青色とは真逆の道を進む少年の物語   作:ゆず1252

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見切り発車です。
生暖かい目で見守ってください


第1話

「さ、寒い…。」

 

真冬の夕暮れ。トリニティ自治区市街地のとある裏路地に衣服を水で濡らし、身体中が傷まみれの少年が壁に背を預け座っていた。

 

「…あっ。」

 

ひび割れた腕時計を確認すると、既に寮の門限に間に合わない時間になっていることに気が付く。

 

「…はぁ、寒いなぁ…。」

 

そんな言葉がか細く出る。

痛みよりも寒さ…いや、体で感じている寒さと言うより、心に直接来る精神的な寒さを少年は感じていた。少年がこんな状況に陥るのは初めてではなかった。だから分かる、今体にムチを打って急いだ所で自室に酷い有様だろうという事に。

 

「うっ…足も動かないや…。」

 

原因が寒さなのか怪我なのかを確認するのも億劫になり空を見上げる。

少年が陥っているのは所謂虐め。それもかなり悪質なものであった。きっかけはうろ覚えだが、珍しい男子生徒って言うのが理由だった気がする。中等部から高校に上がってからも今の状況が続いており、日に日にエスカレートしていた。

 

「大丈夫…僕は、大丈夫。」

 

今日はまだ軽い方だ。汚水をかけられ痛めつけられただけ。放課後の限られた時間だったのが幸いしたのだろう。

 

「怪我もすぐ治る…大丈夫だ。」

 

少年の治癒能力は高く、このくらいの打撲や骨折、銃創くらいであればすぐに完治する。それが拍車をかけて加害者達も容赦が無くなってきてしまっているのだが。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫…。」

 

そう自分に言い聞かせながら立ち上がる。その姿はまるで幽鬼のようにフラフラと覚束無い。そのまま近くのマンションの外階段を上がっていく少年。

 

出来るだけ誰にも見つからず、迷惑をかけないようにと思い、マンションの屋上で夜を明かそうと考えていた少年の前に先客が居ることに気が付く。

 

「…。」

 

「えっと…。」

 

何処かの女子生徒だろうか。しかし制服は着用しておらず、ダメージジーンズに黒のパーカーの上に白のロングコートを羽織っている。特に両耳につけられたピアスが特徴的だった。

 

「はぁ…最悪。」

 

「…ごめんね。」

 

開口一番が最悪と言われてしまい、思わず謝ってしまう少年だが、なんで謝っているんだろうと疑問に思う。

 

「…。」

 

そんな気も知らずにその子はじーっと少年を見つめている。一瞬足を動かそうとしていたため、立ち去ってくれるのかと思っていたがそうでも無いらしい。お互い無言で微妙な空気が流れる。

 

「え、えっと…僕もう、行くね?」

 

圧を感じた訳では無いが、この微妙な空気感に耐えられずその場を逃げ出そうとする。

 

「何処に?」

 

「…え?」

 

言葉なんてかえって来ないと思っていた。予想外すぎて反応が遅れる。

 

「何処に行くの?」

 

「それは…自分の部屋に、かな?」

 

少女が質問してきた事にも驚いたが、何より聞き方に違和感を覚える。その言葉に乗っている感情は嘲笑や呆れの類いだった。

 

「ふふ、あなたは面白いこと言うんだね。」

 

「そんなつもりは…無いんだけどな。」

 

その子と会話を重ねて気づけた。形や理由は違えど、自分と同じ境遇の人間だって事に。

どうやって気づいたって?そんなの簡単だ…目を見れば分かる。毎日洗面台で嫌になるほど見ている濁った目。類は友を呼ぶとはよく言ったものだと何となく感動する。

 

「さっきの上から見てたけど、トリニティの生徒ってあそこまで暴力的なんだ。」

 

「どうだろうね。あんまり知り合いとかいないから、他の人はわかんないや。」

 

あくまで虐めをしている人はそうだが、他の人は違うと思うとやんわりと伝える。

 

「へぇ、むかついたりしないの?」

 

「何も思わない訳じゃないさ。でも僕が何かやり返したって意味なんてないでしょ。むしろデメリットの方が多そうだし…。それに殺される訳じゃないなら、変に抵抗しても疲れるだけかなって。」

 

色々言葉を飾っているが、結局の所少年は諦めていたのだ。弱腰とも捉えられるし、もっと出来ることがあるんじゃとも思うが、頑張って成果が得られる訳でもないことにやる気は出るはずが無い。

 

「結構殺されても可笑しくないくらいにやられてたけど…感覚が壊れてるんじゃない?」

 

