プロ野球空想選手列伝   作:三宅繭

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第2話 ボロカス

1 キャンプイン前夜 「棒立ちフルスイング」の衝撃

 

地元・仙台ゴールデン・カップス(仙台)にドラフト1位で入団した大原龍ニは、

契約金と年俸という現実だけで言えば、**ごく標準的な“高卒ドラ1セット”**にすぎない。

• 契約金:1億円+出来高

• 年俸:1500万円(1年目)

 

だが、期待値は標準ではなかった。

「高校ビッグ4」の一角、地元・宮城野出身、通算92本塁打。

そして何よりも、あの棒立ちフルスイングである。

 

春季キャンプ初日。

スポーツ紙のキャンプ地取材では、早くも大原の記事が紙面を飾る。

 

『仙台ドラ1・大原、棒立ちからスタンドイン “フォームの非常識”を貫けるか』

 

仙台ゴールデン・カップスのドラフト1位・大原龍ニ(仙台栄進)が、

初日のフリー打撃から豪快な一発を連発した。

打席に立つ姿は、教科書とは程遠い“棒立ち”。

下半身のタメをほとんど感じさせない構えから、

上半身の捻りとヘッドスピードだけで打球をスタンドまで運ぶ。

 

見守った村野監督は、苦笑いを浮かべながらこう語った。

「あれはフォームやなくて“性格”やな。

直せ言うても、たぶん直らへんやろ」

 

記事の最後は、少しだけ含みを持たせて締められている。

 

『プロの世界で、この“非常識”がどこまで通用するのか。

地元のドラ1にかかる期待と不安は、キャンプ初日からすでに高まっている。』

 

 

2 2008年 .000の現実と、村野節の洗礼

 

1年目の大原は、基本的には二軍スタートだった。

キャンプでは話題を呼んだが、オープン戦でプロの変化球を浴びると、

棒立ちフルスイングは派手に空を切る。

 

「真っすぐだけならいけるんですけどね」

 

そんな軽口を叩く余裕はあるが、監督の目は笑っていない。

 

開幕一軍は逃したものの、夏場に一度チャンスが巡ってくる。

交流戦明け、ケガ人続出で外野陣が薄くなったタイミング。

代走・守備固め要員として昇格し、終盤に数度打席が回ってきた。

 

結果は――12試合25打数0安打。

見事なまでに“プロの洗礼”を浴びる。

 

ある試合後、村野監督はスポーツ紙にこうコメントした。

 

「あいつは“打てそうに見える”んやけどな。

打席立つ前までは、めちゃくちゃ打ちそうや。

でも、実際に球が来た瞬間に、全部置いていかれてる」

 

翌日の紙面には、こんな見出しが躍る。

 

『村野監督、小言も愛情? “大原は打席に立つ前が一番怖い”』

 

記事の本文は、いつもの村野節をそこそこ角の取れた形で伝えていたが、

ネット上ではその一部分だけが切り取られて独り歩きしていく。

 

 

3 なんJスレ「大原ってさぁ……」1年目版

 

シーズン中盤、こんなスレッドが立つ。

 

【悲報】地元ドラ1大原さん、未だノーヒット【仙台】

12 風吹けば名無し

ワイは好きやであのフルスイング

なお結果

 

19 風吹けば名無し

棒立ちでプロのスライダー打てるわけないやろ…

 

23 風吹けば名無し

地元やからって一軍に置くのはやめたれ

二軍でまずヒット打ってこい

 

34 風吹けば名無し

まだ19やしええやろ

高卒一年目に何求めてんねん

 

37 風吹けば名無し

でもさぁ…

地元ドラ1ってだけで過度な期待背負わされてる感あってちょっとかわいそうやわ

 

スレタイは厳しいが、中身はまだ**“弄り7:期待3”**くらいのバランスだった。

 

「スイングはガチ」「ロマンはある」「でも今は無理」

 

そんな空気が、数字0.000とともに大原の1年目を包んでいた。

 

 

4 2008年オフ 「地元ドラ1は当たりか?」早すぎる検証コラム

 

1年目が終わり、成績は

• 12試合

• 25打数0安打

• 0本塁打

 

年俸は1500万 → 1600万(+100万)。

高卒ドラ1としては「誤差」の世界だが、地元紙はどう扱うかを悩んだ。

 

ある評論家は、オフの特集コラムでこう書いている。

 

『地元ドラ1は“外れ”なのか、まだ“未知数”なのか』

 

結論から言えば、1年目の大原龍ニを“外れ”と断じるのは早計である。

プロの打席でヒットが出なかったことは事実だが、

12試合25打数というサンプルで評価を下すのは、

飲食店のオープン初日に並んだ行列の長さだけで

店の10年後を占うようなものだ。

 

ただし、1つだけ気になる点がある。

それは**「棒立ちフルスイング」**というスタイルを、

どこまで本人とチームが許容するのか、という問題だ。

 

「全部フルスイングしていいですか?」

少年時代の彼はそう尋ねたという。

では今、村野監督の前で同じ質問ができるだろうか。

 

フルスイングを貫くのか。

プロの常識に合わせるのか。

その選択こそが、“地元ドラ1”の未来を決める。

 

