夜刀ノ教活動記録   作:Ⅵ号鷲型

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僕とお隣さんと

 定時を4時間超えた残業で疲れた体を引きずるゾンビのように歩き、人でごった返す鉄道駅のプラットフォームで人の波に押しつぶされる。

 少ない給料を貯めて老後に備える。こんな生活が続いて昨日で生まれて38回目の誕生日だが、もう誰からも祝われる事もなくただ老いを感じるだけの日となってしまった。

 流れる夜景に癒される以上に人に疲れる。

 

 駅を降りて人の流れに身を任せて改札を通り抜けた時、ふと見慣れた駅前ロータリーの中で暗がりでもはっきりと分かる白い肌に、街明かりに照らされて白く煌めいた長い髪。

 そして美しくもこの世とは思えないような不気味さもある赤い瞳を持つ若い女性が目に留まった。

 彼女も最初からこっちを見ているようでその目線が交差する。

 その瞬間に優しく微笑み掛けた彼女にどうすればいいのか分からず、少しだけ不自然な笑顔を作って会釈だけしてそそくさと歩き去ってしまった。

 一体、彼女はなんなのだろう。知り合いにあれほど美しい美女がいた記憶が全くない。

 

 自宅のマンションへの道中、さっき見たあの笑顔が何度も頭の片隅に浮かんでは消えていく。

 独身を続けていたとはいえ、やっぱり僕も男だなと身をもって知らされた。

 出来る事なら、またもう一度あの笑顔が見てみたい。

 いつも仕事とゲームの事しか考えてなかった思考に入っきた思わぬノイズを振り払うように頭を降った。

 今日はとにかく早く帰ろう。

 

 その時、背後から見つめる赤い瞳に僕は気付くことはなかった。

 

 

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 寝て起きても忘れられないあのアルビノ美女の笑顔を浮かべつつ出社した翌日、担当していた案件がほぼ終わっていた事もあって午後お昼と引き継ぎだけ済ませて半ドンした日。

 いつもと違って座ってもまだ席が空いている程の空席がある車内はいつ見ても新鮮だ。

 そしていつもとは違う明るい駅前ロータリーに降りた時、驚くべき光景を目の当たりにした。

 昨晩会った彼女にあの笑顔にまた会えたのだ。

 昨日と同じようにまた目が会い、同じように笑顔で微笑んでくれた。まるで降り注ぐ太陽の光のように眩しい彼女に今度は心からの笑顔をした。

 

 そして、白い長袖のワンピースとコートを着こんだ彼女の方から近付いてくる。

 ドキリと少し心臓が高鳴り、少し強めに吹いた風になびく髪を抑えた彼女はとても美しく見えた。

 まるで漫画やアニメでしか見ないような容姿に昨日と同じように見とれてしまう。

 

「こんにちは。また会いましたね」

「ど、どうも…………

 あの、どこかでお会いしましたか?」

 

 全く面識がないはずだが、どうやら彼女はこっちを知っているらしい。一体何故だろう。

 もしかしたら、住んでるマンションが同じなのかもしれない。

 色々と考えを巡らせていると女性はクスリと笑った。

 

「〇‪✕‬マンションの3階に住んでるでしょう?」

「えっ、そうですがどうしてそれを?」

「私、同じ階の隣に住んでいるんですよ?」

 

 まさかのお隣さんだった。

 しかし、こんなお隣さん居た記憶はない。知らぬ間に越してきたのだろうか。

 確かに最近は残業ばかりでまともな時間に帰れた試しがない。

 

「そうなんですね。全く知りませんでした」

「いえ、私も前に隣の部屋に入っていくのを偶然目撃しただけなので。

 ですが、これも何かの縁。少しお話しませんか?」

 

 別に断る理由もないし、ご近所付き合いは大切だ。

 どうせ帰ってもゲームしかしないし、たまにはいいだろう。

 

「えぇ、良いですよ。どこか喫茶店でも入りましょうか」

「ありがとうございます。彼処のドーナツ屋でも良いですか? 

 私、ドーナツが好きなので」

「えぇ、構わないですよ。ちょうど昼下がりですし、行きましょう」

 

 行先も決まったことで、あれよあれよ駅前のチェーン展開してるドーナツショップへと向かった。

 

 

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 道中、軽い自己紹介を済ませて店内へと入っていった。

 目の前のアルビノ美女は八代 晴美というらしい。

 つい最近、引っ越してきたとのことで一人でこの街に来たとの事。

 治安も悪くはないし、女性一人で住むには問題ない。

 

「それで、貴方は?」

「あぁ僕は田城 純。しがない会社員です。いつも帰ったらゲームくらいしかしてませんが」

「そうなんですね。お仕事は大変なのですか? いつも帰りは遅そうで」

「まぁ、残業は多いところですから…………」

 

