サオリとミサキに連れられて、アリウスの本拠地へ繋がる地下道を通っていた。
「ハク、この後まずはマダムにあってもらう。それ以降はマダム次第だ。」
「ん、了解。」
廃墟となった家々、整備されていない通路、所々で見える生徒たち、どれをとってもマトモな環境とは思えない。ということは此処を管理しているマダムという人物もろくでもない奴というのは何となく理解していた。
「よく笑えるね。」
それだというのにハクは微笑んでいた。
「そりゃ新天地ですし、ワクワクしますよ。」
「こんな環境なのに?」
ミサキは周りへ視線を向けながら自虐気味にそう告げる。
「例え劣悪な環境だろうと、道具のように扱われようと、無意味に虐げられるよりかはマシですよ。虚しかろうと辛かろうと、僕が意味を感じられるのならそれで良い。」
「随分と自分勝手な考え方だな。」
「ホントにね…そういう所はトリニティっぽい。」
「ははは、褒め言葉として受け取っておきますね。」
そんな雑談を交わしながら、目的地へ向かう3人。一際大きな建物の前に着くと、そこには仮面を被った子とオドオドした様子をしている2人が座っていた。
「あ、おかえりなさい、サオリ姉さん、ミサキさん…って隣の人は…?」
「あぁ、昨日少し話した件だ。マダムが興味を持ったらしい、トリニティの生徒だ。」
「柊白斗です。ハクで良いよ。」
「あ、ご丁寧にありがとうございます…槌永ヒヨリです。って、と、トリニティですか!?なんでそんな人がここに!?」
お互い自己紹介を終えて、トリニティの人間がからアリウスに来たことが信じられないと言った表情をするヒヨリ。
「それで…隣の人は?」
「ひ、酷い!いきなり無視ですかぁ!?」
「姫だ。」
「姫?」
「あぁ、姫だ。」
「…」
「あ、どうも。よろしくお願いします?」
本名が姫なのか分からないし、手話だから何を言っているのか分からないが、まあ良いかと考えるのを止める。そのうち手話でも覚えるか〜と呑気なことを考えるハク。
「とりあえずマダムの所に行くぞ。」
「サオリ姉さんまで!?」
ことごとく無視をされてしまうヒヨリ。涙目になっているところを姫にポンポンと肩を叩かれ慰められる。
「ではまた。」
そう言ってサオリとハクは建物の中に入っていく。
「あれ?ミサキさんは行かなくていいんですか?」
「別について来いとは言われてないし。それに出来るだけあの人には会いたくないから。」
「あぁ、分かります。怖いですからね…。」
「別にそういう訳じゃない。ただ反りが合わないだけ。」
そう言いながら入口近くに腰掛け、2人が戻ってくるのを待つ。
「ハクさんってトリニティの人なんですよね…?なんでわざわざココに来たんですか?」
「…本人に聞いてみれば?」
「わ、分かりました。」
ミサキの少し機嫌悪くなった雰囲気を感じ取ったヒヨリは、とりあえず黙って待つことにした。
「ようこそアリウス分校へ。」
「初めまして。この度はご招待ありがとうございます。柊白斗と申します。」
「おや、やはり学があるというのは良いものですね。隣りの者から聞いているとは思いますが、私はベアトリーチェ。このアリウス分校の生徒会長を務めています。皆私のことはマダムと呼んでいるので、貴方もそう呼ぶように。」
「かしこまりました。ではマダム、今後ともよろしくお願いします。」
「てっきり何故呼ばれたのかと質問が飛んでくると思っていましたが…気にならないのですか?」
隣にいるサオリもずっと気になっていた。確かにハクは自分達でも少なからず同情するような環境に身を置いていたのは事実。だが、それだけでマダムが興味を示すかと言われれば微妙なラインだったから。
「それは…さほど僕が気にするべき事ではないと思ったからです。」
「ふふふ、面白いことを言いますね。あの環境から救い出した恩人…と言うには恩着せがましいかもしれませんが、もう少し気にしても良いのではないですか?」
図々しくはあるがマダムからすれば、これからの事を考えればもう少し自分に感謝と敬意の感情を示して欲しいと思っていた。
