけは、どんな時でも私を受け入れてくれた。

 だから、もしかしたら……「大丈夫だ」って、言ってくれるかもしれない。

 そんな、縋るような、浅ましい希望を持ってしまった。

 

 私は、震える首をゆっくりと上げた。

 涙でぐしゃぐしゃの視界の先に、彼がいた。

 

 目が合った。

 彼は、私を見ていた。

 私の汚れた下半身を。私の泣き顔を。

 

 彼は笑っていなかった。怒ってもいなかった。心配しているのですら、なかった。

 

 その顔に張り付いていたのは、深い深い**「絶望」**だった。

 

 まるで、世の中で一番おぞましい怪物を見てしまったかのような。

 大切にしていた宝物が、目の前で腐った肉塊に変わってしまった瞬間を目撃したかのような。

 生理的な嫌悪と、理解不能な恐怖と、決定的な拒絶。

 

 彼の中で、「内田優空」という綺麗な思い出が音を立てて崩れ去り、ただの「トラウマ」へと書き換わっていくのがわかった。

 

(あ……終わったんだ)

 

 その顔を見た瞬間、私の心臓が凍りついた。

 もう二度と、彼は私を見て笑ってくれない。

 私が彼に与えたのは「勝利」でも「自信」でもなく、一生消えない「汚物の記憶」だったんだ。

 

 視界が暗くなる。

 最後に見たのは、こちらを見る絶望に染まった彼の顔。

 

 ごめんなさい、朔くん。大好きだったよ。

 プツン、と私の意識は、そこで途切れた。

 

### 34.汚泥の戴冠式

 

 内田優空がブルーシートに包まれて搬送された後、体育館には何とも言えない重苦しい空気が残された。

 換気のために全開にされた扉から吹き込む冬の寒風でも、鼻腔にこびりついた強烈な悪臭と、網膜に焼き付いた惨劇の記憶は吹き飛ばせない。

 

 試合は当然、続行不可能だった。

 優空の反則負けにより、千歳朔の勝利。

 そして、ポイント集計の結果、他のクラスも腹痛による棄権が相次いでいたため、相対的に被害が少なかった2年5組の優勝が決定した。

 

 閉会式。

 表彰台の真ん中に、千歳朔が立っていた。

 

 たった一人で。

 

 本来ならば、その隣には満面の笑みを浮かべた内田優空が並んでいるはずだった。

 二人でトロフィーを掲げ、「やったね!」と喜び合い、クラスメイトから祝福の拍手を浴びる。

 それが、彼らが夢見てきた未来予想図だったはずだ。

 

 だが今、千歳の横にあるのは、ぽっかりと空いた空間だけ。

 そこには優空の姿はなく、彼女が残した汚名の記憶だけが座り込んでいる。

 

「……優勝、2年5組」

 

 教師が賞状を読み上げる声も、どこかバツが悪そうだ。

 千歳は震える手で賞状と、副賞の焼肉券を受け取った。

 食中毒騒ぎの直後に渡される食事券ほど、皮肉なものはない。

 

 拍手はまばらだった。

 誰も歓声を上げない。

 千歳は顔を上げることすらできず、ただ足元の床を見つめていた。

 その瞳は死んだ魚のように濁り、光を失っている。

 

 愛する人が、自分の目の前で社会的に死んだ。

 しかも、自分が勝利への執着を捨てきれずに試合を続けた結果、彼女を限界まで追い込んでしまったという自責の念と共に。

 

 俺は列の後ろで、その光景を眺めていた。

 

(……おめでとう、千歳)

 

 俺は心の中で祝辞を述べた。

 お前は勝ったぞ。優空の献身は報われた。彼女の自己犠牲によって、お前のクラスは優勝したんだ。

 望み通りじゃないか。

 

 俺はポケットの中で、空になった下剤の小瓶を弄んだ。

 これで、内田優空という「精神的支柱」は排除された。千歳朔は再び孤立し、さらに深い闇へと堕ちた。

 

 表彰台の上で、孤独に震える元・王様。

 その姿は、俺が福井に来てから作り上げた作品の中で、今のところ最高傑作と言えるかもしれない。

 

 俺は小さく息を吐き、冷え切った体育館の天井を見上げた。

 冬の匂いがする。

 全てが凍てつき、死に絶える季節が、すぐそこまで来ていた。

 

【百人一首編・完】

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