物資の回収…という任務を与えられたアリウススクワッドは指定されていたとある廃倉庫に来ていた。
「なんか…物足りない。」
「は?」
「お前正気か?」
ハクの一言にサオリとミサキが反応する。
その周りには数百のオートマタの残骸たちが横たっている。だと言うのにも関わらず物足りないというハク。
「いやだって雑兵にも程があるでしょ。装備はそれなりだけど装甲は柔いし、練度も低い。数が多いだけって感じで物足りないっていうか…。」
「流石にこの数は疲れるでしょ?」
「そりゃ疲れるんだろうけどさ…なんでか疲労感が来ないんだよね。」
「体力オバケ…。」
ミサキの言葉に、うーん…頭を捻りながら考えるが、どうやら自覚は無いようだ。
「皆がお前のような体じゃないんだ。体力的にも感覚的にも少し合わせてくれるとありがたい。」
「まぁそっか、そうだね。とは言っても消化不良って感じだから、帰ったらトレーニング付き合ってよ。」
その言葉を聞いてサオリは少し笑みを浮かべながら頷く。
「リーダーも人の事言えないくらいには体力オバケだよね。」
「そうだったのか…。あまり自覚はないんだが。」
「あはは、サオリも僕とお揃いだね。」
そう言いながら、ハク達は他のメンバーと合流する。
「あ…お、お疲れ様です。」
いち早く気づいたヒヨリが、労いの言葉をかけてくる。
「こっちは異常無しだ。」
「あぁ、こっちも問題無く終わった。」
見張りと主導隊で別れた作戦。お互いに無事終わったことを伝え合い、サオリから帰還の合図が出る。
「ねぇ、アズサ。」
「何?」
「もし体力に余裕があったらで良いんだけどさ、この後サオリと僕で戦闘訓練やるんだけど…どう?」
「流石ハクだな…。うん、私も参加する。」
謎の含みのある返しだったが、特に気にすることもなく、ありがとうと返すハク。
「無駄話は帰ってからだ。」
サオリの言葉にハクとアズサは「了解」と返し、警戒しながらアリウススクワッドは本拠地へ帰る。
「ここに来て暫く経ちますが、調子はどうですか?」
「悪くないですよ。何度か任務を重ねましたが問題なくこなせてます。思った以上に戦闘能力が伸びていて、サオリには頭が上がらないですね。」
任務から帰投後、ハクはマダムに呼び出され1人で部屋に来ていた。本当ならサオリとアズサと一緒に訓練をする予定だったが…。少しテンションが下がった様子でハクは答える。
「なるほど。概ね順調そうで何よりです。」
「はい、有難いことに。ちなみに今日も実験を?」
「いえ、もう十分サンプルは取れましたので結構ですよ。今日呼び出したのは別の要件です。」
「あ、そうなんですね。皆に実験は止めろって言われてたんで助かります。」
また皆にに怒られるかもと思っていたハクだが、別の要件と聞き一安心する。特に姫からの無言の圧が怖いのだ。
「その発言は少し気になりますね…もし私が実験すると言ったらどうしていたんですか?」
「んー、僕としても割と知りたいことは知れたんで、断ってましたね。実際やれることはやり尽くしましたし…。」
「もし、まだやれる事があったら?」
「内容次第ですね。それで僕が必要だと思えばやります。でもマダムも無駄を嫌う性格でしょう?なら然程問題はないと思いますよ。」
お互い合理的に物事を捉えて行動する以上、そこに認識の齟齬は起きないとハクは言っている。もし起きたとしても擦り合わせを行えばいいし、気に入らないならマダム直々に潰せばいい話と考えていた。
「そうですね…今のように擦り合わせを行えば問題は無いでしょう。私としても貴方とのやりとりは嫌いではありません。」
「それなら良かった。外向けのコミニュケーションをトリニティでちゃんと勉強してきた甲斐がありました。」
学の有る無しではなく、ハクの性格を言っているつもりだったが、訂正するのも億劫なのでマダムはそのまま話を続ける。