「そう、ですかね…気に触ったのなら謝罪します。しかし僕に何かをして欲しいのであれば、マダムが命令すれば問題ないのでは?」
「…どういうことでしょうか?」
「道具にそんな感情、求めてないでしょう?」
その言葉を聞いて思わずマダムは固まる。
ハクはここに来るまでの生徒たちの様子を見て、このマダムという存在が、どのような体制でアリウスを管理しているか凡そ当たりをつけていた。恐らくだが生徒を生徒として見ず、奴隷のような扱いをしていると。ならば己の意思など不要で、命令に対してただ従順にしていれば良いと考えていた。だがハクは然程悲観していなかった。理由は簡単、前とさほど状況は変わらないこと、同じ状況の仲間がいること。励まし合う気は無いが、独りじゃないという環境はハクにとってとてもプラスな要素の1つであったのだ。
「なるほど…。そう考えている割には随分と晴れやかな表情をしていますが、何か理由があるんですか?」
「え、そんな顔してましたか…。」
「ええ、その軽薄な笑みが鼻につきます。」
「あはは…なんかすみません。そういう訳じゃないんですが、マダムが僕にどんな意味を持たせてくれるのか楽しみ、なんですかね。敵を倒す銃なのか、貴女を護る盾なのか、それともペットなのか、それとも好奇心を埋める人形なのか、今まで彼女達のストレス発散のために使われていた人生をどんな風に変えてくれるのかが…楽しみなんですよ。」
だから笑えてきて仕方ないとハクはそう告げた。
「もし私が貴方に殺せと命じたら?」
「殺しましょう。」
「それが味方でも?」
「意味の見出だせない道具なのであれば。」
黒く濁ったハクの目を見て確信した。サオリ達のように全てを諦めていると考えていたが間違っていたと。ハクは何処かネジが外れて狂った生徒なのだ。仕方ない、そういう物だと諦める心がありながら、感情に身を任せ楽しむという心の余裕がある矛盾。きっとどんな命令をしようと鼻歌混じりに遂行し、そして何事も無かったかのように帰ってきて次の命令を待つだろうという凄みがある。心が壊れていないのにそんな芸当が出来る者を狂ってる以外にどう表現しようか。
「なるほど…どうやら良い拾い物をしたようですね。」
ならば上手い事使おうとマダムは考えた。こちらに敵対しない、従順な駒な時点でデメリットは無かった。
「恐縮です。そしたら今後のスケジュールを教えてください。」
「今日は自室で待機。明日からは戦闘訓練に参加、そして1日に1度私の元へ来なさい。貴方の再生能力…いえ、神秘に興味があります。」
「かしこまりました。」
「サオリ。彼を貴女の部隊に入れると共に、鍛えてあげなさい。戦闘能力を向上させなければ話になりませんから。幸い痛みには強いようですから、多少無茶をしても問題ないでしょう。」
「了解。」
そう言って2人はその場を後にする。
「ふふふ…これは思わぬ拾い物ですね。ある程度放置しても良い駒ほど扱い易いものはありません。彼らも興味を示すでしょうし、恩を売ることも視野に入れておきましょう。」
そう言って今後の計画を思い受けべ、怪しげな笑みを浮かべるベアトリーチェであった。
「あ、戻ってきた。」
「今後ハクは私達の部隊に入る事になった。」
「よろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀すると、姫がパチパチと拍手をしている。見かけによらず陽気な人なんだな〜と何となく考えるハク。
「なら1番年上なんだし、敬語もいらないんじゃない?」
「無理に止める必要はないが、私達に変な遠慮は要らない。素でいてくれて構わない。」
「…一応癖みたいなものなんだけど、直していくよ。」
お前らは敬語使うべきじゃ?…と心の中でボヤくが、今更かと自分を納得させる。
「そういえばお前…銃は持ってないのか?」
「あ、そういえば寮に置いてきたままだ。」
その言葉を聞いて3人は少し引いた顔をする。姫はマスクしてるため表情は分からないが、驚いているのか固まっている。
「自分の銃を忘れる人初めて見ました…。」
「はぁ…とりあえず予備だけど、私のハンドガン貸してあげる。」
「うん。ありがとうね。」
