2013年3月29日(金) 仙台スポーツ
月野、開幕4番に大原指名
「看板は背番号8」
3番ジャレッド、5番マイケル黄金形いきなり解禁
「4番は数字の席やない。覚悟の席や」。
仙台ゴールデン・カップスの月野辰政監督が、今季の開幕オーダーで大原龍ニ外野手(24)を4番に据える方針を明言した。昨季は外野でゴールデングラブ賞を受賞し、打撃でも25本塁打を放った地元ドラ1が、いよいよ“正式な4番”として開幕を迎える。
キャンプからオープン戦にかけての大原は、打球の質が明らかに変わった。
構えは相変わらずの“棒立ち”。それでも、球の呼び込みが深くなり、外角球への対応が安定。月野監督は「フォームの見た目より、球を待てる顔になった」と語った。
3番ジャレッド、4番大原、5番マイケル。
相手投手陣を震え上がらせるクリーンナップがこの開幕から本格稼働する。
昨季、守備で受賞しながらも「30本を打てば正式に4番」と言われてきた大原。
その“宿題”に、最初の一歩を踏み出す。
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2013年4月9日(火) デイリー東北(風)
坂本先発日に大原2発
「無敗の背中に4番が乗った」
月野「これが勝ち方や」
仙台ゴールデン・カップスの大原龍ニ外野手(24)が本拠地での幕張サヴェージ戦に「4番・レフト」で先発し、今季初の1試合2本塁打を放った。坂本将大投手の先発試合で打線が早い回に援護点を奪い、今季の“勝ち方の型”を示した一戦となった。
初回、2回と相手投手は大原を慎重に攻めた。
外角へ逃げる球、ボール球のスライダー、インハイでの釣り。
だが3回、甘く入ったツーシームを逃さなかった。
棒立ちの構えから一閃。低い弾道のまま左中間スタンドへ。
6回には外角高めの直球を強引に引っ張り、二発目。
「坂本さんが先発の日は、1点で足りるとは思わない」。
開幕前から口にしてきた言葉を、バットで証明した格好だ。
月野監督は試合後、短くうなずいた。
「4番が勝たせる。坂本が勝たせる。
どっちも正しい。だから強い」。
今季の仙台は“看板の二枚”がそろって走り出した。
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2013年8月3日(土) ニッカン東北(風)
大原、9回サヨナラ3ラン
九州シャープホークス粉砕
「4番は気持ちで打つ日がある」
仙台ゴールデン・カップスの大原龍ニ外野手(24)が、首位攻防の九州シャープホークス戦でサヨナラ3ランを放ち、本拠地を熱狂の渦に巻き込んだ。今季28号。月野辰政監督は試合後「これが4番や」とだけ口にし、打順の意味を改めて印象づけた。
同点の9回裏、二死一・二塁。
相手バッテリーは外角低めの直球で勝負に出た。
“最も打ちにくい球を、最も大きい場面で”。
それが4番への答えだと考えたのだろう。
だが大原は、迷いのないフルスイングで振り抜いた。
打球はレフト上段へ。
歓声が爆発する中、ベースを回る表情は意外に淡々としていた。
「一番大きい場面で、一番大きく振りたかった」。
その短いコメントが、
今季の本塁打王争い、そして仙台の優勝シナリオを
一段階現実に引き寄せた。
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2013年9月26日(木) スポーツ宮城(風)
仙台、リーグ制覇
4番大原34発目前
坂本無敗継続、黄金中軸が秋を支配
仙台ゴールデン・カップスが本拠地での勝利によりリーグ優勝を決めた。3番ジャレッド、4番大原龍ニ、5番マイケルの中軸が終盤に得点を重ね、守っては投手陣が最後まで崩れず坂本が9回に登板。セーブをおさめた。月野監督の“勝ち方の設計図”が、数字と結果で結実した。
大原の一打は、派手さよりも“勝ち筋”の色が濃い。
この日も同点の6回、外角の変化球を引っ張り、
左中間を破る二塁打で勝ち越しの起点となった。
月野監督は試合後、
「4番はホームラン数だけの席やない。
勝ち方を知っとるやつの席や」と語り、
今季の大原を大きく肯定した。
震災の年に“背負い”、
昨季に“守り”、
今季“勝たせる”。
その積み上げが、
仙台のリーグ制覇を現実にした。
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2013年11月3日(日) 仙台スポーツ/最終版
「4番の地図」
