最終裁判が終わり、次の日。みんな仲良し、けれどあの子達だけぎくしゃく?
牢屋敷での生活が、2日目を迎えた。とはいえ、全員の記憶に刻まれた歳月は、優に数か月に及ぶわけなのだが。
その甲斐もあって、全員が全員、存在しないはずの文脈を基に関係を築き直していた。レイアとハンナ、アンアンとエマといった、若干の気まずさが残る組み合わせ自体はあるものの、以前のような関係性よりも、やや温和な雰囲気が漂っていた。魔女因子の消滅によるものだけではないだろう。朝食の時間に皆が揃っていることにさえ、感激に目を潤ませる者もいた。
暇を出されたはずのマズ味料理たちは、祖父の代から居たと言わんばかりに居座っている。元魔法少女を追い詰める意義は完全に失われたはずだが、料理をしていた看守……ナノカの姉は本調子ではなく、また、全員が料理を忘れていた。シェリー以外が渋い顔をしながら談笑して食べる中、小声で口を開いたのは、ココである。
「なあ、おっさん。あてぃし思うんだけどさ」
「あ、うん」
「エマっちとヒロっち、昨日てっきり和解したって思ってたけど、あてぃしの受け取り方間違ってた感じ?」
濁点交じりの「え」という声が響き渡った。
「ばっか、声静かにしろし!」
皆が怪訝そうな視線を向ける中、ミリアは顔を赤くして適当に弁明しつつ、「まだぎくしゃくしてたの?」と声量を落として会話を続けた。ミリアがちらりと辺りを見れば、なるほど、エマはハンナやシェリーと一緒に食べつつ、ヒロの方をちらちらと見ている一方で、ヒロは全く関係がないかのようにレイアやノアの隣に座っていた。お互いが知る、ヒロがすぐに死ななかった方の記憶とそこまで変わらないように見えた。
「……確かに。あれだけのことがあったんだし、仲直りしたのかなって思ってたよ」
「あてぃしの配信を見られても、魔法はうんともすんとも言わんし。昨日のは夢じゃねーとは思うんだけど……にしてもあの2人、何事もなさすぎじゃね?」
「逆に和解できたからこそ、というのもあるかもしれないわよ?」
「げえっ、マーゴ」
ココのわかりやすい苦手意識の先で、マーゴは腹の底が見えない、いつもの怪しい微笑みをたたえていた。
「飯もう食い終わったん?」
「ええ、嫌なことは早く終わった方が良いもの」
「それで、和解したからこそ、って?」と、ミリアが本題をつつく。
「私はそこまで詳しくないけれど、ヒロちゃんとエマちゃん、ここに来るまでかなり険悪な関係だったのは想像に難くないわ。しかも、ヒロちゃんがエマちゃんを一方的に嫌っているような……ね」
有体に言えば、いじめる側といじめられる側。月代ユキが人類殲滅のために仕組んだことだとはいえ、そこにまんまと乗せられていじめを率先したヒロの気持ちは、マーゴにとって想像に難くなかった。
「ヒロちゃんは生真面目だからこそ、自分の所業を許されるべきではないと考えている。罪悪感が、エマちゃんと関わらないことを当然の【罰】としている、といったところかしら。和解したところで、罪が帳消しになるわけではないもの。エマちゃんも、ヒロちゃんの意図に恐らく気付いてる。気付いているからこそ、今どうすればいいのかわからない。あるいは、どうすればいいのかわかっているけれど、それをする【勇気】がない」
ココやミリアには、十分理解できる理屈だった。しかし、それで納得いくかと言われれば別だ。ミリアは俯く。
「でも、だからってお互いこのままだと平行線だよ。せっかく、仲直りできそうなのに……」
「そうね……ヒロちゃんが率先して動いてくれることに随分助けられているけど、あんなことがあった後だもの。彼女の心も相当疲れているはずよ。今後どうなるにしても、エマちゃんとは仲直りして貰わないと」
「つっても、あてぃしらにできることなくね?完全に2人の問題じゃん」
「いいや、できることはあるはずだよ。おじさんは、そう思うな」
