ナナミンの大冒険 作:らたた~
「……ここは、どこだ?」
鬱蒼した森の中に1人の男がいる。彼の名は七海健人、2018年10月31日に発生した未曽有の呪術テロ、渋谷事変で殉職した1級呪術師だ。
(私は灰原たちと空港に、死後の世界にいたはずだ。そこで虎杖くんたちの勝利を見届けてから飛行機に乗ろうとして……そこからの記憶は曖昧だ)
そう思いながら七海は自らの身体を確認する。ここに鏡はないので頭部の様子は分からないが身体に目立った外傷は無く、服装も生前と同一のものだ。
(電波は圏外か。そもそも今いる場所は日本なのか?)
「ぷるぷる!」
七海がスマホを使い現在地を確かめようとしていると、近くの草藪から雫型のフォルムをした笑顔が特徴的な青い生物が飛び出してきた。
「スライム?」
「ピキー!」
その生物を見た七海は思わず独り言を漏らしてしまう。なぜなら目の前に『ドラゴンクエスト』という国民的RPGのキャラクターがいるからだ。日々のハードワークでエンタメに触れる機会が少ない彼でもスライムくらいは知っている。
(坐殺博徒のようにフィクションの存在を再現する領域……ではないよな。式神にしては呪力が無さすぎる。つまり私はドラクエの世界にいると? まだ日本に宇宙人が襲来する方が現実的だな)
七海は困惑しつつも森の中を探索する。とにかく今は情報が必要だと判断したようだ。そして彼は1人の少年と2匹のモンスターと出会うことになる。
「えっと……おじさんは誰?」
「私は七海建人と申します。貴方の名前は?」
「おれはダイです。隣にいるのはブラス爺ちゃんとゴメちゃんです」
「ピピィッ!」
「これは、ご丁寧にどうも」
ダイとゴメは純真無垢な瞳で七海を見ている。一方のブラスは突如として現れた人間に警戒しながら相手の出方を窺っていた。
「ところでダイくん、ここがどこか分かりますか?」
「ここはデルムリン島、おれの故郷なんだ!」
「デルムリン島ですか……聞いたことがありませんね」
買うだけ買って手を付けてない本が山ほどある男に漫画を読む時間は無い。もしかすると子供の頃に『ダイの大冒険』を読んだことがあるかもしれないが昔すぎて覚えていないだろう。つまり七海に原作知識は無い。
「ナナミさんは、どうしてデルムリン島にいるの?」
「気づいたらここにいました」
「貴方は漂流者というわけですな。それは大変だったでしょう。ひとまず今日は我が家で休んでくだされ」
「助かります」
七海はブラスの厚意に礼を述べる。流石の1級呪術師も超展開により精神が疲弊しているので少し休むことにしたようだ。
「……大したもてなしもできず、申し訳ない限りですじゃ」
「いえいえ、とても美味しい食事でした」
月と星空がデルムリン島を照らす頃、七海たちは焚火を囲んで食事をしていた。舌の肥えた現代人からすれば余裕で美味しくない料理だが文句は言えない。
「ナナミ殿は異世界にある日本という国から来たと」
「ええ、信じ難いとは思いますが……」
「信じましょう。ここで嘘をつく意味はありませんからな」
「ありがとうございます」
「そして故郷に帰る為の手がかりを探していると」
七海は既に死んでいるので故郷への未練は無い方だ。とはいえドラクエ世界の生活水準は日本と比べると劣悪なので可能なら帰りたいと思っている。
「……ブラスさん、しばらくデルムリン島に滞在させて頂くことは出来ませんか?」
まずはデルムリン島で今いる世界の常識を学ぶ。それが終われば船を作るなりして人の住まう国に向かい世界の理に詳しい者から助言を得る、というのが当面の方針である。
「もちろん構いませぬ」
「感謝します」
ニセ勇者やパプニカの謀反人と違って七海という男からは邪気が感じられないのでブラスは快諾する。こうして七海は暫くの間、デルムリン島に滞在することになった。そして食事を終えた彼らは朝まで眠ることにした。
