チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語 作:Valkiria
第六章
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試合再開の笛が鳴る。
ボールを持ったのは千歳朔だ。
スコアは1-3。まだ2点差ある。
彼は焦っていた。王座を取り戻すには、俺のお膳立てではなく、自分自身の手で点を取るしかない。そんな強迫観念に駆られ、無謀なドリブルで敵陣へ突っ込む。
「どけ! 俺がいくんだ!」
だが、現実は甘くない。
相手のディフェンダー3人に囲まれ、退路を断たれる。パスコースもない。
(……学習しないな)
俺はため息をつきながら、ボールとは逆サイド、ゴール前(バイタルエリア)のスペースへと忍び寄る。
千歳の視線が俺を捉えた。
彼は逡巡した。自分で撃ちたい。だが、撃てない。このまま奪われれば戦犯になり、完全に終わる。
数秒の葛藤の末、彼は苦虫を噛み潰したような屈辱的な表情で、右足を振り抜いた。
ふわり、と浮くボール。
俺への、逃げのロブパス。
(哀れだな、千歳。本当は自分でゴールを決めたかっただろうに)
その力のないパスは、彼がストライカー(王)であることを諦めた白旗そのものだった。
お前のエゴは、そこで死んだんだな。
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ボールが俺の頭上へと落ちてくる。
俺は先ほどと同じように、右足を大きく振りかぶり、ダイレクトボレーの構えを取った。
「させるかよッ!!」
だが、相手も学習していた。
先程の一撃を警戒し、ディフェンダー二人がシュートコースを塞ぐように体ごと飛び込んでくる。
強引なブロック。このまま振り抜けば、ボールは彼らに当たり、弾かれる。
――それで、止めたつもりか?
俺の世界がスローモーションになる。
空中で、俺は右足の筋肉を弛緩させた。
豪快なシュートモーションを、インパクトの寸前で**即座に解除(キャンセル)**する。
シュートモーション、からの瞬間吸収。
振り抜くはずだった右足のつま先を、優しくボールの下に潜り込ませた。
**トンッ。**
繊細なタッチ。
俺は落ちてきたボールの勢いを殺しつつ、つま先で地面に叩きつけ、バウンドさせた。
**『創造的トラップ』(タップリフト)。**
ブロックに飛んだディフェンダーたちは、空振りの勢いで俺の目の前を通り過ぎていく。
ボールは俺の目の前、無人の空間にふわりと浮き上がった。
俺は軸足を強く踏み込み、身を翻す。
半回転しながら、重力に逆らってジャンプする。
視界が回転し、ゴールマウスだけが鮮明に映る。
俺は空中で体を弓なりにしならせ、右足を鞭のように構えた。
全校生徒の視線が、空中の俺に釘付けになる。
俺は、腹の底から湧き上がる咆哮と共に、世界に宣告した。
「初めまして、藤志高校――――俺が、綾小路清隆だ……ッ!!」
唸るような叫びと共に、神速の蹴りを叩き込む。
**ズドンッ!!!!**
空気を切り裂く衝撃波。
ボールは一直線のレーザービームを描き、キーパーの手を弾き飛ばしてゴールネットを揺らした。
俺は回転の勢いのまま、受身を取って地面に倒れ込んだ。
ザザッ、と芝を滑る音だけが響き、止まる。
ゴールネットの中で、ボールが力なく転がった。
数秒の静寂。
「あれ、自己紹介失敗したか.,,?」
あまりの異次元なプレーに、敵も味方も、観客さえも、何が起きたのか理解できなかった。
そしてさらに数秒後。脳が「ゴール」という事実を認識した瞬間。
**ワァァァァァァァァァァッ!!!!!**
空気が割れるような、爆発的な歓声がグラウンドに響き渡った。
「すげぇえええ!」「天才だ!」「綾小路! 綾小路!」
誰もが俺の名を叫んでいる。
俺はゆっくりと立ち上がり、土を払った。
千歳朔は、へたり込んだまま俺を見上げていた。
その目はもう、ライバルを見る目ではなかった。
自分とは違う次元の生き物、絶対的な「主人公」を見る、ただの観客の目だった。
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歓声が降り注ぐ中、俺は涼しい顔で千歳の方を向いた。
そして、無造作に二本の指を突き立てた。
「次いで二点、だな」
ピースサインではない。ただの冷徹なカウントダウン。
あと二点でお前に追いつく。あるいは、あと二点でお前の存在意義が消滅する。そんな宣告だ。
千歳朔の表情が歪んだ。
そこにあったのは、先ほどまでの困惑や敗北感ではない。
もっとドス黒く、煮えたぎるような**「怒り」**だった。
『ふざけるな』
『それは俺の役目だ』
『俺だって、そのパスがあれば決められた』
顔に書いてある。
どうやら彼は、まだ己を「エゴイスト(ストライカー)」だと錯覚しているらしい。
自分の実力不足を棚に上げ、見せ場を奪われたことに憤慨する。その浅ましい嫉妬心を、彼は「王のプライド」だと履き違えている。