「ははは、そうかもね。でも君だって方向性は違くても…多分諦めてるんでしょ?」

 

「ただ無意味に何となく生きてるだけ。」

 

その言葉にそっかと返してからは、お互いに無言の空間が広がる。

 

「ミサキ!!」

 

「リーダー。」

 

「またお前はこんな所で!!」

 

今日はよく知らない人と会うなぁ…と心の中でボヤく少年。出来れば静かで、誰も居ない場所が良いのにと心の中で思う。

 

「うるさいな…大人しく帰るから静かにして。」

 

「はぁ…全く。」

 

新しく来た女子…パッと見は同い年か1つ下くらいだろうか?ミサキという子に夢中で、こちらの存在に今気づいたようだった。

 

「その制服…トリニティか?」

 

「まぁ…うん、そうだよ。」

 

その女子の目に映るのは警戒と疑問。そりゃ知り合いの子が知らない汚れた男子生徒と屋上で2人っきりだなんて、そうなるかと勝手に決めつける。それにこの人達は、似た者であっても自分と住む世界が違うと何となく理解できた。

 

「リーダー行こう。」

 

「あ、あぁ。そうだな。」

 

そう言って2人は屋上から降りていく。

 

「今日は…僕も帰るかな。」

 

少し間を空けてから、きっとまた理不尽な事が待っているであろう寮へ歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

「ミサキ、アレとは知り合いなのか?」

 

「違う。今日初めて話した。」

 

少年と別れてから自分たちの住処に帰る少女達。リーダーと呼ばれる彼女はミサキにに問いかけていた。

 

「そうか。日の下を歩くヤツにもああいうのがいるのだな。」

 

「リーダーも気づいた?」

 

「あぁ、アイツは同じだ。」

 

あの酷く濁った目。ここアリウスでよく見る目だ。この先の未来全てを諦めている、そんな目だった。

 

「サオリ、面白い話をしていますね。」

 

「マダム…。」

 

そんな話をしていると人型に近い何か…サオリがマダムと呼んでいる者が現れた。

 

「外で何をしているかと思ったら…随分と面白い子を見つけたようですね。」

面白い…自分達が感じている事とは別視点で、マダムが彼のことを気に入る所があったのだろうとサオリは考える。

 

「必要なら攫いますが…。」

 

「そんな事をせずとも、こちらから誘えば着いてくるでしょう。近い内にまた接触して、私の元へ連れて来なさい。」

 

その言葉を聞いて2人は了解とだけ返答をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は…門限はとっくに過ぎていますよ?それにその格好、一体何があったんですか?」

 

「サクラコさん。ただの不良生徒の夜遊びですよ。気になさらないでください。」

 

シスターの様な服を着た彼女の名は、歌住サクラコ。その姿通り、学区内の教会でシスターをやっていて、僕の同級生である。

 

「ですがそう言うにはあまりにも…。」

 

「サクラコさんが気にする事じゃないですよ。」

 

前に僕が現状に耐えきれず、彼女に相談した事がある。だが神に仕えている彼女は、どちらかの味方になろうとはせず中立の立場で収めようとした。それが悪い事だとは言わない。どちらかの味方をするという事は、どちらかを敵にするという事だから。でも中立というのは良いように言ってるだけで、要はどっちの味方でも無いということ。それ気づいてから僕は彼女に何かを打ち明ける事は辞めた。

 

「流石にそんな状態の貴方を見逃せません。」

 

「関係ありませんよね?」

 

「ええ、関係ありません。しかし目の前に困っている人物がいるのであれば手を差し伸べる、それが普通なのでは?」

 

「差し伸べて欲しい手は僕が選びます。少なからずサクラコさんにお世話になるつもりはありません。なので気にせず、今日はたまたま素行不良の生徒が、たまたま汚れて帰ってきたと解釈してください。」

 

少年はサクラコに対し、徹底して冷たく接する。もし彼女が勝手に動いてしまったら、ろくな事にならないからだ。恐らく出来る限り平和的に解決しようとする。それでまた逆恨みをされてる悪循環。それならば外部の人間に頼むか、自分で彼女達を叩き潰すほうがまだ良い。

 

「貴方は…本当にそれで良いのですか?」

 

「じゃ、僕は帰りますね。」

 

その問いに答えることはせず、サクラコの横を通り過ぎ自身の部屋へ向かう少年。

 

「あ…。」

 

(どうして君がそんな顔をするんだよ。君にそんな権利は無い。)

 

横目で彼女の表情を見て罪悪感を覚えるが、そう思わせる彼女の行動に嫌悪感を抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…荒れてるなぁ。」

 

