1 2011年の“続き”として始まる2012年
2011年、大原龍ニは
打率.262、18本塁打、OPS.805という数字を残し、
「地元ドラ1」「期待のスラッガー」というラベルから、
ようやく**“仙台の中軸”**として見られ始めた。
しかし、月野監督にとってはまだ「仮免」だった。
「去年は“事情込み”や。
あんな年に、18本打ったのは大したもんやけどな。
今年は“普通の年”や。
普通の年に、どれだけ打てるかを見せてもらおうか」
2012年の春季キャンプ前、
月野はスポーツ紙の取材にそう答えている。
『月野監督「今年からが本当の争い」
― 大原については?
「去年の分まで抱きしめて甘やかす気はない。
4番打つやつは、数字もプレーも“普通の年”に一番厳しく評価される。
その覚悟があるかどうか、や」』
2011年が“特別な年”だったからこそ、
2012年は“特別でない年”としての重さを持つ。
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2 キャンプのテーマは「守備から逃げない」
大原が2012年のキャンプ前に課題としたのは、
意外にもバッティングではなく守備だった。
2011年の終盤、外野手コーチにこう言われたのがきっかけだ。
「お前な、
バットでは震災の重さも預かってるつもりかもしれんけど、
守備のときは“軽い”プレーしてる時があるぞ」
具体的な数字で見ても、
2011年の大原はUZR的な指標にすると「+0〜+1」くらいの、
“悪くはないが突出もしない外野守備”だった。
大原は、守備位置のビデオを夜な夜な見直すようになった。
棒立ちの打席とは打って変わって、守備位置では膝を柔らかく使い、
スタートの一歩目に神経を尖らせる。
「外野って、最初の一歩でエラーかどうか決まるんすね」
先輩の投手に向かって、そんな真顔で話す姿は、
“脳筋フルスイング”と呼ばれていた高校時代からは想像できないものだった。
あるキャンプの日の守備練習。
打撃投手が放つフライに対して、
大原は左右前後、妙にスムーズに位置取りしていた。
それを見ていた月野が、ニヤリと笑う。
「お前、守備うまくなったら給料上がるの分かってきたんか?」
「……それもあります」
「正直でよろしい」
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3 2012年開幕 ― 「4番かどうか」は問題じゃない?
2012年開幕戦。
スターティングメンバーが球場ビジョンに映し出される。
• 3番ライト :ジャレッド
• 4番ファースト:ロドリゲス
• 5番センター :大原龍ニ
4番での開幕ではなかった。
ネット上では、さっそく議論が始まる。
【開幕オーダー】仙台ファン集合【4番ロドリゲス】
7 風吹けば名無し
大原4番ちゃうんかーい
12 風吹けば名無し
まあジャレッドとの並び的には
5番大原も悪くないけどな
19 風吹けば名無し
月野的には「4番で固定する前に、
まず1年間フル出場してみろ」って感じちゃう?
27 風吹けば名無し
守備考えたら
CF大原
RFジャレッド
がベストやろな
ジャレッドにセンターはムリやし
月野は試合前の会見で、
「4番論争」について聞かれるとこう返した。
「看板に“4番”って書いてある席に誰を座らせるかは、
半分はファンとマスコミの話や。
わしの仕事は、“4番としての仕事”を何番打っててもやらせることや」
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4 春先の大原 ― 打撃は安定、守備で魅せる
2012年の春先、大原の打撃は極端な不振もなく、
打率.270前後、長打もぼちぼちという“安定スタート”を切る。
特筆すべきは守備だった。
4月中旬、マリンスタジアムでの幕張サヴェージ戦。
1点リードの8回表、一死一・二塁。
相手4番が放った打球は、センター右後方の深いところへ高々と上がる。
「抜けたら同点、下手したら逆転――」
誰もがそう思った瞬間、
大原は打球方向とは逆の一歩を踏みかけて、
ギリギリで踏みとどまる。
(風、ちょっと戻してるな……)
瞬間的にそう感じて、
最短ルートで背走を始める。
棒立ちの打席とは対照的に、
背中は低く、グラブは掲げずにしっかりと脇にしまって。
フェンス直前でスピードを少し緩め、
最後の一歩でジャンプ。
ボールはグラブの先っぽに吸い込まれた。
「大原、スーパーキャッチ!!」
実況が声を裏返らせる。
二塁ランナーはタッチアップもできず、
次の打者の内野ゴロでそのままチェンジ。
月野はベンチで珍しく拍手していた。
翌日のスポーツ紙は、
このプレーをこう表現する。
『棒立ちの4番候補、守備まで“主役級”に
― 外野でのグラブさばきが、チームの試合運びを変えている』
2011年、“震災の年”に18本塁打を放って
チームの心の支柱の一人となった大原龍ニが、
2012年は守備でも存在感を増している。
「あの打球は、最初の一歩を間違えそうになった。
でも、震災のときに比べたら、
