ふらふらと歩いていると誰かにぶつかってしまった
「わっ、ごめん」
慌てて謝り、その人を見るとしのぶだった
「ちょうど良かった」
「何か用事?」
「えぇ、ちょっとそこに座りなさい」
有無を言わせない調子に、思わず頷く
渋々と近くの椅子に腰を下ろすと、正面にしのぶが立った
なんだろう…嫌な予感がします
「……海斗」
頬は赤い。でも、目が笑っていない
「その顔、さっきから気になってたんです」
「え、顔?」
「もう決めてますって顔です」
間髪入れず、盃を机に置く。音は軽いのに、やけに響いた
「痣の話、聞きましたよね?」
「……うん」
「なら、どうしてそんな諦めた目をするんですか」
声は低く、穏やかなのに
「いいですか。痣=短命、なんていうのは推測です。資料不足、症例不足、検証不足。医者として言わせてもらえば……」
一歩、近づく
「不確かな話を、確定事項みたいに受け取らないでください」
酔っているはずなのに、言葉は一切ぶれていない
「戦って、生き残って、今ここにいる。それだけの身体を作った人が、未来を切り捨てる理由なんてありません」
少しだけ息を吐いてから、言い切った
「勝手に寿命を決めるの、やめてもらえます?」
一瞬の沈黙
「…煉獄さんや他の人たちも、調べてるんです。それは。まだ可能性があるってこと」
にこりと微笑む。でも、そこにはいつもの柔らかさはなかった
「諦めたら…私、怒りますから」
そう言ってから、しのぶは一度だけ視線を伏せた。ほんの一瞬、怒りとは違う色が混じる
「……怒るの、疲れるんですよ」
小さく息を吐き、盃を手に取る
「だから、なるべく使いたくないんです。それでも言うのは……放っておけないからです」
いつもの柔らかな笑みが、ようやく戻った
「医者としても、仲間としても。まだ、生きる選択肢がある人を、見送る気はありません」
そう言って、肩をすくめる。くいっと一口飲んで、ふっと息をついた
「ちゃんと生きる努力、してくださいね。それが、私の仕事を減らす一番の方法なんですから」
そう言い残し、今度こそ軽い足取りで、庭の賑やかな方へ戻っていった
「しのぶも…昔みたいに笑えるようになって」
気づくと、背後にカナエとカナヲが立っていた
「お姉ちゃん、嬉しいわ。私も、海斗くんのこと…諦めていないから」
その言葉に、返す言葉が見つからなかった
黙ったままの僕を置いて、カナエはしのぶの方へ向かっていく
カナヲだけが、少しだけ近づいた
「痣の話を聞いた夜……姉さんたち、すごく泣いてました」
静かな声だった
「だから。これ以上、泣かせたら…許しません」
「……まいったな」
そう呟くと、胸の奥が、少しだけ温かくなった
…………………………………
「モテる男はつらいねぇ…」
カナヲも立ち去ったあと、気配もなく肩を叩かれた
「わぁ!びっくりさせないでよ…」
「悪い悪い」
振り返ると、宇髄さんがいつもの調子で笑っている
「まったくもう。で、これからどうするの?」
「俺は嫁と帰るよ。あとは自由に生きるぜ」
「宇髄さんらしいや」
「悲鳴嶼の旦那は、どうするだい?」
その名を呼ばれ、悲鳴嶼さんは静かに頷いた
「寺子屋を開こうと思ってな…読み書きができない子供たちも多くいる。私は目が見えないが…隠しの子たちが協力すると申し出てくれたのだ。お館様からも支援させてほしいとお言葉を頂いている…有り難き幸せ…」
戦いが終わったからといって、すべてが終わるわけじゃない
帰る場所がある者も、これから探す者もいる
それでも、この繋がりを大切にしようとしているのが、伝わってきた
「うん、素敵なことだね。僕にも協力できることがあるならさせて欲しいな」
悲鳴嶼さんは、嬉しそうに泣いていた
「海斗」
振り向くと、無一郎と有一郎が立っていた
「無一郎、有一郎」
「あの時、ちゃんとお礼を言えてなかったから伝えておきたくて」
無一郎が僕の右に腰を下ろし、静かに話し始める
「あの時?」
「黒死牟の時もそうだし、俺たちの運命を変えてくれたことに対してもな」
有一郎が左に座り、空を見上げた
「「ありがとう」」
「俺はあの時、反対したことに後悔してない。結局、無一郎の頑固さには勝てなかったけどね」
「僕はあの時、鬼殺隊に入ることを決意したことに後悔してないよ。だって、ひとりじゃなかったし」