心もそうだが部屋も荒れている。どうせあの子達がやったんだろうと判断し、心を落ち着かせようと深呼吸する。

 

「シャワーは…ヘッドもダメか。これもどうせ僕のせいにされるんだろうな。とりあえず水は出るし、汚れは落とせそうか。」

 

真冬に冷水を浴びるなんて言う修行僧の様な事をする少年。冷たっと声を上げるが、痛みよりはマシかと心の中で思う。

 

「体は…うん、治ってる。消化もちゃんとされてる…かな?」

 

膝や肘、足首を踏みつけられ関節を砕かれた。腹部の同じ箇所に銃弾をかなりの数受け、血混じりのアザになっていた。口に石をめいいっぱい詰め、ストックで殴られ口の中がズタズタになっていたが、全て完治。土や雑草、ゴミや虫と色々食べさせられた。それでもお腹に異常は特に見受けられない。

 

反撃しないのかって?した所でこちらの立場が悪くなるだけ。彼女達のサンドバッグでいた方が気が楽だし、別に死にはしない。

 

「羽もちゃんと洗わないと。」

 

自身の腰から生えている白い翼。汚れてしまっているし、綺麗にしたところで明日も同じような状態になると分かっているが、それでも綺麗にしなくてはいけないと使命感に駆られる。

 

「つ、冷たい…。」

 

石鹸なども無いため、汚れを落とすのには時間がかかるが、それでも少年は丁寧に洗っていく。

この翼が大事なものかと聞かれれば、普通と答えるだろう。しかし少年の中で普通と思えるほど思い入れのある物は少ない。何が言いたいかと言うと、特に理由は無いがこの翼は少年にとって大事なものということだ。

 

「こんなものかな?」

 

目に見える汚れは大分落とせた。これ以上体を冷やしたくないと思い風呂場から出る。

 

「着替えは…まあコレで良いか。とりあえず今日は寝よう、流石に疲れた。」

 

そう言って体を濡らしたまま、ぐちゃぐちゃになったベッドに横たわり、目をつぶる少年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…え?」

 

朝かと思い目を開けると、横になっていた体が椅子に座らされていた。しかも丁寧に縛り付けられており、完全に身動きが取れない状況だ。

 

「随分とお寝坊さんね。」

 

目の前には、何時も自分を痛めつけてくる女子生徒たちがクスクスと笑いながら立っていた。

 

「今…授業中じゃないんですか?」

 

体感ではあるが、恐らく始業の時間は過ぎている。なのに何故この人達はこんな事をしているのかと疑問に思う。

 

「アンタが誰かにチクったせいで謹慎になったのよ。」

 

「は?」

 

チクったって僕が?いつ?誰に?昨日はそんな余裕は無かったし、そもそもそんな事はしない。

 

「あっ…。」

 

知っているものとすればサクラコしかいない。しかもコレは考えうる最悪なパターンの1つ。

 

「思い当たる節はあるようね。」

 

先程までのコチラを馬鹿にするような雰囲気から一転、殺意に近い怒気を露わにする。

 

「ち、違うんです。別に僕がそうしたわけじゃ…ガッ!?」

 

弁明を聞く気など無く、こちらが話している途中で顔面に銃弾を撃ち込んでくる。人数は7、8人程。全員がアサルトライフルといった、大柄な銃を容赦なく撃ち込む。

 

「ぐぁ…!」

 

「今日は沢山時間があるから…めいいっぱい遊んであげるわよ。」

 

大丈夫、僕の体は頑丈だから。我慢していれば、きっと大丈夫。そう心に言い聞かせながら目をつぶって少年は耐える事にした。

 

そこから何時間経過したんだろうか。弾切れを期待していたが、流石トリニティの生徒。かなりの弾薬を買い込んで、ここに持ってきていたらしい。

 

「反応薄くなってきてつまんないわね。」

 

主犯格の女子生徒がそういうとそれに釣られるように、ね〜という声が上がる。このまま続けてもらった方が、こっちとしては楽なのだが…。そう思って自分の体を見るが酷いものだった。銃撃によって服は破れ、肌があらわになっており、内出血や、皮膚が破れ少なくない血が流れている。

 

「あれ、使ってみない?」

 

これ、治るかな…と不安に思っていると、不穏な声が聞こえる。

顔を上げて確かめてみると、見慣れぬ弾薬を詰めているのが見えた。

 

「それ…は?」

 

僕の声に反応してこちらに顔を向ける女子生徒たち。その表情を見て背筋が凍る感覚が走る。

 

「ホローポイント弾って言うんだっけ?理屈はよく分からないけど…とにかく痛い弾らしいわよ?」

 