「ではダイよ、今日も魔法の練習をするぞ!」
太陽が東から昇る頃、ダイとブラスは海岸で魔法の練習を始めようとしていた。近くでは七海とゴメが見学している。
「おれは魔法使いじゃなくて勇者になりたいんだってば!」
「ダメじゃッ!」
「……勇者ですか。ダイくん、私には近接戦闘の心得があります。宜しければ教えましょうか?」
ドラクエ世界は現代日本と比べて治安が悪いので強さはあるに越したことはない。現に数か月前にはニセ勇者が島を襲撃した。故に七海は宿泊費代わりに戦いの指南をすることにした。
「本当!? 教えて教えて!」
「ナナミ殿、なりませぬぞ! ダイは魔法使いになるのですから!」
「魔法使いは近づかれれば終わりです。だからこそ身体能力を鍛えるべきでは?」
「ナナミさんの言う通りだよ爺ちゃん!」
例えば夏油は呪霊操術の使い手にも関わらず格闘能力に秀でていた。そしてポップもシグマの速度と渡り合える程度の身体能力を有している。要するに呪術世界でもダイ大世界でもフィジカルは大事なのだ。
「しかしですな……」
「もちろん魔法の稽古もさせます。それに剣術を磨き自信を持てば魔法の勉強にも前向きになるでしょう」
「……そこまで言うなら仕方ありませんな」
ブラスが所属していた旧魔王軍にはガンガディアという肉体派の魔法使いがいた。前例があるからこそ頭ごなしに七海の意見を否定することは難しい。
「それじゃあ、よろしくお願いします! ナナミ先生!」
「私は教職ではないので「先生」はやめて下さい」
「じゃあナナミン!」
「……その呼び方は辞めてください」
七海は同じ呼び方をしてきた
「せいっ、とっ、やぉっ!」
あれから数週間後、デルムリン島の端にある砂浜で軽快な音が響く。音を奏でているのはヒノキの棒を撃ち合っている七海とダイの2名である。今は剣術の稽古を行っている最中だ。
「てやっ!」
ダイは縦横無尽の太刀筋でナナミンを攻め立てる。一方の七海は泰然と構え最低限の動きで斬撃を受け流す。
大人と子供、達人と素人、実力差は歴然だがダイは怯まず真っ直ぐに相手に向き合っている。
(呪力による強化が無い状態で並みの術師と同等の戦闘力を持つとは。虎杖くんのように素の身体能力が高いのか)
そう思いながら七海はダイの持つヒノキの棒を弾き飛ばす。勝負あり、こうして剣術の稽古は終わりを告げた。
「ちぇっ。今度こそナナミンに勝てると思ったんだけどなあ」
「ですが悪くない動きでしたよ。ダイくんは誰かから剣を習ったんですか?」
「こんな感じの訓練するのは初めてだよ」
「そうですか。このまま修行を続ければダイくんは強くなれますよ」
「へへっ!」
「勇者になるには魔法も習得しなければなりませんね」
「うへー」
こうして魔法の稽古が始まった。
「ホイミ」
七海は回復呪文を詠唱して怪我をしたモンスターを癒す。魔法の稽古はダイだけではなく七海も参加している。もちろん魔法の契約も既に終えている。
呪術師は常に死と隣り合わせの職業なので強いに越したことはない。なので異世界の技術を貪欲に吸収しているのだ。それに共に高め合う仲間がいればダイのモチベーションも上昇するだろう。
(魔法を応用すれば反転術式を使えるようになるかもしれないな)
反転術式とは「負のエネルギー」である呪力を掛け合わせて「正のエネルギー」を生み出して治癒を行う呪力操作である。そして回復呪文ホイミは治癒を行う魔法、つまり「正のエネルギー」を扱う。要するにホイミを使った感覚を参考にすれば反転術式を習得できるかもしれない。
「メラ!」
ダイが火炎呪文を唱えると掌に小さな火の玉が現れた。いつものように失敗したわけだが以前よりも確実に上達している。どうやら七海の存在が良い刺激になっているようだ。そんな感じで順調に剣術の指南と魔法の稽古は進行していく。