「じゃあ具体的に何よ」とココに突かれ、苦し気な表情を浮かべるミリア。
「え、えーと、二人きりにするとか?安直だけど……」
ミリアの苦し紛れの回答に、2人はため息をついた。
2日目。午前のリビング。今日も、前の世界線でルーチンになっていたことの準備をしていた。即ち、掃除だ。皆には色々と話したいことがあり、ひとまず朝食のうちにレイアやノアと一緒に掃除をする予定を取り付けた……はず、なのだが。
「ヒロくん!すまない、少し野暮用が出来てしまってね。予定の時間より少し遅れてしまう。その間【代理】として誰かを君の方に寄越すよ。掃除自体には参加するつもりだから、そうだな、15分ほど待ってくれたまえ」
「のあも用事できちゃった。ちょっと遅刻しちゃうけど、ごめんね?」
ここでの記憶が何か月にも渡ろうと、やって来て2日目。汚れや臭いは酷く、15分、1人でできる範囲など限られている。こちらとしては全く構わないが、しかし、引っ掛かる。
そもそも、この閉鎖された場所で用事とは何だ?予定を取り付けたタイミングが朝食の時間である都合上、私が最速のはずだ。先日は皆疲れ果てて、交わす言葉もなく泥のように眠っていた。先約を遅らせてまでやるべき用事があるなら、そちらに行くのが正しいが……奇しくも、あの2人が、だ。レイアの性格上、同じような用事でもあるまい。ノアと組むなら尚更、前広に要件を伝えるはず。もしや、あの2人で何かしら企みがあるのではなかろうか。
「……正しくない」
これは私に向けての戒めだ。この牢屋敷で、もう殺人事件が起きることはない。裁判を開くこともない。疑った先に何かあるわけでもない。ちょっとしたことで悶々とする自分が、多少なりともあの日々に慣れがあった、という事実を突き付けてくる。理想には遠いが、それでも最善だろうこの状況を、素直に受け入れることができていないのだ。それもまた、時間の問題なのだろうが。
そういえば、レイアは代理を立てると言っていたか。たった15分遅れるだけなのに、律儀な人だ、と感心する中で、靴の音が私の背後で止まった。定刻丁度。準備を終えた私は、振り向きざまに「君が代理かな」と言いかけて、固まってしまった。
透き通るような白髪、桃色の瞳。黒のベレーに花の意匠が随所にあしらわれた、その服。かつては嫌悪の代名詞としても問題の無かった人物。今では……今では、何と言えばいいのか、わからなくなってしまった人物。
「えっと、その、よろしくね、ヒロちゃん」
「桜羽、エマ」
こうなってしまったら、私も言葉が出なくなってしまう。何を言えばいいのか、わからないから。必死に顔と声色を繕って、簡潔に掃除する範囲を教えて掃除道具を渡した。
「エマ、君のことだ、レイアに頼まれでもしたんだろう。彼女が来るまでの間、よろしく頼む」
「う、うん。ボク、頑張って掃除するよ!」
一瞬、僅かにエマの口の両端が下がる。わかっている、わかっているとも、エマの気持ちくらい。私だって、できれば君と話したい。でも、そう上手くはいかないんだ。そんな昨日の件で何か変わるかもと期待する暇なんてなかった。大魔女、友人のユキが死に、私たちは喋ることもなく泣きに泣いて眠ってしまったからだ。一晩経ったところで、気持ちに整理などつくわけがないし、何を言えばいいのかもわからない。エマ相手なら猶更だった。
結局、15分間黙って掃除することになってしまった。
レイアとノアは宣言した時間の通りに来た。本来の話をすると、2人に関しては、真っ先に昨日の件でひとまず謝りたかったのだ。掃除とアトリエの整理について話を持ち出した。これに関しては目的を達成できたが、ノアは何か、かなり言いたいことがあるような顔をしていた。一体何があったのかと訊いても、「べつに」とほっぺを膨らませるだけだった。
娯楽室
「あんっの朴念仁!」
第一回、エマヒロくっつけ作戦は失敗に終わった。沢渡ココは思いつく限りのツッコミを虚空に吐き出し続けていた。