一歩間違えたくらい、なんてことないでしょ」
笑いながらそう話した表情の奥には、
去年一年で培った“責任感”が見え隠れしていた。
大原はそんな大げさなコメントはしていない。
実際は
「風、ちょっとイジワルしてましたね」
くらいしか言っていない。
だが、記事としてはそのほうが“絵になる”のだろう。
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5 月野と大原の“4番観”のすり合わせ
シーズンが進むにつれ、
月野は少しずつ打順をいじり始める。
• 対左投手のときは3番大原
• 好調時はクリーンアップの真ん中に固定
• 終盤の勝負どころで「4番大原」に戻す日もある
ある日、大原は思い切って月野に聞いた。
「監督、自分は“4番”で固定されたほうがいいんですか?」
月野は黙ってタバコに火をつける。
「お前は、どう思う?」
「……4番は、やりたいです」
「やりたいだけなら、誰でも言える」
月野は煙を吐き、
少しだけ表情を緩めた。
「4番ってのはな、
打順の数字やない。
“このチームがどういう試合をしたいか”っていう宣言や。
ホームラン打つだけじゃなくて、
守備でも走塁でも、
一番“勝ち方”を知ってるやつが座ればいい」
「……自分、まだ“勝ち方”は分かってないです」
「せやろな。
だから今は、
“勝ち方を覚えてる途中の4番候補”ってとこや。
それでええ。
大事なんは、
“4番候補”って言われてる間に、
守備と走塁から逃げへんことや」
この会話は、
後に雑誌のインタビューで“美談補正”されながら紹介される。
『月野監督が語る「4番観」
― 大原へのメッセージ
「4番という数字にこだわる前に、
4番としての責任を、
打席以外でどれだけ背負えるか、や」』
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6 2012年夏、「守備の人」としての評価
7月、オールスターのファン投票結果が発表される。
外野部門で、
大原は最終的に4位。
惜しくも選出は逃したが、
解説者の間では“守備を含めた総合力の外野手”として名前が挙がるようになっていた。
ある野球専門誌は、
外野守備特集の中で大原をこう評価している。
『【外野守備レポート】
大原龍ニ(仙台)
今季は派手なダイビングキャッチがありながらも、
「ダイビングしなくていい位置取り」を増やしたタイプ。
一歩目の反応と打球の伸び方の読みが向上し、
守備指標的に見ると2011年から2012年にかけて
プラス域がはっきりした選手のひとり。
打球が上がった瞬間の“迷いの少なさ”が特徴で、
フェンス際のプレーも無理をせず、
しかし決して引かない。
「4番候補」としての長打力に注目が集まりがちだが、
ゴールデングラブ争いでも
密かに名前が挙がっていることを押さえておきたい。』
この記事は、
後に「見る目が早かった」とSNSで再評価されることになる。
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7 なんJスレ「大原の守備、普通に上手くない?」
夏場、こんなスレが立つ。
【朗報】大原龍ニさん、守備指標もそこそこ良かった
9 風吹けば名無し
UZR的なの見たら
去年はプラマイゼロくらいやけど
今年は普通にプラスで草
15 風吹けば名無し
打撃のイメージ強すぎて
守備ノーマークやったわ
22 風吹けば名無し
センターもレフトもそこそこできて
肩も強いし
「4番なのに守備がちゃんとしてる人」って
めちゃ好感度高いんやが
33 風吹けば名無し
棒立ちで打つくせに
守備ではけっこう低く構えてるの草
最初からそれやれや
47 風吹けば名無し
大原ってさぁ…
なんか「守備で魅せる4番候補」っていう
よく分からんポジションに落ち着きつつあるよな
嫌いじゃない
ファンの中で、
大原は「足は早いのに守れない大砲」から、
「守備もちゃんとしてるフルスイングマン」へと
イメージを更新し始めていた。
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8 ゴールデングラブの候補として
シーズン終盤。
各紙のタイトル予想に、
大原の名前が「GG候補」として明確に登場する。
『【パ外野GG予想】
本命:札幌・台湾のスター 王 志偉
・超人 井戸 康男
対抗:仙台・今季急上昇 大原龍ニ
幕張・安定感 田岡 文康
大原は刺殺・補殺の数字こそ“普通”だが、
失策の少なさと、
試合終盤でのビッグプレーの印象度が高い。
守備で大きく足を引っ張る年が少なく、
今年は「守備でも表彰していいタイプ」として
記者投票の支持を集めそうだ。』
月野は、
記者に「ゴールデングラブについてどう思うか」と聞かれた際、
こう答えた。
「もらえるなら、もろとけ。
守備で飯食えるようになったら、
打てんときのクビが遠のくで」
この“ブラックユーモア入りアドバイス”に、
大原は笑いながら頷いた。
