祝言を挙げてからもう2年
平和な日々だった
鬼のいない夜にもようやく慣れた
蝶屋敷へ顔を出せば相変わらず賑やかで、柱たちもそれぞれの道を歩んでいる
2人で台所に立ち、奏瀬がふざけながら作った料理を食べて大笑いしたこと
雨の日に窓辺で紅茶を飲みながら、外をぼんやり眺めて静かに時を過ごしたこと
色んな人のところや場所に訪れて、一緒に笑ったり悲しんだりしたこと
そんな小さな瞬間のひとつひとつが、どれも忘れられない
最近、朝が少しだけ重い。ほんの少し、息が浅い。ほんの少し、立ち上がるのが遅い
誰も気づかない程度
でも自分の身体のことは、自分が一番わかるんだ
終わりは、思っていたより近いらしい
月1健診に行っても、しのぶは「特に異常はないね」と安心したように言ってくれた。その顔を、よく覚えている
紅葉も見頃を過ぎ、落葉が舞う季節になり、症状は一向に重くなるばかり
そんな日の晩のことだった
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
「美味しかったよ。この煮物、味変えた?」
「えっ?うーん、そんなことないはずだけど…」
「僕の気のせいだったのかも。食器片付けるね」
椅子から立ち上がり、食器を手に持った瞬間だった
ふっと、床が遠くなった気がした
目の前が真っ暗になり、掴んだはずの椅子が、するりと滑った
食器が割れ、椅子と共に倒れ込んだ
「っ!海斗さん!」
奏瀬の慌てた声が聞こえる
安心させようと返事したいのに口を開いても、空気しか出なかった
半月も経たないうちに、再び蝶屋敷を訪れた
話を聞き終えたしのぶは、ゆっくりと視線を落とした
「どうして…あの時、何も出なかったのに…」
「分かってたことだよ」
「どうしてそんな顔するんですか!私、言いましたよね。諦めたら怒るって!」
「うん、ごめんね」
「私、何もできないじゃないですか…!」
そんなしのぶの悲痛な叫びに廊下の足音が止まった
カナエが部屋に入ると重苦しい雰囲気に察しがついたのだろう。優しくしのぶの背に手を回した
「しのぶ、落ち着きなさい。海斗くんが心配するわ」
一旦、しのぶとカナエが部屋の外に出ていくと、代わりに奏瀬が入ってきた
「海斗さん」
「ごめんね。驚かせたね」
「いえ、私がもっと早く気が付ければ…」
悔しそうに顔を歪ませる奏瀬に、手を伸ばし、優しく頬を包む
安心させる為に笑ったあと、真剣な表情を見せる
「奏瀬のせいじゃない。少し、お願いがあるんだ」
「なんですか?」
「ちょっと小腹が空いちゃった。なにか貰ってきてくれない?」
キョトンとして、少し可笑しそうに笑った
「わかったわ。軽く摘めるものもらってくるね」
「うん、ありがとう」
小走りで部屋を出て行くのを見守って、そっと息を吐く
しばらくして、複雑そうな表情を浮かべた義勇が入ってきた
「本当はどうなんだ?」
「…まだ、大丈夫」
「そうか。何かあったらすぐ言え」
「うん、ありがとう」
あれ以来、倒れることはなかった。けれど食は細くなり、体力も落ちていった
夜だけでなく、昼も眠る時間が増えた
年が明けると、みんなで集まって祝った
数日後には、積もるほどの雪が降り始めた
2人だけでは大変だろうと、毎日誰かしらが手伝いに来てくれた。雪掻きが終わると、そのまま家に上がり、昔話に花を咲かせた
雪掻きの必要がなくなっても、誰かが必ず顔を出した
今日はかまぼこ隊と禰豆子ちゃんが来てくれて、玄関のところで見送る
「炭治郎、お願いがあるんだけど」
「なんですか?岬さん」
「来年も炭治郎が作った炭を届けに来てほしいんだ。奏瀬、きっと寒がるから」
「…来年も、その先も、届けます」
「うん、よろしくね」
またねと手を振り、玄関の扉が閉じられた
寒さが身に染みて、急いで部屋へと戻ると暖炉の火が、ぱちぱちと小さく音を立てていた
0時を過ぎれば、25歳になる
奏瀬を無理やり布団に引き込み、そのまま隣に寝かせた
不思議と夜明け前に目が覚めた
ここ3ヶ月、怠かった身体が不思議なくらい、軽かった
「奏瀬…おはよう」
「おはようございます、海斗さん」
「寒いかもだけど、朝日が見たいんだ。一緒に来てくれる?」
「えぇ、上着持ってくるわ」
外へ出ると、まだ薄暗い。空気は冷たく、吐く息が白かった
「ここだと見えづらいな」
そう言って、奏瀬を抱き上げる
屋根に登ると、東の空がわずかに色づいていた
「綺麗ですね」
「…うん」
しばらく眺めていると隣から小さなくしゃみが聞こえた
「ごめんなさい」
「すっかり冷えちゃったね。もう中に入ろう」
屋根から降りる前、最後にもう一度だけ空を見る
朝日は、何事もなかったかのように昇り続けていた
家に戻ると温かい飲み物を淹れるため、奏瀬は台所へ向かった
ソファに深く身を預ける
お湯の沸く音だけが、やけに遠く聞こえた
…よかった
意識が、ふっと途切れた
難しいですねぇ