日本一の瞬間に、
一番派手なシーンを担ったのは誰だったか。
ここで無理やり答えを作るなら、
最終回を締めた坂本将大だろう。
あるいはシリーズ通算で要所を支えた
ジャレッドとマイケルの働きも外せない。
だが、
2013年の仙台という物語の芯に
最も長く立っていたのは、
やはり4番・大原龍ニだった。
彼は、
“きれいな理屈”ではなく
“雑な勝利の匂い”で4番になった選手だ。
棒立ちの構え。
教科書外のフォーム。
それでも打球音は教科書に載せたくなる。
その矛盾のまま、
修正ではなく完成の道を選んだ。
2012年のゴールデングラブは、
「守備から逃げない4番候補」という
奇妙にして新しい価値を
仙台に提示した。
そして2013年は、
その価値が“勝ち方の中心”へ移動した年だった。
打てない時期がある。
4番にもある。
むしろ4番は、
打てない時間の過ごし方で
本物かどうかが決まる。
大原はその時期に
守備で試合を壊さず、
四球と長打で
相手の配球を変えさせ、
チームの勝ち筋を
細くても切らさなかった。
真夏のサヨナラ3ラン。
あれは“派手な一発”ではなく、
「年間を通じて4番であり続けるための宣言」だった。
あの一打が、
優勝争いの空気を
決定的に仙台へ引き寄せた。
そして日本シリーズ。
大原は、
数字でシリーズを蹂躙したわけではない。
だが“4番の気配”は
最も濃かった。
二死で回ってくるたびに
相手ベンチの足が止まり、
投手交代のタイミングがずれ、
外野の守備位置が
一歩深くなる。
4番とは、
実はそこにある。
スコアブックの上ではなく、
相手の判断を
半歩ずつ狂わせ続ける場所に。
坂本の“無敗”。
大原の“本塁打王”。
この二枚がそろった2013年は、
仙台にとって
時代のはじまりを示す年になった。
やっと、
地図が完成したのだ。
地元ドラ1が
地元の4番になり、
そして地元の日本一の中心に立つ。
そんな物語は
出来すぎだと言われても仕方ない。
だが、
出来すぎの物語は
出来すぎの努力がなければ
現実にならない。
棒立ちフルスイングの男は、
その現実の側に
ちゃんと立っていた。
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仙台スポーツ 2013年10月8日(仮)
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大原 パ本塁打王!
棒立ちフルスイング 頂点へ
34本 1年目の“正式4番”で戴冠
月野「看板の仕事を最後までやり切った」
坂本無敗街道と並走 仙台の秋を決める一撃
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仙台ゴールデン・カップスの大原龍ニ外野手(24)が、
2013シーズンのパ・リーグ本塁打王に輝いた。
最終成績は打率.282、34本塁打、101打点。
月野辰政監督が開幕から明確に「4番」として位置づけた
“背番号8”が、数字でその椅子の重さを証明した。
大原の特徴は、派手さと必然が同居するところにある。
構えは今季も“棒立ち”のまま。
それでも外角球への対応が安定し、ボールの呼び込みは深く、
本塁打の内訳には逆方向の伸びる打球が増えた。
キャンプからオープン戦にかけて月野監督が
「フォームの見た目より、球を待てる顔になった」と評した
変化が、そのままシーズンの形になった。
夏場には一時的に本塁打が止まり、
相手バッテリーから徹底した外角攻めを受けた。
それでも大原は、四球と長打で試合を壊さず、
守備でも穴を作らない。
2012年に外野でゴールデングラブを獲得した
“守備から逃げない4番候補”は、
2013年、“勝たせる4番”へと肩書きを変えた。
象徴的だったのは8月の九州シャープホークス戦。
同点の9回二死一・二塁で放ったサヨナラ3ランは、
本塁打王レースの流れを一気に引き寄せただけでなく、
リーグ優勝の空気を決定的に仙台へ傾けた。
一本のホームランに、タイトルと優勝の両方の匂いが
同居していた。
月野監督はタイトル決定後、
「4番は数字の席やない、覚悟の席や。
覚悟が数字を連れてきた」と短く語った。
さらに大原のフォームについて問われると、
いつもの調子で一言。
「棒立ちでも、王は獲れる。うちの証明や」
坂本将大の無敗街道が
「今日は勝てる」というチームの呼吸を整え、
黄金3・4・5が勝ち筋を太くした2013年。