「ごめん、2人とも……」
「いいのよ、面白そうだからって乗ったのは私たちだもの」
「は?あてぃしも野次馬扱いか?巻き込むなし!」
ヒロにエマと向き合わせるには、物理的環境だけでは足りないようだ。これを収穫ととらえるには、ミリアには幾らか楽観的観点が必要だった。
「でも、ヒロちゃんは思っているよりエマちゃんを【拒絶している】わけでもないし、エマちゃんの気持ちに【気付いている】ようね。むしろ、頭が真っ白になっている様子だったわ」
「え、あれでテンパってんの?」
「それを悟られたくないのよ。他でもない、エマちゃんが相手だもの」
「あ~……そうだよね……今回はヒロちゃんにとって、エマちゃんが突然現れたようなものだから、そりゃあ、びっくりしちゃうよね……そうだね、あの2人には、もっと状況が必要なんだ」
こめかみを押さえて眉間にしわを作るミリアの背後から、気だるげな声がした。振り向けば、仏頂面で3人を見つめる小柄な少女が一人。
「お前たち、そこで何をしている」
「あ、アンアンちゃん」
「お、ヒッキーじゃん。どったの?」
魔女因子の消滅に伴い、アンアンの言葉から強制力は影も形もなくなったが、流石に長い付き合いのスケッチブックは手放せない。彼女はざかざかと書いた文字で交流を始めた。
『吾輩はミリアを探しに来たのだが、借りてもいいか。吾輩はミリアと遊びたい』
「あ~、ごめんね。アンアンちゃん。遊びたいのは山々なんだけど、すこーしだけ、おじさんやることがあってね……」
苦渋の断りを申し出たミリアに、明らかな不機嫌を見せるアンアン。それを見たマーゴはひらめく。もしかしたら、彼女なら……。
「ねえアンアンちゃん。ミリアちゃんとだけじゃなくって、私たちと遊ぶのはどうかしら」
「……お前は何を言っているんだ?」
事情を聞いたアンアンは、ノアの機嫌が若干悪いことに納得していた。
「しかし、ミリアよ。ただ2人にするだけでは筋が悪いだろう……」
「あ、あはは、おじさん、それしか思いつかなかったんだ……ごめんね本当に」
アンアンは考える。この狭い島で、彼女たちが2人きりになる状況は、ヒロの方が意図的に避けている。エマもそれを強く追及したりはしない。つまり、誰かの手により意図して作り出されない限りは成立しない状況だ。
そして、2人とも、掃除の件に関しては誰かが仕組んだものだと勘づいているに違いない。ヒロもエマも馬鹿ではない。それは数々の裁判が証明している。もう二度も同じ手には引っ掛からないだろう。
そうなれば、取れる手段は少ない。頭をフル回転させた結果、アンアン、天啓を得る。
『となれば、【劇場型】、これしかあるまい』
「【劇場型】?なんそれ」
「つまり、最初から仕組んだ事件に2人を乗せて、ヒロに本音を吐かせるのだ。さながら、そうだな……」
アンアンはスケッチブックに、即興で練った脚本を書いていく。前回はスランプに陥ってしまい、中々書けないことに苦しんでいた。しかし、インスピレーションが溢れてくるせいだろうか。アンアンの筆は止まらない。そして「できた!」の一言で、ミリアたち3人の期待は大いに高まった。
結論から言えば、アンアンの作戦は見事却下された。以下はその評である。
「いや趣味悪っ!!ヒロっちの心臓止まるって」
「これで取り乱すヒロちゃんを想像すると、とっても最高な気分になるのだけど……さすがに禍根が残りそうね」
「お、おじさん、そういうのはあんまり……できればもう少し、平和で穏当なほうが好みかなー、なんて……」
アンアンからの熱烈な反論は、こうした正論により完封であった。しかし、【劇場型】という発想こそ皆に支持されることであったため、レイアやノア、シェリーハンナといった面々にも協力を得て、脚本を大幅改造する形で決行となった。
「エマくん、ハンナくん、シェリーくん、丁度いいところに」
