チラムネの主要キャラに地獄を見せる物語 作:Valkiria
第六章(3)
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試合時間は残りわずか。
俺の『破壊的大衝撃』の後、スコアは3-3。
いつの間にか、試合は振り出しに戻っていた。
次の1点を取った方が勝者となる、ゴールデンゴールに近い状況。
俺はセンターサークル付近で、静かに右手の三本指を天に掲げた。
かつて『皇帝』と呼ばれたシンボリルドルフの三冠宣言。
あるいは、お前たちに下す「三度目の絶望」の予告。
「……さあ、終わらせようか」
俺は興味なさげに指を下ろし、守備位置に戻った。
その仕草だけで、相手チームの戦意は削がれ、焦燥感だけが募っていく。
彼らはもう、俺と対峙することすら恐れていた。
**ピィッ!!**
相手ボールで試合再開。
彼らはパスを繋ぐが、その動きは明らかに逃げ腰だった。
俺のプレッシャーエリア(射程圏内)に入らないよう、サイドへ、後方へとボールを逃がす。
だが、ゴールを狙う以上、いつかは俺のいる中央(サンクチュアリ)を越えなければならない。
ボールはハーフラインを越え、コート中央付近まで運ばれてきた。
ボールホルダーのエースと目が合う。
彼は恐怖に顔を引きつらせた。
『抜けない』『奪われる』『近づくな』
本能的な警報が、彼にワンオンワンを拒否させた。
彼は一か八かの賭けに出た。
俺の守備範囲外――遥か頭上を越える、ロングレンジのハイパス。
ゴール前で待つ味方への、祈るような放り込み。
(……悪くない判断だ)
ボールが高い弧を描き、俺の頭上を通過していく。
このままではゴール前までボールを運ばれ、混戦になれば失点のリスクがある。
普通のディフェンダーなら、振り返って追いかけ、落下地点で競り合うのがセオリーだ。
だが、それでは遅い。
そして何より――**美しくない。**
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改めて言っておくが、俺の身体能力は決して魔法ではない。
空を飛ぶことも、瞬間移動することもできない。物理法則という鎖は、常に俺の四肢を縛り付けている。
故に、俺にも出来ないことはあるし、実現が極めて難しいことも数多くある。
後方へ飛び去るボールを、追いかけ、追い越し、空中で捉えてゴールへ叩き込む。
それは理論上、不確定要素の塊だ。
タイミング、跳躍力、ボディバランス、インパクトの精度。
その全てが神がかり的に噛み合わなければ成立しない、無謀な賭け。
だからこそ――――今からすることは、確信も確証もない、純然たる**「挑戦」**になる。
俺は反転した。
ボールを追う。
背後からのボール。距離にして10メートル。
普通に走っても間に合わない。
「はッ! 無理だろ!?」
相手のエースが勝ち誇ったように叫ぶ。
周囲の観客も、千歳さえも、俺が諦めてただ走っているだけだと思っただろう。
だが、俺は気にしない。
俺の視界には今、ボールとゴールを結ぶ、針の穴のような「光の道(ルート)」が見えている。
俺はトップスピードのまま、地面を強く踏み込んだ。
走るためではない。
空へ還るために。
**ダンッ!!!!**
爆発的な踏切。
俺の体は、バク宙の要領で後方へと跳ね上がった。
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刹那――――。
その光景を見ていた全員が、息を呑んだ。
時が止まったような錯覚。
秋空を背にして舞う俺の背中に、彼らは確かに**「翼」**を幻視した。
それほどまでに高く、優雅で、暴力的な飛翔。
重力という概念が、俺の前でだけひれ伏したかのような滞空時間。
思考が加速する。
全身の血液が沸騰し、体がひりつくような感覚に支配される。
研ぎ澄まされた集中力が、世界からノイズを消し去る。
**挑戦的集中(FLOW)。**
ボールが、俺の予測したポイントへ落ちてくる。
俺の体は空中で完全に逆さまになり、右足が天を指していた。
視界の端に、ゴールマウスと、呆然と口を開けているキーパーが見える。
(見ているか、千歳)
(俺をまだ知らない、藤志高のクソどもに告ぐ)
俺は空中で体を捻り、全身のバネを右足の一点に収束させた。
今、この瞬間を目撃する全ての網膜に、焼き付けてやる。
(俺のゴールを…………刻みやがれっっっ!!)