その中心に立ったのが、4番・大原だった。
あとは、頂点をもう一つ。
仙台の秋は、まだ終わらない。
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(写真キャプション)
・タイトル決定を知り、ベンチで表情を崩す大原
・月野監督と握手する“正式4番”
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【ファンのコラム】 地元紙読者投稿
題: 「“棒立ちの王”がくれた、普通の誇り」
正直に言う。
僕は大原龍ニをずっと“好きだけど怖い選手”だと思っていた。
好きなのは分かりやすい。
地元のドラ1。
仙台育ち。
高校時代からフルスイングの噂が先行する怪物。
ロマンの塊みたいな存在だ。
でも怖さもあった。
早い時期に三振が目立って、
監督にボロカス言われて、
「素材は本物だけど、これホントに4番になるのか?」
そう思っていた時期が、僕にも確かにあった。
2011年。
震災の年に彼は18本塁打を打った。
あれで一気に“物語の中心”に立った気がしたけれど、
同時に歪な重さも背負ったと思う。
数字がどうこうじゃなく、
「打ってほしい理由」が多すぎる4番候補。
それはそれで残酷だ。
2012年。
守備でゴールデングラブを取った。
この時点で僕は、
大原を“ただのロマン”として扱うのをやめた。
勝たせる選手は、
打席だけに住んでいないのだと教えられた。
そして2013年。
34本の本塁打王。
打率.282。
101打点。
数字だけ並べれば、
堂々たるリーグの顔だ。
でも僕が一番うれしかったのは――
今年の大原が、
“特別な理由がなくても強い4番”になったことだ。
震災の年のように
「何かを背負っているから打ってほしい」じゃない。
去年のように
「守備でも価値があるから許される」でもない。
2013年は、
もっと普通に、もっと冷静に、
「このチームの4番がいちばん怖い」
そう思わせる4番だった。
棒立ちフォーム?
上等だ。
教科書に載ってなくてもいい。
仙台の球場で、
仙台のファンが、
「これがうちの4番の形だ」と心から言えるなら
それはもう“完成形”だ。
タイトルはゴールじゃない。
でも、
地元ドラ1が地元の4番になって
リーグの王になった日を
僕らが祝わない理由がない。
この34本は、
派手な数字であると同時に、
街にとっての“普通の誇り”でもある。
さあ次は、
もう一つ上の景色を。
その真ん中に、
今年の4番が立っているところを見たい。
【野球雑誌特集コラム 日本一達成直後の特集号】
「4番・大原龍ニ “棒立ちのまま、王になった年”」
日本一の歓喜が少し落ち着いた頃、
仙台ゴールデン・カップスのクラブハウスには
不思議な静けさがあった。
シャンパンの匂いが抜けたロッカールーム。
優勝記念グッズの段ボールが積まれた廊下。
その奥で、4番・大原龍ニは
いつもより少しだけ落ち着いた声で話し始めた。
2013年。
打率.282、34本塁打、101打点。
本塁打王。
ベストナイン。
そして球団史上初の日本一の4番。
数字の見栄えは完璧に近い。
だが本人は、
この一年の価値を
“成績表”ではなく“空気の変化”で語る。
――2013年、最初に「今年は違う」と思った瞬間は?
「開幕の前ですね。
監督が“4番は覚悟の席”って言って、
あの言い方が、去年までと違った。
冗談みたいに聞こえるときもあるんですけど、
今年は“冗談じゃないぞ”って目で言われてる感じがした」
――4番固定が始まって、プレッシャーは?
「ありました。
でも、
プレッシャーって言うと
“打てなかったら終わり”みたいに聞こえるじゃないですか。
僕の中ではちょっと違って、
“この打順で試合の形が決まる”って感覚だった。
だから怖いのは三振より、
“試合の流れを雑にする打席”でした」
この発言が、
2013年の大原を象徴している。
彼は棒立ちの構えで、
相変わらず豪快に振る。
だが2013年の変化は
“豪快さの使いどころ”にあった。
必要な場面で振り切る。
必要でない場面では、
四球や逆方向も含めて
“勝ちの形を壊さない”。
月野監督はこの点を
シーズン中何度も評価してきた。
「4番はホームラン数だけの席やない。
勝ち方を知っとるやつの席や」
この言葉が空回りしなかったのは、
大原が“打席の外”で
4番の定義を増やしたからだ。
――2012年のゴールデングラブが、
2013年にどう生きたと思いますか?