夕暮れ時、ボク達を呼び止めたのは、レイアちゃんだった。どうしたのか訊けば、困ったことになったと言う。何が困ったことなんだろう……と思案するまでもなく、とにかく付いてきてほしいと言われたから、ボク達は言われるがまま付いていった。
「これまで私達の世話と監視をしていたのは、【なれはての看守】だったね?正確には、ナノカくんの姉だったわけだが」
「それはそうですが、レイアさんが呼んだ件と関係がありますか?」
「大ありだとも。実はね、まだ【料理当番】が確定していないんだ。最低限料理ができればいいんだが、その最低限すらできない人がかなり多い。君たちも、料理ができるかどうか試してほしくてね」
「一体、どうしたことかしら?昼はちゃんとした料理が出てきたじゃないの?」
「数人単位ならまだしも、地下で眠っていた何十人も加えるとなると、相当体力を使う。人手が必要なんだ」
そうこう事情を聞いていれば、食堂に着くのはすぐだった。そこには、疲労困憊といった様子のココちゃんとアリサちゃんが居た。
レイアちゃん曰く、現状料理できる側の子は以下の通り。
ヒロちゃん、ミリアちゃん、ナノカちゃん、レイアちゃん。
「は?それだけですの?」
「ははー、少ないですね!私たちに対する食事も故意にあんなふうにしてたとはいえ、ワンマンでお世話と監視を毎日、なんて、確かに相当な体力勝負です。看守は不死身だったからできたのかもしれませんが、4人で回すのはきつそうですね」
「ヒロくんと議論した結果、4人だけで回すのではなく、4班に分けて回すのはどうかという話になって、試しにやる気満々なナノカくんに任せてみたんだが……」
レイアちゃんの指差した先には、ビスケット、あられ、羊羹といった、大量のお菓子が並んでいた。
「なんで【飯作る】って話で【お菓子】ができるんだよ!」
「ご、ごめんなさい。お菓子が一番得意だから、つい……」
「そもそも、ウチらそんなに仲良くなかっただろうが。なんで呼んだんだよ」
「あなたは、火が使えたじゃない。火加減上手そうだと思って……温度管理は大事だから……」
「殺すぞ」
本人たちも随分と反省会が捗っている。ナノカちゃんも、まさか毎日のご飯を作る話だとは思ってなかったみたい。断りを入れてひとつ食べてみれば、ちゃんと美味しい。
「これ、今日の晩ご飯ってことにならないかな?」
と、提案したところで。背後から「それは正しくない」と声がして、心臓が跳ねる。振り返れば、そこにはヒロちゃんがいる。少し膨れ面だ。
「エマ、夕食を菓子で代替するのは身体に良くない。ちゃんと作り直すべきだ」
抗議するのはココちゃんだ。「もう疲れた〜!あてぃし今日はお菓子でいいし」と、今にもお菓子を頬張り始めようとしている。多分、ヒロちゃんに対する煽りもあるんだと思う。けれど、ヒロちゃんはそれに乗らない。以前ならともかく、今は皆のことを信じているから。
「そうだな、菓子作りは大変な作業だ。ナノカ、ココ、アリサは作り直さなくて良い。言い出しっぺの私が作ろう。そうだ、ちょうど良いことに、まだ班員割り振りが決まってないんだ。ハンナ、シェリー、君たちと一緒に作りたいが、良いだろうか」
ヒロちゃんは、ボクを省いて指名する。それはそうだ。ヒロちゃんは、料理の腕を確かめようと指名したんだ。ボクは最低限のものくらいは作れる。ヒロちゃんはそれを知っている。それに、12人で係を決めようとすれば、4班3人でいるのはとても正しいことだ。
けれど、そんな意図を知らないと言わんばかりに、シェリーちゃんが声を上げた。
「それなら、エマさんも入れてください!」
「そうですわ!私たちとエマさん、全員入れたって損はないでしょう?」
「だが、私はエマができる側の人間だということを知っている。一方で君たちのことはあまり知らない。君たちである必要はあるが、態々エマを巻き込む必要が……」
「そ、れ、で、も!ですわ!」