瞬間、空中の逆さの体勢から、俺の右足が解き放たれた。
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オーバーヘッドキック。
だが、そんな既存の枠組みで語れる代物ではない。
士道龍聖の『ビッグバンドライブ』すら凌駕する、究極の空中弾道。
**『超新星爆発』(スーパーノヴァドライブ)**
**ズガァァァァァァァァンッ!!!!!**
インパクトの瞬間、空中で爆発が起きた。
ボールは原型を留めないほど歪み、砂塵と旋風を伴いながら、超高速で地面へと撃ち下ろされた。
キーパーの手前、ゴール直前でのバウンド。
不規則な回転と、爆発的な加速。
**ドゴォンッ!!**
地面をえぐるようなバウンドが、キーパーの反応を嘲笑うように頭上を越え、そのままゴールネットの上段に突き刺さった。
ネットが悲鳴を上げて引きちぎれんばかりに伸びきる。
俺は回転しながら着地し、片膝をついて立ち上がった。
**ゴォォォォォォォル!!**
審判の笛が鳴り響く。
だが、その音はすぐに、スタジアム全体を揺るがすような絶叫にかき消された。
「うわあああああああ!!」
「入った! マジかよ!! オーバーヘッド!!」
「綾小路! 綾小路!」
ピッチには、ボールがバウンドした地点に、抉れたような**クレーター**ができていた。
それは、俺がこの試合を、この学校の常識を、物理的に破壊した証左。
俺は汗を拭うこともせず、沸き立つ観衆の中、ただ一人静かに空を見上げた。
スコアは4-3。
逆転。
王の凱旋(パレード)は、これにて閉幕だ。
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スタジアムの熱狂が最高潮に達する中、俺は静かに右手を挙げ、四本の指を天に突き立てた。
この試合で奪った4点。
そして、千歳朔という男に与えた4つの絶望。
俺は観衆を見渡してから、その腕を指揮者が演奏を終えるかのように、鋭く振り下ろした。
**ピィッ、ピィッ、ピィィィィィィッ!!!!!**
俺の動作と完全にシンクロするように、試合終了の長い笛が鳴り響いた。
まるで、時間さえも俺が支配していたかのような、完璧な幕引き。
どっと押し寄せるクラスメイトたち。
もみくちゃにされる俺の周りで、柊夕湖と七瀬悠月も興奮冷めやらぬ様子で頬を紅潮させている。
「転校生くん、好き!」「貴方のその強さ、痺れたわ……!」
彼女たちの瞳には、もう千歳の面影はない。あるのは、圧倒的な勝者である俺への陶酔と服従の色だけだ。
俺はその狂騒の中心にいながら、視線だけを冷たく動かした。
歓喜の輪の外。
ピッチの中央で、一人の男が崩れ落ちていた。
千歳朔。
彼は両膝を芝につき、項垂れていた。
全身の力が抜け、魂が抜けた抜け殻のように震えている。
俺はクラスメイトたちの手を無造作に振りほどき、静かに彼のもとへ歩み寄った。
俺が近づくと、周囲の空気が凍りついたように静まり返る。
### 15
俺は千歳の目の前に立ち、その影で彼を覆い隠した。
彼はゆっくりと顔を上げた。
その瞳は虚ろで、焦点が合っていない。俺という圧倒的な太陽(ルシファー)に焼かれ、自我が蒸発してしまったかのように。
俺は彼の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声量で、最後の破滅の言葉(カース)を囁いた。
「お疲れ様、マイ・ベストピエロ(憐れな傀儡人形)」
その一言が、千歳の精神を繋ぎ止めていた最後の糸を断ち切った。