「さて、本題に移りますが、今回は貴方がどこまで残虐になれるかを試します。」
「ふむ…?」
「ふふふ…その呆けた顔、初めて見ますね。今までは貴方が暴力を振われてましたが、今度は貴方が暴力を振るう側になるという事です。」
「なるほど…つまり抑止力のようなモノになれと?」
「ええ、その認識で合っています。ココ最近、生徒達がたるんでいる印象でしたので、そろそろお灸を添える必要があると考えていました。」
「わざわざ僕である必要ありますか?」
「言ったでしょう…貴方の残虐性についても測りたいと。」
「なるほど…理解しました。」
そう言って着いてきなさいと告げ、席を立つマダム。
部屋から出て2人は歩いて行くが、進んで行くうちに自分がこの後何をさせられるかを理解してきた。
「あぁ…思った以上に最悪そうですね。」
苦虫を噛み潰したような表情をするハク。
「おや、あの時私に啖呵を切っていましたが…まさか嘘だと言う訳じゃありませんね?」
「はぁ…そりゃやりますよ。ただ誰にだって気が進まないことの一つや二つあるでしょう?つまり、そういう事です。」
ハクが連れてこられたのは…仕置部屋という名の拷問部屋。アズサと初めて会った場所でもある。そしてここに連れてこられると言うことは、おそらく自分がアリウスの人間に暴力を振るうということ。最悪ヘイローを壊せとまで言われる可能性だってある。
「ひっ!?」
奥に進んで行くと目隠しをされた女子生徒が拘束されていた。
「君は…。」
「知り合いでしたか?」
「えぇ…少し。」
アリウスに来てから大体は訓練をして過ごしていた。その時模擬戦で相手になった子だ。それなりに会話は弾んだ思い出がある。
「こ、この声…ハクさん?」
向こうもどうやら覚えていたようだ。
「それで…この子は何を?」
「任務を失敗しました。それだけでなく虚偽の報告まで…少しお灸を据える必要があります。」
「他のメンバーは?」
「帰ってこなかったところ見るに置いてきたのでしょう。そこまで難しい任務では無かったのですが…全くもって期待外れ。」
そう言ってその子らが担当した任務の資料を渡される。
内容は物資の回収。恐らく第三者に見つかって一網打尽にされたというところだろう。帰ってこなかった人達は公的機関に捕まったならまだ良し、後暗いヤツら捕まったのなら最悪だ。
さて、切り替えよう。マダムが今回気にしているのは物資を回収出来なかったこと?それとも人的被害?
恐らくどっちも…いや人的被害と言うより、もしアリウスという存在にちょっかいをかけられることを懸念しているのかな?
一先ず僕が気にすべきことはこの子の扱いくらいかな。
「概ね理解しました。何処までやれば?」
「再起不能にはならない程度に。」
「了解です。ちなみに失った人員の足取りについては?」
「他の者に任せています。」
「分かりました。僕からは以上ですかね。」
「話が端的で助かります。それでは後は任せますね。」
そう言ってマダムはその場を後にした。
「さて…。」
ハクの言葉を聞いて、目隠しをされている少女はビクリと震える。それに対して特段気にすることはなく、ハクは目隠しを取る。
「聞こえてたよね?悪いけど命令だから…ある程度は覚悟して。」
「は…はい。」
少女は今の状況を甘く見ていた。理由は新参者のハクが相手だったからだ。それなりに話をした相手でハクの性格は一言で言うなら紳士的。だからこそそれなりに手心を加えてくれるだろうと考えていたのだ。
だが、その考えが大きく間違っていたことをすぐに理解することになる。
「さて…コレでいいかな?」
「え?」
ハクが持ち出したのはシンプルな鉄パイプ。
「そ、それ…どうするの?」
「どうするのって…この状況なんだからこれで叩くしかないでしょ。」