「えっと、2人とも、ボクのことは大丈夫だよ?」
「それでもですよ、エマさん。エマさんが居ないと、私は寂しいです!」
結局、シェリーちゃんとハンナちゃんがヒロちゃんを押し切って、4人で作ることになった。それに嬉しさを隠せないボクは、どうしようもなく、変われていない。
ボクはそれに有難さを感じながらも、すこし、心のどこかが痛んだ気がした。
「エマ、一口大というのはもう少し大きめな方が良い。好みの範疇だが、火が通り過ぎてしまわないように気をつけるんだ」
「シェリー、美味しいと美味しいが合わさっても、美味しいになるとは限らない。だからその傷みかけの梨を元の場所に戻してくれ。それと分量を守るんだ。レシピに逆らうと味が落ちる」
「ハンナ、君は……特に言うことがないな。その調子で頼む」
この中で、料理が明確にできないのはシェリーだけだ。エマは元々、学校で作る程度のものに関しては程々にこなせる。ハンナは家事全般ができるから心配いらないだろう。色々と気を回し、同時進行で複数人に指示を出し、自分は自分ですべきことをする……中々、疲れるものだ。ようやく一息つけるようになって、各々が休憩に入った時。
「なんか、意外だな」
そう言ったのはエマだった。
「何が?」
「ヒロちゃんのことだから、もう少し手の込んだものを作るかと思ってた」
「エマ、君は私のことを何だと思ってるんだ……?実際問題、手の込んだものとやらを大量に作れるほどの人手は無いだろう。物資だって有限なんだ」
「えへへ、それもそうだね」
エマははにかんだ。久々に見る、エマの無邪気な笑顔。私はつい、そんな笑顔を見入ってしまい、気付く。
案外、話せている。けれど、同時に脳を後ろに引き摺られるような感覚が襲う。私の罪悪感が消えたとしても、償いようのない【罪】は消えない。正しくないことをしてしまえば、そこから先はどう正しくとも正しくないのだ。小問を間違えたところから、大問の全てが間違っていくように。
だから、私に君と笑って話す資格なんてないんだよ。
逃げるように時計を見遣った。ありがたいことに、丁度良い時間だった。
「……そろそろ時間だ。エマ、君は2人を呼んでくれ」
「うん、わかった!」
言えるはずのない、受け入れるべき【罰】を、痛みを、私はどうやって受け入れれば良い?自問自答したとして、私に答えが出るはずもない。
私は鍋を開けた。熱くも食欲を刺激する湯気が、私の間違いを……私の不毛な思考を、先送りにしてくれる。
「それで、出来上がったのが……」
立ち上る湯気、透明なスープに、照明を受けて輝く黄金色。塩ラーメンだった。青々しい一口大の青菜が良いアクセントになっている。
「いやあ、湯切りしてる時腕がちぎれるかと思いました!魔法がなくなるとこんなに不便なんですね〜」
「ゴリラがゴリラじゃなくなって、わたくしとしては安心しておりますわ。これで突飛な行動に出ることもないでしょうし」
シェリーは何も言わず、ただハンナに向かって微笑むばかり。言いようのない不安に駆られたハンナは思わず「……出ませんわよね?」と訊くが、シェリーははぐらかすばかりだった。
2人の漫才はさておき、塩ラーメンは好評を博す。好物が牢屋敷で出るなんて、と感激していたミリアは胡椒をぶちまけてしまうハプニングに見舞われるが、それはまた別の話。
ともかく、久々にも感じる美味しいご飯に、全員が話に花を咲かせた。ご飯当番をどうする、班員はどうする、班長も色々考えた方が良いのでは、といった、これからの議論も盛んになった。ヒロもエマも例外ではない。しかし、その2人がそれ以降、面と向かって話すことはなかった。
娯楽室
「実はエマっちとヒロっちが一番めんどくさいんだよね。アンアンのことメンヘラモヤシ地雷とか言って初めてゴメンって思えてきたわ」
「貴様……」
