チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語   作:Valkiria

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【第十七章:新たなる刺客編 第4章 ~断罪の公園、名もなき怪物の覚醒~】

### 19.恋する乙女の準備運動

 

 翌日の放課後。

 望紅葉のスマートフォンが震えた時、彼女の世界はパッと色づいた。

 

『今から、いつもの公園に来れるか? 話がある』

 

 差出人は、千歳朔。

 文面は短くて素っ気ないけれど、紅葉にはそれが照れ隠しに見えた。

 昨日の今日だ。邪魔な七瀬悠月を掃除し、他のヒロインたちも駆逐した今、彼の隣には自分しかいない。

 きっと、これからのこと――「特別な関係」について、真剣に話してくれるに違いない。

 

「ふふっ、急だなぁ先輩は」

 

 紅葉は鏡の前で、鮮やかなオレンジ色の髪を入念に整えた。

 リップを塗り直し、マフラーの巻き方を調整する。

 昨夜の暴力の記憶など、彼女の中では「部屋の掃除」程度の感覚で処理されている。

 あんなストーカーみたいな人がうろついていたら、先輩も安心して私と向き合えない。私がやってあげたことは「正義」なのだ。

 

 彼女は軽い足取りで家を出た。

 福井の冬風なんて冷たくない。胸の中には、先輩への愛という暖炉が燃えているから。

 待っててください、先輩。

 私が、先輩の傷ついた心を全部埋めてあげますから。

 

### 20.凍りついた待ち合わせ

 

 公園に着くと、ベンチに座る千歳の背中が見えた。

 寒さのせいか、少し丸まって小さく見える。

 紅葉は愛おしさを噛み締めながら、背後から声をかけた。

 

「千歳先輩! お待たせしました!」

 

 最高の笑顔で駆け寄る。手には、自動販売機で買った温かい缶ココアが二つ。

 千歳がビクリと肩を震わせて振り返る。

 

「……あ、ああ。紅葉ちゃん……」

 

 千歳の顔色は悪かった。

 目の下に濃いクマがあり、唇はカサカサに乾いている。瞳は泳ぎ、紅葉と視線を合わせようとしない。

 どうしたんだろう? 体調が悪いのかな?

 なら、私が看病してあげなきゃ。

 

「先輩、顔色が悪いですよ? 温かいココア買ってきたので、飲みま――」

 

「……これ」

 

 千歳は紅葉の差し出したココアを見ようともせず、震える手で自分のスマートフォンを突き出してきた。

 画面には、動画再生のマーク。

 

「え?」

 

 再生ボタンが押される。

 そこから流れてきた映像を見て、紅葉の思考が一瞬停止した。

 

 薄暗い路地裏。

 紅葉が、七瀬悠月を投げ飛ばし、蹴り上げ、髪を掴んで自動販売機に叩きつけている映像。

 鮮明な音声と共に、昨夜の「掃除」の一部始終が記録されていた。

 『中身が空っぽじゃ、私には勝てませんよ』という、冷徹な自分の声までもが。

 

(嘘……誰が……!?)

 

 思考が白く染まる。

 見られていた。撮られていた。

 誰かが、私を嵌めたんだ。

 

 だが、ここで認めるわけにはいかない。

 これを認めたら、積み上げてきた「健気で可愛い後輩」という仮面が死んでしまう。

 

「……え? 何ですかこれ? 映画のワンシーンですか?」

 

 紅葉はキョトンとした顔を作り、精一杯の「不思議ちゃん」を演じた。

 

「七瀬先輩と私が喧嘩? やだなぁ、そんなわけないじゃないですか。これ、最近流行りの生成AIとか、合成動画(ディープフェイク)ですよ!」

 

 無理がある。自分でも分かる。

 だが、千歳は機械音痴だ。言いくるめられるかもしれない。

 

「私、七瀬先輩とは仲良しですし……こんな暴力なんて、私にはできませんよぉ」

 

### 21.崩壊する言い訳

 

「……嘘をつくなッ!!」

 

 千歳が叫んだ。

 その声には、怒りよりも深い、拒絶と恐怖が滲んでいた。

 

「今日、学校で七瀬を見たんだ……! 顔中包帯だらけで、足を引きずって……俺と目が合ったら、怯えて逃げていった!」

 

 千歳の目から涙がこぼれる。

 

「合成なわけないだろ……! この場所、この声、全部お前じゃないか……! 七瀬だけじゃない。優空も、明日風先輩も、みんなお前が来てからおかしくなった!」

 

「ち、違います! 私はただ……」

 

「まだ嘘をつくのか!? 動画の中のお前、笑ってたぞ……! 人をあんなに痛めつけて、平気な顔で……!」

 

 千歳に詰め寄られ、紅葉は後ずさる。

 言い訳が、通じない。

 「健気な後輩」のメッキが、バリバリと音を立てて剥がれていく。

 

(どうしよう、どうしよう……!)