何を言ってるんだ、と言わんばかりの困った表情で言うハクを見て、少女は顔を青くする。
「そんなので叩いたら…ガッ!?」
「うん、いい感じかな。」
あたかも当然かの様に、ハクは何の躊躇もなく少女の頭に鉄パイプを振り下ろした。
「あっ…え?」
少女は目の前で起こっている状況を頭で処理しきれておらず、呆然としていた。
「ヘイローがあるからと言っても女の子だからね…顔は出来るだけ止めておこうか。」
そう言ってハクは拘束されている少女を立ち上がらせる。
「僕の目を見て。」
立ち上がらせても少女はハクの胸辺りまでしか身長がないため、ハクは少し屈んで目線を合わせる。
「多分マダムが見てるから手抜きは出来ない…。あと僕はこういうのが初めてだから上手く手心を加えられる自信は無い。だから、それを諸々含めて…仕方ないと受け入れてね。」
ハクの目を見て少女は理解した。このドロドロした光の無い目…自分達側の人間なのだと。
外からわざわざココに来た生徒だから、アリウスの中でもそれなりに話題に上がっていた。
ハクを見た人達は口を揃えてこう言っていた。場違いなヤツが来た…と。話しかければ何が楽しいのか笑いながら答えてくる。きっとソレだけを見て皆甘いヤツだと決めつけたんだろう。確かに自分も同じ印象を持っていたけど、逆に好印象でもあった。
戦闘訓練でも改善点を挙げて来たり、怪我の有無やその後のケアについても言ってくれる優しさもあった。
だからこそなんでこんな場所に来たんだと「全員」が思っていたのだ。
「あはは…そっか…ハクさんもコッチ側だったんだね。」
ようやく理解した。こんな目をする人が普通に暮らしてきた訳がない。無防備な女子生徒に鉄パイプを振り下ろせる人が普通な訳が無い。
打たれて分かった。後ろめたい感情や、自責の感情何てものは一切無い。そういうものだと割り切った無慈悲な攻撃。少し凹みの出来た鉄パイプが物語っている。このハクという男は全くもってコッチ側の人間なんだと。
「残念だなぁ…ハクさんを見てきっと外の世界ってキラキラしてるものかと思ってたのに。」
「人それぞれじゃないかな。もしかしたら君の思うキラキラしたものだってあるかもしれないよ。あ、でも強いて言うならご飯は美味しいかな。」
「何でハクさんはそうなっちゃったの?」
地頭もまあまあ良くて、所作も綺麗、言葉遣いも丁寧な所を見ると、それなりに良い環境ではあったんだろう…。それでもこんなになった理由が気になった。
「僕が弱かったから…かな?弱いと全部根こそぎ奪われちゃうんだ。」
そう言いながら無くなった片翼を見る。
「じゃあ強くなって、やり返したいの?」
「どうだろうね。居場所が無くてココに流れ着いただけだから目的は決まってないけど、自分だけでも守れるくらいには強くなりたいとは思ってるよ。」
「それは…すごい自分勝手だね。」
「人ってそんなもんでしょ。君も出来る範囲で自分勝手に生きれば良い。」
さて、お喋りはここまで、という声を皮切りに薄暗い部屋で鈍い音が一定間隔で鳴り響いた。
「お疲れ様です。」
「全く…任務終わりにさせる事じゃないですよ。」
時間にしては一時間程度だろうか。ハクは仕事を終えてマダムの元へ戻って来た。
「予想とは違いましたが…面白い手法でしたね。」
「面白い、手法ですか?」
「おや、無自覚ですか。予想では無慈悲に徹底的に壊すのだろうと考えていましたが…あの子の心は壊さず、寄る辺を作ることで操りやすくする。痛みによる辛いという感情はあっても、恐怖は無かったところを見れば分かりやすい。」
「そんな大層な事考えてないんですが…。」
「ふふふ、それが良いんですよ。無自覚で出来るからこそコチラも安心出来ると言うものですし、このような環境ではああいう類の感情は伝染しやすいものです。あの子らを物でしか見れない私には出来ない芸当ですね。」