そういえば最近マトモに銃を触っていないことに気がつくハク。しかし流れるように弾倉、セーフティの確認が出来ることから、色々染み付いているんだなと感じることも出来た。
「聞いて何か変わるわけでもないが、お前どれくらい動ける?」
訓練前の擦り合わせなのか、サオリがどれくらい実力があるのかを確かめる。
「ん〜、残念ながらまともに喧嘩したことすらないよ。だから回答としては分からないって感じかな。」
「そうか。」
実際は虐められていたから、喧嘩にまで発展しなかったというのが正しい。実力は分からないが痛みにはめっぽう強いというのがハクなりの評価であった。
「ならかなり過激になるだろう。それなりの怪我は覚悟しておけ。」
「了解。どうせすぐ治るし遠慮しないでいいからね。」
サオリはその言葉に頷き、ハクに目を合わせ手を差し出す。
「ようこそアリウススクワッドへ。コレからは存分に働いてもらうぞ。」
「こちらこそ。暫くは迷惑かけちゃうかもだけどよろしく。」
ハクは変わらず笑みを浮かべながらサオリ手を取る。
「ちなみにメンバーはこれで全員なの?」
「えっと…実はもう1人いまして、この後迎えに行く感じですね…ハイ。」
ヒヨリがそう口にすると、何故かメンバーが微妙な顔つきになる。それ見たハクはなるほど、と声を出してヒヨリ向き直った。
「ヒヨリさん、どうか気を落とさないで。まだ出会って間もないから、どういう性格をしてるのか分からないけど、僕はそう簡単に人を嫌いになったりしないから。」
「は、はぁ…えっと、すいません、いまいち理解出来ないんですが、どういう意味なんでしょうか?」
「ハクは私達がヒヨリの事を嫌ってるって思ってるみたい。」
ミサキがハクの言葉を意訳して伝える。
「えぇ!?み、皆さんそうだったんですか!?」
「僕を信じるんだ…。」
長い付き合いなんだろうから、出来ればそんな事ないと言い切って欲しいと心の中で思う。
「冗談は置いておいて、もう1人って何かやらかしたの?」
「あぁ、ウチの問題児だ。マダムに目を付けられて今は監禁されている。」
「へぇ。色んな人がいるんだね。」
監禁という物騒なワードが出ているのにも関わらず、平然としている様を見て、少し動揺するサオリ。
「それでも私達の仲間であり家族だ。気にかけてやってくれると助かる。」
「それはリーダーの役目じゃない?」
「そう言うな。会ってみればきっと分かる。」
その言葉にふーんと興味無さげに答えるハク。もう1人のメンバーがいるであろう場所に向かうサオリ達について行く。
「今日も随分とやられているな。」
「…サオリ。」
そこには全身を痣だらけにした銀髪の少女が居た。
軽く挨拶をしてサオリは近くに寄り拘束具を取り外す。それを興味なさげにハクは見つめていた。
「…誰だ?」
見られていることに気がついたアズサは、少し警戒気味に問いかける。
「今日から私たちの部隊に入ったハクだ。」
「よろしくね。」
「そうか…白州アズサだ。」
お互い端的に挨拶を交わす。ハクはアズサを見て瞬時に理解した。サオリが何故自分に気にかけて欲しいと言ったのか。白州アズサはここに居る他の生徒とは決定的に違う部分がある。
「初めて見る顔だけど…。」
「元トリニティ所属だからね。今日初めて此処に来たから、その認識で間違ってないよ。」
その言葉を聞いてアズサは驚きと共に、少ない落胆の表情を見せる。
「どうしてここに来たんだ。」
「君こそどうしてここに居るんだい?」
諦めることをしない少女と諦めることにした少年。水と油と言っても過言ではない2人は直感で理解した。コイツは自分とは真逆だと。だがそれと同時に知りたいという感情も芽生えてきたのだ。
「話すくらいならこれからいつでも出来るだろう。明日も早い、帰投して休め。」
サオリからの一声でハッとなり、アズサは立ち上がろうとする。それを見て手を差し出すハク。
「ありがとう。」
「ん、気にしないで。君とは何でか分からないけど、仲良くなれそうだからね。」
「…同感だ。」
正反対だからこそ、磁石のようにお互いを引きつける。明日からの生活が更に楽しみになるハクであった。