青春ブタ野郎はウマ耳娘の夢を見ない   作:桜霧島

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異世界からの来訪者

 

 

 以前も語った通り俺と桜島麻衣さんの出会いは、彼女がバニーガールという奇天烈な格好で街をうろついていたことに端を発している。芸能界に復帰した現在では日本を代表する女優の一人として活躍する麻衣さんの、スラっとした長い手足、キュッと絞られた腰のくびれ、そして意外にも深い谷間……忘れたくても忘れられない。と言うか、プライベートでは独占して楽しませてもらっている。相変わらず簡単には触らせてもらえないが。

 

 後日暇にかまけて調べたところ、バニーガールというのは1960年にアメリカの成人雑誌の企画で、所謂ナイトクラブのウエイトレスの衣装として誕生したらしく、日本でもその直後に導入された事例があるということだ。さすがエロに貪欲な日本人だと言うべきなのだろう。俺としてはその概念を輸入した人を褒めてあげたい。おかげで魅力的な麻衣さんを楽しませてもらっている。

 

 バニーガールの特徴といえば大きく分けて3つ。うさ耳と、ハイレグ衣装と、うさしっぽだ。そこに網タイツとヒールを足す人もいるだろう。うさしっぽは、場合によってはギリギリ無くても良いかもしれない。だがうさ耳とハイレグ衣装は欠かせない。うさ耳が無ければただの露出の多い女性だ。ハイレグ衣装が無ければ、ただのうさぎのコスプレイヤーだ。

 

 

 では今、俺の目の前にいるウマの耳とウマのしっぽを付けた中学生らしきジャージ姿の女の子は何と呼べばよいのだろうか。

 

 

 

 

 なんとなく早く目が覚めた土曜日の朝、七里ヶ浜の海岸線を散歩しているとウマ――だと思う――の耳、しっぽを付けたポニーテールの女子が歩道の脇に座っていた。属性過多だな、などと思いながら歩いて近づくも、周囲の数少ない歩道を行く人に彼女のことを気にしているそぶりは見えない。頭の上に付けられた耳がシュンと垂れ下がっているように見え、落ち込んでいることは明らかだった。

 

(まさか麻衣さんと同じ症状、同じ発想をする人がいるなんてな……)

 

 大きな既視感を抱きながら俺は努めて平静に、彼女に声をかけた。

 

「君、いったいそれは何のコスプレなんだ」

「―――!? お兄さん、ボクのことが見えるの!?」

 

 ウマ耳少女はおもむろに立ち上がって俺と目を合わせた。10人が10人とも振り返るであろう美少女である。顔つきは幼いから中学生くらいだろう。茶髪っぽい長い髪の毛はポニーテールにされており、前髪にはメッシュだろうか、白く太い筋が目立つ。向かって左側のウマ耳は青とピンクのリボンで装飾されており、どのような仕掛けかわからないが時折ピコピコと動いている。

 

「ちゃんと見えてるよ」

「良かったぁぁぁぁぁぁ」

「おぅふ! 痛い痛い痛い痛い!! 待て! 待って! 話を聞くから! とりあえず痛いから離せ!」

 

 彼女は涙を浮かべながら俺の胸に飛び込んできた。飛び込む勢いはすごいし、抱き着く力は女子のそれ……いや、男子と比べても強すぎる。

 

「あっ……ごめん!」

「とりあえずここは人の往来が多くて目立ちすぎる。少し海岸の方まで移動しよう」

 

 俺はそう言うと彼女を連れて歩道脇にある階段を降り、砂浜に足を踏み入れた。家を出たころは少し肌寒いくらい涼しかったが、今は丁度良い。まさに秋、という空気だ。まだ午前中だからか人もまばらだ。外で話していても問題あるまい。

 俺とウマ耳娘は海の方を見ながら浜の乾いた砂の上に並んで座り込んだ。

 