このコラムは、

「批判」というよりもむしろ**“問いを投げかける”**スタイルだったが、

見出しだけが切り取られてネットに流れ、微妙な議論を呼ぶ。

 

 

5 2009年 「計算できない若手」としての2年目

 

2年目の春。

大原はキャンプ前の自主トレで珍しくこう言っている。

 

「ちょっとだけ、下半身も使おうかなと思っています」

 

周囲の反応は「ようやくか」である。

しかし実際にキャンプの映像を見たファンの感想は違った。

 

「…あれ、やっぱり棒立ちじゃね?」

 

フォームは相変わらず“ほぼ直立”。

構えたときの膝の曲がる角度が1年目から3度くらい増えたと

トレーナーは笑っていたが、映像ではほぼわからない。

 

それでも、二軍での成績は少しずつ改善し、

春先には一軍での代打・第4外野手としての位置を確保する。

 

2009年の一軍成績は、

• 48試合

• .235/6本塁打/18打点

 

長打力の片鱗は見せるものの、打率は高くない。

それでも前年の.000からすれば大きな進歩であり、

村野監督もコメントのトーンを少しだけ変えていた。

 

「まあ、去年よりは“打者の形”にはなってきたな。

まだ“計算できる”とはよう言わんけど」

 

この「計算できない」という言葉が、また使い回される。

 

 

6 スポーツ紙「村野節」特集と、大原の名前

 

シーズン中盤、とあるスポーツ紙が

「村野監督“名言&迷言”特集」を組んだ。

 

『【村野語録】

・「打てないやつはサイン盗んででも出ろ」

・「エラーしたやつはグラブじゃなくて自分の顔を磨け」

・「大原は打席に立つ前が一番怖い」

・「大原は“計算できない”若手。電卓に入れてもエラーが出よる」

…ほか多数』

 

大原の名前は、

「喝の対象」でありつつ「期待の対象」としても頻繁に登場した。

 

記事の終わりに、小さくこう書かれていた。

 

『村野監督は“ボロカス”に見えるコメントをするが、

若手に関しては必ず1つだけ“褒め言葉”を紛れ込ませる。

大原の場合、その褒め言葉は「打席に立つ前が怖い」という一節だ。

あとは結果を出すだけである。』

 

 

7 なんJスレ「大原ってさぁ……」2年目版

 

2年目が終盤に差しかかる頃、

例のスレタイが再び立つ。

 

【議論】地元ドラ1大原ってさぁ…結局どのタイプなん?

15 風吹けば名無し

.235 6本ってどう評価したらええんや

 

22 風吹けば名無し

まだ20歳でこれなら普通にポジってええやろ

2軍でもホームラン打ってるし

 

31 風吹けば名無し

三振も多いけど

芯でとらえた時の打球はガチ

 

40 風吹けば名無し

フォームがいつまでたっても棒立ちで草

でもそれでスタンドまで持ってくからロマンあるんよな…

 

52 風吹けば名無し

“計算できない若手”って表現絶妙すぎるわ

出たら何か起こりそうやけど、

良いことか悪いことかは分からんっていう

 

68 風吹けば名無し

ワイは将来の4番信じてるで

問題は村野がそこまで生きてるかどうかや(采配的な意味で)

 

スレ全体の空気は、

1年目よりも“ネタ半分・期待半分”に近づいていた。

「これは当たりか」「いや地雷やろ」の往復ビンタを受けているような議論。

地元ドラ1としての宿命だった。

 

 

8 2009年オフ 「当たりでもハズレでもない」という評価

 

2年目の成績を受けて、

オフの地元紙にはこんな一節が載る。

 

『2年目の大原をどう評価するか』

 

打率.235、6本塁打。

ファンの期待からすれば物足りない数字かもしれないが、

19歳からプロの投手と対峙している20歳の打者としては、

むしろ順調と言ってよい成績である。

 

“当たりドラ1”というラベルを貼るには早い。

しかし“ハズレドラ1”と言い切るには、あまりにロマンが大きい。

 

棒立ちのまま、どこまでスイングスピードで勝負できるのか。

それともどこかで“プロ仕様”のフォームに変えていくのか。

 

3年目は、その答えが見え始めるシーズンになる。

 

その“答え”を求められた3年目、

監督は村野からブラックへと変わる。

 

 

9 2010年 ブラック監督と走り込み地獄

 

村野監督が勇退し、後任として就任したのは、

練習量と上下関係の厳しさで知られるブラック監督だった。

 

キャンプ初日の全体ミーティング。

ブラック監督はニコリともせずにこう宣言する。

 

「走れないやつに、打席はいらない」

 

この一言で、チーム内の空気は一気に張り詰める。

大原も例外ではなく、

棒立ちフルスイングの4番候補は、

まず“棒立ちで走れない”若手として名指しされることになる。

 

「お前はバット振る前に、足を振れ」

 

ランメニューは地獄そのものだった。

外野ポール間ダッシュ、坂道ダッシュ、インターバル走。

走り終えたあとにウエイト、

その後にようやく打撃練習が待っている。

 

「バット持ったら、急に元気になってルネ」

 

