「咲太。君には、夢はある?」
夢―――改まって聞かれると困る話題ではある。
言い換えれば未来の自分の話だ。17歳という年齢は過去を語るには薄すぎ、未来を語るには現実に足を置きすぎている。俺にとっては夢ではなく目標と言ったほうが正確かもしれない。
ふと見上げた“トウカイテイオー”の肖像画は何も応えてくれず、遠い目でどこかを見つめている。
どこか適当な大学に入って、社会人になって、隣に麻衣さんがいてくれる未来。かえではどうなっているだろうか。父さんは、母さんは、どうなっているだろうか。
健康でいてくれるに越したことは無いが、一方で彼女らは俺の目標にはあまり関係が無い。結局のところ、俺がどうなりたいか、どうありたいかという問いかけなのだ。
国見は高校を卒業したら就職するとか言っていた。双葉は聞いたことが無いが、理系の一流大学に入って、一流企業で研究者として働いたり学者になったりするんだろう。親友の将来についてはいくらでも話すことが出来るものの、俺の将来については全くといって良いほど見通せない。
麻衣さんがいて、父さんや母さんや妹がいて、国見や双葉がいて、この胸の傷みたいな
俺はたっぷりと考える時間を置いた後、彼女に向かって「無い」と答えた。
「無いの? サッカー選手になるとか、総理大臣になるとか」
「少なくとも今の子どもたちの『なりたい職業ランキング』のトップ10にピンとくるものは無いな」
「なんだ、つまんないの」
「というか、この年で夢を追いかけている奴なんて少ないだろ」
「いや『この年』って、咲太は17歳でしょ。あっても
トウカイテイオーは悪戯っぽく「ボクが決めてあげよっか?」と笑って問いかけた。
「何でお前に俺の
「あのお姉さんと?」
「もちろん」
「女優と結婚するのは、普通とは言わないんじゃないかな……」
「普通だぞ」
「そうかな……そうかなぁ……?」
何やら微妙な顔をして考え込むトウカイテイオーを促し、俺たちは競馬の殿堂コーナーから出て一通り館内を見て回ったものの、俺はこれといった成果を得ることはできなかった。
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外に出るともう午後になっていた。人の波は朝と比べものにならないほどである。午前中はぽつぽつとスペースのあったパドックも、子どもさえ入れないくらい大勢の人がよし押せている。
俺たちはスタンドで軽食をとって土産物屋を冷やかした後、並んでベンチ……というより花壇の端に腰掛けた。たまたま空いていたから良かったものの、周りのベンチには空きなどほとんど無い。家族連れ、友人連れの組、あるいはくしゃくしゃの新聞片手に赤ペンを耳に刺したおじさんに占拠されている。
トウカイテイオーは俺の財布を空にする勢いでホットスナックを買い漁り、両手の指の間にフランクフルトの串を挟んでいた。
「イチ高校生の財布なんだから、手加減してくれよな……」
「だいぶ手加減したほうだよ?」
「マジか……。しかし何だかんだ朝から移動して疲れたな。まだ7レース目か……どうする?」
「とりあえず天皇賞は見ようよ」
「だな。それより―――ん?」
ふと俺たちの前を横切る人影が気になり目線を上げると、一人の老紳士と目が合った。60代くらいだろうか、ジャケットときっちりと折り目のついたチノパンを着用しており、整った身なりをした御仁だ。
彼は俺と目を合わせて「あ」と呟いた後、気まずそうな顔を作り、数拍の後、俺の方に向き直った。
「……何か御用でしょうか?」
「あぁ、いや、気に障ったんやったらごめん。さっき君を競馬博物館で見かけてな、あんまり熱心に“トウカイテイオー”を見てたのが印象深くて思わず声出てもうたんよ」
思わずトウカイテイオーが見えるのか?と身構えてしまったが、流暢な関西弁の印象もあってか俺の返事は「え、あぁ、はい」と曖昧なものになってしまった。
あの時、トウカイテイオーと将来について語らっていた時、この方がすぐ近くにいたのか。もしかしたら会話を聞かれてたかもしれない。
だがこの方は俺の隣―――彼女、トウカイテイオーの方には目もくれない。やはり見えていないのだろう。
チラリと彼女に視線を遣ると、売店で山のように買ったホットスナックをモグモグとしながら、老紳士を胡散臭気な顔で見つめている。
「君も“トウカイテイオー”のファンなん?」
「えっと……まぁ、そんなところです。“君も”というと……?」
「いやぁ僕はファンというか何というか……僕は昔、騎手とかちょっと前まで調教師やってましたんや。普通やったらこんなんで声掛けたりせえへんのやけど……あんまり君が真剣に“トウカイテイオー”を見てるもんやから。ついな、魔が差して」
「騎手をやってらしたんですか?」
「テイオーが皐月賞とダービー勝った時、背中に乗ってたんは僕やで。まぁ、その後すぐ調教師になるからて降りさせてもらったんやけど」
意外な出会いだ。トウカイテイオーを見ると彼女もまた驚いた顔で山田氏の顔をしげしげと眺めている。残念ながら“トウカイテイオー”と縁深い彼でも彼女を見ることが出来ないのかという気持ちはあるが、こんなところで――と言っても
「それは……その、すごいですね」
「せやろ?」
「でも、どうして此処に……?」
問いかけておきながら自分でも滑稽な質問だと口に出してから感じた。少なくとも昨日まで競馬に欠片も興味が無かった俺よりも、元騎手を称する彼のほうが何十倍もこの場にふさわしいだろう。
「ほら、今日の天皇賞に彼の孫が出るやろ? そやからまぁ、ちょっと久しぶりに彼の顔でも見たろかなあ思うてミュージアムの方にな」
「今日のレースに“トウカイテイオー”の孫が?」
「何や君、それ目当てとちゃうかったんか。レーベンスティール、こないだの毎日王冠で1着を取って
「へえ……」
俺は山田氏の言葉に何か運命めいたものを感じた。トウカイテイオーが異世界転移に遭遇し、俺と出会い、“トウカイテイオー”の子孫のレースを見に来るということを『偶然』で片付けるには舞台が整いすぎている。
山田氏は「ほな」と言って俺たちの前から去っていった。
「トウカイテイオー、山田さんに何か感じるところはあったか?」
「いや、別に?」
「お前の孫が出るらしいぞ」
「孫……孫かぁ……カイチョーからしたら曾孫なのかな。トレセン学園に帰ったらひいおばあちゃんって言ってみよ♪」
「そうだな、おばあちゃん」
「うるさい!」
彼女はそう叫ぶとそっぽを向いてしまった。『咲太にデリカシーを求めたボクが悪かった』などと誹謗中傷を口にしながら、売店で買ったフランクフルト――すでに3本目である――を口いっぱいに突っ込んだ。
俺はそれを横目で見ながらふと気になったのでトウカイテイオーに聞いてみることにした。俺としては大した質問をしたつもりではなかった。ただ、ほんの興味本位。馬とウマ娘、どちらが速いのか。あるいは祖母(祖父?)と孫、どちらが速いのか。
「それにしても“トウカイテイオー”の孫か……。なぁ、