チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語 作:Valkiria
### 9.代行という名の貧乏くじ
千歳、柊、七瀬、内田。
2年5組の主要メンバーとの面談を終え、精神的に摩耗しきっていた俺のデスクに、学年主任が無慈悲な追加ファイルを置いた。
「……岩波先生。すまないが、1組の面談も代行してくれ」
「はあ? いや、もう手一杯ですよ。あそこの担任はどうしたんですか」
「胃潰瘍でダウンした。……相次ぐクラスのトラブルで、心が折れたらしい」
冗談じゃない。
2年1組といえば、球技大会での顔面崩壊事故や、文化祭での展示物溶解事件など、5組(というか綾小路)と因縁が深いクラスだ。
あそこの担任が倒れた理由も察しがつく。生徒たちが次々と物理的・精神的に壊れていくのを目の当たりにして、教師としての許容量を超えたのだろう。
「……はぁ。やるしかねえか」
俺は渋々承諾し、1組の名簿を開いた。
そこに並ぶ名前を見て、俺はさらに憂鬱になった。
それは面談リストというより、災害の「被害者リスト」そのものだったからだ。
### 10.飛べなくなった鳥(青海陽)
「……失礼します」
最初に入ってきたのは、**青海陽**だ。
バスケ部のエースで、いつも元気で活発だった少女。だが、今の彼女にその面影はない。
彼女の顔には、まだ痛々しい傷跡が残っていた。
鼻の形が微妙に変わり、右目の下には消えない薄い痣がある。
厚化粧で隠してはいるが、表情が能面のように強張っているせいで、余計にその不自然さが目立っていた。
「座れ、青海。……体調はどうだ?」
俺が何気なくボールペンを回しながら尋ねた、その時だった。
ペンがクルリと視界の端で回った瞬間、陽が「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、両手で顔を覆って縮こまった。
「あ、ご、ごめんなさい……! 何かが、飛んでくる気がして……」
彼女はガタガタと震えている。
先端恐怖症、あるいは飛来物への過剰な反応(PTSD)。
球技大会で、顔面を二度も破壊された恐怖が、彼女の本能に深く刻み込まれているのだ。
「……そうか。悪かったな」
俺はペンを置き、本題に入った。
「大学のスポーツ推薦の話だが……」
「辞退します」
陽は即答した。
「バスケは、もう辞めました。……ボールを見ると、吐き気がするんです。ゴールネットが、私を捕まえる網に見えて……怖くて、動けないんです」
スポーツマンとしての死。
身体能力は回復しても、心が「競技」を拒絶している。
彼女は自分の膝を抱き、小さく呟いた。
「私はもう、ただの臆病者です。……朔くんの敵討ちなんて、最初から無理だったんだ」
彼女の青春は、あの体育館の床に叩きつけられた時に終わっていたのだ。
### 11.泥に沈んだ守護者(浅野海人)
次に入ってきたのは、**浅野海人**。
陽と同じくバスケ部の主力であり、千歳の親友。
彼は入室するなり、俺を睨みつけるような鋭い目つきで座った。それは反抗心ではない。世界そのものへの不信感だ。
彼の鼻にも、手術の痕跡が残っている。
陽を庇おうとして、顔面を粉砕された名誉の負傷。だが、その結果守れたものは何一つなかったという徒労感が、彼を支配していた。
「……文化祭の件、犯人は見つかったんですか?」
開口一番、海人が尋ねてきた。
彼らの作った『巨大粘土像』が、何者かの手によって強力な酸でドロドロに溶かされた事件だ。
「いや、まだだ。警察も動いたが、証拠が綺麗に消されていたらしい」
「……そうですか」
海人はギリと奥歯を噛み締めた。
「俺は、進学しません。卒業したら、親父の店を手伝います」
「おい、お前ほどの成績なら……」
「勉強なんてして何になるんですか!?」
海人が机を叩く。
「どれだけ努力しても、どれだけ体張っても……理不尽な悪意一つで、全部溶かされるじゃないですか! 陽の顔も、俺たちの粘土も、朔の心も!」
彼は悔し涙を滲ませた。
「犯人は笑ってるんでしょうね。……俺たちが無様に泣いてるのを見て。そんな奴がいる世界で、真面目に努力するのが馬鹿らしくなったんです」
熱血漢だった彼の心は、冷徹な「理不尽」によって冷やされ、歪んで固まってしまっていた。
正義が勝つとは限らない。その現実を知ってしまった少年の、悲しい決断だった。
### 12.諦観の参謀(水篠和希)
1組最後の一人は、**水篠和希**。
クールで知的な彼は、前の二人とは違い、淡々としていた。
だが、その瞳の奥にある光は、完全に消えていた。
「進路? ……指定校推薦で、適当なところに行きますよ」
彼は退屈そうに言った。
彼が情熱を注いでいた「ものづくり」や「デザイン」への道は、志望校から消えていた。
「お前、美大を目指すんじゃなかったのか?」
「止めました。……無意味だと悟ったので」
水篠は薄く笑った。
「文化祭で、俺の作った塔が壊されたの、知ってますよね? 先生」
「ああ。ハンマーで叩き壊されたって……」
「ええ。酷く粗雑で、野蛮なやり方でした」
彼は遠くを見る目をした。
「俺はね、美しさや調和が、人の心を動かすと信じてたんです。でも、違った。最後に勝つのは、繊細さの欠片もない、圧倒的でシンプルな『暴力』なんです」
彼は悟ってしまったのだ。
どれだけ緻密に積み上げても、馬鹿の一撃で全ては瓦礫になる。
あの時振り下ろされたハンマーは、塔だけでなく、水篠の価値観そのものを粉砕していた。
「俺はもう、何も作りません。……壊される時の音が、耳から離れないから」
水篠は静かに席を立った。その背中は、老人のように枯れていた。
### 13.押し付けられた「汚点」
1組の面談を終え、俺は机に突っ伏した。
感染している。
千歳朔の周りで起きた「絶望」という名のウイルスが、クラスの枠を超えて広がっている。
そこへ、学年主任が再びやってきた。
「……岩波先生。すまないが、もう一人頼めるか」
「勘弁してくださいよ。どこのクラスですか」
「3年だ。……**西野明日風**」
その名前を聞いた瞬間、俺は嫌な汗をかいた。
あの「カンニング騒動」の渦中にいる生徒だ。
本来なら担当外の3年生を、なぜ俺が?