僕越しに無一郎が嬉しそうに有一郎の方を見た
「きっと1人だったらもっと辛かった。でも有一郎のお陰で最後まで戦えた」
「もう、こんな我儘には付き合わないからな」
そう言って、有一郎は少しだけ照れたようにそっぽを向いた
けれど、その声はどこか優しかった
…………………………………
「岬!」
聞き慣れた声に振り向くと、伊之助がこちらに駆けてきていた
その後ろを、炭治郎と禰豆子ちゃんが並んで歩いてくる
「こら、伊之助。岬さんだろ」
「がはは、猪突猛進!」
「伊之助は、お腹いっぱいご飯食べたかい?」
「おうよ!まぁ、アオイの飯の方が美味いけどな!」
禰豆子ちゃんがくすっと笑いながらも宥める
「伊之助、声大きい」
「お?あ、わりぃ」
一瞬で静かになる伊之助に、思わず吹き出してしまった
「炭治郎、禰豆子ちゃん」
「はい?」
突然、名前を呼ばれてキョトンとする2人
「ありがとう」
他に言いたいことがあるはずなのに、うまく言葉にできない
胸の奥で渦巻く感情が、多すぎて整理できなかった。
炭治郎は一瞬だけ目を丸くして、それから柔らかく笑った
「はい」
それだけで、十分だと言うみたいに。禰豆子ちゃんは一歩近づいて、小さく頷く
「私…寝てる時に海斗さんの声が聞こえたんです。頑張ってねって、その時は、誰に言われたのかわからなかったけど、その言葉だけは心の中に残っていました」
その声は静かで、でもはっきりしていた
伊之助が腕を組んで、鼻を鳴らす
「よく分かんねぇけどよ!生きてりゃそれでいいんだろ!」
「伊之助…」
炭治郎が少し困ったように伊之助を呼んだ
「だってよ!死んでたら話せねぇし、メシも食えねぇし!」
禰豆子ちゃんが、またくすっと笑う
「それ、大事」
「だろ?」
そのやり取りを聞きながら、胸の奥が少しだけ軽くなる
お互いに、それ以上は何も言わなかった
言葉にしなくても、ちゃんと伝わっている気がしたから
…………………………………
人の輪から少し離れて、縁側に近づく。庭の喧騒が、幾分遠くなった
お館様が静かに隣に座った。桜を見上げながら、穏やかな表情で杯を手にしている
「……楽しんでいるかい、海斗」
「はい。こんな光景を、ずっと見たかったんだと思います」
そう答えると、お館様は小さく頷いた
「ありがとう。海斗のお陰で失うはずだった子供たちが生きている…こんなに嬉しいことはないよ」
少しの沈黙。風が吹き、花びらが静かに庭へ落ちる
「……後悔は、ないかい」
不意に、そう問われた
「あります。どうしても、救えなかった命も、守りきれなかったものも」
正直に答える。誤魔化す理由が、もうなかった
「でも……それ以上に、残ったものもあります。繋がった命や、帰る場所や……こうして笑っている時間とか」
お館様は、静かに耳を傾けてくれた
「それでいい。後悔があるということは、それだけ真剣に生きた証だからね」
杯を置き、こちらに向き直る
「鬼殺隊は、ここで終わる。でも、君たちが紡いだものは終わらない」
「…はい」
「これからは、海斗自身の人生を生きなさい。剣を握らなくても、戦わなくてもいい」
少しだけ、声音が柔らかくなる
「…ありがとうございます」
それ以上、言葉は出なかった。お館様は、いつものように穏やかに微笑んだ
たくさん話したせいか、無性に甘いものが食べたくなっていた
みたらし団子の、甘く香ばしい匂い
覗き込むと、最後の一本が、ぽつんと残っている
心が躍り、手を伸ばした、その瞬間
ひょい、と横から手が伸びて、みたらし団子が消えた
ゆっくり顔を向けると、義勇が口いっぱいに頬張っていた
「…僕、みたらし団子好きなのにまだ1本も食べてないんだけど」
「残念だったな。早い者勝ちだ」
そう言って、ほんの少しだけ
本当にほんの少しだけ、得意げな顔をする
「……義勇、それドヤ顔のつもり?」
「違う。事実を述べただけだ」
「…その口で言われると、余計腹立つんだけど」
「何が問題なんだ」
周囲の笑い声が、一段大きくなった
桜の花びらが一枚、空の皿の上に落ちる
…鬼はもういないけれど
戦いが終わっても、こういう理不尽は、まだ残っているらしい
みたらし団子オチでした
さてと、この後は考えているんですけど
賛否両論になると思いますが私の妄想なので許してくださいと先に宣言しときます