「で、何であんなところで蹲っていたんだ」

「わかんない……」

「迷子ということか?」

「違う! 本当にわかんないの!」

「……とりあえず、君に異変が起きていることは何となく察している。君に起こったことを順に話してくれ」

「お兄さん、笑わない? ボクの言うこと信じてくれる?」

「ああ」

「ありがとう……!」

 

 彼女は大きく深呼吸して目を瞑ると、それまでの経緯を話し出した。

 

 彼女は府中にある学園に通っていて、普段は学園に併設されている寮に住んでいるそうだ。昨日起きて日課のジョギングに行くと、なぜか住んでいた寮に戻れなくなってしまった。否、つい数時間前まで寮と学園のあった場所に別の建物が存在していた。

 更によく見てみると、今までいた街並みとは少しずつ違っている。都内にある自分が知っている場所を回ってみても少しずつ違っている。

 

 そればかりか、周囲の人には自分の姿が見えてさえいないことに気が付いた。道行く人、コンビニ、交番、色々なところを回ってみたが自分に気づいてくれる人はいない。

 遠くまで行けば自分に気づいてくれる人が見つかるかと東京から藤沢まで夜通し走ってきたが、疲れ果てて蹲っていた。

 そして現在に至る―――というのが彼女の経緯らしい。

 俺は彼女が一息つくのを見計らって聞いてみた。

 

「一つ聞いていいか?」

「何?」

「その、頭の耳と、尻尾は何なんだ? まるで本物みたいに動くじゃないか」

「だよねぇ、そうだよねぇ、そうなるよねぇ……お兄さんこれね、本物だよ」

「いつからそんな状態に?」

「生まれたときから?」

「……そんな馬鹿な」

「嘘じゃないよ! ……ボクもね、周りが変になって少ししたら気づいたんだ。ここにはウマ娘がいないってこと」

「ウマ娘?」

「おかしいと思ったのは府中にある東京レース場に行ったとき。学園の比較的近くにあるから、もしかしたらと思って行ってみたんだ。ボクたちはあそこを東京レース場と呼ぶ。だけどボクがあそこに行ったとき、書いてあったのは別の言葉」

「東京競馬場……」

 

 特に競馬に興味がない俺でさえ知っている、大きな競馬場。毎年秋になるとテレビや駅の看板などで大きく宣伝されているから、何か大きなレースがこの時期にあるらしい、ということは知っていた。

 

「そう、競馬―――ボクが知らない単語。ほとんど何もかもボクが知ってる東京レース場と同じなのに、書いてあるのは別の言葉。ちなみに中山にも行ってきたよ。そっちも中山『競馬場』。ボクたちの世界では中山『レース場』と呼ぶ、それがあった。そしてここまで来るまでの道程。大井と川崎にも寄ってみたけど、そっちもレース場じゃなくて競馬場。極めつけは、寮に帰れなくなってからここに来るまで一切のウマ娘に出会うことはなかった」

「まさか」

「お兄さんの今考えたことと、ボクの推測はおそらく一致していると思う」

「―――つまり君は、ここと似たような世界から、この世界へ迷い込んできた存在」

「ということになるね……」

 

 砂浜に視線を落とす彼女は今にも泣きだしそうだ。「わけわかんないよ……」と呟いて三角座りをした膝に頭をくっつけ、肩を震わせている。

 

 麻衣さんのときは姿が見えなくなるだけでなく、彼女の存在の痕跡さえ消えてしまう酷いものであったが、元は言うまでもなくこの世界の人間だ。俺が彼女を世界に無理やり観測させることで彼女は元に戻ることが出来た。

 

 だがウマ娘を名乗るこのウマ耳彼女の場合は、別世界に端を発する話。誰に彼女を観測することが出来るだろうか。そもそもなぜ俺は彼女の姿を観測しているのだろうか。

 彼女の話からすると、彼女の世界には恐らく馬は存在せず、その代わりにウマ娘という種族が存在し、馬に代わってレースを走るのだろう。

 双葉の意見も聞いてみたい。あいつは()()()()事態に遭遇した時、適切なアドバイスをくれることがある。

 