 そうこう話をしているうちにドーナツとコーヒーを手に陽の当たる席で二人で話に花を咲かせる。

 聞けば彼女も自分と同じ会社勤めであり、本を読んだりあるいはゲームをしたりと趣味においても共通点が多く気がつけば二時間も話し込んでしまっていた。

 そして彼女から興味深いものを聞いた。

 

「夜刀ノ教?」

「はい。最近聞いたんですけど、新興宗教なんです」

「へぇ………… またなんか怪しいのがいるもんですね」

 

 色々と怪しいものが蔓延る世の中だが、まさか晴美さんもそんな怪しいのに興味があるとは思わなかった。

 ここら辺に関しては個人の自由だから、それについてとやかく言うつもりはない。

 

「一回だけそのやっている神社に行ったんですけど、なにか話を聞くとかじゃなくてただお参りをするだけでしたよ」

「変な道具買わされたりしなかったんですね。

 あっ、いやそういうのって大体、詐欺まがいの物売りとかしてるイメージだったので」

 

 やはり変なイメージがあると思ったが、どうやら宗教としてはマトモな部類だ。

 景色も良いらしく、特に紅葉が綺麗なのだという。観光として見て回るのも悪くない。

 

「ふぅん。そんな場所があったんですね。知らなかったなぁ」

「今度、行ってきたらどうですか? 

 私も少しだけいい事が起こるようになった気がしましたし」

 

 それからは色々と話を聞いたり、お互いの連絡先を交換して二人の代金を僕が全部支払った。

 どうせゲームの課金にしか使っていないし、課金額に比べれば屁でもない。

 

 そうして日が傾き始め、見慣れた道を二人で歩いた。

 まだ隣に歩く晴美さんの横顔を見ると、ほんの少しだけ心臓が高鳴る。

 まだ夢のように思えるが、今日という日にこれほど感謝したことは無かった。

 そしてマンションの自分の部屋の前に立った時、ふと隣の部屋に入ろうとする晴美さんの方へチラリと見る。

 彼女の方もこっちに視線を向けて、あの時見た優しい笑顔を浮かべてくれた。

 その表情に僕はほんの少しだけはにかんだ笑顔を浮かべる。

 

「あの、今日は楽しかったです。ありがとうございました」

「えぇ、こちらこそ急なお誘いを受けてくださってありがとうございました。またいつかお茶しましょう」

 

 そう言って彼女は自分の部屋に入ってガチャンと扉を閉めた。

 これが実は電車の中で見た夢でしたと言われても信じてしまいそうだ。

 

「そうだ。晴美さんの言ってた神社ってなんて言ってたっけ」

 

 自分の部屋に入って、パソコンを起動しながら家事を済ませようとネクタイを緩めた。

 

 

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 お茶してから数日。

 仕事が落ち着き、定時退勤が続いたのもあって、晴美さんとはたまに食事をしたりするほど親しくなった。

 そんな僕は彼女から勧められた景観の良い夜経神社に向かって休日に電車に乗っている。

 休みの日にやる事もなかったしどうせ暇だったから、ちょっと見て回るくらい良いだろう。

 確か、場所は夜佐護町とかいうちょっと離れた町にあるって言ってたっけかな。

 

《次は終点、夜佐護町。夜佐護町。お出口は右側です。電車とホームの間が広く空いている所がありますのでお降りの際はお気を付けください。

 お忘れ物なさいませんよう、お気を付けください。

 本日も□〇鉄道をご利用いただきまして、ありがとうございました》

 

 いつもと違う電車に乗って何処かへ行くのは何時になってもワクワクする。

 知らない土地を行くのも悪くない。

 

 電車を降りた時、見えたのは大きくなければ小さくもない町と、大きな山々が目に飛び込んできた。

 普段からビル群しか見ていない僕からすれば、ここから見るの景色も綺麗だ。

 

 改札を抜けた先は都市近郊にある小さな町と言った感じで商店街や民家、チラホラと雑居ビルが見える。

 住んでいる地元の喧騒もなく、どこか田舎感もあると言った感じだ。

 スマホ片手に検索した道案内を確認しながら、見知らぬ静かな町へ一歩踏み出す。

 

「えっと、夜経(やけい)神社は…………

 駅から15分くらいなんだ。こっちの道かな」

 

 道案内頼りに駅前の商店街へと僕は足を踏み入れた。

 古くから地元に根付いているお店で買い物をする常連客。香ってくる揚げたての美味しそうなコロッケの匂い。

 感じたはずないのに何処か懐かしく思えてしまう。

 

 そんな商店街を通り抜けると、打って変わって静かな住宅街へと辿り着く。

 特にこれといったものはないのだが、人の気配すらしない。ここに本当に人が住んでいるのだろうか。

 商店街とは全く違う静まり返った住宅街をさらに進み、段々と民家に混じって倉庫や畑がちらほらと混じっていくのが見える。

 そして、遂に見つけたのだった。

 

「ここが夜経神社…………」

 