「彼女の担任が……『裏切られたショックで顔も見たくない』と、匙を投げてしまってな。他の教員も、腫れ物に触るようで……」
要するに、厄介払いだ。
学校の汚点となってしまった生徒と向き合う責任を、誰も取りたくないのだ。
そして、「どうせ千歳たちの件で泥を被っている岩波なら、もう一つ増えても変わらないだろう」という浅ましい計算。
「……わかりましたよ。やりますよ」
俺は吐き捨てるように承諾した。
腐ってる。生徒が壊れ、教師が逃げ出す。この学校はもう、機能不全に陥っている。
### 14.焼却された文学(西野明日風)
扉が開き、西野明日風が入ってきた。
俺は息を飲んだ。
かつて、全校集会や廊下で見かけた彼女は、凛とした知性と、近寄りがたいほどの美貌を誇っていた。
だが、今、目の前にいるのは「犯罪者」の顔をした少女だった。
髪は艶を失ってパサつき、肌は荒れ、制服はどこか薄汚れている。
何より、その瞳だ。
かつて文学や哲学を映していた聡明な瞳は、今はただ、足元の埃を見つめるためだけに存在していた。
周囲からの「カンニング犯」「嘘つき」という視線に晒され続けた人間特有の、怯えと諦めが染み付いている。
「……失礼します」
蚊の鳴くような声。
彼女は椅子に座ると、小さく身を縮こまらせた。
「西野。……大変だったな」
俺が声をかけると、彼女は乾いた笑みを浮かべた。
「大変、ですか? ……自業自得、と言いたいんでしょう? 先生も」
「俺は現場を見ていない。だから断定はしない」
「……みんな、そう言います。でも、目は笑ってる。『やっぱりやったんだ』って」
彼女は自分の左ポケットをぎゅっと握りしめた。
あの日、身に覚えのない紙切れが出てきた場所。それが、彼女の人生を狂わせたブラックボックス。
「進路だが……推薦は取り消しになった。だが、一般入試ならまだ……」
「受けません」
明日風は、力なく首を横に振った。
「大学には行きません。……本の文字を読もうとすると、頭が痛くなるんです。文字が、全部『嘘』に見えてきて」
文学少女としての死。
活字を愛していた彼女が、文字を見ることも拒絶している。
「それに……もう、意味がないんです」
彼女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「合宿のキャンプファイヤーで……燃やされたんです」
「え?」
「私が一番大切にしていた本。……朔君にあげた本を、彼自身の手で、火の中に放り投げられたんです」
彼女は嗚咽を漏らし始めた。
「『何も信じられない』って……。私の言葉も、私たちが過ごした時間も、全部灰になりました。……彼に信じてもらえないなら、私が勉強して、賢くなって、大学に行く意味なんて……どこにもない」
千歳朔との絆。
それが彼女を支える唯一の柱だった。
カンニングの汚名を着せられても、彼さえ信じてくれれば耐えられたかもしれない。
だが、その彼に拒絶され、思い出を焼却されたことで、彼女の心は完全に死んだのだ。
「私は……ただの卑怯者として、静かに消えます」
明日風は立ち上がり、深々と頭を下げた。
その背中には、かつての威厳も輝きも、何も残っていなかった。
### 15.怪物の足音
明日風が出て行った後、俺は机に突っ伏した。
3年生のトップ層までもが潰された。
千歳朔に関わる人間は、例外なく、徹底的に、再起不能なまでに破壊されている。
これは「呪い」なんて生易しいものじゃない。
明確な意志と、緻密な計画を持った「粛清」だ。
そして、その中心にいる人物。
全ての点と線を繋げた時、浮かび上がるたった一つの特異点。
「……来るか」
俺は冷や汗を拭い、居住まいを正した。
恐怖? いや、これは畏怖だ。
一人の高校生に対して抱くべきではない感情が、俺の心臓を鷲掴みにしている。
俺は震える声で、最後の生徒の名を呼ぶ準備をした。