「良い話と悪い話と普通の話がある。どれから聞きたい?」

「……悪い話から」

「今のところ、俺には君を元の世界に戻す算段が付かない。なぜ俺にだけ君の姿が見えるのかもわからない。正直に言って、お手上げだ。なぜ君は別世界に迷い込んでしまったのか。なぜ君は他の誰からも認識されないのか」

 

 彼女は俺の言葉に落胆すると、口を曲げてぶっきらぼうに問いかけた。

 

「だろうね。それで、良い話は? その様子だとあんまり期待出来そうに無いけど」

「さっきの疑問のうち、『他の誰からも認識されない』という部分については、俺はその実例を知っているし、治った人も知っている」

「えぇっ!?」

「ただ、俺が知っている人と君の事例では状況が少し異なっている。同じやり方で元に戻るとは思えないが、参考にはなるだろう」

「その人はどうやって治ったの!?」

「俺も人から聞いた説明だから上手く言うことが出来るかはわからないが……世界に観測されることで、その存在が確定出来た、とか」

「お兄さんがボクを認識できるだけじゃダメなの?」

「たぶん、ダメだと思う。実際、時たまここを通る人も俺の方を見て『なんでコイツ堂々と独り言をしゃべってるんだろう』という怪訝な顔しかしていないだろう? めちゃくちゃ目立つウマ耳と尻尾をつけた可愛い女の子のことなんてまるで見ていない」

「か、かかかかか、可愛いとか……」

「まぁ、いずれにしてもこの点については要調査だ。それで、普通の話だが」

「なに?」

「お前、腹減っただろう? うちで何か食べていけ。昨日の朝から丸一日と少し。よく頑張ったな」

 

 俺がそう声をかけると彼女はワンワンと泣き出してしまった。 

 麻衣さんも他から認識されなくなった時、食事が一番不便そうだった。いくら認識されないからとはいえ、窃盗は憚られる。何を買うにしても俺が補助についていなければならなかった。

 

「なんだ、泣くほど腹が減ってたのか?」

「グスッ……違うよ。ボク、このまま本当に世界から消えちゃいそうな気がして、お腹が減って、でもなんにも食べれなくて……。グスッ……お腹すいたよぅ……トレセン学園に帰りたいよぅ……」

 

 泣いている姿を見ると、かえでと似た雰囲気を感じてしまう。

 俺は自然と彼女の頭をなでていた。

 

「そうだな、お腹いっぱいにしたら、あっちの世界に帰ろうな。お前は何が好きなんだ?」

「にんじんハンバーグ。あとハチミー!」

「わかった、それが何かわからないが善処してやる。帰りにスーパーに寄って行こう」

 

 彼女は涙を引っ込めながら微かに笑い、俺は彼女が落ち着くまで何分か、何十分か、無言で彼女の傍らで海を眺めていた。

 

 その内、落ち着いた彼女が「ありがとうお兄さん」と声をかけてきた。

 

「少し、落ち着いたようだな」

「ううん、まだ頭の中はゴッチャゴチャ。正直、不安でいっぱい。でも、お兄さんに会えて良かった」

「俺の名前はお兄さんじゃない。梓川咲太。梓川サービスエリアの梓川に、花咲く太郎の咲太だ。君の名前は?」

 

 俺がそう訊くと、彼女はすっと砂浜から立ち上がり、ジャージのお尻あたりをパンパンと叩いて砂を払った。つられて俺も立ち上がり砂を払うと、彼女と視線を合わせる。

 彼女の眼は、それまでの輝きを取り戻すかのように力強くなっていた。

 

 

 

「ボクの名前はトウカイテイオー! 最強無敵のウマ娘さ!」

 

 

 

 俺に向かってウインクしつつ人差し指を突き出すその姿は、テレビで見る麻衣さんにも負けないくらい光り輝いているものであった。

 

 






続く?
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