 紅葉が舞う中に参道と階段、そして鳥居が佇んでいる。

 写真で見るよりも綺麗な風景に思わず息を飲む。

 一礼してから鳥居をくぐったその瞬間、空気が少し変わったような気がする。

 きちんと人の手が入っているのか、参道や階段は石造りなのに歩きやすい。

 なかなか雰囲気のある境内を歩いた先に小さな神社がポツリと立っている。

 この静かな境内にまさかの人物と出会うとは思わなかった。

 

「おや、こんな所で会うとは奇遇ですね。田城さん」

 

 そこに居たのは、風変わりな衣装を身にまとった晴美さんだった。

 

 

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 いつも見ている私服姿と違って、巫女服のような和風の服に紫色の袴。そして黒く全身を覆えるくらい長いマントを羽織っている。

 まるでこの神社の巫女さんのような姿と晴美さんの白い髪と紅い瞳が際立つ。

 僕は思わず見とれてしまい、しばらく動けなかった。

 

「田代さん、どうかしましたか?」

 

 にこりと微笑む晴美さんに僕はハッと我に返った。

 チラリと周りを見ても誰もおらず、風が通り木々が葉を揺らす音しかしない静かな境内だけ。

 少し気恥しさで顔を赤らめる僕に晴美さんはいつもの笑顔で微笑みかけてくれる。

 聖女がいると言われたら、僕は間違いなく晴美さんの事を聖女と言うに違いない。

 しかし、なぜ彼女はここにいるのだろう。

 

「あっ、すみません晴美さん。とても綺麗で…………」

「ありがとうございます。田代さん」

「それで、晴美さんはなんでここに? 

 それにその格好はどうしたんですか?」

「あぁ、これですか。今日は仕事が休みなので、お手伝いに来てるんです。この神社にはお世話になったので」

 

 なるほど、どうやらこの夜経神社と晴美さんは何かと縁が深いらしい。

 確かに僕も地元のお祭りの手伝いをしたりしたから、晴美さんがこの神社にいるのも納得出来た。

 

 それにしても舞い散る紅葉も相まって、懐かしくも美しい日本風景が生み出されている。

 晴美さんがお勧めするのも納得する美しい景色。

 改めて見ても息を飲む絶景だ。

 

「そうなんですね。それにしても、本当に綺麗な神社です。晴美さんがここをオススメしてくれたのも分かりましたよ」

「ふふっ、そう言っていただけると私も嬉しいです。

 私は小さい頃はこの町で生まれ住んでいたんです。だからこの町を田代さんに見てもらえて嬉しいなって思ったんです」

 

 そういえば、確か晴美さんの出身地が夜佐護町だったというのを思い出した。

 小さい頃からこの神社に通っていたのだろうか、ふと神社を見てる彼女の横顔は懐かしそうに古びた社を見ている。

 笑顔とはまた違った美しい造形に目を奪われそうになるが、こっちを向く晴美さんと目が合いそうになって僕は慌てて目を逸らした。

 

「そうだ。私とこの神社を見て回りませんか? 

 もっと綺麗なところも案内できると思いますし」

「はい、是非ともお願いします!」

 

 素敵な誘いに僕は断る訳もなく、晴美さんと二人で境内の奥へと歩き出した。

 

 

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「夜刀ノ様?」

 

 境内を歩いて見て回りながら、晴美さんの口から出たこの神社に祀られている神様の名前に僕は首をかしげた。

 

「はい、この神社に祀られている白い蛇の神様なんですよ。生まれ変わりの神様だと信じられているんです」

「そうなんですね。たしかにやり直ししたいって思う時は僕にもありますし、そういう願いが叶えばなって思いますよ」

 

 思い返せば、仕事がキツすぎて何のために働いているのか分からない時も多々あった。

 友人とも連絡する頻度は少なくなるし、楽しみはゲームのみ。

 もっとただ浪費するだけでない、他の人生もあったはずと思う。

 そう思った所でもうどうしようも無いのが現実なのだけれど。

 

「田代さんも色々とお悩みをお持ちなのですね。

 そうだ。お参りしてはいかがですか? 

 気分的に少しでも楽になるかもしれません」

 

 確かにせっかく神社に来たのだからお参りくらいはしないと夜刀ノ様にも失礼かな。

 僕はそのまま社の前にある賽銭箱に10円玉を入れ、目を閉じて頭を下げた。

 新しい人生を欲しいとは言わない。ただせめてもう少しだけ良い人生になりますように。

 こんな願い事をしたら怒られてしまいそうだが、願うくらいは許して欲しい。

 

 お参りした後、神社裏から見える街並みと山々の景色を長めて夜経神社の御守りも買ってあっという間に時間が経ってもう夕方になっていた。

 そろそろ帰らないと明日に差し障る。

 

「晴美さん、今日は色々とありがとうございました」

「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございます。また今度一緒にお参りしたいですね」

「はい。また今度行きましょう」

 

 そうして僕は夜経神社を立ち去る。

 ここから大きく僕自身が変わる事になるとはまだ思わずに。

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