そう言ってマガジンに詰め終えた1人が銃口を向けて発砲。

 

「ウグッ!!!」

 

当たった皮膚の表面を抉られるような痛みだった。普通の状態で受ける分には問題ないが、傷口に当てられるのは別だ。焼き抉られるような痛みに悶絶する少年は、コレを受け続けたらマズイと理解した。

理解したところで為す術もなく、ただひたすらに無抵抗のまま銃弾を浴びる少年。

 

「ヒュー…ヒュー…」

 

「コレ、やばいじゃない?」

 

時間にして30分程度、少年にとっては数十時間に感じる長さであった。ホローポイント弾をその身に浴び続け、全身は血まみれ、痛みに耐えようと食いしばった歯は砕け、左目に弾丸が直撃してしまい潰れてしまっていた。

 

「どうせ治るから大丈夫よ。」

 

息も絶え絶えで、今にも死んでしまいそうな雰囲気を出している。

 

「そういば…今まで試したこと無かったけど、アンタって体から取れちゃったのって治せるの?」

 

コイツはなんて恐ろしいことを言うんだろうかと、心の底から思った。どうせ近々今までやってきた事が明るみになるかもしれないなら、出来るだけの事はやってやろうと開き直ってるのか。

 

「その羽…ちぎってみよっか。」

 

「…ぁ、…ぇ」

 

止めてくれなんて声は出せず、そもそも届く筈もなく僕が少なからず愛着を持っていた翼に向けて凶弾が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ!!流石にまずいよ!」

 

「これ、治るか分かんないんじゃない!?」

 

「わ、私は関係ないわよ!」

 

意識が途切れ途切れになりながら、何を今更逃げ腰になってんだと、自体に焦っている女子生徒たちを嘲笑う。

 

「私は降りるわよ!!」

 

その声を皮切りに、女子生徒達は恐らく倉庫と思われるところから出ていく。リーダー格の女子生徒すら徐々に冷静になって事の大きさに気づいてそそくさと出ていってしまった。

 

「ざまぁ…みろ。」

 

満身創痍の状態でも尚、僕の体は元に戻ろうと治癒を始めている。骨や筋肉が治っていく感覚が分かるくらいには損傷が激しい。

 

「見つけました!!救護班早く来てください!!」

 

「さくら…こさん?」

 

大きな声が聞こえ、億劫な気持ちの中顔を上げると見知った人物がいた。

 

「そんな…酷いっ」

 

「…っ。」

 

決して痛みが原因で言葉が出なかった訳じゃない。翼を失った喪失感…違う。片目を潰されたから…違う。来るのが遅かったから…違う。痛めつけられて声も出せないから…それも違う。

 

この心の底から湧き出てくる感情は…憎悪だ。そうだ憎いんだ。直接手を出してきたアイツらも、見て見ぬふりをしたアイツらも、結局こうなるまで何もしなかったコイツらも!!!

 

僕が何をした?ただ男に生まれて、ただちょっと傷の治りが早いくらいで、なんでここまでされなくちゃいけない!?

 

「とにかく…応急処置をします。少し痛むと思いますが。」

 

「…はははっ。」

 

「え?」

 

理由なんて簡単だ。僕が弱かったから、それに尽きる。こんな銃社会で、こんなドロドロな人間関係の環境で、弱さを見せた僕が悪い。そう考えたら笑えてくる。今までの我慢も全部全部っ!!無駄だったんだから…。

 

「もういいや…。」

 

少年を縛り付けていた拘束具は、今までの銃撃や血で汚れた脆くなっていて、思った以上に簡単に外れた。

 

「う、動いては行けません。」

 

「もう治ったからいいよ。」

 

「しかし…それ以上に貴方は!」

 

「あのさぁ…分かんないかな?"お前"に近寄られる方がよっぽど嫌なんだよ。」

 

その言葉を聞いてサクラコは何も言えなくなってしまった。理由は2つ、その少年の目は黒く濁りきってしまっていたこと、こちらに向けてきたのは敵意であったからだ。今まで良かれと思って行動していたのに、それは何も意味を成していなかった…いや、悪い方向で意味を成していたと気づいてしまったのだ。

 

「お前みたいな勝手に救った気でいる自己満野郎より、直接手を出てきたアイツらの方が幾分かマシだ。」

 

そう言いながら、銃撃を1点に浴び続けちぎれてしまった片翼を拾い、サクラコへ投げつける。

 

「それはあげるよ。お前が頑張った結果得られたものだからね。」

 

「あっ…。」

 

ベチャと水気を含んだ嫌な音が鳴り響く。

 