ブラック監督の皮肉を背中に浴びながら、

大原は必死に食らいついた。

 

 

10 3年目の数字と、見え始めた“本物感”

 

2010年の大原の成績は、

• 80試合

• .248/10本塁打/32打点

 

完全なレギュラーには届かないが、

スタメンでの出場も増え、

「一軍の空気に慣れた」と言える年だった。

 

シーズン中盤には、

ブラック監督からこんなコメントも飛び出す。

 

「棒立ちでも、ちゃんと走り込みしてたら

7回まではスイングが落ちない。

8回以降はまだわからないが。」

 

ブラック監督なりのジョークも交えつつ、

これは彼なりの最大級の賛辞でもあった。

 

 

11 スポーツ紙「3年目の壁」特集と大原

 

とあるスポーツ紙は、

「3年目の壁」をテーマにした特集で大原を取り上げる。

 

『地元ドラ1・大原、3年目で“壁の輪郭”が見えてきた』

 

1年目は.000、2年目は.235。

そして3年目の今季は.248/10本塁打。

数字だけ見れば派手ではないが、

「結果の出方」が変わってきている。

 

1年目は、打席に立つだけで精一杯。

2年目は、“当たれば飛ぶ”打席が増えた。

3年目の今季は、「狙って打つ」打席が、時折だが見えるようになった。

 

棒立ちの構えは相変わらずだが、

カウントの中で“フルスイングしていい球”を待つことができるようになっている。

 

ブラック監督は言う。

「走れるようになったら、頭も少しだけ冷えるようになった。

前はずっと熱出したまま振っていたから。」

 

“脳筋フルスイング”と言われた高校時代から、

“計算できるフルスイング”へ。

その変化は、3年目の今ようやく始まったばかりだ。

 

 

12 なんJスレ「大原ってさぁ……」3年目版

 

3年目の夏、

またしても例のスレが立つ。

 

【朗報】大原龍ニさん、なんだかんだ戦力になってる

8 風吹けば名無し

.248 10本か

ようやっとると言うべきか物足りないと言うべきか…

 

15 風吹けば名無し

三振はまだ多いけど

「この球は絶対振る」って決め打ちしてる感は出てきたな

 

21 風吹けば名無し

ブラックに走らされてから

終盤の打席でもスイング落ちなくなったのはガチ

 

30 風吹けば名無し

地元ドラ1としてはまだロマン枠だけど

「こいつが4番打って日本一」とか普通に想像できるようになってきたわ

 

44 風吹けば名無し

大原ってさぁ……

最初はネタ枠やと思ってたけど

気づいたら普通に必要戦力になってるのズルくない?

 

59 風吹けば名無し

フォームは相変わらず棒立ちで草

でもそのままアーティスト化してくれたらそれはそれでロマンやろ

 

かつての「大原ってさぁ……」スレは、

「地元補正込みで甘やかされてない?」というトーンが強かった。

3年目のこのスレでは、

そのニュアンスが**「なんだかんだ好き」**に変わり始めている。

 

 

13 「当たりドラ1」への仮免許

 

3年目のオフ。

地元紙は、2008〜2010の3年間をこう総括する。

 

『“仮免許”が出た地元ドラ1』

 

大原龍ニがドラフト1位で仙台に入団してから3年。

成績だけ見れば、

1年目 .000、2年目 .235、3年目 .248/10本塁打。

決して“超速出世”ではない。

 

しかし、プロの世界において

「生き残る理由」を3年かけて身につけたことは、大きな意味を持つ。

 

最初はただの“棒立ちフルスイング”だった。

当てずっぽうで振り回すだけの脳筋スラッガー。

 

今は、カウントの中で“フルスイングしていい球”を待つ打者になっている。

走り込んだことでスタミナがつき、

終盤でもヘッドスピードが落ちなくなった。

 

ブラック監督は厳しい言葉を使いながらも、

「一軍で使える選手」から「一軍で計算できる中軸候補」へと

徐々に階段を上らせている。

 

地元ドラ1としてのラベルは、

もう少し時間をかけて評価されるべきだろう。

 

今、我々が大原に与えるべき言葉は、

「当たりドラ1」でも「ハズレドラ1」でもない。

ただ一言――

「まだ途中だ」 である。

 

年俸は、

• 2008:1500万

• 2009:1600万

• 2010:2200万

 

と、

数字だけ見れば小さな増額に過ぎない。

しかし、この3年間で大原は“ただのロマン枠”から

**“将来の4番候補として具体的に名を挙げられる存在”**へと

ステップアップしていた。

 

 

14 “ボロカス期”の終わりと、本物の4番への助走

 

1年目は、村野監督にボロカス言われ続けた。

2年目も、「計算できない若手」としてネタにされ続けた。

3年目には、ブラック監督に走らされながら、ようやく数字を残し始めた。

 

この3年間は、

ファンやメディアからすると“もどかしい成長”だったかもしれない。

しかし大原自身にとっては、

• 「棒立ちフルスイング」がプロでも通用するという確信

• そして、通用させるために必要なフィジカルとメンタル

 

を身につけるための、必要不可欠な時間だった。

 

 

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