「まあとりあえずお気に召したなら良かったですよ。」
「はい。また頼み事などあれば呼びますので、今日は下がって結構ですよ。」
「了解です。では失礼します。」
「ハク、ようやく帰ったか。」
「リーダー、もうしないから離して。」
「ハク、お帰り。」
「お帰りなさいですぅ…。」
「うん。ただいま。」
姫も会釈して来てくれたため手を挙げることで返事をする。
「暑い、離して。」
「ミサキ今度は何したのさ。」
「別に、何もしてない。」
「ハク、聞いてくれ。今日新しいトラップの仕掛け方を考えた。」
「お、じゃあヒヨリを実験台にして、効果を確かめようか。」
「なんでですかぁ!?」
「報酬は外で拾ったおやつでどう?」
その言葉を聞いてうっ…と考え込むヒヨリ。
「ハクからもミサキに自傷行為を止めるよう言ってくれ。」
「えぇ…本人が好きでやってるなら良いんじゃない?」
「ほらハクもこう言ってる…というか未遂なんだから離して。」
「良いわけないだろ…あまり心配させないでくれ。」
「まあでもそういう痛みってさ、生きてるって実感できる方法の一つだと思うんだよね。流れて滴る血を感じてると…あぁ、まだ生きてるって考える気持ちは何となく分かるよ。」
「ハク…お前。」
「あぁ、別に自傷行為を勧めてる訳じゃないよ?ただ、ミサキにとってソレはきっと何かしら意味のある行為かもしれないでしょ?」
あっけらかんとハクはそう言うが、結局のところ何の解決にもならない。そう思いサオリは言葉を発そうとしたが、先にミサキが告げた。
「私は別に、明確な理由があってやってる訳じゃない…この行為に意味なんてない。」
「ふむ…でも止める気は無いんでしょ?」
「止める理由も無いからね。」
「ならこうしよう。」
「?」
ハクは懐からサバイバルナイフを取り出すと、躊躇いもなく自分の手首を深く切り裂く。
「なっ!?」
「なにやってるんだ!」
太い血管を傷つけてしまったのか、ボタボタと多量の血が流れ出る。いち早く動いたアズサが止血帯を患部に当てる。
「あれ?思ったより深くやっちゃった…。」
「お前っ…お前まで自分を傷つけるなんて、何を考えてるんだ!」
「あはは、ごめんごめん。本当はもっと浅くやるつもりだったんだけど、慣れてないかれ力加減が分からなくて…。」
止血のためにバンドで上腕を締め付けながらアズサが告げるが、当の本人は気にしていない様子だった。
「ミサキ。君が自分を傷つける度、僕もコレをやる。」
「…っ。ソレに何の意味があるの?大体すぐ治るなら、なおのこと意味がないでしょ。」
「あぁ、それなら大丈夫。多分コレ…いつもみたくすぐ治らないから。」
「は?」
衝撃の告白とはこの事を言うのだろうか。ハクが治らないといった後、その場にいる全員が固まった。
「自分の神秘が影響してるらしいんだけど…自分の意思で傷つけた怪我は治せないっぽいんだ。」
「じ、じゃあそれを分かっててそんなに深くやったって事ですか?」
「いや、ホントにこんな深くやるつもりは無かったんだよ。思った以上にスパッと行っちゃって自分でもビックリしてる。」
先程よりはマシだが、未だ血は止まらずガーゼで押さえてる患部からは血が滴り落ちている。
「だから意味はあるよ。」
そう言ってミサキを見ながら笑うハクを見て絶句する。
「分かったから…そんな目でコッチ見ないで。」
ハクから目を逸らして、スタスタとその場を去るミサキ。
「えぇ、僕変な目してた?」
「はぁ、お前は…。いや、今更だな。とりあえず礼は言っておくが、こういうのはもう止めてくれ。こちらの心臓が持たん。ヒヨリ、アズサ、姫、ハクの手当は任せる。私はミサキの所に行く。」
「別に狙っては無いんだけどね…イテッ。」
無言で姫に頭を叩かれ、黙って治療を受けるハクであった。