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9 2012年の成績と、初ゴールデングラブ
最終的に、2012年の大原は
• 138試合
• 打率 .274
• 25本塁打
• 出塁率 .345
• 長打率 .495
• OPS .840
• wRC+ 125
という数字を残した。
打撃面では、
「平均以上の中軸打者」としてはっきりしたラインを越えた一年。
そして守備では――
外野部門で初のゴールデングラブ賞を受賞する。
発表当日、
地元紙の見出しはこうだった。
『仙台の“棒立ち4番候補”、守備で栄冠
― 大原龍ニ、外野で初のゴールデングラブ』
『「守備から逃げない4番」へ
― 月野監督、苦笑いの祝福
「これでエラーしたら余計怒りやすくなるわ」』
受賞会見で、
大原はいつもの調子でこう言った。
「正直、自分より上手い外野はいっぱいいると思います。
でも、
“4番候補が守備から逃げてない”って評価なら、
ちょっと嬉しいですね」
月野は脇から茶々を入れる。
「候補ちゃう、4番や。
ただし、来年30本打てたらの話やけどな」
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10 「4番だけど4番だけじゃない」という存在
シーズン総括の時期、
あるコラムは2012年の大原をこう分析している。
『2012年・大原龍ニ
“棒立ちフルスイング”の向こう側へ』
2011年、震災の年に18本塁打を放った大原は、
2012年、数字をさらに伸ばして
打率.274/25本塁打/OPS.840という成績を残した。
しかし彼の真価は、
打撃成績だけでは語り尽くせない。
初のゴールデングラブ受賞は、
もちろん結果として誇るべき勲章だが、
それ以上に意味を持つのは、
「4番候補が守備から逃げない」という姿勢に
チームが、球場が、そしてファンが報いてくれたことにある。
大原は棒立ちの打席に立つ。
「どう見ても教科書的ではないフォーム」でフルスイングし、
フェンスの向こうまでボールを運ぶ。
しかし打席を離れた瞬間、
彼は“教科書的”な外野手であろうとする。
一歩目の反応、打球の伸びの読み、
フェンス際の減速。
そのギャップこそが、
「4番だけど4番だけじゃない」
大原龍ニという選手の魅力なのだ。
来季、彼が再び本塁打数を伸ばし、
真の意味で“4番像”を完成させるその時、
2012年のゴールデングラブは
きっと“重要な前提条件”として語られるだろう。』
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11 なんJスレ「大原ってさぁ…結局何者なん?」
2012年のオフ、
恒例のスレがまた伸びる。
【議論】大原龍ニって結局なんなん?【GG受賞】
8 風吹けば名無し
中途半端に全部できるようになったおっさん
(なおまだ23)
15 風吹けば名無し
打率.274 25本 OPS.840
外野GG
普通に看板選手で草
21 風吹けば名無し
「地元ドラ1は外れか?」とか言ってたやつ
土下座の準備しとけよ
30 風吹けば名無し
4番ってイメージ強かったけど
今年は「守備もちゃんとできる外野手」として
評価上がった気がする
37 風吹けば名無し
4番でGGってなんかロマンあるよな
大砲=守備ザルみたいな偏見ぶっ壊してて好き
45 風吹けば名無し
大原ってさぁ…
最初はフォームいじれだの
当てにいけだの散々言われとったけど
結局“棒立ちのまま完成に近づいてる”のが一番おもろい
59 風吹けば名無し
来年30本打ってくれたら
マジで「仙台の4番」って胸張って言えるわ
GGも取ったし、あとはタイトルやな
ファンは気づいていた。
大原が「数字」以上のものを、
少しずつ積み上げていることを。
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12 2012年という“助走” ― 2013年、4番本塁打王への前夜
2012年の大原龍ニは、
• 打撃ではOPS.840/wRC+125の中軸級の数字
• 守備では外野でゴールデングラブ受賞
• 打順は3〜5番を行き来しながらも、
実質的には“4番像”を背負う存在
としてシーズンを終えた。
月野はシーズン終了後の会見で、
記者から「来年の4番は?」と聞かれ、
少しだけ笑ってこう答えた。
「聞かんでも分かるやろ。
“棒立ちのあいつ”や。
ただし——」
「来年30本いったら、
正式に“うちの4番”って呼んだる」
この“30本宣言”が、
2013年の34本塁打&本塁打王への
フラグだったことを、
この時点で知る者はいない。
だが2012年のシーズンを振り返るとき、
多くのファンはこう語る。
「あの年で、“外野手・大原龍ニ”が完成した」
「4番打者って、打つだけじゃないんだなって思わされた」
打つだけのフルスイング脳筋スラッガーから、
守って走って、
“勝ち方”ごと背負おうとする外野手へ――
2013年、坂本将大無敗シーズンと日本一、
そして本塁打王としての大原龍ニを語るための、
静かな助走がここにあった。