ココは疲れ果てた結果、突っ込みを放棄した。一同、かなり苦慮している。ヒロが抱えるものの重さは、一朝一夕でどうにかなるものではない。事情を抱える者同士として、そこは重々承知の上だったが……しかし、あまりにも2人は【奥ゆかしい】。
「皆で作った脚本ではダメだったか……」
「ううん、アンアンちゃん。おじさん、そんなことないと思うよ。みんなとの距離も縮まった気がするし、ヒロちゃんもエマちゃんと楽しそうに話してるの見たし」
「そうなん?あてぃし疲れて見てなかったわ」
「けれど、やっぱり後一歩足りないように見えるわね。アンアンちゃんの初稿みたいな、荒療治が必要なのかしら」
沈黙。それだけは避けたいという全会一致の意見だった。
以降数日、引き続きヒロとエマのぎくしゃくした関係を何とかして修復できないかとあれこれ行動してみたが、哀れ鳴かず飛ばず、といった有様。【惨敗】、という2文字が、ミリアたちを端的に現していた。他人が首を突っ込むには、あまりにも難しい問題だった。
天井を仰ぎ見る4人。舞台裏で燃え尽きた役者が屯しているような様相を呈している中、1人分の人影が娯楽室に影を落とした。
「誰だ……」
「アンアンちゃん、それにみんなも困ってるね」
白い髪の中にアクセントのカラフルな色彩が目立つ少女、城ヶ崎ノア。最初の方から度々協力してくれた助っ人だった。
エマも、ヒロも、あれからお互い面と向かって話したことは一度としてない。話そうとしたことすらないのだ。2人の理想は見えているのに、どうしたって自分から手が伸ばせない。その現状はノアも把握していた。
だからこそ。ノアは自分にも言えることが、否、【のあだからこそ言えること】があるのだというように、静かに声で表した。
「のあ、これ以上は別にしなくても良いと思う」
皆、一瞬目を見開いた。そこには反感などなく、納得も理解もしている様子だった。だが、しかし、ミリアの言葉が全てを表す。
「でも、あの2人、ちゃんと仲良くなれるんだよ?折角そのチャンスがあるのに、どっちもふいにしようとしてる……おじさんの勝手な気持ちなのはわかってる。けど、あの最後の裁判を思い出すと……何だか、不安で……もどかしいよ、やっぱり」
「その気持ちも、のあ分かるよ。ずっと心に変な塊が残ってるような、正解がわかってるのに、踏み出せない。変な力が引っ張るような、ぐちゃぐちゃになりそうな気持ち」
ノアには、語るべきことがある。ヒロが皆を一番信じたように、ヒロを一番信じたノアだからこそ、きっと言えることがある。そう【信じて】、語る。
「ヒロちゃんは気が強くて、ひねくれてるから、ちょっと心の準備に時間がかかってるの。でもね、ヒロちゃんは、ちゃんと気付いてくれる。手遅れになる前に、自分の心に素直になれる。ヒロちゃんはそういう子なんだ」
マーゴも、確かにと口を開いた。
「エマちゃんもそうね。不器用で、遠回りすることも沢山あったけど、それでも彼女は頑張り続けた。エマちゃんを突き放した子たちも含めて、皆と仲良くなることさえ諦めなかったの。だから前の私たちも絆されちゃったのよね?ココちゃん?」
「うわうざっ、巻き込むなし」
そうだ、そうだったと、5人は語らう。ヒロは正しく、エマは健気だ。どちらも落ち込む時こそあれど、確実に前へ進んでいた。この先どうなるにしても、おそらく2人は変わらない。
「だから、信じていれば良いって、のあ思うな。ヒロちゃんがそうしてくれたように」
「賭けるには分が悪すぎると思うけど、この目で見たのよねえ。段々、ヒロちゃんとエマちゃんの間にやりとりが出来つつあること。まだ会話ですらないけれど、あの2人はちゃんと前に進もうとしているって解釈できるわ。もしかしたら……私たちのしてきたことは、【徒労】の可能性もあるわね?ヒロちゃんも、エマちゃんも、私たちのしたこととは関係なしに歩み寄っていく。むしろ、それを邪魔した可能性も否定できないわ」
「そ、それはっ」