(……呆れた奴だ)
エゴとは、ただ欲することではない。世界を己の力でねじ伏せ、結果で黙らせる力のことを言うのだ。
お前が抱いているのはエゴじゃない。ただの「ワガママ」だ。
俺は冷ややかに目を細めた。
いいだろう。そんなに見たけりゃ、見せてやるよ。
「ワガママ」と「絶対的実力」の間にある、残酷なまでの圧倒的な差を。
**ピィッ!!**
再び、試合再開の笛が鳴り響いた。
残り時間は15分を切っている。
スコアは2-3。
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俺と千歳はいびつながらも、パス交換とドリブルで相手陣内へと斬り込んでいた。
だが、ペナルティエリア手前で、千歳の足が止まる。
肩で息をし、膝に手をつく素振り。スタミナ切れか。
(……脆いな)
必然的に、俺一人で進むことになる。
敵のディフェンダー3人が、俺を潰しにかかる。
俺は重心移動だけで相手のタックルを紙一重でかわし、包囲網を抜け出した。
そして、そこを抜け出した一瞬の隙。
俺がまだトップスピードに乗り切れていない、加速の谷間。
背後から、ドンッという鈍い衝撃が俺の肩に走った。
「――俺のモノだッ!!」
獣のような咆哮。
なんとそこには、スタミナが切れたはずの千歳朔がいた。
彼は俺の背後から強引に体を割り込ませ、ボールを奪い取ろうとチャージをかけてきたのだ。
(……なるほどな)
俺は鈍い衝撃を感じながらも、コンマ数秒で冷静に分析を完了していた。
わざとスタミナが切れたと見せかけ、俺を囮にして敵を引きつけ、俺が加速する前の無防備な瞬間を狙ってボールを奪い取る。そして、自分こそがゴールを決める。
千歳自身は無自覚かもしれないが、あいつの行動が、その薄汚いエゴが、俺の予想をほんの少しだけ上回った。
味方すら食い物にして王座にしがみつこうとする執念。褒めてやるよ、千歳。その浅ましさは嫌いじゃない。
だが――実力が伴わないエゴは、ただの滑稽な道化芝居だ。
「そんなに見たけりゃ、見せてやるよ」
俺は低く呟くと同時に、急激にスピードを緩めた。
ブレーキをかけられた千歳がつんのめる。
その一瞬の隙を見逃さず、俺は彼の足元から即座にボールを奪い返した。
「なっ……!?」
「遅い」
俺たちが止まったことで、周囲のディフェンダーが一斉に殺到してくる。
四方八方を敵に囲まれる絶体絶命の状況。だが、俺は気にしない。
むしろ、好都合だ。
俺はボールを奪い返した勢いのまま、千歳朔のユニフォームの首根っこを左手で鷲掴みにした。
そして、強引に引きずり上げ、無理やり空中に浮かせるようにして俺の隣に固定する。
「うわっ!? おま、なにを……!」
「よく見ておけ、千歳。これが『格』の違いだ」
俺は彼を盾にするわけでも、パスを出すわけでもない。
ただ、一番近い場所で目撃させるためだけに、彼を捕縛した。
「ほら、特等席だ」
俺はそう言いながら、右足を大きく振り上げた。
敵が密集している? コースがない?
関係ない。全て吹き飛ばせばいい。
全身のバネを右足の一点に集約する。スイングスピードは音速を超え、空気が悲鳴を上げる。
その刹那、衝撃が爆発した。
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**『破壊的大衝撃』(ディザスターインパクト)**
カイザーインパクトが針の穴を通す狙撃なら、これは全てを消し飛ばす大砲だ。
**ズガァァァァァァンッ!!**
ボールが蹴り出された瞬間、地面の土が爆発したように舞い上がった。
低い弾道。地を這うような超高速のシュートが、砂塵を巻き上げながら一直線にゴールへ向かう。
ディフェンダーたちは反応すらできず、股下を通過する風圧に足をもつれさせて転倒した。
ゴールキーパーが反応する。正面だ。止められる――そう思ったはずだ。
彼は両腕をクロスさせ、ボールをキャッチしにいく。
だが、神速の速度と圧倒的な質量を伴ったその一撃は、人間が素手で止めていいものではなかった。
「ぐアッ!?」
**ドゴォンッ!!**
ボールはキーパーの腕に直撃し、そのガードごと弾き飛ばした。
いや、弾き飛ばすどころではない。ボールの回転と威力が、キーパーの体重を凌駕する。
キーパーはボールごと後ろに吹き飛ばされ、そのままゴールネットに突き刺さった。
人間ごとゴールに押し込む、規格外の暴力。
**ゴォォォル!!**
審判の笛が鳴るまで、数秒の空白があった。
誰もが、ゴールの中で倒れているキーパーと、まだ回転を続けているボールを見て、言葉を失っていた。
俺は掴んでいた千歳の襟を離した。
彼は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
その顔は蒼白で、唇が震えている。
至近距離で見た「世界」の景色。それが彼にとって、決定的なトラウマ(傷)になったことは間違いない。
「……あと1点」
俺は千歳を見下ろし、冷酷に告げた。
スコアは3-3。
フィナーレは近い。