「あ……あぁ……、あ……」
彼の喉から、言葉にならない空気が漏れる。
次の瞬間、彼の整った顔がくしゃくしゃに歪んだ。
目からは涙が、鼻からは鼻水が、そして半開きの口からは涎が。
顔中の穴という穴から、様々な液体が溢れ出した。
それは「悔し涙」などという綺麗なものではない。
プライド、自尊心、王としての虚勢。それら全てが内側から決壊し、汚物のように垂れ流される、完全なる精神崩壊(ブレイクダウン)。
「う、うぅ……ひぐっ、あぁああ……」
彼は幼児のように泣きじゃくり、地面に崩れ落ちた。
もはや立ち上がる気力も、俺を見上げる意志すらもない。
ただの、壊れた玩具。
俺はそんな彼を一瞥もしないまま、背を向けた。
用済みだ。
最高の見せ場を演出してくれたことには感謝するが、舞台を降りた道化に興味はない。
俺は歓声を上げるクラスメイトたちの中心へ、悠然と歩き出した。
背後で啜り泣くかつての王の声は、俺の勝利を祝うBGMとしては、少々見苦しいほどだった。
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「ねえ転校生くん! さっきのシュート何!? マジで惚れたんだけど!」
「あの跳躍……美しかったわ。貴方の筋肉、どうなってるの?」
ピッチからベンチへ戻る道すがら、夕湖と悠月が左右から俺にまとわりついてくる。
夕湖は俺の腕に豊満な胸を押し付け、悠月は熱っぽい瞳で俺の太腿や腹筋を値踏みするように見つめている。
千歳朔という「敗者」には目もくれず、新たな「勝者」である俺に乗り換えるその早さ。
生存本能としては優秀だが、その浅ましさは吐き気を催すレベルだ。
「……ああ、運が良かっただけだよ」
「またまたー! 謙遜しちゃってさー。ね、この後の休憩、一緒にジュース買いに行こ?」
俺は彼女たちの言葉を適当に聞き流し、無造作に腕を振りほどいた。
媚びを含んだ視線。所有欲に塗れた声。
彼女たちは勘違いしている。俺が千歳を倒したことで、自分たちが自動的に俺の「女(トロフィー)」になれると思っているのだ。
(……安心しろよ)
俺はタオルで汗を拭いながら、その陰で唇を歪めた。
俺がお前たちを見逃すとでも思ったか?
千歳という王を失い、俺という新しい宿主に寄生しようとするその精神性。
徹底的にへし折ってやる必要がある。
(お前らにも絶望を与える機会は用意してやる、売女(ばいた)共)
俺は冷たい瞳で、燥ぐ彼女たちの背中を見送った。
そして、次の種目までの休憩時間となった。
俺は自分の席でスポーツドリンクを飲みながら、次の種目の要項を確認する。
『男女混合バレーボール』。
男子3名、女子3名の構成。
俺はもちろん出場する。そして女子枠には、柊夕湖と七瀬悠月が立候補していた。
「次はあたしたちの出番だね! 転校生くんがいれば無敵じゃん!」
「ええ。サッカー部相手にあれだけやれたのよ。バレーなんて貴方の独壇場でしょ」
二人が俺の席に来て、勝った気でいる。
彼女たちは思っているはずだ。俺の身体能力に便乗すれば、自分たちも輝けると。俺が守ってくれると。
だが、俺が描いているシナリオは違う。
「……さあな。足手まといにはなるなよ」
俺は短く告げ、空になったペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。
ボトルは美しい放物線を描き、一度も縁に当たることなく吸い込まれた。
さあ、次はバレーコートだ。
まずは蝶の羽を、一枚ずつ丁寧に毟り取ってやろう。