「ほら喜びなよシスターサクラコ。お前は1人の男子生徒を救おうと動いた成果なんだから。僕の為にも…ほら?」

 

どこか壊れてしまった少年は、狂気的な笑みを浮かべてそう告げる。その姿に過去の大人しげな面影は残っていない。

 

「そん、な。私は…なんで?」

 

「そういうものなんだよ人生は。いくらどんなに頑張ったとしても、上手くいかなきゃこんなもの。僕はもうそう開き直った。期待とか希望とかしたって結局こんなものってね。」

 

そう少年は開き直っているだけ。なんの根本的な解決ではなく、ただそういうものと心の事はガン無視で割り切っているのだ。今まで心の中で留めていたが、それを他者へも押し付け始めたのが今までとの大きな違い。

 

「だからお前もそうしなよ。案外楽なものだよ?こうして色々割り切って考えるのは。」

 

「ですが…それでは誰も、救われません!!」

 

「お前のその陳腐でしょうもない救いたいって意思は素晴らしいと思うよ。でも結局救えてないじゃん。それを証明してるのが僕だ。ハッピーエンドの裏には必ず誰かが割を食ってるんだよ。全員ハッピーエンドなんて絶対にありえない。」

 

そう言って倉庫の出口に歩みを進める少年。

 

「でもありがとう。君のその惨めな姿を見れて少しだけスッキリしたよ。そういう意味では君は少なからず僕を救ってくれてたのかもね。」

 

最後にトドメの一撃と言わんばかりに告げる。

倉庫の中には血まみれの翼を抱えて涙を流すシスターだけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は昨日と同じマンションの屋上に来ていた。あの同じ目をしたあの子達と会えるかもしれないという下心もあったが、結局は何となくに行き着く。

 

「やっぱり治らないか。」

 

眼球は戻ってはいるが視力の低下が著しい。そして肝心の翼は傷口が塞がるだけで生えては来なかった。

 

「これからどうするかな…。」

 

少年の心は憎しみで染まっていが、恨みを晴らしたところでなんの意味があるんだと、心のどこかで無気力感が燻ってしまっている。

 

「今更学校には戻れない。というかトリニティの自地区内に入れるかも怪しいし…。」

 

そもそも住処もお金もない今、やれる事はかなり限られてくる。

 

「あ、やっぱり居た。」

 

「あれ…昨日の。」

 

そんな事を考えていると、昨日出会ったミサキという少女とその連れに出会った。

 

「今日は連れも一緒なんだね。」

 

「…お前、その羽と目はどうした?」

 

「色々あってさ、こうなっちゃった。」

 

その色々を聞いているのだがと心の中で思うが、どこか危うい雰囲気のある少年にそんな事を言うことが出来なかった。

 

「トリニティってそんな事する時間があるほど暇なんだね…。」

 

「確かに…そう言われるしっくりくるよ。きっとアイツらは暇人だったんだろうね。」

 

どこか他人事のように言う少年に対して、帽子をかぶった連れが思わず問う。

 

「お前は悔しくないのか?」

 

「悔しくないかって…どうだろう。ムカつくって気持ちはあるけど。でも結局、人生そんなもんでしょ?」

 

その言葉を聞いて目を見開く。

 

「Vanitas vanitatum omnia vanitas」

 

「ば、バニ…?」

 

「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。」

 

「…なるほど、随分と詩的で良い言葉だね。まるで僕の今の感情を表した言葉みたいだ。」

 

「行く宛てがないなら私達の元へ来い。褒められた環境でも、お前が望むような事にはならないかもしれないが…。」

 

その言葉を聞いて少しばかり驚いた反応を見せる。

 

「同情って感じがしないってことは…誰かの指示だったりする?」

 

「鋭いな。私達を管理しているマダムからの指示だ。理由は分からないが、興味を持っているらしい。」

 

「へぇ…それは光栄だね。まぁでもそうか、どこかで意味もなく腐って死ぬくらいなら、君らと同じ道を進むのも悪くないかもね。」

 

そう言って手を差し出す。

 

「ようこそアリウスへ、私は錠前サオリだ。」

 

「戒野ミサキ。」

 

「僕は…」

 

そう言ってここ暫く自分の名前を言ったことも、呼ばれた事もない事実に気づいて少し笑いが漏れる。

 

「僕は、柊白斗。ハクって呼んでよ。」

 

サオリから差し出された手を握る白斗。この先幸せを噛み締められるとは思わないし思えない。ただ、アリウスの環境がどうであれ、トリニティよりも幾分かはマシな気持ちで過ごせるんじゃないかと淡い期待をしていた。

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