あまりにも意地が悪い。思わず反論しようとしたミリアだったが、マーゴの反論を待たずに意気消沈していく。ミリアだって馬鹿ではない。それが……【徒労】の可能性が否定しきれないことを、心で理解していた。ずっと、無意識に避けていた内省だった。
変わろうとして、痛い目を見る。変えようとして、酷い目に遭う。そんなの、おじさんが一番わかっていたじゃないか。
ミリアは、ノアから目を逸らした。彼女自身、マーゴが見た光景を目の当たりにしていた。だから、このお節介にも意味はあると思い込んでいた。思おうとしていた。しかし、自分の不安から始まったお節介が、本当にただのお節介だったら?そう思うと、誰の目にも合わせることができなかった。
おじさんはまた、無理に変わろうと、変えようとして、しくじったのかなあ。しかも、ヒロちゃんやエマちゃんに迷惑をかけた可能性だってあるんだ、苦しいな、恥ずかしいな……。
ミリアは俯く。その視線の先で、アンアンが袖を引いているのが見えた。
「ミリア、この計画には【意図】と【意味】があった。しかし、この2つはまるで違うものだ。意図通りに意味を持つことなど、そうそうある話ではない。確かに、わがはいたちにヒロとエマを仲直りさせるという意図はあったが、この計画が担う必要はそもそも無い。だが、少なくとも、わがはいたちの試みがあればこそ、ヒロもエマも多少話すことができるようになった。そう捉えることもできる。だから……そう【落ち込むな】。これはきっと、【無駄じゃなかった】。そう【信じよう】」
魔法ではない。アンアンの言葉からは、強制力など消え去っている。魔女因子は既に根絶されたのだ。なのに、そのはずなのに、アンアンの言葉がどうしようもなく当然に、ミリアの心に入っていく。だって、そう【信じたい】のだから。そう、どれもどれも、決定的な証拠がないのだ。なら、たとえ【徒労】だとしても、一番希望の持てる可能性を、信じたって罰は当たらないだろうから。
「ありがとう、アンアンちゃん。おじさん、嬉しいなあ……」
そこへ、「で」と、ココが割って入る。
「あてぃしらはこっからどうすんの?どっちかが根負けするの待つだけ?」
くすり、マーゴは笑った。「そういうことだったら、やるべきことは至ってシンプルよ」と。
「背中を押すべき時に押すだけよ。迷いを私たちの前で見せた時に、ね」
後日。朝食の時間。エマはシェリーやハンナと。ヒロはレイアやノアと。まさに、「いつものメンバー」というべきもので、楽しく談笑しながら料理を堪能していた。エマはちらちらとヒロの様子を伺う一方で、ヒロは別に気にしていないように振る舞う。料理当番も、結局ヒロとエマは一緒にならなかった。
変わらないように見える毎日だが、しかし、それも見せかけだけだ。証拠なら来た。これまでご無沙汰だった全員のスマホが、ホウ、ホウと鳴く。
毎日の時報、そして殺人事件発生の合図だったもの。皆が顔を見合わせて、恐る恐る見れば、やはりゴクチョーからの通知。しかし、中身といえば、皆の想像する不穏なそれではなく、一風変わったタイトルだった。
『皆さんのご帰宅を含む今後について、説明会開催のお知らせ』
まるで変わらないようで、しかし、すこしずつ、自分自身でさえ自覚できない変化が進んでいる。そんな日が今日も始まった。
魔法少女ノ魔女裁判、その二次創作企画「魔法少女ノ文体裁判(リンク:https://twilight-off.wikidot.com/tachibana )」No.12の単品、調整版です。本リンクの宣伝を兼ねています。この作品の感想と同じくらいリンク先の方の感想が欲しいです。なので、リンク先も読んでくだされば幸いです。
ちなみにこの合同企画で提出されている他12作品、本当の本当に面白いので、あらすじ記載のリンクに飛んでいただいて、その勢いで読んでいただければ幸いです。なんか野生の公式じみたオリジナルの裁判とかあります。