 

 嫌われたくない。

 軽蔑されたくない。

 焦りが、彼女の口を勝手に動かす。

 

「だ、だって……! 七瀬先輩が悪いんです! 先輩のこと、自分のモノみたいに言って……邪魔だったから!」

 

 言ってしまった。

 認めてしまった。

 

「私はただ、話そうとしただけなのに……向こうが殴りかかってきて……だから、正当防衛で……! 私だって怖かったんですよ!? 先輩を守らなきゃって思って……!」

 

 必死に言葉を紡ぐ。

 先輩のため。愛のため。

 そう言えば、分かってくれると思っていた。

 

### 22.オレンジ色の絶望

 

「……怖いよ、お前」

 

 千歳が絞り出すように言った。

 その一言が、紅葉の胸を鋭利な刃物のように貫いた。

 

「俺のためとか言うな……。俺は、そんなこと望んでない……!」

 

 彼はスマホを握りしめ、ガタガタと震えている。

 

「料理も、勉強も、スポーツも……全部完璧で、俺に合わせてくれて。……でも、その裏でこんなことしてたのかよ……。笑顔で人を傷つけて、平気な顔して俺の隣にいたのかよ……」

 

「せ、先輩……違います、私は……」

 

 手を伸ばそうとする。

 でも、千歳は「ひっ!」と悲鳴を上げて、ベンチから転げ落ちるように逃げた。

 

「来るなッ!! 近づかないでくれ!!」

 

 拒絶。

 決定的な拒絶。

 

 千歳が背を向けて走り出す。

 紅葉のココアも、彼女の歪んだ愛情も、全部置き去りにして。

 公園の出口へと逃げていくその背中を見ながら、紅葉はもう、追いかけることすらできなかった。

 

「あ……ぁ……」

 

 彼女の足元に、手渡せなかった缶ココアが転がり落ちた。

 カラン、と虚しい音が響く。

 

 終わった。

 完璧だったはずの計画も、初恋も。

 誰かの悪意ある暴露によって、全部台無しにされた。

 

 紅葉は公園の真ん中で、頭を抱えて座り込んだ。

 自分を守るための嘘も、先輩を繋ぎ止めるための演技も、全部剥がれ落ちて。

 ただの「性格の悪い暴力女」だけが、寒空の下に取り残されていた。

 

### 23.回想:機密事項「No Name」

 

 雪が降り始めた。

 オレンジ色の髪に白い雪が積もる。

 紅葉の意識は、絶望の中で過去へと遡っていた。

 

 私には、幼い頃の家族との記憶がない。

 物心ついた時には、窓のない無機質な施設にいた。

 

 **内閣情報調査室・特別育成機関。**

 そこで私は、戦闘と諜報のスペシャリストとして育てられた。

 計画の名は無かった。だから、教官たちはこう呼んでいた。

 **『No Name』(名もなき計画)。**

 

 感情は不要。個性は邪魔。

 ただ命令に従い、敵を排除する機能だけが求められた。

 私は優秀だった。誰よりも速く走り、誰よりも冷酷に振る舞えたから。

 

 だが、その計画は大臣の交代によってあっけなく頓挫した。

 施設は閉鎖され、私は「普通の女子高生」として社会に放り出された。

 自由なんていらなかった。生きる目的を失った私は、ただの空っぽな兵器だった。

 

 そんな時、千歳朔に出会ったのだ。

 野球ボールを投げ返した私に、彼は屈託なく笑いかけてくれた。

 『いい名前だね』と。

 その光に憧れた。この人のために生きようと誓った。

 

 でも、私は「普通の愛し方」を知らなかった。

 邪魔者は排除する。ターゲットの好みに合わせて自分を最適化する。

 それしか教わってこなかったから。

 それが私の全力の愛情表現だったのに。

 

「……私は、普通の女の子にはなれなかった」

 

 頬を熱い雫が伝う。

 兵器として作られた私は、人を愛する方法さえも、破壊的でしかなかった。

 

### 24.猟犬の目覚め

 

 公園のベンチ。

 紅葉はゆっくりと顔を上げた。

 瞳に残っていた涙は、冷たい風に吹かれて凍りついていた。

 

 悲しみは、急速に冷め、どす黒い熱源へと変わっていく。

 先輩は、私を拒絶した。

 先輩は、あの動画を見た。

 誰かが、動画を送った。

 

「……誰?」

 

 彼女の思考回路から、感情というノイズが削ぎ落とされていく。

 「悲しい」という感情はもう不要だ。

 今の彼女に必要なのは、状況分析と、敵性存在の排除だけ。

 

 あの動画の撮影アングル。

 送信のタイミング。

 そして、私の行動を完璧に把握し、泳がせていた何者か。

 

 文化祭での破壊工作。百人一首大会での異変。

 それら全ての裏に潜む、一つの影。

 常に千歳先輩の近くにいて、しかし中心には立たず、全てを俯瞰している人物。

 高い身体能力を持ちながら、それを隠して「凡人」を演じている男。

 

「……あいつだ」

 

 **綾小路 清隆。**

 

 紅葉は立ち上がった。

 足元に転がっていた潰れた空き缶を、ゴミ箱に投げ捨てる。

 美しい放物線。

 

「私の世界を壊した代償……きっちり払わせてあげるわ」

 

 オレンジ色の髪をかき上げる。

 その瞳にはもう、先輩への未練はない。

 あるのは、ターゲットを確実に仕留めるための、冷徹で残忍な殺意だけ。

 

 彼女はニヤリと笑い、雪の中を歩き出した。

 犯人探し?

 いいえ、これは「戦争」だ。

 狩りの時間だ。首を洗って待っていろ。

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