「打てない時期の自分を
守備が助けてくれたっていうのはあります。
あの年に守備を評価されたことが、
今年の僕の“逃げ道”じゃなくて
“踏ん張りどころ”になった」
――打てない時期、何を意識していました?
「“守備で勝つ日があっていい”って
自分に言い聞かせてました。
4番がそれ言うの、
ちょっとズルいかもしれないけど(笑)。
でも実際、
坂本さんが投げる日に
守備で点を消せたら
それも4番の仕事だと思った」
2013年の仙台を語るとき、
坂本将大の無敗街道は
やはり中心にいる。
投手が絶対的な安心を提供し、
打線が“勝たせ方”を覚える。
その循環の真ん中で、
大原は4番として
“毎試合の意味”を変え続けた。
――坂本将大という存在について
「投手としてすごいのは当然なんですけど、
僕が一番すごいと思うのは
“試合の空気を決める力”です。
坂本さんが先発だと、
こっちのベンチの会話が
自然に短くなるんですよ(笑)。
余計なこと言わなくても
“やること分かってるよな”って空気になる」
――「坂本の日は1点で足りると思わない」
という言葉も印象的でした。
「あれは本音です。
“勝てる日に勝ち切る”って
強いチームの基本じゃないですか。
坂本さんが作ってくれた勝ち筋を
4番が太くしないと、
結局、優勝できないと思った」
この“勝ち筋を太くする”という感覚は、
2013年の大原が
ただの本塁打王ではなく
“優勝する4番”だった理由でもある。
象徴的な一打を挙げるなら、
多くの人は
九州シャープホークス戦で放った
9回二死からのサヨナラ3ランを思い出すだろう。
――あの一打は、
今季を代表するホームランになりました。
「“代表”って言われると照れますけど……
でも、
あの場面で外角低めを投げてきたってことは
相手も“4番の勝負”に乗ってきたんだと思うんです。
だったら、
こっちも“4番の答え”を出すしかない」
答えを出した4番。
答えを出し続けた一年。
そして日本シリーズ。
本人は
「シリーズで暴れたわけじゃない」と振り返る。
――日本シリーズの打撃について
「ド派手な感じはなかったですよね。
でも、
相手の守備位置とか継投のタイミングが
ちょっとずつズレてるのは感じました。
ああいう“ズレ”を作れるなら
ホームランがなくても
4番として意味はあると思った」
大原の2013年を
最も正確に表すのは、
この言葉かもしれない。
“4番はホームランを打つ人”ではなく、
“4番は相手の判断を狂わせる人”。
棒立ちのフォーム。
教科書的でないスイング。
それでも、
最も教科書的な“勝ち方”に
彼の打席は確かに組み込まれていた。
――2013年の自分に点数をつけるなら?
「うーん……
こんな年、
二度と来ないかもしれないから
満点って言いたいですけど(笑)。
でも、
“4番として完成したか”って言われたら
まだ途中だと思ってます」
――どこが“途中”ですか?
「勝ち続けるチームって、
4番が打てない日でも勝つじゃないですか。
そういう時に
“自分は何ができるか”は
まだ探してる途中です」
この発言の真面目さこそ、
仙台のファンが
大原龍ニを“地元の4番”として
より強く信じた理由なのだろう。
2011年に背負った。
2012年に守った。
2013年に勝たせた。
この三段跳びが
物語としてきれいに着地してしまった以上、
次の年に求められるものは
きっと“美しさ”ではない。
苦しい年でも看板でいられるか。
タイトルがなくても
相手に最も嫌がられる4番でいられるか。
だからこそ、
この日本一の翌年が
“真の4番像”の入口になる。
大原は最後に、
いつもの軽口を少しだけ混ぜた。
――来季に向けて
「棒立ちは、やめないです。
あれで王になったので。
でも、
棒立ちの“中身”は
もっと変えられると思う」
フォームを守って、
役割を更新する。
この矛盾を本気でやる男が、
2013年の仙台の中心にいた。
地元ドラ1が
地元の4番になり、
地元の日本一の真ん中に立つ。
出来すぎの物語に見えるのは、
このチームが
それを“勝ち方”として
成立させてしまったからだ。
2013年の仙台は、
4番・大原の年だった。
そして同時に、
“4番とは何か”を
もう一度新しく見せた年でもあった。